1 ダンジョン探索準備
「ダンジョンなんて聞いた事がないわね」
「やっぱりか」
ルヴィリアの返答にアランは僅かに眉をひそめた。
「レオ、ここまで情報がないのはやはりおかしいと思うぞ。普通に考えたらデマだと思うんだが」
「それはないわ」
「でも、その根拠はお前の勘だけなんだろう?」
「ごちゃごちゃ言ったり考えあぐむ暇があるなら、現地に行って確かめた方が早いわよ」
レオナールは肩をすくめた。
「ねぇ、こんなの信用するわけ? やめた方が良いと思うわよ」
「やめた方が良いというのは同感だが、レオが行くと言ったら決定事項なんだ。レオの気が変わらない限り」
アランが諦念の表情でそう言うと、ルヴィリアが呆れた顔になる。
「二人パーティーで一応代表はあんたなんでしょ、アラン。
パーティーの代表の判断・決定は、よほど理不尽だったり問題ない限り、メンバーなら従うべきでしょ?」
「レオに代表なんか出来る筈がないからな。必要最低限の会話すら、まともにする気がないんだ。
無理にやらせたら、とんでもない事になるのは目に見えている。俺がやるしかない」
ルヴィリアは肩をすくめた。
「そんなだから、パーティーに入ってくれる冒険者が一人もいないんじゃないの? パーティーの代表は統率力と的確な判断力が必須よ。
更に贅沢言うなら、メンバーの心を掴む求心力と魅力がないと。メンバーの管理もできない代表とか、お飾りどころか役立たずじゃない」
ルヴィリアの言葉にアランが低く呻いた。
「仕方ないんだ、言っても聞かないし、興味ない事はことごとくキレイサッパリ忘れるんだ……!
レオと来たら、下手するとオーガやオークより頭悪いんだぞ、戦闘に関する事以外は!!」
「失礼ね」
レオナールが肩をすくめたが、それに反応する者はいない。
「何か餌で釣るとか出来ないの?」
「斬る事と、肉を食う事、筋肉つける事以外に興味ないんだぞ!? これでも頑張っているつもりだ。
でも、これはするな、あれはするなと言っても、一晩どころか一刻経たない内に、酷い時は数歩歩いたら、忘れているんだぞ。そのくせ自分に都合良い事は一度言えばずっと覚えている。
俺はいまだにレオが何を記憶できて、何が記憶できないのか、わからないんだ。
一つ言えるのは、素直に聞いているように見えて『わかった』と言われても、理解できてなさそうな時は『わかった』と言った直後には忘れている。
正確には、最初から頭に入ってないだけなんだろうが」
「それ、魔獣よりタチが悪くない?」
「そうだな。魔獣はわかってないのに『わかった』とは言わないし、それ以前に言葉は話さないからな。
たぶんレオは『わかった』という言葉を言えば、相手がそれ以上言わなくなると学習しただけで、意味がわかってて言うわけじゃないんだろう」
「それはかなり好意的すぎる見方だと思うけど、アラン、あなたそれで良いわけ?」
「あまり良くはない。レオが間違って学習している事はたくさんあるし、本当に意味を理解しているのかわからない事もたくさんあるけど、それは見つけたらその都度指摘して、少しずつ学習してもらうしかない。
レオが色々問題抱えているのは知っているし、全てを理解はできていないが、レオがどういうやつか一番知っているのは、たぶん俺だから俺が助力しながら、少しずつで良いから人間社会で生きていけるように、出来る事を増やしていけば良い。
それに何もかも一人でやらなきゃならないわけでもないからな。人それぞれ得手・不得手があるのは仕方ない。
知識を得て経験を積み上げ、適切・不適切を知り、ある程度の適応力と判断力をつければ何とかなる、はずだ」
「はず、ねぇ?」
「ちゃんとした子育ては経験ないが、故郷では弟妹を乳幼児期から世話して面倒見ていたからな。乳幼児期の子供と獣・魔獣には似たところがなくもない。
個人差があるから、一人に成功した手段が他に通じるわけでもないけどな」
「まぁ、私も孤児院にいたから、言いたい事はわからなくはないけど、でもこんなに大きな子供は見た事はないわね」
ルヴィリアはそう言って、レオナールを横目でチラリと見た。
「何よ、私が子供だって言いたいわけ?」
レオナールがムッとした顔になる。
「ある意味ではそうだろ。知らない事や良くわからない事でも、興味を惹かれたら考えなしに、真っ直ぐ飛び込んで行くだろう。
