7 幻影の洞窟の探索3
戦闘および残酷な描写・表現があります。
虫が苦手な人はご注意下さい。グロ注意。
アラクネはコボルトに比べれば遅いが巨大蜘蛛よりは速く、八本足を上手く使って前後左右に移動したり、尻から糸を吐いて天井などに飛び上がったり、張られた糸を伝って移動したり、なかなか予測し難い器用な動きをする。
また、赤い八つの目は光を感知するだけであり、身体に生えている毛が振動を感知する──つまり、全身が目のようなもの──ため、死角がない。
しかも、この個体は人型部分の腕に、革製の手甲と頑丈そうな大振りのダガーを装備し、軽い攻撃ならば払ったり受け流したりするようだ。
(人型部分は飾りだって話だったのに、ずいぶん器用ね。身体的構造と腕の長さの問題が原因なのか、武器を使って攻撃はして来ないけど、これで槍や槍斧を持たせたら厄介そうだわ)
もっとも、単に非力で大型の武器が扱えないだけかもしれない。腕はアランやルヴィリアと比べてもかなり細い。手首や肘などをオーガ級の膂力で握れば、簡単に握りつぶせそうだ。
試しに頭上からの振り下ろしの強撃で、ダガーを握った腕ごと剣で殴りつけてみると、あっけなくガクリと腕が下がるが、レオナールが振り切る手前で止めて素早く剣を引き戻すと、すぐさま動いて正面でダガーを構え直した。
(腕の稼働範囲は、人と変わりなさそうね。でも痛覚はなくて、腕が痺れて動きが悪くなったりはしないみたい。
足が使えて視界が広いみたいだから、人族や人型魔物と同じに考えない方が良いけど)
糸を吐かせたり、毒を注入する鋏角を使わせないよう、足や剣で牽制を入れながら、挙動などを観察する。
剣を振るうには必ず予備動作が必要であり、剣は当てただけでは攻撃力は無いに等しい。
厄介な事に、このアラクネは予備動作から次の攻撃を予測し、回避あるいは受け流しを行い、致命傷を避けているようだ。
(面倒な)
レオナールはゼロ距離または遠距離からの攻撃手段を持たない。こうなると、相手が予測出来ても反応できない速度で攻撃するか、連携などで相手が反応できない隙を突くしかないだろう。
「《炎の矢》」
アランの発動した魔法の矢が、アラクネの蜘蛛部分の眼球付近に命中し、アラクネはきしり声を上げて、仰け反った。その隙を狙ってレオナールがすかさず、剣を大きく強く薙ぎ払った。
「キシャアアアァァアアーッ!!」
悲鳴を上げて悶え暴れるアラクネの体液が、レオナールの全身に降りかかる。不快そうに目を細めつつ、強引に腕を振るい、更に深く突き刺しえぐり、ブーツの底で蹴倒して踏みつける。
「うるさいのよ! いい加減死になさい!!」
そう叫ぶと、軟らかい腹の部分を何度も何度も刺す。アラクネはのたうち藻掻き、足でレオナールを払おうとしたり、顎で噛み付こうとするが、その度にレオナールの足や腕で払われたり蹴られたりする。
「うーん、この辺かしら?」
何度目かに剣を突き刺した時、ようやく手応えを感じた。
「よし、やっと見つけたわ!」
体重をかけて深く突くと、アラクネはビクビクと痙攣してはいるが、動かなくなった。
「あーもう、全身ドロドロだわ」
レオナールはどろりとした液に濡れて雫を垂らす前髪を掻き上げ、撫で付けながら大きく息を吐いた。
「お疲れ、レオ。怪我とか大丈夫だったか?」
アランが苦笑して尋ねる。レオナールは肩を大きくすくめた。
「怪我はないけど、この惨状よ。他に何かないか見て回りたいけど、これ、何とかならないかしら?」
「川も町も同じくらいの距離だからな。他の水場に関しては、幼竜に探させた方が早くないか? 一応水差し一杯分の水を呼び出す魔法を修得したけど、足りると思うか?」
「水差し一杯ねぇ。無いよりはマシかもしれないけど、胸や背中まで濡れてるのよね。今のところ無事なのはブーツの中だけかしら」
レオナールの言葉に、アランはそれらを想像してブルリと震えた。
「と、とりあえず顔だけでも拭いておけ」
アランが背嚢から軟らかそうな布を取り出し、レオナールに差し出した。
「どうする? 一度町へ戻るか?」
「え、ここまで来て帰るの? どうせだから探索してから帰りましょう。まだ入口しかまともに見てないじゃない」
「お前が良いなら、別にかまわない」
アランは肩をすくめて、ダオルとルージュの方を振り返った。ちょうど、彼らの戦闘も終了または終わり近かったようだ。
ダオルがちょうど大剣を拭い、鞘に納めるところだった。
「お疲れ様。怪我はしなかったか?」
アランが尋ねると、ダオルは首を左右に振った。
