11 幻影の洞窟の探索7
戦闘および残酷な描写・表現があります。微グロ注意。
「前より数が多くて、部屋も広いわ。動いているのより動かない個体の方が多いけど、その半数は食事中で、残りは休憩または待機中ってとこかしら。
餌は大きさから言ってゴブリンやコボルトサイズが多いけど、森の魔獣やそれ以外も混じってそうね」
「きゅうきゅう!」
通路の奥を睨むように見ながら、レオナールが告げ、ルージュが同意する。
「……食事中、ね」
アランが嫌そうに顔をしかめた。
「その中に人と思われるものは?」
「生きている中にはいなさそうね」
サラリと答えるレオナールに、アランは苦虫を噛み潰すような顔になる。
「念のために聞くが、行方不明のエリクのにおいは?」
「ルージュ、どう?」
「きゅきゅーっ!」
ルージュが尻尾を振り上げ、奥の部屋を指し示す。
「奥の部屋よ」
「わかった」
肩をすくめて言うレオナールの言葉に、アランは頷き、ギリリと強く歯を噛みしめた。
「ねぇ、アラン。別にあなたが気負ったり責任感じたりする必要ないわよ?」
「わかっている。でも、俺が洩らさなければ防げたかもしれない」
「でも、餌になったのは一人や二人じゃないわよ。魔獣・魔物は生きるために捕食するんだから、それに対する備えも力もなしに、その巣に不用意に近付く方がバカだわ。
弱者は強者の糧になるものよ。それが嫌なら冒険者なんて因果な商売やめて、町に引きこもれば良い。
ウル村みたいなド田舎と違って、ラーヌなら町の外に出なくても、いくらでも金になる仕事があるんだから」
半ば呆れたように言うレオナールに、アランが不思議そうに眉をひそめた。
「え、何だ、レオ。もしかして、俺を慰めているつもりか?」
珍しい、と言いたげなアランの口調に、レオナールが仏頂面になった。
「戦闘前や探索中にアランが使い物にならなくなると困るでしょ。所構わず無駄にテンション上げたり下げたり、ムラ気があるのは勘弁して欲しいわ」
「お前ほどじゃないだろ。でも、有り難う、レオ」
「礼を言われる事じゃないわ。便利な道具が使えるように手入れしただけよ。こんなところでポンコツになって呆けられたら面倒だもの。
頭を殴って直るなら、そうするけど」
「完全装備のお前に殴られたら死ぬだろ! 俺のひ弱さをなめるな」
「それ、ちっとも自慢にならないんだけど」
「魔術師に耐久力期待する方が間違いだ。俺を殴る暇があるなら魔獣を殴れ。幸い数だけはたくさんいるみたいだしな」
「そうね、雑魚がたくさんいるみたい。ねぇ、アラン。本当に嫌な予感とかしないの?」
「ない。残念だったな。でも猪突猛進じゃ倒せない練習台がたくさんいて、勉強になるだろ?」
「どっちかって言うと、今回は手加減の練習な気がするわ。蜘蛛とか肉食系魔獣の体液ってちょっと臭いのよね。
悪食のゴブリンやオークほどじゃないけど。巨大蜘蛛はコボルトより軟らかいから困るわ」
「人相手ならちゃんと手加減できてるだろ。なら、魔獣相手にだって出来ないはずがない」
「余計な神経使うと、イライラするのよね」
「良い機会だから、忍耐力を養え。嫌な事も我慢できなきゃ、この先やっていけないぞ」
「アランは私に何をやらせたいのよ」
「わからないか? 俺はこの先も冒険者としてやっていくために、常々お前に対して抱いている懸念を潰しておきたいんだ。
当てにならない安心できない相棒とは、冒険者活動したくないからな」
「えぇっ! アランは私のこと、当てにならないとか安心できないとか思ってるわけ!?」
大きく目を瞠るレオナールに、アランは呆れたような顔で大仰に肩をすくめた。
「自覚なかったのか? じゃないとランク上げないとか、仕事制限したりするわけがないだろう」
「どうしてよ! この私のどこに問題があるっていうの!?」
レオナールが胸を張って言うと、アランは鼻で笑った。
「どこもかしこも問題だらけだろう。俺の出す課題をクリアできるなら、今後の方針を考慮してやる」
「何よ、その上から目線! アランのくせに!!」
「誰が上から目線だ。おかしな事を言ってるつもりはないぞ。お前にやる気がなくて、人の話を聞かないだけだろ。
