8 幻影の洞窟の探索4
「先程出入りした際、入口を含むこの近辺の幻術や精神魔法全て解除されていたようだが、アランの魔法か?」
平常時に戻ったアランに、ダオルが尋ねた。その質問に、アランの眉間に皺が寄った。
「いや、残念ながら《魔法解除》はまだ修得していないから、俺じゃない。……でも、前にも不意に相手の魔法が解除されていた事があったな」
そう言って、アランは半ば睨むような顔で、レオナールとルージュを見た。
「私じゃないわよ?」
レオナールが肩をすくめて言うと、アランは溜息をつく。
「それはわかっている。俺は、その幼竜が原因だと思うんだが、レオ、心当たりないか?」
「さぁ? 少なくとも記憶にはないわね」
「おい、忘れたとは言わさないぞ。直近ではベネディクトの配下が張った《方形結界》が消えただろう。
あれ、お前が指示を出して幼竜が咆哮したら、解除または消滅していた。あれ、わかっててやったんだろう?
今更しらばくれても無駄だぞ」
「無駄なら、聞く必要ないじゃない。一応言うけど、別に確信持ってやったわけじゃないわよ。そうした方が良いような気がしたから、やってみただけ」
「つまり、あの時、確信に至ったわけだ」
「そうね。でもあれは魔法解除じゃなくて、実は単に術者の集中力を削いだり脅えさせたから、魔法が取り消されたのかもよ?」
「でも、今回の魔法が解除された原因は、幼竜の咆哮だろう。あれの前と後で、詠唱速度や効率が違っているように感じた。
なぁ、レオ。今後、おかしな魔法の存在を感じたら、なるべくあれを指示してくれないか。
お前、魔法の気配とか発動タイミングとか、なんとなくでもわかるんだろう?」
「別にわかるわけじゃないわよ? たまに妙な違和感覚えるってだけで」
「俺が見ている分には、今のところどんな魔法も全て発動直前に感知しているように見えるぞ。何故そんな事ができるかはサッパリ理解できないが。
あの咆哮が俺の魔法も解除または取り消すなら問題だが、今回詠唱途中でやられても、問題なかったからな。
ならば、使わない手はない。何故そうなるか理解できないのは気持ち悪いが、便利なのは間違いない」
「ねぇ、アラン。もっと短くわかりやすく言ってくれる?」
レオナールに残念な人を見る目で言われ、アランはガックリと肩を落とした。諦めて簡潔に言う。
「……なんかあやしいと思ったり、妙な違和感覚えたら、幼竜に咆哮させてくれ」
どうせ理由や理屈を並べても理解できないのだから、具体的に何をやるかだけ言う方が良いだろうとの判断である。
(俺、何が哀しくて、このバカと組んでるんだろうなぁ……)
アランがしばし呆然とうつろな目つきであらぬ方を見つめたのは、仕方ないかもしれない。
◇◇◇◇◇
通路の奥は左右に分かれていた。しかし、先程背後から現れたアラクネの事を考えると、このまま奥へ進んでも良いものか悩むところである。
「ダオル、先程出入りしたと言っていたよな。最初の部屋で何か気付いた事とかなかったか?」
「最初に見た時には気付かなかったが、かなりたくさんの糸が張られていた。しかし、糸を一本切っただけであの大群に襲われたのを考えると、あの部屋で引っ掛からなかったのは奇跡に近い」
「それって、ルージュが先頭でその後についていったからじゃない? 最初の部屋で索敵・探知した時も、あまり動き回らなかったし」
「なるほど。俺達が気付かなくても、幼竜は全て把握した上で行動していたという事か。
……こいつからしたら、俺達はバカか間抜けに見えてそうだな」
「そんな事ないわよね、ルージュ」
「きゅうきゅう!」
ルージュが首を縦に振りつつ、尻尾を揺らした。そんな幼竜をジロリと横目に見て、アランはやれやれといった風に肩をすくめた。
「まぁ、それはともかく、一度最初の部屋に戻ろう。一応どんな風になっていたか、もう一度確認して、怪しいところがないか調べよう。
前に調べた時は、敵の術中だったからな」
「アランは相変わらずねぇ」
レオナールは肩をすくめた。
「さっきおれが確認しておけば良かったな。そこまで気が回らず、すまなかった」
ダオルが謝ると、アランは首を左右に振った。
「いや、別に良い。俺が自分の目で再確認したいってのもあるからな。
もしかしたら、俺達が気付かなかっただけで、最初からあの部屋に潜んでいたというのもなくはないが、それなら幼竜かレオナールが気付かないというのも変だ。
不安要素はなるべく潰しておきたい」
そして最初の部屋へ戻った三人は糸に触れないように周囲を調べた。その結果、天井付近に大きな空洞があるのを見つけた。
そこへ続く糸がある事から、道具なしに人が上り下りする事は難しいが、巨大蜘蛛やアラクネは自由に出入りできそうである。
「蜘蛛達の住処にしては、天井が高いように思ったが、どうやら通路が二層構造になっているのか。
糸を全て燃やしても、また新たに来たやつが張り直すだけだろうな」
