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6 幻影の洞窟の探索2

戦闘および残酷な描写・表現があります。

虫が苦手な人はご注意下さい。微グロ注意。

 結局最初の正方形の部屋では何も見つからなかったため、一行は入り口を抜けた時と同じ隊列で、更に奥へと進む事にした。

 前方には《灯火》の光が浮かび、クリーム色の砂岩でできた通路を照らし出している。アランは左手にランタンを掲げ、上下左右にそれで照らしながら、進んだ。


「もうちょっと先に行くと、広くなっているみたい。生き物の気配や怪しい物音とかはないようね」


「きゅう!」


 レオナールが言い、同意するようにルージュが鳴いた。アランは落ち着かない気分で、四方に視線を巡らせ続ける。


「何よ、落ち着きないわねぇ」


 ルヴィリアが呆れたように言う。アランはそれには答えず、この焦燥感と不安の元が何なのか、思考しつつランタンで照らされた先を睨み付けるように見回している。

 レオナールが後ろを振り返り、そんなアランの姿を確認すると、肩をすくめた。


「放っておきなさい。それ、たぶん今は聞こえてないから。何かわかったら言うだろうから、それまで好きにさせとけば良いわ」


「いつもこんななの?」


 ルヴィリアが怪訝な顔で尋ねた。その質問に、レオナールは頷いた。


「そうね。何か気になる事がある時は、こんな感じで没頭して、周囲に無反応になる事が多いわね。

 ところで、認識阻害や知覚減衰はまだ掛かってるの?」


「ええ。もしかしたらこれ、この洞窟全体に効果があるのかもしれないわ」


「それ、普通に可能な事なの?」


「普通、人族の単独の術者では、構築も維持も展開も無理よ。そんなに広範囲に展開したら、いくら魔力があっても足りないもの。

 でも魔法陣で補助して他者の魔力を使えるなら、不可能ではないかも。あるいは、術者が一人ではなく複数いるとか、そういう魔道具があるとか、新種の魔石か何かがあるとか」


「ふぅん。魔獣や魔物で、そういったスキルまたは性質を持つ生き物がいるって事はないのかしら?」


「そんな生き物がいるかどうかは知らないが、幻術・精神魔法などが得意な魔獣・魔物と言えば、アラクネが有名だ。

 主に使うのは各種毒に、《擬態》《夢魔》《幻覚》《魅了》に《認識阻害》《知覚減衰》《隠蔽》。他に《吸血》だったか」


 ダオルの言葉に、ルヴィリアが嫌そうな顔になった。


「ちょっと、アラクネって……っ!」


「上半身が純人族の女性の姿で、下半身がクモという魔物だな。餌は生きて動く物なら何でも。

 自らが生み出した糸を使って巣を作って獲物を待ち構えて捕らえ、血などの体液を吸い上げる。

 自然に出来た洞窟などを利用して巣を作る事もあれば、森の奥に作る事もあるという。

 上半身が人の女性の姿なのは、一番の好物が人間で、人を幻術などで騙して捕らえ、餌にするためではないかと言われている」


「やめてよ! クモなんか出たら、私、気絶するか一目散に逃げるわよ!?」


「どっちもやめた方が良いわよ? それ、間違いなく死ぬから」


「全くだ。一目散に逃げる気力があるなら、それを攻撃か防御に使え。幸い、アラクネならば戦闘経験がある。

 弱点は下半身のクモ部分の中央部に近い背中側、人型部分のすぐ後ろ辺りだ。腹側が軟らかいから下から攻撃した方が楽だが、その剣なら上からでも斬れるだろう。

 どちらかというと火に弱いが、魔法耐性はそこそこ高めだから、鋭利な刃物か重量のある鈍器で攻撃すると良い。

 心臓には中ランクの魔石があるから、無傷の魔石を得られればそこそこの値になる。魔石を破壊した方が、倒すのは断然楽だが」


「もしかして、アラクネって中位ランクの魔物?」


 レオナールが尋ねると、ダオルは頷いた。


「そうだ。しかし、幻術や精神魔法がなければオークよりはるかに弱い。コボルトやゴブリンと比較するなら少し上というところか。

 足や外骨格も切って斬れない事はないが、腹部が軟らかいからそちらを攻撃した方がてっとり早い。

 毒と群れに囲まれるのだけが恐ろしいが、動きは遅いから、時間を掛けずに速攻で倒せば、問題ない。


 他には、粘着力のある糸を吐いたり、麻痺などの効果のある神経毒で攻撃したりするという事だな。

 毒はクモ部分の顎のところの牙を刺し、糸は尻から出すから、そこだけ気を付ければ良い。