……わかっているだろうが、俺は体力も筋力も耐久力もなくて、ものすごく打たれ弱い。下手するとゴブリンやコボルトに殴られただけでもヤバイくらいだ。
冒険者として活動する事に異存はないし、このまま漫然と現状に甘んじるつもりもないが、お前が前衛として当てにならなくて他に加入者もいないなら、お前を使えるようにするしかないだろう。
悔しかったら俺の期待する以上の成果を出せ。無駄な御託やいいわけは要らない。目に見える結果が全てだ。
俺を実力や能力でひれ伏せさせてくれるんだろう? 是非そうしてくれ。言っておくが、出来ない事をやれとは言ってないからな」
「……上等ね。今に見てなさい。目に物見せてやるんだから! その時は、土下座して頭を地面に擦り付けつつ懇願させてあげるわ」
「そうか。期待して待つから、無理しない程度に頑張れ、レオ」
「なんかムカつく!!」
レオナールは噛み付きそうな勢いで怒鳴ると、グッと拳を握りしめた。
「戦闘前に無駄に熱くなるなよ、レオ。その労力と熱意は敵にぶつけてくれ」
肩をすくめて言うアランを、レオナールはギロリと睨んだ。
「そうね。アランを殴ると死ぬまではいかなくても、邪魔な荷物になるもの。無駄な事はしないわ。でも、覚えてなさいよ!」
「俺はお前と違って早々忘れないから、安心しろ。これなら問題ないと判断すれば、今後受ける依頼内容やペースに反映させる。
俺が不安を払拭できるかどうかは、お前次第だ」
「ふふっ、やってやろうじゃない」
ギラギラした目つきで唇だけに笑みを浮かべるレオナールに、アランは溜息をついた。
「レオ」
焚き付けたのは自分だが、明らかに目の色が違うレオナールにアランは肩をすくめ、革の水袋を突き出した。
「何?」
「水を一口飲んで深呼吸しろ」
レオナールは困惑した顔をしつつも、アランの言葉に従った。水袋を返して深呼吸する相方をじっと観察し、アランはその肩を軽く叩く。
「お前はやれば出来るやつだと信じている。だから無駄に気負うな。できない事をやれとは言ってない」
真顔のアランをしばし見つめて、レオナールは肩をすくめた。
「別に気負ってなんかないわよ、失礼ね」
「それなら良い。数が多いなら、射程距離に入ったらさっきと同じように《炎の壁》を詠唱する。後は同じように頼む。
ただ、情報を持って帰らないといけないからエリクらしき遺体があれば、なるべく損傷させないよう気を付けろ。俺も注意する。
ダオルもよろしく頼む」
「わかったわ」
「了解した」
そして更に奥へ進んだ。入り口が見えてきた辺りでアランが立ち止まり、声を掛けてから《炎の壁》の詠唱を開始する。
「火の精霊アルバレアと、地精霊グレオシスの祝福を受けし炎の壁よ、燃え上がり、消し炭にせよ。……《炎の壁》」
範囲内に人の大きさのものがないか確認してから、発動した。レオナールがドクドクと鳴る自らの鼓動の速さで数えて十八を超えた辺りで、《炎の壁》が晴れる。
「ぐがぁあああああおぉっ!!」
ルージュが咆哮し、突進する。レオナールもそれに追って、大部屋へと飛び込んだ。ざっと見て半径百メトル以上、円形ドーム型である。
その床から天井まで複数の白い糸が四方に張り巡らされ、そこかしこに白い糸で覆われた何かが引っ掛かっている。
床には幾つも、かつて生き物だったものの残骸が放置されており、その中には冒険者のものと思われる鎧や背嚢、ダガーや剣、弓などが無造作に転がされていた。
それらを目で確認し、アランはこの部屋で《炎の壁》の使用は控える事にした。迂闊に使って被害者の亡骸や遺品まで燃やすのは問題だ。
《俊敏たる疾風》はレオナールにはあまり好評でなかったようなので、《鈍足》の詠唱を選択する。
巨大蜘蛛やアラクネの動きは遅く、吐かれた粘着糸はルージュが叩き落としてくれ、遠距離攻撃はないので、一度に多数に囲まれたり、背後から不意打ちを食らったりしない限りは、少しずつ倒せば問題ない。
ダオルは手近なところから着実に、ルージュが突進と尻尾による薙ぎ払いで空けた所へレオナールが飛び込んで、襲いかかる巨大蜘蛛達を次々と屠って行く。
「糸が邪魔!」