「アラン、心配なら《岩の砲弾》で潰しておけば?」
「それもそうだな」
レオナールの言葉にアランは頷いた。
「地精霊グレオシスの祝福を受けし硬き岩の砲撃、標的を貫き、砕け。《岩の砲弾》」
発動された《岩の砲弾》が天井付近の通路を破壊し、瓦礫で塞いだ。
「もし、ここがダンジョンなら、一定時間で修復されそうだな」
「それって阻害できないの?」
「ダンジョンがどうやって作られているかも、どのように維持・管理されているのかも、良くわかっていないからな。
わかっているのは、現在発見されているいずれのダンジョンも、それを維持・管理するための核を破壊すれば、存続できなくなるという事だけだ。
どのくらい保つかはわからないが、気休めにはなるだろう。
念のため、駄目元で何か仕掛けておくか?」
「ダンジョンならば、異物や死体・死骸も吸収されそうだな」
ダオルの言葉に、レオナールが肩をすくめた。
「でも、この前行ったダンジョンは、数ヶ月前の腐乱死体があったのよね?」
「そうだな。あれは、宝箱とかそういった類いのものは無かったが、ダンジョンとしか言いようのない構造だった。
あれを作ったのと同じ作成者なら、もしかしたらイケるかもな」
アランはそう答えて、背嚢から革袋を取り出した。
「卵?」
「中身を取り出して、薬剤を詰めたものだ。素手で触れない薬品を投擲するために作った。
俺がやるより、レオにやって貰った方が間違いないから、あそこへ投げてくれないか?」
「念のために聞くけど、これ、何?」
「巨大蜘蛛もアラクネも毒耐性がありそうだし、対人用に非殺傷で効果のありそうなものを作ったから、たいした効果はないだろう。
本来ならかぶれたり痛みを覚えるんだが。粘着力があるから、動きが遅くなるかもしれない。戦闘中使えそうなら使って見るか?」
「うーん、いらないわ。もっと面白いのはないの?」
「後は唐辛子と胡椒で作った催涙効果を狙った物と、麻痺毒と、複数種類の毒だな。
最初から相手が蜘蛛とわかっていれば、それなりの対策も考えたんだが。だけど、お前そんなの必要か?」
「だって、軟らかいし遅いけど、当てるのに苦労したんだもの」
レオナールが大仰に肩をすくめると、ダオルが苦笑しながら言う。
「全て見ていたわけじゃないが、レオナールの剣は素直過ぎる印象だ。もう少しフェイントや牽制や遊びを使った方が良い。
確かに最短距離で急所を狙いに行きたい気持ちはわかるが、狙いが見え見えでは、多少知恵の回る敵には通用しない。
隙はなければ、生み出すものだ。敵に自分の意図を読ませず、狙い通りに行動させてやれば、自分がどう動けば良いか見えて来る。
先程の戦闘で動きは見たはずだ。ならば、敵の動きを予測する事も、どう動けば敵をどう動かせるかも、わかるのではないか?」
「自信ないけど、やってみる」
レオナールが答えると、ダオルはニッコリ笑った。
「わからなければ、自分ならどうするか考えるのも良い。全てその通りになるわけではないが、参考にはなるだろう」
「大丈夫か、レオ。お前、頭を使うのは苦手だろう?」
アランの言葉に、レオナールはムッとした。
「うるさいわね。確かにお勉強は苦手だけど、アランに心配されるほど、ひどくはないわよ」
「どうだかな。まぁ、たぶん問題ないだろう」
「どういう意味?」
レオナールはキョトンとした顔になる。
「お前は頭で考えるより、身体で覚える質だろう。だから心配してない。もし、危なくなったら助けてやるから、感謝しろ。
一応初級だが回復魔法も覚えたからな。解毒魔法は修得できなかったが、ルヴィリアと手分けして解毒薬は一通り揃えた。
よほど特殊な毒じゃなければ、問題ないはずだ。無駄だと思うが一応言っておくぞ。
どうしても勝てそうにない敵が現れたら、撤退するぞ。ダオル、その時は申し訳ないが、協力よろしくお願いする」
「ああ、わかった。具体的には?」
「レオは特攻癖があるので、物理的に止めて運んで下さい」
「了解した」
「物理的に止めるって、それどういう事なの?」
「さぁな。そうならないように、お前も協力すれば問題ないだろう。そんな事より、先へ進むぞ」
「そんな事より、ねぇ? で、アラン。行きたくない方とかある?」
「ないって言ってるだろ!」
噛み付かんばかりに怒鳴り睨むアランに、レオナールは肩をすくめた。
「じゃあ、ルージュ。さっき言った通り、まず水場のある方へ案内してくれるかしら」
「水場?」
レオナールの言葉に、アランは怪訝そうな顔になった。
「ルージュに全身舐められたのよね。悪気はないんだろうけど、ドラゴンのよだれって独特の臭いがするから、ちょっと不便なのよ。
しばらく私の嗅覚は当てにしないでね。代わりにルージュが索敵してくれると思うから」
「ついでにその幼竜に、何かを見つけたら教えるように言ってくれ」
「何かって何?」
