9 逃走した盗賊もダンジョン探索中(2)
戦闘および残酷な描写・表現があります。
オーロンは全ての村人の家を訪ね、ダットの行方を捜したが、見つからなかった。小人族の盗賊がその気になれば、村人相手に隠密行動するのはわけもない。
「しかし、もしや、まさかとは思うが……」
オーロンは丘の上の邸宅を見やる。それだけはあるまい、と考えていたのだが、よくよく考えれば、おそらくは武器防具を装備して出掛けたのだ。そう言えば、彼は、領主の依頼で来たという冒険者二人組の部屋を盗み聞きしたという話だった。
「……そこまで考えなしだとは考えたくないが、しかし、念のため確認しておいた方が良いな」
オーロンは渋い顔で頷き、宿屋へ向かった。
◇◇◇◇◇
ダットはひんやりした玄武岩の床の上で座り込み、手探りで火打ち石を取り出し、松明に火を点した。
ボッと音を立てて燃え上がった松明は、周囲をぼんやり照らし出す。仄かに赤く染まる視界の中、ダットは周囲を見回した。
視界に入る限りでは、何もない。洞窟にしては、見事なまでに巨大な円形だ。中央部が一番高く、それからほぼ均等に傾斜した丸い半球状の天井が広がっている。
松明の明かりでは全てを照らす事はできないが、この場所を広間、と仮に呼ぶとして、その床もほぼ円形に見える。円柱の上にドーム状の天井を被せたような構造だ。
足下に、触媒により魔法陣が描かれているのに気付いて、慌てて飛び退く。それから、とん、と軽く足を乗せてみるが、魔法陣は起動しなかった。
「?」
ダットは魔法や魔法陣について詳しくない。先程のは、足を乗せただけで自動的に魔力を吸収して、勝手に起動したのに、こちらのはそれだけでは起動しないようだ。もしかしたら、何か方法があるのかもしれないが、古代魔法文字を解読できなければ、その知識もないダットには難しかった。
広間の天井の一番高いところは、標準的な人間の高さの約30倍、低いところでも20倍近く、部屋の直径は100倍以上あるだろうか。建築やその手の知識は皆無なダットだが、それでもこの場所のすごさはわかった。これが天然ものだとは思えないが、人の手で造れる代物にも見えない。
「……ダンジョン、だもんな」
なんだってあり得るか、と思いつつも、息を呑んだ。この広間の床や壁の玄武岩は黒々つやつやしていて、松明の明かりでわずかに光って見える。
「何で光るんだろう?」
ダットは首を傾げる。彼はこれまで玄武岩を見た事はあったが、ごつごつとした鈍い色のものばかりで、これほどまでに黒くつややかな状態のものは初めてだ。
「装飾品や宝石類のような価値はなさそうだけど、結構キレイだな」
しばらくぼんやりと眺めていたが、はっと気を取り直す。
「っと、こんな事してる場合じゃない。出来れば元の場所に戻りたいけど、これ、使い方がわからないからな。……仕方ない、現在地の把握と探索するっきゃない。あんまり遠くなければ良いけど」
魔法の事は良くわからないが、歩いて帰れない距離だったら、なんて事は恐ろしすぎて考えたくもない。
「……ちょっと油断し過ぎてたかな」
はぁ、と溜息をついて歩き出した。とりあえず、床に注意しながら、適当に壁の方へ歩いてみる。広すぎて、何処に何があるかはさっぱりだ。床に他の魔法陣があったとしても、近付かなくてはわからないだろう。
(ちょっと憂鬱になってきた)
顔をしかめ、うんざりしながらも、こんなところでぼんやりしていたら、死を待つだけなので、とにかくここを出る通路か、起動する魔法陣か何かを見つけなくてはならない。
(こんな何もないところで敵に遭遇したらヤバイよな)
コボルトやゴブリンの一匹二匹ならば問題ないが、大勢に囲まれたら、と想像すると身震いする。
(いやいや、待て待て。ここまで全然遭遇しなかったんだ、そうそう湧いて出るはずが……)
ふと、何か物音が聞こえた気がした。
「え?」
ダットは顔を上げ、そちらを見た。そして、サッと血の気が引いた。そこにいたのは最弱の魔物、コボルト。直立歩行する犬に似た小柄な生物であり、それは武器や防具など一切装備してない群れだった。
「十匹以上……嘘だろ」
慌てて短弓を構える。正確には12匹である。コボルト達の瞳が、一瞬赤く光ったように見えた。