レオナールがイライラと剣を薙ぐよう糸を断ち切り、乱暴に振った。剣や腕が引っ掛かると、横糸に付着している粘着物質により若干動きが鈍くなり、振り払うため次の動作や動きに僅かな遅れが出る。
蜘蛛達はそんな糸の上を滑るように渡って、四方から襲いかかって来るので、わずらわしい。
「《鈍足》」
大部屋の巨大蜘蛛、四十前後の内、効果があったのは全体の三分の二弱ほど。アランは舌打ちしつつ、《炎の矢》をエルフ語で唱える。
「レオナール、倒した蜘蛛の死骸を使え! その方が剣で払うより楽だ!」
ダオルが巨大蜘蛛の心臓を的確に潰し、大剣でその死骸を大きく薙ぎ払いながら、助言した。ダオルが薙ぎ払った死骸は、途中他の巨大蜘蛛をかすめたりしつつも、網の目のように張り巡らされた糸を薙ぎ、大きく弧を描いて飛んだ。
その軌道上にあった糸は断ち切られ、ヒラヒラと揺れている。
「なるほど」
レオナールは頷き剣を左手で構え、足下に落ちた巨大蜘蛛の死骸の毛むくじゃらの足を右手で掴み、周囲の糸を薙ぎ払うべくグルンと回転させると、遠心力を利用して投げ飛ばした。
「う~ん、なんか違うわね。こうもっと手っ取り早く効率的に何とかならないかしら」
「きゅきゅーっ!」
レオナールがぼやくと、ルージュがわかったと言わんばかりに突進しながら尻尾を振り回し、周囲の糸を薙ぎ払った。
「ありがと、ルージュ! 糸はルージュに任せたわ!」
レオナールはそう叫び、空いた場所で剣を振るう。アランの発動した《炎の矢》が、糸の密集している地点を射貫いて、一体の巨大蜘蛛の腹に命中した。
傷を負った巨大蜘蛛は苦悶のきしり声を上げて仰け反った。
「うるさいのよ、黙りなさい!」
暴れる巨大蜘蛛に、舌打ちしながらレオナールがトドメを刺した。
「悪い!」
アランが声を掛けると、レオナールは肩をすくめ、次の獲物を見定め、剣を振るった。
「そんな事より、この糸全部燃やせないの!」
「証拠の遺品や遺体まで燃やすわけにいかないだろ! 少しずつで我慢しろ!!」
「……仕方ないわね」
レオナールは邪魔な糸を睨みつけつつ、倒した蜘蛛を時折投げたり、蹴り飛ばしたりしつつ、徐々に自由に動ける空間を作る。
幼竜であるルージュの体長は5メトル半弱、その内尻尾の長さは2メトル半から3メトルくらい。尻尾だけならその射程は2メトルにも満たないが、大抵は後ろ足で回転しながら振り回すので、およそ4~5メトル前後といったところだろうか。
ルージュの一歩分がゆっくり歩いた場合で0.5~6メトル程なので、大きく回転すればそれ以上になるが。
「ぐあぉうっ! きゅきゅーっ!!」
レオナールの苛立ちを感じ取ったのか、ルージュが不意に前足と尻尾を振り回しながら突進した。ドタドタと大きく足を踏みならし地面を震動させながら、部屋の中央まで走ると、その場で回転しながら尻尾で周囲を大きく薙ぎ払った。
「ぐがぁあああああおぉっ!!」
ルージュが咆哮し、更に突進を繰り返して縦横無尽に駆け巡る。その度に糸がちぎり飛ばされ、巨大蜘蛛やアラクネ達が宙を舞い、時折えぐられた岩の欠片が跳ね上げられる。
あれは当たったら痛いなんてものじゃ済まないなと、アランは冷や汗を掻きつつ、邪魔にならない地点・射線に《炎の矢》を放つ。あの欠片がアランをかすめれば、最悪一撃で重傷である。
さすがにレオナールもルージュから距離を取る事にした。
跳ね飛ばされた岩の欠片も糸を断ち切るのに貢献しているが、鋭利に尖っている上に回転しながら様々な角度・軌道で舞うそれに、知性ある者なら好んで近付きたがらないだろう。ルージュがこじ開けた糸のない空間は、幼竜の独壇場となった。
見ようによってはユーモラスにも見える奇妙なステップを踏んで、前足や尻尾を振るって不器用に踊っているように見えるが、その何処かがかすめただけで即死または致命傷である。
アランはひたすらそちらを無視して呪文を唱え、ダオルは手近の敵を確実に的確に作業のように屠って行く。
レオナールは諦めて自分が動く空間は、自分で確保する事にしたようである。同年代と比べれば特に非力というわけではないのだが、膂力自慢とも言い難いレオナールに、ルージュと同じ事ができるかといえば微妙である。
