10 幻影の洞窟の探索6
戦闘および残酷な描写・表現があります。
その部屋は白い糸が張り巡らされていた。その隙間から巨大蜘蛛やアラクネの姿が見えるが、ぱっと見で総数は不明である。
後方に一人立つアランが左腕を上げるのを合図に、通路の左手にルージュが、右手にレオナールとダオルが寄って、中央を空ける。
「《炎の壁》」
《炎の壁》が発動され、部屋の入り口周辺に、高さ3~4メトル以上、幅2.5~3メトル以上の燃えさかる炎の壁が出現する。
炎に焼かれた蜘蛛魔獣達が苦悶のきしり声を上げる。レオナールは剣を正面で構えながら、炎の壁を焦れる気持ちのまま睨み付ける。
「落ち着け、レオ」
「いつ消えるの、これ」
「ついでだから覚えろ。別に初めてじゃないだろう。心の中でゆっくり十数えて、一呼吸おけ」
「わかったわ」
「心配しなくても、野生の魔獣・魔物と違ってダンジョンの敵は逃げない。野生のものも自分の巣へ侵入された場合は、よほどの強敵相手でなければそうそう逃げない。
何故かわかるか?」
「知らないわ」
「ダンジョンの敵は、ダンジョン製作者または主の意志や命令によって行動し、それに反する行動は取らない。
野生の魔獣・魔物は、自分の巣を守るためには命を賭ける。侵入者を撃退・死亡させ、仲間が少数でも生き延びられれば、そのまま今の巣を存続させる事も、新たな巣へ移る事も可能だ。
巣を作れる場所は無限ではないし、それを得て維持するためには、外敵との戦いは必須だからな。
人だって、自分が宿泊している宿や所有する家を襲撃されたら、相手がよほどの強敵でなければ、抵抗するだろ。それと同じだ。
人には知性や理性や感情があるが、基本的に生き物だという事に変わりはない。
人と魔物の行動基準や理念は同一ではないが、全く重なるところがないわけじゃない。
レオ、考えろ。敵が何をやろうとしているか、何を目的にしているか、観察・分析して、想像しろ。
ただ目の前の敵に剣を振っているだけじゃ、木偶相手にしているのと変わりない。
どんな魔獣・魔物も人に使役される魔法生物でさえも、意志や意図無く行動しているわけじゃない。相手を良く観察してお前がどう動くべきか、考えろ。
見ただけでは意味がない。見て、わかって、どうするべきか考え判断しろ。戦闘時以外は俺が考えてやるけど、俺は剣は良くわからない」
「考えるより、見て感じた方が早いと思うけど」
レオナールが言うと、アランが呆れたような顔になる。
「ゴブリンナイトの時はどうだった? あれ、幼竜のフォローなしに倒せたか?」
アランの言葉に、レオナールが渋面になる。
「何よ、アランはわかるって言うの?」
「お前がどうしたら良いかはわからないが、何故ああなったかは見ていればわかる。
俺もクイーン相手に体験したが、敵に攻撃を読まれて対処されたからだ。それに対抗するには、読まれても対処できない速度で攻撃するか、牽制やフェイントで本命を読まれにくくしたり隙を作らせるか、仲間との連携でそれらを為すかだ。
お前の理想はダニエルのおっさんなんだろうが、今の俺達におっさんの真似は無理だ。そういうのは訓練・鍛錬だけにしろ。
実戦では無様だろうがどんな手段を使おうが、目的を達成できれば良い。勝ち負けにこだわる必要もない。今の自分にできる事をするしかない」
レオナールは溜息をついて、肩をすくめた。
「頭を使うのは苦手なんだけど」
「苦手と言ってやらなければ、いつまで経ってもできないだろう。俺にできる事は俺がやるけど、できない事は自分でやれ。
それともレオ、お前は俺に剣の立ち回り覚えろとでも?」
ギロリと睨むアランに、レオナールは髪を掻き上げ、くしゃりと握りしめた。
「……わかったわ。苦手だけど、やってみる。じゃないと、強い敵は斬らせて貰えないんでしょう?」
「その通りだ。これまであまり大型の魔獣・魔物は練習していなかったからな。おっさんがいる時は除外して」
「まあ、師匠がいる時といない時じゃ大違いだってのは、わかってるわ。私じゃ師匠みたいに動けないのもわかってる。
何より、師匠がいる時のアランはわりとのんびりしているのに、私と二人の時は時折ピリピリして苛立ってるもの」
「安心感が違うのは間違いないな」
アランが頷くのをレオナールは嫌そうに見て、わずかに唸り声を上げる。
「見てなさい! その内アランをひれ伏せさせてやるんだから」
