13 迂闊
戦闘および残酷な描写・表現があります。
以前倒したミスリルゴーレムは身長3~4メトルだった。今回はその倍近い。見た目はその大きさを除けば、あまり変わらないように見えるが、実際戦ってみなければわからない。
無骨な大剣の刀身は2メトルほどだろうか。切れ味はあまり良くなさそうだが、いかにも重そうな剣だ。
「《炎の壁》」
アランが《炎の壁》の詠唱を終え発動する。常ならば対象の全てを覆い燃やし尽くす魔法の炎は、その首下辺りまでしか届かない。
直感的に足りないと気付いたアランは即座に《炎の壁》の詠唱を開始する。ミスリルゴーレムが大きく腕を振るうと、炎が掻き消された。
「!?」
「あら」
アランが驚愕して思わず詠唱を中断し、レオナールが軽く目をみはり、ダオルが渋面になる。
大剣を抜こうとするミスリルゴーレムにダオルが向かって右から、レオナールが左から駆け寄り、剣を振るった。レオナールは剣を弾かれ、後ろに飛び退きながら眉をひそめた。
「あ~、本当硬くて嫌い! やっぱりミスリル合金の剣作ろうかしら。アラン、何か使えそうな魔法ないの!?」
レオナールは攻撃を諦め、牽制に努める事にした。幸いあまり動きは速くないが、自分の身長以上の大きさの剣を使われるのは厄介そうだ。
何より腕の長さが倍以上あるため、攻撃範囲が広すぎる。膂力もあるようなので、かすっただけでもまずい。
「無くもないが、ぶっつけ本番になる!」
アランの答えに、レオナールはニンマリ笑う。
「使えるなら何でも使って! ルージュ、手伝って!!」
「ぐがぁあああああおぉっ!!」
ルージュが低く咆哮し、突進する。
「っ、《認識阻害》と《知覚減衰》か!」
アランが舌打ちした。ルージュの咆哮により解除されているが、術者が唱えたものなのか魔法陣によるものなのか、判断がつかない。
つくづく厄介だと思いつつ、一度も実戦で使った事のない魔法、アランの師匠シーラが得意とする風系攻撃魔法の一つを詠唱する。
「風の精霊ラルバと雷の精霊イルガの祝福を受けし、全てを切り裂き破壊する疾風迅雷の刃よ、敵を斬り刻み命を絶て! 《疾風迅雷の剣》」
アランの知る魔術の中で、最高の威力を誇る単体攻撃魔法である。もっとも実際にその発動を見た事はなく、知識があり詠唱・文言を知っているというだけの代物なので、不確実なものを嫌うアランとしては、いきなり実戦で使いたくはなかったのだが。
魔力が消費され、術が発動する。ものすごい虚脱感にガクリと膝を地に付けそうになるが、かろうじてこらえて、揺らぐ視界の中で放った魔術の結果を確認する。
ルージュの突進により上体を崩し掛けつつも足を踏み出してこらえたミスリルゴーレムに向かって、アランには視認できない雷のごとき速さで複数の風の刃が空を走り、轟音と共に連続して切り刻む。
「わぁ、8連続とか、本気出した師匠並の速さの連撃ね! ちょっと音がうるさいけど」
レオナールが歓声を上げ、肩をすくめて距離を取った。ダオルも慌てて飛び退き、ルージュは少し離れた場所で機嫌良さげに尻尾を左右に振りつつ見守った。
《疾風迅雷の剣》によって斬られたミスリルゴーレムの頭部、四肢、六分割された胴体が大きな音を立てて落下する。
「イメージ補強に、ダニエルのおっさんの剣を想定したからな」
アランは答えた。それしか思いつかなかった、という事もある。本当はもう少し文献を熟読して、イメージを固めてから使いたかったのだが仕方ない。
目に見えない理解できない剣の動きは、魔法のようにも見える。ミスリルゴーレムが動かないのを確認すると、アランは安心して両膝両手を地につけ、脱力した。
「大丈夫?」
「あまり大丈夫じゃないが、少し休めば問題ない。……できればもう魔法は使いたくないが」
レオナールが首を傾げて尋ねると、アランが気怠げな声で答えた。
「ミスリルゴーレム以外なら問題ないわ。安心して任せなさい」