何も障害物がない場所であれば、ルージュより早く走り移動・回避・攻撃できるのだが、糸が邪魔をしている。
「蜘蛛は別に嫌いじゃないけど、この糸、本当邪魔だわ!」
レオナールは、ちょっぴり蜘蛛系魔獣が嫌いになりそうだと思いつつ、剣を振るう。
アランは移動せずに攻撃できるため、それほど苦労はしていないが、レオナールやダオルの動きを見る限りでは、確かに面倒だろうと内心溜息をついた。
そして、燃やしても問題なさそうな場所だけ、《炎の旋風》で焼き払う事にした。
《風の刃》の範囲攻撃版である《風の旋風》を使えば良いのかもしれないが、詠唱は暗記しているとは言え、まだ使い慣れていないため実戦では不安があった。
出来ればもう少し習熟してからにしたい。詠唱したは良いが、イメージが練られておらず魔力だけ消費して不発という事になるのは地味に困る。
「レオ、ダオル! 《炎の旋風》を使うぞ。なるべく邪魔にならない地点で発動させたいが、地点発動型じゃないから不測の事態が起きたらすまん!」
アランが予告すると、レオナールが怒鳴り返した。
「わかったわ、できればあの辺りに使ってくれないかしら!」
レオナールの指し示す場所を確認し、アランは頷いた。見る限りでは燃やして困るものはなさそうだ。
「了解!」
「了解した!」
アラン、ダオルが返答した。そしてアランは《炎の旋風》の詠唱を開始した。
レオナールは、指示した地点以外から距離を取りつつ、敵を屠り、邪魔な糸を排除する。
ルージュもレオナールも暗視が使えるので、暗い場所でも敵を視認できるし、糸のある場所も確認できるので、アランから離れても視覚に問題ない。聴覚・嗅覚も人間よりは優れている。
「蜘蛛の糸って水はどうだったかしら」
「蜘蛛事態は水に強いとは言い難いが、蜘蛛の糸は雨水に濡れても強度に問題ない。
水分を含むとかえって切断しにくくなる場合があるから、やめておいた方が良いな。
あと松明やランタンくらいの火では、魔法の火ほど燃えないようだ」
「なんて迷惑で面倒なのかしら、蜘蛛の糸!」
「これで防具や鎧下に使えれば良いのだろうが、アラクネの糸で作ると、下手すると同じ表面積のミスリル合金鎧より高くつく上、製作に時間がかかる」
「鎖帷子やクロスアーマーの方が費用対効果が高いってわけね! 有能な魔獣使いでもアラクネの飼育は面倒そうだし」
「餌やスペースの関係上難しいだろう。しかし、このダンジョンはある意味巨大蜘蛛とアラクネの飼育場だな」
「飼育場にしてはムダが多いし、経費が掛かりそうね! コボルトとゴブリンなら、他に飼育・育成してそうだから、いくらでも餌に出来そうだけど」
アランはレオナールとダオルの位置を確認し、狙った地点に近い巨大蜘蛛を目標にして《炎の旋風》を発動する。
6体ほどの巨大蜘蛛と周辺の巣や糸が炎の渦に巻き込まれ、燃え上がる。蜘蛛達はそれで即死またはほぼ即死し、魔法の効果が切れるまでに周辺の糸が焼き払われた。
いつもより若干長めに燃やしたのだが、アランのイメージ通りにいったようだ。
アランの視力・視界では大部屋の全てを見渡す事はできない。追加の《灯火》を唱えて、灯りを増やす事にした。
素早く詠唱し発動させ視界を確保すると、次の《炎の旋風》を詠唱する。
結局、大部屋の全ての魔獣を倒すのに、半時ほどかかった。
ものすごい更新時間かかりました。すみません。
グロとまではいかないけれど、人の遺体を臭わせる表現があるので、苦手な人のため一応警告。本当に苦手なら序盤で回れ右してそうですが。
なんか中途半端かとも思いつつ、だらだら書いてもほぼ作業な戦闘描写面白くないしね、という事でこんな感じに。なんか中途半端なカット&描写ですが。
コストパフォーマンスを漢字にすると費用対効果かなと思いますが、なんかイマイチ感が拭えないのが悩ましいです。
あと2話くらいで蜘蛛ダンジョン終わらせたいですが、例によって予定は未定。というか予告しても予告詐欺になりそうです(指が勝手に動くので←病気)。
以下を修正。
×懸念や不安
○懸念
×仕事制限したりしないわけがないだろう
○仕事制限したりするわけがないだろう
×0.4~5メトル程
○0.5~6メトル程
(歩幅が短すぎたので修正)




