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12 ミスリルゴーレム

「この中から探すのは一苦労ね」


 レオナールが肩をすくめて言った。


「……エリクとやらに関しては幼竜に識別させられるだろう。問題は被害者が何名かだな。

 装備が剥ぎ取られていたら判別できないから、人数くらいしか確認できないだろう」


「じゃあ、まずエリク?とやらを探しましょう。ルージュ、教えて!」


「きゅきゅーっ!」


 レオナールの声にルージュが頷き、ドタドタ音を立てて一直線に走り出す。レオナールがそれを追走する。

 アランは周囲を見回し、まずは歩いて部屋の大きさを把握する事にした。


「亡骸を回収したいが無理そうだな」


 ダオルが言った。その目線の先には蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにされたミイラが転がっている。着ている服は薄汚れてはいるが、比較的状態は良さそうに見える。

 しかし、亡骸はほぼ骨と皮なので下手に触れると損壊させてしまいそうだ。地底湖があるせいか、洞窟内の空気はひんやり冷えており、外よりも湿度が若干高い。下手に動かすより、この場に残した方が長く状態を保てるかもしれない。


 アランは部屋全体の大きさを確認するため、周囲を調べながら部屋の隅まで歩いて見ることにした。

 視界で確認できる限りで人と思われるミイラが数体ある。部屋全体でどのくらいあるのか考えると、頭が痛くなる。


 床も壁も天井も砂岩である。床だけクリーム色と赤褐色で、壁と天井は濃灰色である。しかし注意して見れば、床の赤褐色は砂の色ではない。


「血だ……」


 赤褐色は滴った血の跡であり、マーブルだと思ったそれは、獲物となったものたちが引きずられたりしたりした痕跡だ。

 蜘蛛系魔獣は生き餌を好む。そこまで考えた辺りで気分が悪くなり、アランはグラリとふらついた。


「大丈夫か?」


 ダオルが上体を傾げさせたアランの背を支えた。


「……ああ、すまない。大丈夫だ。有り難う」


 アランは礼を言った。幻術の恐さは知っていたつもりだが、空恐ろしく感じた。

 自分の感覚・思考を信じられないというのは恐ろし過ぎる。認識阻害への対策を立てておかなければ、と蒼白になりながらアランは考えた。

 これが高位魔術師や高ランク魔獣・魔物、あるいは魔族などによる術であれば、被害は甚大だ。

 レオナールならば、そんなものは関係なく斬れば良いとか、発動させなければ良いと言うだろうが、アランはそう楽観できない。


「遺品になりそうなものを回収して帰ろう。なければないで仕方ないだろう。今日中に三人で全て事細かく調査するのは無理だ」


 ダオルの言葉にアランは頷いた。遺骸から被害者の年齢を推測するのは難しいが、可能な限りそのおおよその身長や服装くらいはメモしておく事にした。

 ダオルが心配そうな目でアランを見ているが、アランは平静を保とうと表情を取り繕い、冷静に見えるよう振る舞う事を心掛けた。


「アラン、こっちよ!」


 レオナールの声に、アランとダオルはそちらへ向かった。それは部屋のほぼ中央部。そこに糸にくるまれた軽装備の冒険者らしき遺骸があった。

 体格はレオナールと同じくらいに見える。肉や臓器を失ったミイラ状態なため、実際はそれより大きかったはずだ。装備等は剥ぎ取られ、簡素な衣服だけを身にまとっている。


「遺品になりそうな物がないな。見つけられそうか?」


 アランが心持ち青白い顔で眉間に皺を寄せた。レオナールは首を傾げ、ルージュに尋ねる。


「ルージュ、この人が使ってた装備とか見つけられるかしら。たぶん革鎧とか弓や短剣だと思うけど」


「きゅう?」


 問われてルージュは首を傾げた。レオナールはそんなルージュをしばし見つめ、それ以上反応がないのを確認すると、肩をすくめた。


「ダメっぽいわね。仕方ないから遺体をガイアリザードに載せて帰りましょう」


「人の遺体を入れられそうな袋は手持ちにないな。あまり気が進まないが夜営用の毛布にでもくるむか。他に適当な運搬方法があれば良いんだが」


「折り畳んだら麻袋に入りそうだけど」


「バカな事を言うな、レオ。この状態でそんな事したら損傷するだろ!」


 レオナールの発言にアランが睨み付ける。


「馬車まで運べばその後はなんとかなるだろう。いつもより遅い速度で移動するぞ」


 アランはそう告げて、背嚢から毛布を取り出した。


「アラン、待ってくれ」


 ダオルがそう告げて、自分の背嚢から麻布を取り出した。かなり大きな物であり、エリクの遺骸をくるむ事ができそうな代物である。


「それは?」


「大きな獲物をくるむのに使っている。一応その都度洗ってはいるが、繰り返し手洗いしているから、魔法による洗浄に比べるとあまり綺麗とか言い難い。だが、この場合は問題ないだろう」