あれは知識と経験のない子供には、良くある事だ。大抵の子供は、失敗する事によって学習するんだが……」
「何よ、子供以下だと言いたいわけ?」
レオナールが肩をいからせて、アランをジロリと睨む。
「お前は普通の人が嫌がる事を楽しむ風潮があるからなぁ」
アランは溜息をついた。
「魔獣・魔物の群れに飛び込んで囲まれるのも、大勢の人間に襲撃されるのも、ご褒美または娯楽としか思えないんだからな。
俺はできればもっとお前に、人らしい趣味や楽しみを持って欲しいんだが」
「きちんと調理された食事を食べるのは好きよ? 好きなだけ食べられるし、お腹壊したりしないもの」
レオナールの言葉に、アランはやれやれと首を左右に振った。
「食事を楽しむってのは、例えば食材そのものや、味や見た目や食感や匂いや盛りつけ、そういったものを楽しむもんだと思うんだよな。
料理そのものだけじゃなく、店の雰囲気や食器の並べ方、店員の振るまい方一つでも雲泥だ。
でも、お前の場合、それが肉でさえあれば、味はもちろん加工方法ですら何でも良いと思ってるだろう?」
「ねぇ、アラン」
レオナールが、残念な人を見る目をアランに向ける。
「独り言はそんな大声で言うべきじゃないわよ? 頭おかしい人だと思われるわ」
大仰に肩をすくめて言うレオナールに、大きく目を見開くアラン。
「独り言じゃねえええぇええええええっ!!」
アランの絶叫を、レオナールは何も聞かなかった顔で無視してお茶を飲み、ルヴィリアは嫌そうに顔をしかめて両手で耳を塞いだ。
◇◇◇◇◇
ラーヌを出立するのは決定事項なため、アランはここで世話になった相手に挨拶をしようと、まずダオルの元を訪ねた。褐色の大柄戦士は、快く出迎えてくれた。
「で、ラーヌを立って、そのダンジョンへ向かうと」
「ええ。めぼしい物はだいたい入手できたし、ひとまずラーヌでの用事は全て終えたと思うので」
「なら、俺も行こう」
「え? でも、良いんですか。こちらへは仕事でいらしたんですよね?」
「その通りなんだが、今は色々あって領兵団の監視が付いてやりにくい。ほとぼりが冷めるまで、冒険者として長期または護衛依頼を受けようと考えていたが、Aランク向けのものは少ない」
「なるほど。それは有り難いですが、何もない可能性もあるんですけど、良いんですか?」
「町で人を相手に交渉するより、外で魔獣・魔物相手に大剣を振る方が楽しい。気分転換にもなる」
「わかりました。そういう事でしたら、こちらこそお願いします」
アランが深々と頭を下げると、ダオルは苦笑した。
「敬語は不要だ。そんな丁寧な礼もいらない。ダニエル相手には、もっとくだけていただろう?」
「あー、えっと、わかった。でもおっさんは、肩書きとかは色々付いてるが、本人はかなりいい加減でメチャクチャだから、その……」
「言いたい事はわかる。ちょっとでもあいつの事知ってたら、尊敬とかそんな気持ちは吹っ飛ぶな」
ダオルはそう言ってクスクス笑った。その笑顔に、アランの感情や表情も緩んだ。
「食料は多すぎるくらい用意してあるから、後は野営道具や、装備の手入れ道具、その他必要だと思うものを用意してくれれば良い。
手持ちのランタンが一つしかないから、薬とかの買い出しついでに、ルヴィリアの分を買いに行こうと思っているが、ダオルさんの分も買って来ようか?」
「俺の分は必要ない。さん付けも不要だ。俺の準備は手持ちの分で問題ないから、新たに何か買う必要はないだろう。荷物持ちは必要か?」
「レオに着いてきて貰うから、大丈夫だ。挨拶回りは連れ回すだけ無駄というか、かえって相手の気分を害する事になりかねないから、宿に置いて来たが」
アランの言葉に、ダオルは苦笑した。
「いつもそうなのか?」
その質問に、アランが苦い顔になる。
「あいつが人に興味を示すのは相手を斬りたいと思った時くらいだから、興味を示しても示さなくても、大抵ろくな事にはならない。
無関心より、下手に興味持ったり、無差別に喧嘩売る時の方が恐ろしい」
「そうか。なら、おれもなるべく気を付けるとしよう」
「……その、こんな事を頼むのは、不躾な上に、迷惑だとは思うんだが、何かあれば、出来れば気遣ったりしないで、言うべき時はその都度ガツンと言ってやってくれると有り難い。
一緒に行動すると、間違いなく迷惑掛けると思うが、申し訳ない。先に謝る」
