3 剣士の本音と、魔術師の嘆き
冒険者ギルド施設内は閑散としていた。受付にいるギルド職員も交代で休憩を取っているのか、この時間帯は人数が少ないのか、受注受付に1名、報告受付に2名、納入・換金受付──採取品などの引き取りなどを行う──に1名しかいなかった。
アランを先頭にして、一行は受注受付に向かった。
「ロラン支部所属のアランだ。指名依頼が入っていると思うんだが」
ちなみに彼らのパーティー名は今のところない。いずれ必要になれば付けようと考えてはいるが、レオナールはそういった事に全く興味がなく、アランは必要がなく区別が付けばどうでも良いと考えるタイプである。なので、現在パーティー名は《未定》になっている。
受付にいたのは、淡い茶色の髪と青い瞳の若い女性職員である。
「ロラン支部所属のFランク、剣士のレオナールさん、魔術師のアランさん、魔術師兼斥候のルヴィリアさんですね。
はい、承っております。ラーヌ所属のCランク斥候のエリクさんの捜索依頼、依頼者はラーヌ在住のアントニオ様。依頼書はこちらとなっております」
女性職員が依頼書を取り出し、カウンターに置く。アランはそれをざっと眺めて、聞いた事以上の情報がないのを確認した。
報酬は、エリク生存の場合は金貨一枚、死亡または遺品などを持ち帰った場合は銀貨二十枚、いずれも満たさないが何らかの痕跡を発見したり情報を見つけた場合、内容によって適宜銀貨十枚以下を支払う、となっていた。
期限は三ヶ月。それほどの期間は必要ないと思うが、余裕を見て書いたのだろう。
「こちらは控えとなっておりますので、そのまま持ち帰っていただいて結構です。こちらの依頼を受諾いただけるようでしたら、こちらの受諾書に署名をお願いします」
更にその隣に依頼受諾書を並べた。アランは無言でペンを手に取り、署名した。それから、依頼書を折り畳み、ローブの下の上衣の内ポケットにそれを仕舞った。
「報告は、ラーヌ支部で行った方が良いんだよな? この依頼の担当職員はいるのか?」
「はい。一応担当職員はジャコブとなっておりますが、不在でしたら他の職員でも結構です。皆様の依頼達成および帰還をお待ちしております」
儀礼的かつ事務的な笑顔と礼に、アランは軽く会釈して、立ち上がる。
「では、失礼する」
その間、レオナールもルヴィリアも一切口を開かなかった。彼らが背を向け建物を出ると、両隣の窓口に座っていた職員が対応した職員に話しかけるのを、レオナールの耳が拾い取った。
『ねぇねぇ、どうだった?』
『あれでしょ、噂のロランの新人冒険者』
レオナールは大きく伸びをした。
「……本当面倒くさくて、うっとうしい生き物よね」
ボソリと言ったレオナールに、不穏なものを感じたアランが渋面になった。
「おい、無闇矢鱈と喧嘩売ったり、揉め事起こすなよ?」
「大丈夫、安心して。面倒くさいから、自分からはしないわ。考えるのもダルイもの。向こうから絡んで来ない限りは何も起こらないわよ」
「本当だろうな。……くそっ、『取り扱い注意』って札を作って首から提げてやりたいよ」
「『猛獣注意』と『触れるな危険』も追加した方が良くない?」
アランが呻くように言うと、ルヴィリアが茶化す口調で言った。アランが嫌そうに軽く睨むと、溜息をついた。
「冗談にならない辺り、シャレにならねぇよ」
アランがチラリと横目でレオナールを見るが、ケロリとした顔である。
「なぁ、レオ。お前、何とも思わねぇの?」
「え、何が? アランの独り言、じゃなかった、今のはルヴィリアとの会話だったかしら。それにいちいち反応しなくちゃならないわけ?
私は関係ないわよね。二人で話してるなら、それで会話が成立しているなら良いじゃない。
交流を深めてるんでしょう。どうぞ、おかまいなく。好きにすれば良いじゃない。私はどうでも良いし、面倒だもの」
「いや、今、お前の話をしていたんだが」
「そうなの? でも聞けって言われなかったから、聞いてなかったわ」
「じゃあ、俺が話を聞けって言ったら聞くのか、レオ」
「お腹いっぱい食べたら眠いから、たぶん何を言っても無駄だと思うけど、アランが話したいなら、好きにすれば?」
「いや、それ聞く内に入らないからな! っていうかお前、俺がいつ、何をどう言っても無駄じゃねぇか!! いつなら問題ないって言うんだ、このバカ!!」
「諦めたら?」
レオナールは大仰に肩をすくめて言った。
「おまっ……なんでそうなんだよ! お前はもっと危機感を持て!!