 《浄化》に比べたら、どんな洗濯上手も負けるだろう。見た限りでは問題なさそうに見える。

 正直使用頻度が少ないとは言え、私物の夜営用毛布を使うのはできれば避けたいため、アランは頷いた。


「俺達にはまだ必要ないが、その内購入した方が良いかもな。革袋より麻布の方が嵩張らないだろうし」


 あまり質の良い布には見えないが、魔獣や遺体などを包むには問題ない。アランとダオルが協力して遺体を布に包むのをレオナールは上から見つめた。

 ルージュが餌をねだって鼻を擦り付けるのを、そっと撫でて宥めた。気持ち良さげに目を細めるルージュに、「後でね」と言い聞かせる。


「……!」


 遺体をのけた後の床に6行の古代魔法文字が刻まれていた。


「レオ! お前、エルフ語の読み書きは出来たか!?」


「え? 前にも言ったけど、あまり得意じゃないわよ。良く使う言葉や簡単な修辞くらいしかわからないわ」


「それで十分だ。俺は資料にあった文字は可能な限り記憶したが、直訳しかできない。……おい、この箇所とこの箇所の意味は?」


「ええと、『贈り物』?と……自信ないけど『頑張る』か『努力する』とかそっち系?」


「『頑張る』と『努力する』は微妙に意味が違うと思うんだが、なんとなくわかった。

 ……『日は天にあり。平原の民および森の民の流れをくみし汝らよ、我は歓迎し、我が成果の一つを汝らに贈呈す。汝らに喜びあらん事を。汝らの健闘、あるいは努力を祈る』……おい、何か来るぞ!」


