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9 幻影の洞窟の探索5

戦闘および残酷な描写・表現があります。

 レオナールが全身の汚れを拭い終えたため、この場所からはひょうたん型の湖を泳いで渡らない限り他の場所へは行けそうになかったので、ルージュを先頭に通路を戻って他の分岐へと向かう事にした。


「ねぇ、ダオル。巨大蜘蛛やアラクネは、どのくらいの力加減でやれば良いか学習したから大丈夫だと思うけど、他に出て来そうな敵の特徴とか教えてくれるかしら」


「すまない。おれは基本ソロで野外の狩りや討伐は良くやるが、ダンジョン探索はほとんど経験がない。

 ダンジョンにどんな魔獣や魔物がいるかは、その製作者の思惑次第だ。その製作者の意向や性格によって傾向や特徴が現れる事はあるが、未発見のダンジョンがどうなっているかは良くわからない」


「レオ、たぶんこのダンジョンは、オルト村ダンジョンやゴブリンの巣、コボルトの巣に関係したやつが作った物だと思うぞ」


 アランの言葉に、レオナールが首を傾げた。


「何故そう思うの?」


「今のところ勘だとしか言いようがない。あえて理由を付けるなら、このダンジョン製作者の性格が悪くて、その意図するものが『タチが悪い』から、だ」


「タチが悪い?」


 怪訝な顔のレオナールに、アランは頷いた。


「オルト村では、罠としか思えない魔術師だけが疲弊する上に、通常施すべき安全策を取らない転移陣を描いた。

 そこで捕らえた冒険者をゴブリンの餌にした上、その装備をゴブリンに与え、巣にいるゴブリンを強化するための魔法陣を描いて放置または観察した。

 コボルトの巣は、罠に掛かれば死にかねないようなものをいくつか設置し、コボルトやゴーレムを送り込む8つの転移陣を描いた。

 このダンジョン内で魔法陣が見つかったなら、おそらく間違いないだろう。あるとすれば、幻術や精神魔法系、あるいは能力強化付与の魔法陣と転移陣だ。

 たぶん、わざと弱い魔物や魔獣で実験してやがる」


「何のためによ。考え過ぎじゃない?」


 レオナールは肩をすくめて言った。


「現時点では、憶測とか妄想の類いだ。真実とは限らない。……同じやつがそれら全てを実行しているとしたら、目的は実験、または本番前の練習だ。

 弱い魔物・魔獣でやるのは、不測の事態が起こって失敗したり、制御できなくなっても最小限の被害で済む。

 前回、捕らえた魔術師がいただろう? たぶん張本人は直接魔法陣の設置や管理をせず、下っ端または捨て駒にできる実行役にやらせている。

 その方が安全だからな。もしかしたら、ロラン近郊だけでなく他の場所でも似たような事をやらせているかもしれない」


 アランが真顔で言うと、ダオルが眉をひそめた。


「本番前の練習って、つまり、後日本番があると言いたいのか?」


「そうだ。研究熱心な魔術師は大勢いるし、それを実験したり実地で使用してみたがる魔術師も少なくない。

 だが、わざわざ自分が作った魔法陣を人目に触れるようなところに設置したり、魔物・魔獣に使わせたり、冒険者(ひと)で試したりしない。

 自宅や研究室、あるいは人気のないところで、安全策を取った上で使用あるいは実験した上で、それを秘匿したり、魔術師ギルドやその他の組織に所属している者であれば自らの功績として論文などを書いて発表するだろう。