今のままじゃ、何処行っても問題しか起こさないし、人とまともに会話できないし、理解もされないし、受け入れて貰えない可能性大なんだぞ!
わかってるのか!?」
「悪いけど、私、どうしてアランが怒ってるのかサッパリわからないんだけど」
首を傾げて言うレオナールに、アランはガックリ肩を落とした。そんな相方にレオナールは怪訝な顔をしつつ、グラリと傾いだ肩を素早く支える。
「何、どうしたの。気分悪いの? 具合悪いなら、早めに休んだ方が良いわよ」
レオナールの言葉に、アランは思わず低く呻いた。
「……うぅ、なんかもう、気を失って倒れるまで酒が飲みたい気分だ……」
ルヴィリアが半ば呆れ、半ば同情するような顔で、トドメを刺した。
「ねぇ、それ、たぶん何言っても理解できないと思うわよ?」
アランは一瞬、何かわめき怒鳴り散らしたい気分になったが、それが無駄で近所迷惑なだけな事も理解できたため、虚ろな表情で空を見上げた。
(……ああ、空がきれいだなぁ。明日は、晴れそうだな)
現実逃避である。
◇◇◇◇◇
翌朝、早朝に起床した一行は身支度を調え、前日にまとめておいた荷を持って、宿を出た。前日に精算は済ませてある。
厩舎へ行くと下働きの少年が待っており、そこでルージュとガイアリザードを引き取り、ガイアリザードが装備しているハーネスに幌馬車をつなぎ、乗り込んだ。
御者台に乗ったのはアランである。普段なら二人で乗るのだが、今日は同行者がいるため、レオナールは荷台の方へ乗った。
「生まれて初めてドラゴンをこんな間近に見たな」
半ば感心した声でダオルが言った。
「あら、初めてだったかしら。レッドドラゴンのルージュよ」
レオナールがルージュを、興味深げなダオルと、距離を取ろうとするルヴィリアに紹介した。
「ルージュ、こっちの大きいのがダオル、小さいのがルヴィリアよ」
「きゅう!」
「小さいとか余計よ!」
脅えながらも噛み付くように叫ぶルヴィリアを、ルージュはチラリと見るが、すぐに興味なさげに視線を外し、じっと見つめてくる大男の方へ視線を移した。
どこかキラキラした瞳で全身くまなく見つめるダオルに、ルージュは不思議そうに首を傾げた。
「触れても良いか?」
ダオルに尋ねられ、ルージュはレオナールを振り返る。
「ルージュの好きにすれば?」
レオナールの返答に、ルージュはダオルに向き直る。ダオルは背に担いだ大剣を剣帯ごと外し、両手の籠手を外すと、素手の両手に何もない事を示すように、手の平をルージュに見えるように掲げて見せた。
指輪や腕輪などの装飾品もない、ゴツゴツした太い指と大きな手の平である。左の手の平には刃物によるものと見える古い傷痕がうっすら見えている。
ルージュはまず、その手のにおいをかぎ、異常がない事を確認して、コックリ頷いた。
それを見て、嬉しそうに目を細めたダオルが両手で抱きつくように、ルージュの口元から顎にかけて、そっと撫でた。
嬉しそうなダオルに反し、若干ルージュが嫌そうに目を細め、レオナールを見た。
「ぐぁお」
床すれすれの位置で、尻尾を不満そうにゆっくり左右に振る。そんなルージュに、レオナールは肩をすくめた。
「嫌なら嫌って言えば良いじゃないの」
「ぐぁあ、うぐぉあぁ」
ブンブン、と首を左右に振るルージュ。
「うん? なぁに、くっつかれるのが嫌?」
「きゅきゅーっ!」
そう!と言わんばかりにルージュが首を縦に振った。
「撫でられるたり、触られるのは問題ないの?」
「きゅーっ!」
ブンブンと首を縦に振った。ふむ、と頷いたレオナールは、ダオルの肩を叩いて注意を促す。
「ねぇ、ルージュがくっつかれるのは嫌だって言ってるから、ちょっと離れてくれる?」
「え、駄目なのか?」
ダオルは残念そうに幼竜から離れた。名残惜しげにルージュを見上げる。
「触るのは良いらしいわ。でも、尻尾や腹や角はやめた方が良いと思うわ。あと、目の周り。
爪は、機嫌良い時ならたぶん大丈夫だと思うけど、触れ方によっては怪我するから、あまりお勧めしないわね。
鼻先を撫でてやるのが一番嬉しいみたい」
「そうか、有り難う」
ダオルは目を細め、表情を緩めて、鼻先を優しくそっと撫でた。
「きゅきゅーっ!」