「それがわかれば苦労しない。例えば俺の使った以外の魔法とか、罠とか、隠し扉や通路とか、怪しげな何か、だ」
「ふぅん。ねぇ、ルージュ。アランの言ってた事聞いてた? 良くわからないけど、何か怪しげなものを見つけたら教えてくれだって」
「きゅきゅう?」
「そう言われても困るわよね。うーん、たぶん私達が気付かなくてルージュが気付いた何か、だと思うけど」
「きゅきゅーっ!」
幼竜はわかった、という風にコクコク頷き、尻尾を左右に揺らした。
◇◇◇◇◇
最初の分岐を左に進んだ奥──レオナールとルージュにとっては、水がしたたる音が聞こえて来る方角──に、地底湖とおぼしき岩に囲まれた湖があった。
「飲めるかな、この水」
「わからないけどやめておいた方が良いと思うわよ? ルージュ、しばらく水浴びするから索敵お願いするわね」
「おい。こんなところで中に入ったりしないよな、レオ」
「さすがにしないわよ。何がいるかわからない水の中に入るわけないでしょう。さっき借りた布借りるわね。
ついでに鎧も洗いたいけど、こんなところで洗うのは無理そうだから、拭うだけにするわ。ねぇ、アラン。機会があったら《浄化》覚えてよ」
「機会があったらな。一応言うが、便利だけど神官やごく一部の貴族しか使えない、一般に公開されてない魔法だから、期待するなよ」
「《浄化》じゃなくても代わりになりそうな魔法あったらお願いね」
「あるかな、そんなの」
アランは首を傾げた。剣帯や鎧を外すレオナールを横目に、アランは周囲をグルリと見回した。
ここの天井は一番高いところで三十メトル近くあるだろうか。目測なので、間違っているかもしれない。
部屋全体で見ればほぼ円形のドーム状、現在地はひょうたん型のような湖のくびれている部分の左辺で部屋全体ではほぼ外縁付近、といったところだろうか。
「水の流れる音が聞こえるな」
「左に向かってゆっくり流れているみたいね。もしかしたら外の川とつながっているかも」
「アマル川って確か、王都の方にまで流れていたよな」
アランが渋面になる。
「そうだな。どのくらいの幅の水路が流れているかわからないが、もし船が通行出来るようなら、王都まで川を下って行けるという事になる」
「それ以前に、もしアマル川とつながっているなら、これに毒でも流されたら大変な事になる」
「王城の水源は別だが、庶民の使う水の大半はアマル川だな」
アランの言葉に、ダオルの表情も険しくなった。
「なら、潰す?」
レオナールが軽い口調で言った。
「そうだな。可能ならそうした方が良いだろう。ダオル、調査・探索してからになると思うが、俺達の手に負えそうにないと判明した時は、フォローや応援、連絡等頼む」
「わかった。やはり、一緒に来て良かったようだ」
「でも、考え過ぎかもよ?」
深刻そうな二人をからかうように、レオナールが言った。
「お前が言ったんだろ、外の川とつながっているかもって。それにアマル川の水を利用しているのは、王都の庶民だけじゃない。この下流の村や町、農村の多くが利用している。
最悪の場合、畑で収穫される麦や野菜などにも混入するって事だぞ」
「つまりパンが食べられなくなる?」
「ガレットやエールもだ」
「水は大丈夫よね?」
「ロランは大丈夫かもしれないが、ラーヌは影響あるかもしれないな。俺達が泊まった宿は井戸を利用していたが。
普通に考えたら、巨大蜘蛛やアラクネの毒が地底湖に混入する事は考えられないが、ここには何者かが関与している可能性もある。
ここの魔獣全てを討伐したとしても、専門家に調査して貰った方が良いかもしれないな」
「ふむ。洞窟内では、魔道具が上手く働かない場合もあるから、念のため一度外に出て途中経過を連絡しておいた方が良いか」
「それって、今回の探索に邪魔が入ったりしない?」
ダオルの言葉に、レオナールが警戒して尋ねた。
「大丈夫だ。だが、あまり間を置かずに封鎖して調査した方が良いだろう。おれが所持している魔道具で連絡すると、王都なら最短半日で連絡が着く。
その後の対処次第だが、今日中という事はないだろう」
「それを聞いて安心したわ」
レオナールはニッコリ笑った。
「少なくとも、アラクネをサックリ斬れるまで帰らないから」
レオナールが言うと、アランは嫌そうな顔になった。
「どうせお前が気にするのってそういう事だよな」
アランは深い溜息をついた。
更新遅くなりました。
あまりストーリー進んでませんが。悩ましいです。
脳筋は書いてて楽しいけど、ストーリー進行的には困るよね、と思います。でもアランが主人公だったら、たぶんシリアスになるか、可もなく不可もない物語になるような気がします。
アランはなるべく善悪どちらにも寄らないニュートラルを意識しているつもりですが。意図した通りになってるか微妙です。
正確に言えば、レオナールも善悪どちらでもないですが。動物(猛獣・害獣含む)って概ねそうだよね、と思います。