「いや、おれは大丈夫だ。幼竜は何度か攻撃を食らっているように見えたが、全て鱗と皮で弾いたようだな。それにしてもレオナール、大丈夫か?」
「少々気持ち悪いし、気分もちょっと萎えたけど、おおむね大丈夫かしら。目や耳の中には入らなかったから」
「水差し一杯分の水でも召喚するか?」
「中途半端に流しても、それはそれで気持ち悪そうだから、とりあえず顔と頭だけで良いわ。戦闘に支障なければ問題ないわ。
前にも血みどろになった事あるし、あの時に比べたら臭いもそれほどひどくないから、だいぶマシだもの。
臭いがキツイと索敵能力や気配察知も感覚や集中力が落ちるから、困るのよね」
レオナールの言葉に、アランはゲンナリとした顔になった。
「そうだな、お前が一番気にするのって、どうせそういう事だったよな」
それらを聞いて、ダオルが声を上げて笑った。
「アハハッ、そうか。それなら良かった。で、どうする? 奥へ向かうか、外に出るか」
「勿論奥へ向かうわよ。まだ入口で、ここが何で、他に何があるかわからないもの。
それに奥でもこんな戦闘が続くなら、今外に出て、また出直しても同じ事の繰り返しでしょ? その度に出直してたら、キリがないし面倒じゃない」
「了解した。アランも続行するって事で良いのか?」
「ああ。少なくとも、行方知れずの斥候の手掛かりは見つかってないからな。レオ、幼竜はここだと言うんだろう?」
「そうよ。ルージュ、この奥かしら?」
「きゅうきゅう!」
首を縦に振って鳴くルージュに、レオナールが笑みを浮かべた。
「ところで、ルージュ。これは食べたくないの?」
レオナールがアラクネを指差すと、ルージュは慌てて首を横に振った。
「きゅきゅきゅーっ!」
「うーん、これは肉じゃないのかしらねぇ?」
そう言いながら、人型部分の腕を切り落として、断面を覗き込んだ。
「あら、肉はあるけど、骨はないのね。という事はこれも外殻扱いなのかしら」
そう呟いて、首を傾げながら拳で腕の表面を叩いてみる。見た目は軟らかそうなのに、叩くと思ったより固い。
気になって更に切断してみようと剣を握るレオナールに、アランが蒼白な顔で怒鳴った。
「おい、気持ち悪いことするな!」
アランの言葉に、レオナールはキョトンとした顔になる。
「気持ち悪い? だってほら、今後どう斬るか勉強になるし、身体構造を知っておいた方が戦闘にも役立つでしょう。気持ち悪いなら、見なければ良いじゃない」
「そういう問題じゃない。弱点なら教えて貰っただろう」
「聞いたけど、それだけじゃ戦闘にはあまり役立たなかったでしょう? だいたい、人型部分で防御するとか聞かなかったわ」
「それについては、申し訳ない。しかし、そのアラクネはおそらく特殊個体だな。
外見や大きさは普通のアラクネとそう変わらないと思うんだが、武器や装備を扱う個体など、初めて見たし、これまで聞いた事もない」
ダオルの言葉に、アランは嫌な予感を覚えた。
「……つまり、何か? 普通の個体は武器や防具を装備しないし、その扱い方も、戦闘の立ち回りも知らないって事か?」
「そうだ。そんな個体がもしいるとしたら、人為的な干渉か、あるいはここのアラクネが生まれつき他の個体より頭が良く、何度も対人戦闘を繰り返して、経験を積んで学習したという事だろう。
だが、だとしたらギルドへの報告が上がってないのは異常だ。例えばこの手甲は、冒険者の持ち物だろう。そのダガーも中級品だ。
おそらくは、この奥にその持ち主または、その遺体や遺品があるだろうな」
「そうか、有り難う」
アランはそう答えると、渋面で腕組みした。その視線は何もない壁に向けられているが、実際は何も見てない事はレオナールには良くわかる。
肩をすくめて、悲鳴を上げなくなったルヴィリアの方を見ると、人形のように固まり、立ちつくしている。
「ルヴィリア?」
ルヴィリアの視線は、レオナールがアラクネと戦闘を行っていた方へ向けられていたのだが、声を掛けても無反応である。
怪訝な顔でレオナールが近付き、ルヴィリアの目の前で大きく手を振ってみるが、反応はない。
「あら、どうしたのかしら?」
ダオルが近付きルヴィリアの肩をポンと叩くと、その場に崩れ落ちそうなり、ダオルが慌てて支えた。
「大丈夫か?」
声を掛けたが、反応はない。呼吸はしているし、脈拍はあるようだ。ぱっと見た限り外傷はないように見えるし、それ以前にルヴィリアの近くにたどり着いた巨大蜘蛛はいなかったはずである。
「どうやら、気絶しているようだな」
「目を開けて立ったまま気絶とか、器用な子ね」
レオナールが呆れたように肩をすくめた。ダオルは困ったような苦笑いを浮かべ、仕方ないのでルヴィリアを抱き上げ、外へと向かう。