レオナールが満面の笑みで言うと、アランが嫌そうに顔をしかめた。
「しばらく動きたくないが、奥に転移陣がないか確認しないとまずいな。見つけたら次の敵が送られる前に壊さないと、危険だ」
「転移陣、か。おれ達でも破壊可能か?」
ダオルが尋ね、アランが頷く。
「ナイフで魔法陣の触媒の一部を削れば良い。できれば陣を確認したいから、俺も行く。待てないようなら、外円や内円の一部を削っても使用できなくなるから、そうしてくれれば助かる」
「この中で一番早いのは私ね。じゃあ、行って来るわ」
レオナールがそう言うと、抜き身の剣をそのままに奥へ向かって駆け出した。
「きゅきゅーっ!」
その後を追うように、ルージュが駆け出す。
「バカ、レオ! 一人で突っ走るな!!」
慌ててアランが叫び制止しようとするが、あっという間に一人と一匹は闇の奥へと姿を消した。
「背負うか?」
気の毒そうに言うダオルの言葉に、アランは不承不承ながら頷いた。
◇◇◇◇◇
「変ねぇ。アランの魔法で一撃だったから、もっと強いのがいると思ったんだけど」
「きゅう?」
首を傾げて呟くレオナールに、ルージュが不思議そうに首を傾げた。
「それともあのミスリルゴーレム、あれで結構強かったのかしら。でも魔法の事はよくわからないからサッパリね」
アランが聞いたら「《疾風迅雷の剣》は上級魔法だ!」と抗議しただろう。中級下位の《炎の壁》とは比べものにならない術と威力であり、多くの魔力と集中・構成力・精度が必要なのだが、レオナールには興味がないため、説明されても理解できない。
(やっぱり斬れないのは問題だから、新しい剣が必要ね!)
結局のところ、詠唱を待つより斬った方が早いと考えている。ある意味間違いではないが、アランが嘆くだろう。
適材適所などという考えが、レオナールにあるはずがない。一朝一夕に筋力がつかないなら、ミスリルゴーレムが斬れる付与魔術を掛けた剣を買えば良いと思っている。
幸いそれだけの金も素材もある。前回の分では希望通りの大きさの剣を作るには少し足りないが、今回の分を足せば十分だ。鎧は無理だが、籠手も作れるだろう。
「こんなにおいしいなら、次はアダマンタイトやオリハルコンとかも良いわね。斬れないのは困るけど。
ねぇ、ルージュ。しばらく作業するから、周囲を見張っててくれる? 敵が来たら教えてね」
「きゅうきゅう!」
大きく頷くルージュに、レオナールは頷き返し、その場に屈み込んだ。そして、右手の剣を傍らに置くと、床に描かれた四つの魔法陣の外円部の触媒を愛用のダガーで削っていく。
魔法陣の意味など理解はできないが、魔法陣を使えなくするやり方は、アランのそれを見て学習している。円が少しでも切れていれば発動しなくなるので、レオナールにも問題なくやれる作業である。
問題はレオナールが見ても、どれが転移陣かわからないこと、うっかり触れて魔力を流してしまうと魔法陣が発動すること、発動した魔法陣を破壊した場合暴走する可能性があること、なのだが。
「あ」
「きゅきゅーっ!」
次の魔法陣を削ろうとして、うっかり触れて発動させてしまった。よりによって、転移陣を。レオナールの魔力を吸い上げ、発動した魔法陣が青く輝き、レオナールを転移させた。
その後をルージュが追う。ダオルに背負われたアランがちょうどそれを目撃し、声にならない悲鳴を上げた。
しかし、間に合わない。慌ててダオルが駆け寄った時には、魔法陣の光は消えていた。
ダオルの背から下ろされたアランは愕然と、残された魔法陣を見つめた。よりによって残された転移陣は二つ。隣接しているため、どちらが発動したのか、離れた場所から見ていた二人にはわからなかった。
「記述を見る限りでは、どちらの転移陣にも罠の類いはなさそうだが……」
「一応両方試してみる、というわけにはいかないのか?」
「……レオが暴走しなけりゃな」
苦い声で言うアランの言葉に、ダオルがなるほどと頷いた。