「大丈夫だ。ダニエルでだいぶ慣れている」
「あー」
ダオルの返答に、アランは呻くような声を上げ、額を押さえた。
「その、レオはおっさんの縮小版に加えて、魔獣・魔物並の知識レベルと感性だ、と考えた方が良いかもしれない。一言で言うと、常識が通じない脳筋だ」
「了解した。心得ておこう」
「では、今日はこれで失礼する。出立は明日の朝、一つ目の鐘の後、南門を出る予定だ。
ガイアリザードに幌馬車を繋げて行けるところまで移動し、馬車で行けないようなら、ガイアリザードと幼竜に荷物を載せて移動する」
「食料と水がいらないなら、おれの荷は自分で担ぐ分だけだから問題ない。では、準備でき次第、そちらの宿へ行く」
「了解。では、また明日」
挨拶を交わし、アランは次にアネットの家へ向かった。アネットに出立する事と、ダンジョンへ向かう事などを話し、別れの挨拶をすると、
「南東にダンジョン、ねぇ。聞いた事がないね」
「はい。存在しない可能性もありますが、存在するなら探索して、何かあればギルドへ報告しようと考えています」
「その場合は、こっちへ戻って来るのかい?」
「緊急性がなければ、おそらくラーヌではなく、ロランのギルドで報告する事になると思います。なので、お別れの挨拶をしに来ました」
「ふぅん、そうかい。まぁ、またこっちへ来るような事や、魔術に関して相談したい事があれば、訪ねて来な。死なない限りは、家にいるだろうからね」
「はい、また、機会があれば、訪問します。色々とご教授いただき、有り難うございました。どうかご壮健で」
「あいよ。憎まれっ子世にはばかるってやつさ。私ゃ、誰よりも長生きするつもりだから、安心しな。たぶんひよっこ冒険者のあんたより長生きするよ」
老婆の言葉に、アランは苦笑しながら深々と礼をし、早々に暇乞いした。
アネットの事は嫌いではないのだが、また何かの加減でつらつらと長話されてはたまらない。
意味や意義のある話では、長話でも悪くはないのだが、挨拶回りは午前中で終わらせ、昼前に宿へ戻って、午後には買い出しに行きたい。
冒険者ギルドの受注受付窓口に一つだけ空いているところがある。その両脇には、そこそこ人が並んでいるにも関わらず、である。
アランはその一つだけ空いている窓口に近付き、そこに座る中年男を見て、やはりと苦笑した。
「おはよう、ジャコブ。この時間は盛況だな、あんたのとこ以外は」
「おはよう、アラン。それは言ってくれるな。何故、こうなっているかは、あまり考えたくないんだ。別に俺の仕事ぶりや対応に問題があるというわけじゃないと思うんだが」
「そうだな。大きな違いがあるとするなら、両脇の窓口は若い美人だってくらいか。ロランの窓口にも男性職員はいるが、ジャコブより見目は良いし、清潔感ある服装・雰囲気で話しかけやすいのは事実だな」
「おい、アラン。お前、慰めようとしてるのか、トドメを刺しに来てるのかどっちだよ」
「あえて言うなら助言? せめて散髪と髭剃りはマメにした方が良いと思うぞ。
あと服装。不潔とまでは言わないが、皺だらけで色あせたよれた服だと、だらしなく見えるな。
髪も毎朝自分できちんと手入れできないなら、もっと短く揃えれば寝癖もつかないだろう。
白や生成りはきちんと洗濯して、皺にならないように干したり、ちゃんと管理できないなら、汚れや皺の目立ちにくい柄や、色の濃いものを選んだ方が良くないか?」
「……知らなかった、アランってそういう事にうるさいんだな」
ジャコブが呻くように言うと、アランは呆れたような顔になった。
「これくらい常識だろう。レオでさえ言われなくても、自分の身支度くらいはできるぞ? 料理や洗濯や掃除は俺の担当だが」
「お前がもし女だったら、絶対嫁にはしたくないタイプだよ」
「ハッ、どうせ身綺麗にしても無駄だと思ってるだろう? それが一番問題なんだ。もしかしたらあるかもしれない機会を、自分で潰してるんだからな。
俺が言うまでもなくわかっているとは思うが、自力で恋人や伴侶を得る事ができるのは、生まれながら美貌や金や権力持ってるやつ以外は、ある程度自分の身の回りの事が出来て、他にも気を回せて、いくらか余裕のある人だけだからな。
何もしなくても、相手から寄ってきて一見親切に振る舞うとか、それ、夢か妄想でなければ、十中八九詐欺だぞ」