 魔術師の多くは、自己顕示欲や自尊心や名声欲が強いか、研究バカ、あるいは保身その他の理由で自分の術や知識を秘匿し抱え込む。

 同業の大半は潜在的な敵だ。自分の研究テーマを盗まれる事を恐れる魔術師は多い。

 実用的で金になりそうなもの、あるいは早期に他人に見つけられそうな発見・着想なら、その前に売るだろう。

 魔法・魔術の研究には膨大な金と時間が掛かる。よほどの金持ちでなければ、大なり小なり苦労するからな。


 もっとも、魔法陣やダンジョン製作者、首謀者と思われる人物には一度も遭遇した事がないから、違うかもしれない。

 でも、気まぐれや遊びでこんな事をやらかした、というよりは、何か目的や理由があって実験または練習した、という方が納得が行く。

 気まぐれや遊びで容易く人を殺せる魔術師など、絶対相手にしたくないからな」


「アランはそんな事考えてたの?」


 レオナールが大仰に肩をすくめて、可哀想な人を見る目でアランを見てくる。アランは溜息をついた。


「理解できないものが一番恐いからな。俺は魔獣・魔物よりも、人の悪意や害意の方が恐ろしい。

 何が一番恐いって、人は嘘をついたり、表面上を取り繕ったり、偽装・欺瞞する事が可能だ。

 その上、多くの人は善悪どちらにも分類できない。同一人物が状況によって、善にも悪にもなる。


 だからといって全ての人を信用しないというわけにもいかないし、それでは社会で生きる事もままならない。

 絶対に信じられるものなんて、ありそうでなかなか無いもので、それだけに稀少で貴重だ。だから俺は……」


「ねぇ、アラン。もっとわかりやすく言ってくれる?」


 レオナールの言葉に、アランは何かを諦めたような表情で瞑目した。


「……お前には何か言うだけ無駄だよな」


「え、今のそういう内容だった?」


 キョトンとするレオナールに、アランは溜息をついた。


「お前は戦闘と力仕事と索敵・探索だけに集中しろ。考えるのは俺の仕事だ。それで良いだろ」


「だったら最初から口にしなければ良いでしょう? アランって、本当面倒くさいわね」


「面倒臭くて悪かったな」


 アランはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。レオナールがやれやれと言いたげに肩をすくめる。


「アランは見えないものを目を凝らして見ようとしたり、存在しないものを存在していると仮定して、それに固執して無駄に足掻いているように見えるわね。

 別に良いじゃない。見えないものは見えない、今この場に存在しないものは存在しない、それじゃダメなわけ?」


「俺は臆病で慎重なんだよ。だいたい事前予測や情報収集・考察なしに、その場で適切に臨機応変に振る舞う自信はない。何度も様々な状況を想定して対策を練っておかないと、不安で仕方ない。

 即時発動できる魔術は存在しないし、俺はお前と違って自分の素の肉体を武器にできないからな。まさかお前に四六時中優先的に守って貰うというわけにはいかないし」


「あら、試しに地べたに頭を擦りつけて土下座で懇願してみたら?」


「何をだよ! って言うか、なんで俺がそこまでする必要があるんだ!!」


「必要はないけど、やってみたら面白いかもしれないでしょ?」


「バカな事を言うな。面白いと思うのはお前だけだろ」


「四つん這いで三回まわってワンでも良いわよ?」


「ふざけんな、死ね」


 アランが吐き捨てた。レオナールは、アランが時折使うその台詞の意味を『うるさい、黙れ』の類義語のように捉えている。ある意味間違ってはないが、アランが知ったら嘆くこと間違いなしである。

 レオナールは肩をすくめ、口を閉じて索敵等の作業に戻った。



   ◇◇◇◇◇



「この糸を切ったら、また出て来るかしら?」


 作業に飽きてきたレオナールが首を傾げて言うと、アランが唸るような低い声で答えた。


「次にやったら、お前の頭か心臓目掛けて《炎の矢》を撃つ」


「えーっ」


「えー、じゃない。なんでさっきのあれで懲りてないんだよ」


「なんで懲りるの? 初めてだったから、ちょっと手際は悪かったけど、そこそこ楽しかったじゃない」


「俺は楽しくねぇよ!」


 アランは噛み付くように吠えた。


「糸が増えて来ているのは確かだな。近いかもしれない」


 ダオルがポツリと言った。その言葉に、アランがギョッとした顔になる。


「近いって、巨大蜘蛛やアラクネが、か?」


「ダンジョンに棲むものに該当するかはわからないが、野生の蜘蛛系魔獣ならば今はちょうど産卵期直前で、大量に餌を必要として狩りをする。

 そのため活動が活発になるから、先月から今月あたりが毎年討伐依頼が増える。

 本来、ダンジョンから生まれる魔獣・魔物類は、ダンジョン内の魔素を吸収して成長するが、もしこちらの巨大蜘蛛やアラクネが、外部から運び込まれた巨大蜘蛛やアラクネなら、今が一番活動が活発になる時期だろう」