「なるほどな。さっきはすまなかった。……俺の故郷では、竜は力を象徴する神様みたいなものでな。毎年春になると、捧げ物をしてお祝いをしていたんだ。
俺が住んでいた頃には、見掛けたことは一度もないが、かつて近くの山に竜が住んでいたらしい。
こっちでは、ドラゴンと言ったら、大半が脅威で最悪の敵という扱いのようだが。しかし、実に美しい生き物だな、ドラゴンというのは」
深く吐息をつくようにウットリと見つめるダオルに、ルージュが少し不安そうにレオナールを見た。
「きゅう」
「……仕方ないわね」
そう言って、レオナールはゆっくりダオルをルージュから引きはがした。
「え?」
「ベタベタされるのは好きじゃないんですって。だから、ここまでにしてあげてくれるかしら」
レオナールがそう言うと、
「そうか」
と名残惜しそうな顔をしつつも、ダオルは距離を取った。ルージュは安心した様子でその場にペタリと座り込んだ。
「きゅうきゅう」
甘えるような鳴き声に、レオナールは苦笑しながら、荷台に置いてある革袋の一つを持って来て、その口を緩めた。中には干し肉が詰まっている。
「気を付けてゆっくり食べるのよ」
そう言って、干し肉を差し出した。人間の口には少し大きすぎるそれは、ルージュの口には一口に少し足りない量だが、その性質上ちょうど良い大きさだとも思われた。
ゆっくりと咀嚼する様子を見たダオルが、レオナールに声を掛ける。
「その、おれが与えてもかまわないだろうか」
「それはやめた方が良いかも。わかってるとは思うけど、ドラゴンの牙って結構鋭いから、下手に触れると皮が切れるわ。
触り方によっては肉や骨も切れたり砕けたりするけど」
「そうか、残念だ」
ダオルは諦めて、眺めるだけにした。しかし、あまりに注視されるので、ルージュはダオルにクルリと背を向けてしまったので、ダオルはガックリと肩を落とした。
「しつこいと嫌われるわよ?」
レオナールが半ば呆れたように言うと、
「うむ、気を付ける」
とダオルは頷いた。そんなダオルに、荷台の端に座ったルヴィリアが、口元を隠し、残念な人を見るような目つきで見ていた。
レオナールは荷台の荷物から木の桶を見つけると、それに水瓶から水を注ぐと、ルージュのかたわらに置いた。
「今の内に食べておいた方が良いと思うわよ」
レオナールはそう言って、背嚢から軽食と水筒を取り出し、食べ始めた。ダオルとルヴィリアも頷き、軽めの朝食を取った。
南門で検問を受け、町の外に出ると、レオナールがアランの分の軽食と水筒を持って御者台へ行った。
「アラン、朝食持って来たわよ」
「有り難う。しばらく代わって貰えるか?」
「良いわよ。あの様子なら、たぶん大丈夫だろうし」
「へぇ、そうなのか、意外だな。絶対ルヴィリアなんか、ギャーギャー騒ぐかと思ってたのに」
「近付きはしないけど、今のところおとなしいわ。まるでオーガキングの前に引き出された大角山猫みたいに」
「そうか。だが、そのくらいのが良いんじゃないか?」
「そうね。でも、アラン。そう思ってたのに、あれをパーティーに入れるとか、どういうつもり?」
レオナールが真顔で尋ねると、軽食のガレットを取り出しながら、アランは苦笑した。
「騒いでうるさそうだが、諦めと順応は早そうだからな。それに金で動くのはわかっている。
考えてる事はわかりやすいし、どうすればこちらの思惑通りに行動するかわかっていれば、問題ないだろ。結果的にこちらの都合通りになるなら、過程とかはどうでも良い。
問題があるようなら、おっさんに抗議して脱退させれば良い。最初からそんなに期待はしていない」
「それ、加入させる必要あるの?」
レオナールが怪訝そうに首を傾げた。
「どうせあれを断っても、おっさんが他に誰かねじ込んで来るだろう? 何を考えているかわからないくせ者が来るよりは、あれのがマシだろう。
《隠蔽》持っていても、本人の性格はどう見ても隠密とか密偵とかそういうのには、向いてなさそうだろ。
おっさんはサポート要員だとか言っていたが、あのおっさんの言う事をそのまま真に受けるのは、な」
「え、アランってば、師匠のこと、敵だと思ってるの?」
「そういうわけじゃないが、あのおっさんの言う事丸々信用する気になれないのは確かだな。