「お前、時折キツイ事言うな」
「聞きたくなければ、好きにすれば良いとは思うけどな。だいたい、冒険者なんて大半が男なのに、同性にまで敬遠されてちゃ、窓口にも立たせて貰えなくなるだろう」
「いや、早朝なら俺の前にも人も並ぶんだぞ? 俺は低ランク冒険者の相談にも乗ってやるからな」
「それ、早朝以外は仕事してないって事じゃないのか?」
アランの言葉に、ジャコブはグッと言葉に詰まった。
「誰の目にも見えない努力は、努力した内に入らないと思うぞ。
全ての努力が全ての人に認めて貰えるわけじゃないが、誰にも認められないとしたら、努力する方向が間違ってるか、足りていないかどっちかだろ。
知らない人には、人の内面なんか見えないんだから、まずは相手に不快感を与えない程度の身支度は調えるべきだ。きっかけがなければ、その後なんて無い。
大丈夫だ、誠意を持って接して、あんたなりの仕事をすれば、きっと理解者も現れる。
あんたが相談乗ってやった冒険者はどうだ? 相手がよほどのバカじゃなければ、腐らず真面目に仕事していれば、その内どうにかなるだろ。
誠意や信頼は、金やコネでは買えないからな」
アランが真顔で言うと、ジャコブが微苦笑を浮かべた。
「……なんか、くすぐったいというか、その、有り難う」
照れたように言う中年男に、アランは首を傾げた。
「うん? 急にどうした、ジャコブ。それより、今日来た理由だが、そろそろラーヌを立とうと思って、挨拶しに来たんだ」
「そうなのか?」
「ああ。結局、情報は集まらなかったが、明日の朝、ラーヌを出て南東の森へ向かってから、ロランへ戻る事にした。
同行者は、先日冒険者登録したルヴィリアと、この町に滞在中のダオルさんだ。何も問題なければ、そのままロランへ戻る。ダオルさんはこっちへ戻って来るだろう」
「わかった。わざわざすまないな、アラン。またこちらへ来る事があれば、いつでも訪ねて来てくれ」
「ああ、ギルド受付にいなかったら、《日だまり》亭へ行けば会えるだろう?」
「不吉な事言うな! 死なない限りは、ここにいるから、安心しろ」
「それも十分不穏な台詞だと思うが。
じゃあな、ジャコブ。次にまた来る事があるかどうかはわからないが、ロランから近いからまた会う機会もあるかもな。それまで、元気でいろよ」
「そっちこそな。冒険者相手にこんな事いうのもあれだが、怪我や体調には気を付けて頑張れよ」
「ああ。またな、ジャコブ。本当ならレオも連れて来るべきなんだろうが、下手にあいつを連れ回すと何が起こるかわからないからな」
「あー、まぁ、頑張れよ」
ジャコブは苦笑した。アランは手を振って、冒険者ギルドを後にした。
◇◇◇◇◇
アランは宿に戻ると、レオナールを連れて宿の表と裏の通りで、いくつかの雑貨や干した果物や木の実、薬などを購入した。
「ランタンに油、予備の火打ち石に、ロープ、防具用の汚れ除去剤と、革製品手入れ用のクリーム、各種薬の補充に、あと何かあったか?」
「砥石はまだあるし、干し肉かしら?」
「おい、一ヶ月分の干し肉が幌馬車に積んであるのに、まだ要るのかよ。どれだけ食う気だ」
「そう言えば、あの子の分の採取・剥ぎ取り用ナイフはあるの?」
「持ってると言ってたから、大丈夫だろう。よほどの安物でなければ、刃物は使い慣れた物の方が良いだろうしな。
ああ、でも、一応念のため、採取品とかを入れる袋はいくつか購入しておくか」
「そうね。でも、今回は荷物持ちはいらなかったんじゃないの?」
「ああ、念のためな」
アランの言葉に、レオナールは眉をひそめた。
「念のため?」
アランは周囲に注意を払いながら頷いた。
「いざという時は何か事が起こる前に眠らせた方が安全だし、防げるものなら防いだ方が確実だからな」
「……もしかして、私を一人にすると問題が起こると思ってる?」
「夕飯は好きなもの食わせてやるぞ、レオ。何が食べたい?」
「肉なら何でも良いわ。大瑠璃尾羽鳥が食べられるなら、また食べたいけど」
「とりあえず《日だまり》亭へ行ってみるか。たぶん肉の種類の指定は微妙だが」
もしかしたら、アントニオにも会えるかも知れないからな、とアランは頷いた。
長らくお待たせしました。4章開始です。
というわけで今回のダンジョン探索は4名+2匹です。
以下を修正。
×南西
○南東