「そうか。転移陣を利用すれば、野生の魔獣・魔物を任意の場所で繁殖・生育できる。餌が足りなければ送る事も可能だな」


 アランが渋面で頷いた。


「きゅきゅーっ!」


 ルージュが警告するような鳴き声を上げ、


「来るわよ! 巨大蜘蛛が11匹以上!」


 レオナールが補足した。全員武器を構えて敵に備える。アランは《俊敏たる疾風》の詠唱を開始する。

 先程も聞いた複数の蜘蛛達の這う音が徐々に近付いて来る。


「ぐがぁあああああおぉっ!!」


 ルージュが咆哮する。視界がより鮮明に、音がより明瞭になる。アランが《俊敏たる疾風》を発動させたところで、奥の通路から巨大蜘蛛達が現れる。


(幻術か精神魔法の影響で、若干距離感が狂うみたいね)


 おそらく術の効果が発揮している時は、五感全てがその影響下にあるのだろうが、一番顕著なのが視覚なのだろう。

 巨大蜘蛛もアラクネもあまり動きの速い魔獣ではない上、身体も比較的大きめなので、多少目測などが狂ってもレオナール達が攻撃する分にはさほど問題にならないが、弓矢による攻撃で急所などを狙う場合には影響が出るかもしれない。


(相手が巨大蜘蛛なら、多少目測を誤っても加減できるし、振れば当たるから問題ないわね)


 アランの使う《炎の矢》《岩の砲弾》《風の刃》はいずれも個体を狙う攻撃魔術だが、低ランク魔獣にはかすっただけでもそこそこ威力のある魔法であり、コボルトやゴブリン程度ならば一撃で死亡または瀕死である。

 通常の駆け出し冒険者パーティーならば、アランが攻撃役でレオナールが牽制または回避盾役になるのだろうが、そんな役割分担など考慮した事はない。基本的に臨機応変である。


 レオナールがなるべく正面を避けて素早く駆け寄り、側面から急所目掛けて剣を振り下ろしては、次の獲物目掛けて縦横無尽に駆ける。

 ダオルが速くはないが必要最小限の力・動きで的確に急所を潰し、ルージュが尻尾で複数の巨大蜘蛛を薙ぎ倒し、前足による打ち払いで床や壁へ叩き付け、時折突進で吹っ飛ばす。

 アランがその合間に《炎の矢》を詠唱し、放つ。


(四、三、六、二ってとこかしら。じゃ、最後の1匹は貰いましょ!)