矢を3本一度に抜いてつがえ、連射する。右端から2匹のコボルトが転倒し、更にもう1匹の肩に突き立つ。肩を負傷したコボルトはよろめき、速度を落とすが、止まらず走ってくる。
(ヤバイ)
弓を肩にかけて素早く距離を取り、投げナイフを投擲する。1匹の胸に当たり、ドサリと倒れた。しかし、コボルト達の勢いは止まらない。
更に距離を取り、投げナイフの投擲。3回繰り返し、3匹を一撃で仕留める。回収はできないので、投げナイフの残りはあと2本。
(せめて弓の距離を保てれば)
舌打ちしつつも、更に2回繰り返し、合計7匹を戦闘不能に追い込む事ができた。しかし、あと5匹残っている。飛礫で牽制しながら、1匹ずつ倒す事にする。
本来、ダットは《隠形》で潜んで、背後などからこっそり倒すか、同じく隠れ潜んで短弓で狙撃するかという戦闘スタイルであり、コボルトとは言え多数の敵に囲まれたり追われたりした状態で戦うのは、あまり得意ではない。
顔をしかめつつ、飛礫を打って、1匹だけ引き離すよう立ち回る。こうなると、ここの広さが唯一の救いになる。
これで障害物や高低差があれば、更に良かったのだが。何とか1匹だけ引き離す事に成功すると、即座に背後に回り、首をかき切った。すぐさま離れて、更にそれを繰り返す。
なんとか残り1匹にした時には、だいぶ疲労していたが、あと少しだという思いもあり、ダットの唇には笑みが浮かんでいた。最後の1匹の喉をかき切り、血しぶきを浴びることなく素早く離れると、はぁ、と溜息をついた。
(これで、やっと……)
そう思いかけた時、更なる足音を聞いて、愕然とした。
「……なっ……!?」
先程コボルトが現れた方角から、更に追加の群れが現れた。今度は、先程の倍。
「……う、そだろ……っ!?」
ダットは呻き、わずかに肩を震わせる。しかし、呆然としている暇はない。再度、弓を構え、矢をつがえた。
◇◇◇◇◇
オーロンは村長の許可を取り、邸宅の正面入り口から中に入った。
「彼が向かうとしたら、二階、か」
オーロンには盗賊の気持ちなど良く理解しがたかったが、ダットが狙うとしたら何かを自分なりに考えてみた。
できればいて欲しくないが、最悪の状況を考慮した方が良いだろう。故に、最短距離で二階の主寝室へと向かった。
村長の話によれば、二階の部屋は全て施錠されているはずであり、一階の主要な部屋の大半も本来ならば施錠されているのが当然なのだと言う。
しかし、これまでに3組の冒険者が中を探索しており、現在どのような状態になっているか、誰にも把握出来てないようだ。
主寝室の鍵は、施錠されていなかった。奥に扉が見えたが、この部屋にはクローゼットや戸棚などが置かれているが、いずれも荒らされていない。ここにダットは来なかったのだろうか、と一瞬考えたが、ふと床に魔法陣が描かれているのが見えた。
オーロンは慌てて扉のドアノブを確認した。ここにはあまり埃がたまっていない。しかし、それだけでは確信するには至らない。しゃがみ込み、薄く積もった床の上に、何か痕跡がないかと目を凝らす。
魔法陣の上に、小さな子供のような足跡を見つけ、舌打ちした。
「最悪の予想が当たったか……」
そして、ゆっくりと立ち上がり、歩を進めると、魔法陣の上に足を置いた。魔法陣が、オーロンの魔力を吸収して青白く発光した。
◇◇◇◇◇
大きく振られた腕と鋭い爪を避け、距離を取る。僅かずつ、ダットを取り囲む包囲網は狭められつつあるが、焦ることなく着実に、無表情で一匹ずつ屠っていく。
飛礫も残り少ない。故に、いざという時のために取っておくことにして、立ち回りとダガーによる牽制などで、近付く敵を少数に絞り、倒していく事にした。それでも時折、かすり傷だが負傷が増えていく。
大きく避けず、最小限に控えているせいだ。残りのコボルトはまだ十数匹。しかも、これで終わりとは限らない。
(こんなところで死にたくないな)
冷めた気分で、ダットは心の中で呟く。自分の失敗でこうなった、自業自得だとわかってはいたが、こんなつまらない死に方は興ざめだ、と思う。
(どうせなら派手にパァッと散りたいよな。でも、その前にガッポガッポ稼いで、金貨の海で泳いでからにしたいな、うん)
その時だった。広間の中心部が、青白く光り、ドームの天井もはっきり見えるほど、目映い光がほとばしる。
「っ!!」