 人型の部分はまるで生き物のように動きはするが、獲物を騙すための飾りのようなものだから、攻撃するだけ無駄だ」


「わかったわ。情報色々ありがとう」


 そう言ってレオナールの視線がダオルからアランに移り、キョトンとした。


「何をしているの、アラン」


 アランは通路の途中で屈み込み、ランタンで床を照らして何かを熱心に見つめていた。

 ランタンを軽く揺らすと、キラリと何か糸のような物が光る。アランはランタンで照らす位置を変えながら、その糸の位置を確認していたようである。

 カンテラの光を浴びると銀色に光る糸が一本、通路の左脇にピンと張られている。


「これだな、たぶん《隠蔽》《認識阻害》《知覚減衰》が掛けられている」


「えっ、何、それ!」


 レオナールがアランに駆け寄り、その傍らに屈み込んで手を伸ばし、その糸に触れようとした。


「待て! それに触れるな!!」


 慌ててダオルが制止した。


「それは、おそらく巨大蜘蛛(ジャイアントスパイダー)またはアラクネの糸だ。こいつを下手に切ったり触れたりすると、主や仲間が大勢集まって来る事になる。だから……」


 それを聞いたレオナールの顔が、パァッと明るく輝いた。その表情を見てアランが、ギョッとした顔になった。


「待て、レオ! 早まるな!!」


 アランが慌てて叫ぶ。だが、レオナールはニンマリ笑って、素早くその糸を床に叩き付けるように右拳を振り下ろし、付着した糸を強引に引き千切るように大きく腕を振るいながら、跳ねるように飛びすさった。


「つまりたくさん魔獣が斬れるって事よね!」


「やめろって言ってるだろう! このバカ!!」


 嬉しそうな声を上げるレオナールに、アランが悲鳴のような声を上げた。不意に奥から、ゴソゴソガサガサと、何かが大量に這い回る物音が聞こえて来る。


「きゅきゅーっ!」


 ルージュが警告するような鳴き声を上げた。レオナールはすぐさま立ち上がると、ルージュのそばへと駆け寄り、剣の柄に手を掛け抜刀し、両手で構えた。


「ルージュ! ここで迎撃するわよ!!」


「きゅうきゅう!」


「……くそっ、レオのバカ野郎……っ!!」


 アランはその場に膝をついて、崩れ落ちるように、うずくまった。


「いやぁっ! なんかおぞましい不吉な音が聞こえて来るぅっ!! ああああああぁっ!!」


 涙目のルヴィリアが、慌てて腰に提げた革袋の何かを探しながら、悲鳴を上げている。言葉と裏腹に意外と余裕がありそうである。

 それらを困ったような顔で確認したダオルが、周辺を軽く見回し、大剣を鞘から抜き放った。


「アラン、立ち上がって前を向いてくれ。そろそろ来るぞ」


 ダオルの言葉に、アランはランタンを床に置くと立ち上がり、右手に杖を構えた。


「ちくしょう、レオ! お前、覚えてろよ!!」


「言われた通り、特攻はしてないわよ」


「言われてない事ならやるってか! ふざけんな、死ね!!」


「ちょっとアラン、口が悪いわよ?」


「うるさい、お前が悪い!!」


 激昂した後、エルフ語で詠唱を開始する。


風の精霊(シ・エル)ラルバの祝福を受けし(ディ・ロア)万物に捕らわれぬ(アグナ・ディ・レアン)疾風よ(デルファ・ラ)我らの身を包み(オルヴァス・ディ・ファス)追い風となれ!(サウ・デ・ラ) 《俊敏たる疾風》」


 《俊敏たる疾風》がレオナール、アラン、ルヴィリア、ダオルに発動した。

 アランとしてはルージュにも掛けたつもりだったのだが、何故か掛からなかったようである。


「何これ、アラン」


「速度上昇系魔法だ。後は適宜《炎の矢》か《炎の壁》を放つ。《鉄壁の盾》が必要なら、言ってくれ」


「すまない、アラン。《鉄壁の盾》ってどんな魔法だ?」


「一定時間内に受けた攻撃を、物理・魔術に関わらず一回だけ弾いたり無効化したりする防御魔法だ。毒液や粘着糸などにも効果があるはずだ」


「おれとルヴィリアには必要だと思う。頼めるか?」


「了解」


 アランは《鉄壁の盾》の詠唱を開始した。


其れは(エ・イス)我の身を守る(オ・ディ・ウルヴァ)容易に破れぬ(セ・ガヌ)鉄壁の盾(フォルヌ・ガルヴ)、《鉄壁の盾》」


 まずダオルに掛け、次にルヴィリアの分を詠唱し始める。


「来たわよ! まずは5匹!!」


 レオナールが叫び、数歩前に出た。闇の中から5匹の真っ黒な大きなクモ──大きい物なら体長0.8から9メトルはある巨大蜘蛛(ジャイアントスパイダー)──が壁や天井などに張られた糸の上を伝ったり、床を這って現れた。