 アランはゾワリと悪寒に襲われ、慌てて警告する。


「やったあ! 強敵ね!?」


 レオナールが嬉しそうに舌なめずりして抜刀する。それを苦々しい顔をしながら、アランが頷く。


「何が来るかはわからないが奥からだ。たぶん転移陣がある。この刻まれた文章に魔術や魔力はない。

 おそらく何らかの形で監視されていたか、ここにいた魔獣が倒されると発動する何かがあったのかもしれない」


「そんな事はどうでも良いわ。問題は斬れるかどうかよ! ミスリルゴーレムは斬りにくいから、違うのが来ると良いわね。

 アラン、やっぱりその特技、下手な感知系スキルや魔術より便利よ。最高ね!」


「……俺は最悪な気分だよ」


 興奮して嬉しそうなレオナールに対して、アランは心底嫌そうに仏頂面で低く答えた。


「すまない、アラン、レオナール。俺はまだ何も感知できないんだが、何なんだ?」


 ダオルが怪訝そうに尋ねる。


「アランの特技よ。強敵やトラブルの気配が『嫌な予感』とやらでわかるみたい。まぁ、アランにとって嫌な事で、アランが被害?をこうむるものしかわからないみたいだけど。

 だから直前まで何が起こるかはわからないわね」


「俺にとっての不幸や良くない事の大半は、レオナールが喜ぶ事だからな。魔術師限定罠とか特殊なもの以外は。

 だから魔獣や魔法生物か人か何かわからない。ただ近付いてきているから、罠とか動かない何かではないのは確かだ」


「そんなスキルや魔法は聞いた事がない。それは凄い特技だ。冒険者なら誰でも欲しがるだろう」


「でしょう!? なのにアランは嫌がるのよね。すごく便利なのに」


「ああ、お前がそれを避ける努力をしてくれるならな」


 ゲッソリした顔で苦々しく言うアランに、ダオルは何かを察したようだ。なるほどと頷く。


「では戦闘があると?」


「そこまではっきりわかるわけじゃない。ただ、残されていた文言から言ってろくなものじゃないだろう。これは俺達に向けたメッセージだ。

 ……おい、レオ。これは俺達がここに来ると事前にわかって準備されたものだぞ」


「つまり『挑戦状』または『宣戦布告』ってやつね!」


「喜ぶな! つまりこれは罠だ!! 俺達にダンジョンの情報を流したやつは、このダンジョン製作者か首謀者かその手先だ。だから……」


「長々とした御託や解説は結構よ! どんな敵が相手でも斬れば良いわ」


 そう言ってレオナールは武器を構えて奥の通路を注視する。


「あ、そういえば『日は天にあり』はエルフ語で『平常通り』だから同族同士の日常の挨拶に使われるわ。手紙でも会話でもね。

 だから人の共通語で言うと『こんにちは』的な意味かしら」


「レオ、参考までに聞くがその逆の意味は何だ?」


「逆?」


「平常じゃなく不穏とか災厄、あるいは相手を呪うような意味の言い回しだ」


「さあ? 私に尋ねるより他にエルフ語に詳しい人に聞いた方が良いんじゃないかしら。

 『日は地に落ちる』だったかもしれないけど良く覚えてないわ。言ったでしょう。座学は苦手だって」


「お前、シーラさんからエルフ語を教わってるはずだろう?」


「そんな事言われても物心ついた時は首輪付けられて話せなかったから、時折聞かされただけよ。言われた事の半分も理解できたか怪しいもの。

 アランの方が丁寧に教わってると思うけど?」


「大量の書物や資料を読んで丸暗記しただけなんだが。あれを丁寧と言われても」


「会話はできたでしょう?」


 アランは、あれを会話できたと言えるものかと反論したかったが、レオナールがどんな状況だったかを思い返せば口にしがたい。

 アランがシーラと直接顔を合わせられたのは日に長くて数刻、それも数日に一度、あるいは月に数回だ。シーラの周囲の監視をくぐってなので、仕方がない。

 子爵家の使用人ですらレオナールの存在や名を知る者は少数で、シーラはアランしかいない時ですら彼の性別が判明するまで『レオノーラ』と呼んでいた。

 アランがそれでは長いと『レオ』と呼んでいたのは偶然である。もし当時から女の子としての愛称で呼んでいたなら、間違えないよう苦労する羽目になったかもしれない。


 奥から何か重い足音が聞こえてきた。


「レオ、残念ながらあれはゴーレムだと思うぞ」


「せめてトロールだと嬉しいんだけど」


「やめろ! 恐ろしい事を言うな!!」


「アランはオーガとトロールどっちが嫌?」


「どちらも嫌に決まってるだろ! 強いて言えばトロールの方が動きが鈍くて的が大きいから少しはマシだろうが、どちらの攻撃もかすったら間違いなく死ぬ」


「戦ってより楽しそうなのはオーガよね。師匠の戦闘を見る限り」


「お前の『楽しい』は『難易度が高い』の間違いだろう!」


「きゅきゅーっ!」


 ルージュが警告するように高く鳴く。


「来るわ! たぶんミスリルゴーレム、でもいつものやつよりちょっと大きいかも。アラン、詠唱よろしく!

 ダオル、ミスリルゴーレムと戦った事ある?」


「ダンジョン探索経験はあまりない。しかもゴーレムはその製作者あるいは術の構成、行使者の技量により能力に多大な差がある」


「いつものやつと同じなら、魔法が効くはずだけど」


「『成果』というんだから、これまでと同じだとは思わない方が良い。一応《炎の壁》を詠唱するが期待するな」


「他の魔法は使えないの?」


「これより攻撃力の高い魔法は今のところ使えない。シーラさんの風魔法になくはないが、使いこなせる自信がないんだ。

 次回までに練習して実戦で使えるよう習得しておく」


「わかったわ!」


 レオナールとアランの会話に、ダオルが何か言いたげな顔になったが口にはせず、大剣を構えて襲撃に備える事にした。

 アランが《炎の壁》の詠唱を開始し、レオナールとルージュ、ダオルが前進する。音が大きくなり、通路の奥からミスリルゴーレムが現れた。


「大きい」


 ダオルの言葉にレオナールがニヤリと笑った。


「トロールより大きいけど、ドラゴンの成獣よりは小さいわよ」


「比較対象がおかしい」


 それはルージュの体高の約倍、5~6メトルの高さの巨大な剣を持った巨人であった。

次回戦闘です。更新遅くなりました。

今回初めてipadで書いてみましたが途中で挫折→携帯で書きました。ipadで小説を書く場合、キーボードないとツライです(指でもタッチペンでもちょいキビシイ)。

VITAは試してないけどipadよりキビシそうです。

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