背中越しに光を浴びたダットも驚いたが、それを真正面から目にしたコボルト達は更に驚き、なおかつ目がくらんだらしい。
途端に動きが悪くなった。今の内だ、とばかりにダガーを構え直し、手近の一匹に切りつけた。
「ダット!!」
どこかで聞き覚えのある声に、ぎくりと振り返った。
「……オーロン……ッ!」
真顔のドワーフ戦士は、普段の快活さが影を潜め、恐ろしい顔に見えた。
「話は後だ! やるぞ!!」
そう言って、背負った戦斧の柄を握り、大きく振るった。ギャギャンッといったコボルトの悲鳴と共に、2匹のコボルトが吹き飛ばされ、更に別のコボルトにぶつかり、巻き込まれたコボルト3匹が転がった。
その後も止まることなく、旋風のようなバトルアクスの刃が振るわれ、その度に面白いくらいにコボルト達が飛ばされ、転がる。
「……メチャクチャだな」
ダットは苦笑を浮かべ、汗で滑りそうなダガーを握り直し、オーロンから逃れるようにこちらへ走ってきたコボルト達に、踊るようにかわしながら、次々切りつけた。
3匹がくずおれ、4匹がよろめく。しかし、焦る必要はない。
「うぉおおおおおおおおっっ!!」
雄叫びを上げながら突っ込んで来たオーロンが、よろめくコボルトに次々トドメを刺して、ダットの目の前に走り込むと、くるりと背を向け、残りのコボルトに対面した。
「おりゃああぁっ!! 掛かってこい!!」
ダットはガラにもなく涙ぐみそうになって、慌てて気持ちを切り替える。汗に濡れた手の平を服のすそで軽く拭って、ダガーを握り直し、気持ちを引き締める。疲労のためか、視界がいまいちだが、先程よりは余裕がある。
オーロンの取りこぼしだけ相手にすれば良い。しかも、オーロンが彼の目の前に立ってから、コボルトは脅えるような様で、あまり近寄って来なくなった。弓矢に切り替えるべきか悩みつつ、おののき動きの鈍った1匹を倒す。
「なんだ、おっさん、結構強いんじゃない」
ダットが笑いながら言うと、
「わしより強い者はいくらでもいるが、これでもそこそこ修練は積んでおる」
とオーロンが答える。
「でも力任せ過ぎでしょ? 技術はいまいちだよね」
ダットの言葉にオーロンはぐっと唸る。
「その辺りは現在修行中だ」
ダットは声を上げて笑った。
「けどまぁ、助かったよ。たかがコボルトとはいえ、連戦じゃいくら体力あっても持たないからさ。オイラ一人でも倒せなくはないけど、楽できた方が良いよね」
「良く言う」
オーロンは苦笑する。
「まぁ良い、残り数匹だ。気合い入れて掃討するぞ!」
「おっさん元気だなぁ。オイラは疲れたから、そこそこ手を抜かせて貰うよっ!」
力ずくで蹂躙するオーロンと、コボルト達の合間を縫うように、足を駆使し、死角を利用して急所を切りつけて倒すダット。それから数分もかからず殲滅した。
「ところで、ここはいったい何処なのだ?」
オーロンが戦斧を背に担ぎ直して、尋ねてくる。
「それがわかれば苦労しないよ。さっきの魔法陣で元の場所に戻れたら良いんだけど、起動の仕方がわからないんだよね」
「ふむ、ここは魔物も来るようだから、誤作動を防ぐためにキーワードが必要なのかもしれぬな」
「キーワード?」
「起動させるための呪文のようなものだ。実際に見た事はないが、そういうものがあると聞いた事がある」
「ふぅん、それってどうやったらわかるの?」
感心したような顔で見上げるダットに、オーロンは胸を張ってキッパリと答える。
「誰にも教わらずにそんなものがわかるとしたら、天才か神の使いだ」
ダットは顔をしかめた。
「……つまり、わからないんだね」
「わしのせいではないぞ?」
肩をすくめるオーロンに、ダットは苦い顔になる。
「まぁ、いいや。とりあえず回収できそうな矢とか投げナイフとか飛礫拾っておきたいんだ」
「ああ、わかった。では、わしも手伝おう」
二人がかりで、そこら中に転がるコボルトの死体やその近くから、拾い集める。
「ずいぶん広範囲に走り回ったのだなぁ」
感心したように言うオーロンに、
「最初は体力温存とか考えてなかったからさ。今考えると失敗した。一匹ずつ引きはがすだけなら、もっと上手いやり方もあったのに」
「いやいや、一人でこれほどの数を相手して倒すとは、若いわりに腕は良いようだな」
「バカにしてるの?」
「違う、感心しておる。一人じゃなかったら、あるいは場所がここでなければ、おぬしの腕ならば、もっと短時間で全てのコボルトを倒す事もできただろうな」