「ぐがぁあああああおぉっ!!」


 ルージュが咆哮した。一瞬にして、視界が鮮明になる。それまでほとんど見えなかった糸が、光の当たる部分だけは見えるようになった。

 レオナールが剣を振り上げ、飛びかかって来た巨大蜘蛛の中央部を正面から斬り付けると、グシャリと嫌な音を立てて、両断された。

 白みがかった半透明の体液と内臓が飛散して、レオナールの顔や肩、腕に降りかかった。


「うわ、何これ、軟らかくて気持ち悪い。コボルトより脆いわよ!」


「さっきの話は、巨大蜘蛛の上位種アラクネだからな。巨大蜘蛛なら、コボルト以下だ。

 アラクネと同じく毒と糸に気を付けた方が良いのは確かだが、よほどの大群に囲まれない限りは問題ない」


「了解!」


 レオナールは正面ではなく、側面から斬りかかる事にした。ダオルが飛び出し、右手から来た巨大蜘蛛の心臓付近を叩き潰した。

 勢い良く両断すると体液が高く吹き出るので、加減した方が良さそうだ。レオナールは横目でそれをチラリと見て思った。


 アランの詠唱が完了し、ルヴィリアに《鉄壁の盾》が掛けられた。

 ルヴィリアはキャーキャー叫びながら、天井近くに張られた糸を伝って来た巨大蜘蛛に、先の尖った棒状の暗器を投げつける。頭部に命中し、ダオルの倒した死骸の上へと転がり落ちた。

 ピクピク痙攣してはいるが、致命傷を与えたようだ。


「いやあぁっ! 来ないで来ないでっ!!」


 しかし、ルヴィリアは両目をつぶって悲鳴を上げているため、倒せたかどうか確認できていない。目をつぶって適当に投げたにしては、運が良い。

 ルージュがグルリと身体を回転させながら尻尾を振るい、死骸も残りの個体もまとめて弾き飛ばした。

 アランは念のため自分の分の《鉄壁の盾》の詠唱を開始する。


 巨大蜘蛛達が続々と通路の奥から現れる。アランは詠唱を始めてから、《炎の壁》の詠唱に切り替えるべきか悩んだが、先程の戦闘から考えると、詠唱完了する前に倒してしまう可能性の方が高い。そのまま詠唱を続行し、発動する。


「《鉄壁の盾》」


 何故かその前の二回の《鉄壁の盾》より詠唱が早かったような気がして、アランはわずかに首を傾げた。

 その間にも、次々に巨大蜘蛛が現れては倒されていく。


(いや、考えてる場合じゃないか。とりあえず《炎の矢》詠唱して、その時狙えそうなやつに発動しよう。

 今のところ囲まれる可能性は低いから、おそらく問題ない)


 アランは《炎の矢》の詠唱を開始した。雲霞のごとくとまではいかないけれど、途切れることなく次々現れる巨大蜘蛛をレオナールとダオル、ルージュが一撃で倒していく。

 その合間にルヴィリアが時折投擲する暗器が巨大蜘蛛の頭部や腹や背を突き破り、行動不能にしていく。

 悲鳴がうるさいのを除けば、実は良い腕なのではないだろうか。両目を閉じたままなので、運が神がかり的に良いだけかもしれないが。


 アランは不意に嫌な予感を覚えて、ゾクリと身を震わせた。そして背後を振り向いた。


「《炎の矢》」


 発動させた燃え盛る魔法の矢が、背後の部屋から現れたそれの顎付近に命中した。それはきしむような悲鳴または威嚇音を上げて退けぞった。


「新手だ!」


 アランの声にレオナールが即座に反転する。


「まかせたわ!」


 ダッシュで駆け寄り、アランのかたわらを走り去ると、それに向かって剣を薙ぎ払う。


「やった! これアラクネで良いのよね!!」


 満面の笑みを浮かべて叫ぶ。


「ああ、それがアラクネだ。気をつけろ!」


「うふふっ、やっと斬りごたえありそうなのが出てきたわ! 楽しませてちょうだいねっ!」


 嬉々として剣を振るうレオナールに、アランは頭痛を覚えつつも、《炎の矢》の詠唱を開始する。


(しかし、あれ、何処から現れたんだ?)


 アランは渋面になりつつ、巨大蜘蛛より二倍近く大きい毒々しい赤にまだら模様の蜘蛛の下半身と、肌の白い優美なたおやかな女性の姿の上半身を持つアラクネをじっと見つめた。

昨夜は途中で寝てしまいました。すみません。

アラクネ画像はわりとあるし、知っているつもりで書いてみるとどういう身体構成なのか知らなかったりして、しまった!とか思っています。

昨日は蜘蛛の尻と顎と断面図ばかり見ていたのでアラクネ画像に心癒されました。

アラクネさん素敵。今作中では残念ながらかませ扱いですが。

風邪引いたっぽくて喉と頭が痛いので、素敵なアラクネさん探す度に出たいです(脳内旅行?)。


以下を修正。

×角

○牙

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