敵か味方かって話だと、たぶん一応味方なんだろうが、素直に全面的に信頼したら酷い目に遭わされるのは目に見えている。
有能なら、役に立って貰うさ。信頼できるかどうかは、別にして」
「アランはそれで良いわけ?」
「信頼ってのは、一朝一夕に築けるもんじゃねぇだろ。仲間になりました、だから信頼してくれ、なんてあっちも考えてないだろう。だいたい嫌々加入されてもな。
使えないやつなら、経費がかかる上に報酬が減るんだから、放逐するのも仕方ない。使えるやつなら、御の字だって話だろ?」
「やっぱり理解できないわ。面倒なだけじゃないの?」
「そうは言っても、いずれランクアップするなら、やっぱり二人だけってのは無理があるだろ。
まぁ、これも経験の内だろ。勉強だと思ってやってみて、駄目だったら、その時は俺がどうにかするよ」
「ふぅん、そういうの良くわからないから、アランにまかせるわ」
「面倒臭いとしか思ってないだろ、レオ」
呆れたように言うアランに、レオナールは肩をすくめた。
「それ以外にどういう感想があると思ってるの?」
「一応考えてはいるんだよ。どうするのが一番良いか、より良い状態に持って行くには、何が必要か、とかさ。
現状ではパーティーメンバーとかいう話じゃないけどな。できればお前がもっと協力してくれると有り難いんだが」
「そう言われても、私、アランの言ってる事、半分も理解できないんだけど」
「……レオに教師が必要なのは、確かなんだけどな。問題は、レオが受け入れるかと、相手が許容できるかって話なんじゃないかと思うんだよな。
俺が教師役やれば良いと思うんだが、お前、俺の話ちっとも聞かないもんな、レオ」
「だって、アランの話って、くどくて長いだけで、要領得なくて意味不明なんだもの。師匠の教え方の方が、よっぽどわかりやすいわよ?」
「おい、おっさんの教え方って、講義や説明がほとんどなくて、実践と実戦だろうが。
お前に足りないのは、言葉の理解や絶対的な知識、一般常識なのに、言葉による説明・解説なしで、どう勉強するって言うんだよ」
「だから、アランの説明ってムダに長くて、理解不能なんだってば。それに常々言ってるでしょ? 座学は苦手だって」
「俺が悪いって言うのかよ」
アランは呻くようにボソリと言って、髪をかきむしった。
「じゃあ、どう説明すりゃ理解できるってんだ!」
「知らないわよ。わからないから、わからないって言ってるんでしょ。どういう風にわからないのか、なんて聞かないでよ。
私だって何がどう理解できないのか、良くわからないんだから」
「うぅ、泣きたくなってきた」
ガックリ肩を落とすアランに、レオナールがムッとした顔になった。
「アランが『理解できないなら理解できないって、その場で言え』って言ったから、その通りにしたのに、アランってば本当、面倒くさい」
「……面倒臭いとか」
アランはぼやくように呟き、大きく溜息をついた。
「まぁ、申告されないよりはマシなのか。でも、すっげー頭痛くなってきたぞ、おい」
「言わない方が良いなら、言わないわよ?」
「だから、言われないよりマシだっつってんだろ。レオ、言いたい事や、何か気付いた事があるなら、面倒でもだるくても、その都度俺に言え。
他のやつにはそうする必要はないし、トラブル起きるだけだから問題外だが、知らないよりは知ってた方が、言わないよりはマシな状態・状況にしてやるから、ちゃんと言ってくれ、頼むから」
「わかったわ」
「なあ、レオ。それ、『うるさい黙れ』の意味で使ってないよな? 了解した、とか肯定の意味で言ってるんだよな?」
「言いたい事が良くわからないけど、なんとなくわかったような気がするから、それ以上言わなくても良い、っていう意味の省略かしらね」
「それ『わかった』って言わねえだろ!!」
アランは絶叫した。
サブタイトル、絶叫にしようかと思いましたが、良く考えたらアランは、ほぼ毎回絶叫したり怒鳴ったりしているので、嘆きにしました。
トカゲか、もふもふ撫で回したいと思ってたら、こんな話になりました。
4章入ってから「南東の森」が「南西の森」などになっていたので修正しました(ド阿呆過ぎる)。
以下を修正。
×首輪
○腕輪