「その意気だ。せいぜい頑張ってくれ。そろそろ前向いた方が良いぞ」
アランが言うと、レオナールは舌打ちして前を向いた。
「ぐがぁあああああおぉっ!!」
ルージュが咆哮した。炎の壁が消え、奥から巨大蜘蛛が飛び出してくる。吐かれた粘着糸はルージュが尻尾で叩き落とし、更に突進して糸を吐こうとした個体を跳ね上げた。
レオナールも一番手近な、足を上げて構える巨大蜘蛛の腹を斬り払い蹴倒すと、逆の足で心臓付近を素早く踏み抜いた。そのまま他の巨大蜘蛛を斬り払い、視界を確保する。
ダオルも近い場所から確実に、巨大蜘蛛達を屠っていく。ゆっくり歩くような速度であるが、無駄がなく安定感がある。
アランはレオナールにあれを参考にして欲しいと願っているが、レオナールの理想がダニエルである限り、それが難しいのは良くわかっている。
(正直、人外を目標にされても困るんだがな)
ダニエルは何処に目がついているのかわからないような反応や動きと速さで、速度と膂力で瞬殺する剣士である。
何をしているのか、理解できても反応できない速さは確かに憧憬・目標になるのだろうが、普通は目に見えたとしても身体が動かないし、反応できない。
人は誰もがその骨格や筋力・体力の範囲内でしか行動できないし、脳や脊髄の反応速度を超える事はできない。
(相手が動き出すより前に反応するようなのは、化け物レベルなんだが、あいつわかってるのかな)
仮に速く動けるようになれたとしても、知覚レベルが人の範疇である限り、ダニエルと全く同じ反応速度では動けない。
普通の人は、そこを予測や勘・運などで補うのだ。それは完璧ではないが、経験や知識の蓄積によって精度を高めていくものだと、アランは思う。
理想を現実にする事は難しい。そもそも体格・体質が明らかに違うレオナールが、ダニエルのような力を得るのはほぼ不可能だ。
魔法や魔術の補助によって、その差をある程度補える可能性がなくもないが、腕や足の長さはどうしようもないし、膂力や反応速度については差がありすぎて、魔法で補っても同じにはならない。
いずれ理想とは異なる自らの戦闘スタイルを身に付けなければならない。負けず嫌いで、不可能だと言われればかえってやる気になるレオナールが、いつそれに気付くかは不明だが。
アランは溜息をついて、詠唱を始めた。敵が多いので《炎の旋風》だ。
(俺がわかっているだけじゃ、どうしようもない)
どうするべきか、考えてもわからない事が多すぎて、頭が痛い。口で言って理解できないなら、身体で学習させるしかない。その時、レオナールがどう反応するかは、わかりそうでわからないが、その時考えるしかないだろう。
アランがレオナールの行動を事前に予測できた事は、ほとんどないのだから。
「《炎の旋風》」
発動した魔法は、部屋の三分の二の巨大蜘蛛を巻き込む事に成功した。
「らぁああああっ!!」
低いうなり声のような咆哮を上げて、レオナールが剣を振り上げ振り下ろし、残りの巨大蜘蛛を駆逐すると、アラクネへ飛びかかった。
アランが思わず顔をしかめたが、その背後からダオルが歩み寄ろうとしているのが見えて、安堵した。
ルージュはその反対側で尻尾による薙ぎ払いや突進で、掃討している。幼竜といえどドラゴン相手に巨大蜘蛛やアラクネ達がかなうはずがないので、そちらはどれだけ猪突猛進・特攻しようと構わない。
アランは《炎の矢》の詠唱を開始する。
一体のアラクネをレオナールが右手正面側から、ダオルが左手背後側から剣を振るう。
入り口付近で遭遇した個体より戦闘慣れしており、右手にレイピア、左手にマンゴーシュを装備しているが、腰の可動範囲が狭い事もあって、二人の連携に対応できていない。
レオナールが左でアラクネの右肘を切り落とし、距離を取って体液を避けつつ、スイッチして右手に握った剣でアラクネの足下を大きく薙ぎ払う。
ダオルが仰け反るアラクネの心臓目掛けて大剣を振り下ろし、トドメを刺した。
それと前後してルージュが、もう一体のアラクネの身体を前足で跳ね上げ、噛み付いて核ごと心臓を噛み潰した。
アランは動く敵がいなくなったのを確認して、魔術を解除した。前進し、レオナールとダオルの方へ歩み寄る。
最初の部屋と天井の高さはほぼ同じで、広さは二倍近く広い。通路はやはり上下二層になっているようだ。