「それ、どうするの?」
「入口にガイアリザードがいるはずだから、その背に置いて来る。このまま放置するよりはマシだろう」
「そう言えばあの子、一緒に中に入って来なかったわね。ルージュ、指示しなかったの?」
レオナールがルージュに尋ねると、ルージュはキョトンとしたように首を傾げた。
「きゅきゅう?」
レオナールは苦笑した。
「ごめん、それ、何言ってるかわからないわ。まあ、代わりの肉壁がいるから問題なさそうね。戦闘にも役に立つみたいだし。
それにしてもあの娘、いてもいなくても変わりなかったわね。アランの好奇心を満たすのには役立ったのかもしれないけど」
「きゅう、きゅう!」
「それにしてもルージュ。本当に良いの? こんなのでも一応肉よ。殻や毛が多いから、食感悪そうで食べ応えもあまりなさそうだけど」
そして、先程斬った腕をルージュの一口サイズに切断すると、手甲のない方を差し出した。
ルージュはそれをマジマジと見つめ、においを嗅いだ。
「どう? 食べられそう?」
レオナールに尋ねられ、ルージュはおもむろに口を大きく開けて、パクリと食らいついた。そして、それをゆっくり咀嚼する。若干目を細め、頷いた。
「そう。じゃあ、手甲とかダガーはこっちで回収するけど、それ以外は自由に食べて良いわ」
レオナールがそう言うと、咀嚼と嚥下を終えたルージュが、ペロリとレオナールの顔を舐めた。
「えっ、何?」
驚くレオナールに構わず、ルージュは腕や足、肩などに付着している体液を舌で舐め取った。さすがのレオナールも困惑した顔になる。
「何よ、ルージュ。それ、気に入ったの?」
レオナールの質問に答えず、ひたすらルージュはレオナールの全身を舐め回す。
レオナールは諦めて、右手に持ったままだった剣を、左手に持っていた布で丁寧に拭うと、背の鞘へと収め、されるがままになった。
「ルージュ、汚れを舐め取ってくれるのは有り難いけど、今度はあなたのよだれでベトベトだわ。この洞窟に水場はあるかしら?」
「きゅうきゅう!」
機嫌良さげにルージュが頷いた。
「そう。後で教えてくれるかしら。全部食べ終わった後で良いから」
「きゅきゅーっ!」
了解、と言わんばかりにコクコク頷きながら、ルージュが高らかな鳴き声を上げた。レオナールの全身を舐め尽くすと、アラクネの死骸に飛びつくようにむしゃぶりついて、咀嚼し始めた。
戻ってきたダオルがそんな様子を見て一瞬ギョッとした顔になるが、無反応のアランと微笑んで見つめるレオナールに、困ったような苦笑を浮かべて、歩み寄る。
「魔石は良かったのか?」
ダオルの言葉に、レオナールは肩をすくめた。
「え? たぶん壊れちゃったと思うわよ」
「破損していても一応換金できるぞ。かなり値は落ちるが」
「どのくらい?」
「質や状態にもよるが、大銅貨1枚くらいにはなる」
「大銅貨1枚、ねぇ。ないよりはマシかしら。ルージュ、魔石ってまだ残ってる?」
レオナールが尋ねると、ピクリと咀嚼を中断したルージュが、フルフルと首を横に振った。
「ですって。次からは取り出してから与える事にするわ」
「そうか。ドラゴンって魔石も食べるのだな」
「後片付けして貰うのには便利よ」
「……そうか」
ダオルは困ったように微笑んだ。
更新遅れました。すみません。
蜘蛛は大丈夫ですが、昆虫(特に飛ぶやつ)は苦手です。ゴのつく黒い例の虫も苦手です。
一桁台の年齢時に、ブランコの支える棒を握ったら、アゲハの幼虫がそこにいて、それから数日高熱と湿疹に悩まされた事があり、以来虫が苦手です。蝶の鱗粉で湿疹出たり、ゴキさんに顔面飛びかかられた事もアリ(私が嫌いな物は大抵トラウマ体験ありで、嫌いになった具体的なエピソードなしに嫌いなものはほぼ皆無)。
クトゥルフ系全般やゲームや映画などのスプラッタやグロ系はおおむね平気ですが、リアルの血はちょっとでも気絶しそうになります。
採血や献血で10回中8~9度の頻度で倒れています。人迷惑。なるべく目を瞑って見ない事にしていますが、終わった後でも見ると眩暈を覚えて足がふらつき、吐き気を覚えます(そして最悪失神→数時間後に目覚め、記憶ない間に別室に寝かされている→やっちまった!になります)。
この血を見て倒れるのも、小3の時の怪我(古釘を踏んで貫通しかけた)が原因です。デフォでドジで不注意なので、幼い頃はトラウマ製造器でした(自分だけでなく、うっかりそれを目撃した人含む)。
トカゲ可愛いです。もふもふも出したいけど、いつになるやら不明です。