「…………」
オーロンの褒め言葉に、むっつりとした不機嫌そうな顔で、ダットはぷいと顔を背けた。
「うん? どうした、ダット」
「……これ以上はもういいや。投げナイフは全部回収できたし、飛礫は基本消耗品だから、また今度河原ででも拾ってくるし、矢はこれだけあれば、なんとかなりそうだし」
「ふむ。まだ何本か残っておるようだが、良いのか?」
「良いよ、面倒臭くなった。それに早く移動しないと、また追加が来たら厄介だしね」
「そうか。しかし、ここはずいぶん広い洞窟だな。出口を探すにしても、いったいどちらの方角へ向かうべきか」
「コボルトがやって来たのは、あっちなんだよね。それも二回も」
ダットが指を差す。
「ふむ、という事は、あちらに待機所か巣があるという事か。では別の通路を探した方が良かろうな」
「松明の火を消した方が良いのかもしれないけど、オイラ夜目が利かないから、視界が真っ暗になっちゃうんだよね」
「それは、まぁ、仕方ないだろうな。またあの主寝室にあったような魔法陣を踏むと厄介だ。灯りはあった方が良かろう」
「……だよね」
ダットは溜息をつく。
「正直広すぎて、うんざりする。でもまぁ、さっき、さんざん逃げ回ったおかげで、コボルトが来た以外の通路も見つけられたけど」
「ではそちらへ向かおう」
「こっちだよ」
ダットは頷き、先導する。コボルトの群れが現れた通路を左手に進むと、通路が見えて来る。標準的な人間が両手を開いた状態で、三人並べるかどうかくらいの幅、高さが同じくその身長の十倍以上。ごつごつでこぼこした、自然の洞窟のような作りである。
「つるつるしてたのは、さっきのとこだけみたいだな。こっちは普通の玄武岩だ」
ダットの言葉に、オーロンも周囲を見回し、ふむと頷く。
「あちらの方の床や壁は、磨かれたように艶々黒々としていたな。こちらの方が若干灰色っぽい。組成も若干違うのかもしれない。詳しくはもっと明るい場所で削り取ったものを調べなければわからないが」
「別に玄武岩なんて、どこにでもある石で金にはならないから、正直組成がどうとかどうでも良いけどね」
「確かに、金にはならないな」
オーロンは苦笑する。
「しかし、ずいぶんと広そうな洞窟だ。これを探索するとなると、ちょっと厄介かもしれんな」
「……うわぁ」
げんなりした口調で、ダットは肩をすくめた。
「来る時は一瞬だったのに、これって結構厄介な罠だな。《罠感知》に引っかからない辺り、かなり悪質で性格悪い」
「本来は罠ではないのだろうな」
「オイラが踏んだ以外にもあんな魔法陣があって、全部ここに通じてるなら、少数パーティーや弱いやつらなら、おだぶつだな。最初が12匹で、次が24匹だからな」
それを聞いて、オーロンが顔をしかめた。
「その次に48匹来たら、わしらでも苦労しそうだな」
オーロンがボソリと言った言葉に、ダットはピシリと固まった。
「ちょっ、オーロンの旦那! 縁起でもない事言わないでよ!!」
「……さっきまで『おっさん』だったのに『旦那』に逆戻りか? いや、別にどちらでもかまわんが」
「そういう問題じゃないよ!! 恐いこと言わないでよね! いくら最弱のコボルトでも、倍・倍で来られたら、数で押されて溺死しちゃうよ!!
なんかおっかないから、早く移動しよう。オイラ、思わずこの『広間』一杯にあふれるコボルトの群れを幻視しちゃった。現実にならない内に、早く行こうよ!」
「そんな事にはならんと思うが、まぁ、こんなだだっ広いところで足の速いコボルトとやり合うのは、あまり嬉しくはないな」
「ほら、早く早く!」
必死な顔で自分の腕を引くダットに苦笑しながら、オーロンは歩き出した。
キリが良いので、ここまでUP。
ドワーフ戦士無双orヨイショ回?
性格とか信条とかキャラ設定が逆のコンビ組ませるのが、わりと好きだったりします。私の書くコンビの全てがそれに当てはまるというわけではありませんが、対比で書くと引き立つので、多用しがち。
漫画と違って文章だけで書き分けする小説だと、似たようなキャラ同士だとぼやけやすいから、というのが主な理由。
たぶんきっと、私以外の人が多用してるんじゃないかな、と思いますが。
次回剣士&魔術師視点。
以下を修正
×ハーフリング
○小人族