「すぐに戻って来れば良いんだが、それが期待できない。向こうの魔法陣も複数あるようなら、魔法陣の区別がつかないから、どれを踏めば良いかわからないだろう。
あいつの事だ。自分の踏んだ魔法陣の文字や模様なんて見てもいない」
「それはまずいな」
ダオルが思わず眉をひそめた。
「わからないなら、自力で歩いて帰れば良いとか言いだしかねない」
「まさか。何処につながっているかはわからないが、最悪相手の本拠地か魔物の巣だぞ?」
ダオルがバカなと言わんばかりに言うが、アランは憂鬱な表情で首を左右に振る。
「常識では考えられない事を言い、普通ではあり得ない事を言って、実行するのがレオなんだ。あいつの脳筋ぶりときたらオーガ並、場合によってはそれ以下だ」
「オーガの知能と言ったら、人型の魔物の中でほぼ最低レベルだぞ?」
「だからそう言っている」
絶句するダオルを尻目に、アランは懐からメモを取り出し、四つの魔法陣を素早く書き留める。
「転移陣以外は壊されているから、このまま行こう。手掛かりがないのが困るが、仕方ない。一応両方起動させて確認するしかない。
……あいつ、よりによって剣を置いていくとか、バカが」
魔法陣の傍らに置かれたままのバスタードソードを睨み、アランが吐き捨てるようにぼやいた。
「この剣はおれが持とう。アラン、一人で歩けるか?」
「ああ。残念ながらしばらく魔法は使えそうにないが」
「おれも魔法陣に関する知識はない。さっき出たようなミスリルゴーレムを一人で相手する自信はあまりないが、魔獣・魔物であれば、大抵は問題ない」
「ダオルがいてくれて、助かった。俺一人だったら、どうなっていたか」
「……確実に助けられるかどうかわからないが、出来る限り尽力する」
「有り難う、ダオル。識別名《麦の道》場所名《蜘蛛1》と《蜘蛛2》か。これじゃ参考にならないな」
四つの魔法陣は二つずつ二列に並んでいる。通路側から見て、その右脇下部にバスタードソードに残されており、下部の魔法陣二つの外円が削られている。
それぞれ《知覚減衰》と《認識阻害》である。上の列の二つが転移陣だ。目を凝らして見るが、どちらの転移陣が使用されたかはわからない。せめて痕跡が残っていれば良いのだが。
「ダオル、どっちの転移陣だと思う?」
「ふむ」
ダオルは魔法陣に触れないよう慎重に屈み、《灯火》の光の下、何か痕跡がないか床に視線を走らせ、匂いを嗅ぐ。
「あまり自信はないが、こちらだと思う」
そう言って、右の転移陣を指差した。
「根拠を聞いても良いか?」
「ああ。右の方には微かにドラゴンのにおいが残っている、と思う。使用された魔法陣の上にドラゴンのよだれ、あるいはレオナールの毛髪でも落ちていれば、確実にどちらだと言えるんだが、そこまでにおいが強くない。
残念ながら彼らの足跡や痕跡は残っていない」
「わかった。右へ行こう」
「良いのか?」
「違っていたなら、仕方ない。左も確認すれば良い。なるべく早く見つけて捕まえたいが」
「その、聞きたいんだが、愛用の武器がなくても無茶するのか?」
怪訝そうに尋ねるダオルに、アランが頷く。
「ああ、バスタードソードがなくても、大振りのダガーがあるからな。あいつ、屋内や近距離の対人には、バスタードソードよりダガーを使う事が多いんだ。他の用途にも使ってはいるが」
「わかった。この転移陣は二人同時に使えるのか?」
「なるべく一人ずつの方が良いと思うが、この大きさなら二人乗っても大丈夫だろう。外円からはみ出さない方が良い。少しくらいはみ出しても問題ないだろうが、念のためだ」
「了解した」
そして、ダオルとアランは右側の転移陣──識別名《蜘蛛2》──の上に同時に乗った。魔力が吸われて魔法陣が発動し、二人は転移した。
ちょっと短めですが、更新。
次回、レオナール視点→アラン視点になります。
以下修正
×なるべく
○(該当箇所削除)