 順にレオナール、ダオル、ルージュ、アランの討数である。顎や足を避けて一番奥の巨大蜘蛛の心臓目掛けて剣を振り下ろす。


「あ」


 うっかり力を込めすぎて、巨大蜘蛛の頭部と腹部が両断される。慌てて避けるが、体液の一部が腕に掛かった。

 わずかに顔をしかめるレオナールに、ルージュが歩み寄り大きな舌でベロリと舐め取った。


「……有り難う」


 レオナールは微妙な顔で、ルージュに礼を言った。


「まだ奥にいるわね」


 レオナールの言葉に、アランが尋ねる。


「どのくらい?」


「少なくとも、今来た倍は確実ね。大きいのも混じってそう。ルージュは、どう?」


「きゅきゅきゅ、きゅーっ! きゅっきゅーっ!!」


 首と尻尾をブンブン振りながら訴えるが、正直何を言っているかは不明である。


「レオ?」


 アランが怪訝そうにレオナールを見る。レオナールは肩をすくめた。


「私に聞かないでよ、アラン。別に会話できてるわけじゃないんだから。でも、肯定はしてくれてるみたい。

 他にも何か言ってるんだと思うけど、何が言いたいのかはサッパリね」


「きゅきゅうぅ」


 ルージュが困ったように首を傾げた。


「あなたが人の言葉を話せたら楽なんだけど、仕方ないわよね。とりあえず、警戒は解かずにこのまま行きましょう。

 たぶん待ち伏せされてると思うけど、問題ないでしょ」


「そうだな。巨大蜘蛛とアラクネならば、どれだけいても問題ないだろう」


 ダオルが頷き、アランも頷いた。


「そうだな。この面子なら問題なさそうだ」


「嫌な予感はしない?」


 レオナールがニヤリと笑って尋ねると、アランが嫌そうに眉をひそめた。


「ない。残念だったな」


「ふぅん? でも、何か思うところがありそうね」


「お前が喜ぶような事はねぇよ。余計な事に気を散らしてる暇があるなら、周囲の索敵と警戒してくれ。

 気付いた事や見つけた物があれば、教えてくれ。詠唱中以外の時は」


「詠唱中に見つけたら?」


「後でも問題なければ後で良い。それじゃ間に合わないなら、お前にまかせる」


「良いの?」


「仕方ないだろ。ダオルに頼れるようなら、そっちに頼るのもありだと思うが、俺が詠唱中なら微妙だろう。

 でも無理とか無茶とか無謀な事はなるべくするな。命大事に、死なない程度に頼む。

 多少の怪我なら治してやれるが、さすがに首スッパリ腹パックリとかされたら、ぶち切れるからな」


「えぇっ、それさすがに死んでない?」


「お前ならギリギリまで生きてそうだ。でも見たくないから、やるなよ」


「大丈夫よ、たぶん」


 レオナールは苦笑した。


「特攻だけはするなよ」


「はいはい、したら飯抜きになるのよね。覚えてるわよ」


 しかめ面で睨むアランに、レオナールは肩をすくめる。


「今のところ変わったにおいとかはないから、心配しなくてもたぶん大丈夫よ」


「きゅきゅーっ!」


 ルージュが尻尾を大きく振るった。


「糸?」


 通路の奥から糸が網のように飛んで来たが、ルージュの尻尾による薙ぎ払いで、全て引きちぎられ床に叩き落とされる。


「《炎の壁》の詠唱をする。レオ」


「何? 特攻はしないわよ」


「なるべく幼竜やダオルと距離を取らないようにしろ。常にどちらかの近くにいろ」


「それ、かなり行動が制限されない?」


「常に離れ過ぎないように気を付けていれば、問題ない。練習だと思え」


「今までそんな事言わなかったじゃない」


 アランの言葉に、レオナールが溜息をついた。


「ああ。これまでは敵が弱かったし、俺とお前しかいなかったからな」


「つまり、今回はルージュとダオルがいるから?」


「そろそろお前に『連携』を覚えて欲しいからな。いつまでも一人で猪突猛進や特攻してないで、頭を使え。

 人と協力する事を覚えろ。戦闘中も周囲に気を回して、注意しろ。勘や本能に頼るな。

 ダオルならお前に合わせてくれるし、幼竜はお前と似たような行動しかしないから、そんなに難しくないだろ。


 ランク上げたら、俺達だけで行動する事は今より減るぞ。その時になって慌てるより、今の内に学習しておけ。

 自分以外の戦闘を見るのも勉強になるだろう? 良い機会だ。これまではちょっとお前を自由にさせすぎたと反省している」


 ギロリと睨むアランに、レオナールはうわぁと顔をしかめる。


「えぇっ、自由にさせて貰った事なんかないわよ?」


「過去の自分の言動を振り返る癖を付けろ。お前に足りないのは、自重と反省と学習能力だ。上手い飯が食べたいなら、俺の言いたい事がわかるよな?」


「アランってば横暴!」


「横暴じゃない! お前のために言ってるんだ、バカ!!」


 アランは渋面で怒鳴った。

更新遅れてすみません。

体調微妙なので、今週病院行って来ます。

たぶん重い病気ではないと思いますが、時折頭が痺れるような眩暈に襲われ、その後全身筋肉痛っぽくなるので。

胃腸薬(消化を良くする常備薬)しか飲んでないため、原因不明。微熱は毎日のように出てるので、関節や筋肉の鈍い痛みはそっちが原因かもですが。

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