部屋に張られていた糸の大半は燃やされるか薙ぎ払われるかして、隅の方や高い場所にいくつか残っている他はない。
念のため上層の通路は《岩の砲弾》で塞ぐ事にした。
「《岩の砲弾》」
轟音と共に上層の通路の入口の天井が崩れ、塞がれる。たとえ気休めでも思わぬところから不意討ちされる確率は下げたい。
「一時休憩にしよう」
「了解」
「わかったわ。ルージュ、食べて良いわよ」
レオナールが言うと、ルージュはアラクネの心臓付近にかぶりついて、咀嚼しはじめた。
それを横目に見ながらアランは水と干した果物とナッツの入った袋を取り出した。
「アラン、いつもそれ食べてるけど好きなの?」
「汗をかいたり疲れたりした時は、適度な水分と糖分が必要だからな。果物やナッツ類は身体に良い。
お前も肉ばかりでなく、もっと野菜や果物やナッツ類を摂取した方が良いぞ」
アランが言うと、レオナールはやぶ蛇だったと言わんばかりに顔をしかめた。
「ちゃんと食べてるわよ」
「俺が言うからだろ? 肉と同じくらい身体を作るのに大事なんだから、好き嫌いせずにちゃんと食え。
身体壊したり調子崩してからじゃ遅いんだからな」
「そんな事よりアラン、掘り出し物は見つかった? ほら、ラーヌの古書店とか色々回ったんでしょう?」
レオナールは慌てて話題を変えた。
「ああ。でも予算が合わなかったり、既に知ってるやつだったり、あまりコストに見合わない微妙なやつだったりしたから、結局買わなかった。
王国東部の国境に隣接した三領地からの街道の合流地点で、有名な宿場町の一つだって話だから、期待したんだが。
やっぱり西北の港都市や王都みたいな大都会の方が良いのかな。ラーヌも俺達には十分都会に見えるけど」
「残念だったわね」
「そうだな。でも、先日教わった魔術があるから、しばらく問題ないだろう。
《鉄壁の盾》の恩恵はお前には理解できないかもしれないが、《俊敏たる疾風》はお前好みだろ?」
「どうかしら? そういうのいまいち良くわからないのよね。気休め程度には違うかもしれないけど」
「……おい。確かにまだ習熟していると言えるレベルには達してないかもしれないが、ない状態とは明らかに違うだろ?
身体が軽くてキレが良くなっていつもより速く動けるだろう?」
「アラン、おそらくレオナールは普段から全力ではなく抑えた速度で移動したり攻撃しているから、恩恵を感じ難いんじゃないか?」
ダオルの言葉にアランはハッとする。
「速ければ強いというわけではない。武器の威力はその重さに加えて、当たる瞬間に籠められる力などにもよる。速さを意識しすぎれば攻撃は軽くなってしまう。
レイピアやダガーなど速さが重視される物ならともかく、バスタードソードは筋力と技術が重要な武器だ。
俺やアランは普段はあまり速く動けないから効果がはっきりと感じられるのだろう。
レオナールにはおそらく筋力を高める魔法の方が効果を感じられるのではないか?」
「筋力か」
なるほど、と頷くアランにレオナールが言う。
「予告なしに掛けないでよ? 調子狂うと困るから」
「文言は覚えているし使い方も実演されたが、練習してないから試しに掛けてみても良いか?」
「嫌って言ったら?」
「……次回にするか」
レオナールは嫌そうな顔になった。
「正直魔法ってあまり好きじゃないのよね。なんか気持ち悪くて。なるべく使って欲しくないんだけど」
「おいレオ、俺の存在意義を何だと思ってるんだ!」
「決まってるでしょ。私の苦手な事やってくれる便利な危険探知機。他には代えられない才能よね!」
「……お前なんか嫌いだ」
アランは呻くように低く呟いた。
更新遅くなりました。
うっかり書きかけを保存し忘れた事に気付いた時のやるせなさと来たら(泣)。
今章のプロット甘かったかもと反省中。
ゲームしたい病(現実逃避とも言う)にかかっています。
読み返したら誤字脱字ありそうだけど探すと見つからないのが悩ましいです。
脳内で勝手に誤字とか補完されるのはラノベ系読むには便利なスキルですが、自力で見つけるのが難しいのが悩みです。
後日読み上げソフトで探す予定ですが(softalkか詠太)。
以下修正。
×張り巡らせられていた
○張り巡らされていた
×キャンセル
○解除
×部屋の広さは、天井の高さはほぼ同じで他は最初の部屋の二倍近い
○最初の部屋と天井の高さはほぼ同じで、広さは二倍近く広い




