35 再度の襲来と、魔術師の憂鬱
人間相手の戦闘および残酷な描写・表現があります。苦手な人はご注意下さい。
アランはかぶれ薬をダニエルに銅貨2枚で売った後、部屋へ戻り、後日買い出し用に何がどれだけ必要か、リストを書き出した。
レオナールは、予備武器の大振りのダガーや、剥ぎ取り用ナイフなどの刃物を研いだり、持ち手を布で拭ったり、薄くクリームを塗ったりしていた。
「ロランに戻ったら、剣を一度研ぎに出そうかしら」
「調子悪いのか?」
「そういうわけじゃないけど、やっぱり本職にやって貰うと、仕上がりや切れ味が断然違うのよね」
「共有金から出せば良いが、いくらかかるかわかるか? ミスリル合金はこの前売ったところだから、相場によっては換金が遅れるかもしれない。
今回、追加報酬ついたとしても、正直あまり期待できないし、微妙だからな。ミスリル合金含めれば問題ないが、現金だけだと間違いなく赤字だ。
場合によっては、いつもより依頼受ける頻度を増やすか、薬を採取・調合して共有金を増やしておきたい」
「今書いてるリストも、必要経費の計算するためなの?」
「それもある。書き出した方が、買い出し行く時に漏れがないというのが主な理由だが。備品その他必要なものがあれば、言ってくれ。
今後の予定を立てるのにも役立つ」
「じゃあ、討伐依頼何か受けたりするの?」
レオナールが期待するように尋ねると、アランは肩をすくめた。
「出来たら、ラーヌからロランまでの配達依頼があれば良いんだが、たぶんないだろう。
なるべくラーヌでは積極的に依頼を受けたくないが、ロランよりは仕事多そうだから、もしかしたら受ける事になるかもしれない。
しばらくは問題ないが、ロランへすぐ戻っても、あまり良い仕事はなさそうだしな」
「ラーヌは人は多いけど、コボルトの巣の依頼みたいに、物によっては競争相手がいない仕事もありそうよね。報酬は期待できそうにないけど」
「俺達なら、たぶん最小限の経費で討伐できるし、二人だから他のパーティーよりはマシだろう。
でも、ギルド職員はジャコブ以外と会話してないけど、あまり関わりたくない感じなんだよなぁ。
レオはどういう印象だった?」
「私に聞かないでよ」
レオナールは肩をすくめた。それを見て、アランは溜息をついた。
「まぁ、それはともかく、今回の件で今後の課題がいくつか出てきたのは、確かだな」
「課題?」
「忘れたとは言わせないぞ。俺もあるけど、お前はもっと、対人対策や対処を考えて、学習する必要がある」
「……人間って、面倒臭いわね」
「ウル村に帰りたくなったか?」
「まさか。でも、なんかロランより面倒臭いわよね、ここ。手っ取り早く叩き潰した方が、断然早いと思うんだけど。
ロランでやった時みたいに、ここでもやれば良いと思うけど、どうしてダメなの?」
「町の空気が違うってのが一番の理由だな。
ラーヌは、どうやら金とコネ持ってるやつが強いらしい。商会に喧嘩売ったり、難癖付けられて面倒な事になるのも困る。
ロランでやれたのは、ギルドマスターがクロードのおっさんで、町長がダニエルのおっさんの大ファンだってのが強いな。
二人ともユルくて、冒険者同士の諍いがあっても『元気だな』程度で、よほどの事がない限り介入せず、当事者同士で解決させるだろう?」
「空気が違うとか言われても、意味わかんないんだけど。
良くわからないけど、ラーヌの町の有力者やギルドマスターが介入したり、なんか面倒になるかもしれないって事?」
「そういう事だな。空気が違うってのはさ、例えば、ここは領兵もギルド職員も、公平さは期待できないって事かな。
俺達は新参者で、よそ者だからな」
「私達が新参者でよそ者なのは、ロランでもそう変わらないわよね?」
「それでも、ダニエルのおっさん経由とは言え、ギルドマスターや町長と面識があって、ある程度温情がある分違うだろ。……なぁ、レオ」
「何?」
「お前に言っても無駄かもしれないが、これ以上問題起こすなよ?」
真顔で言うアランに、レオナールは肩をすくめた。
「私がいつ問題起こしたのよ?」
「おい、こら、いつも起こしてるだろうが! コボルトの巣から帰ったその日に、ギルド前で絡まれたりしてたくせに」
「私のせいじゃないわよ。向こうから絡んできただけだもの」
「とにかくお前はラーヌ滞在中は、絶対、単独行動禁止だからな。わかったか?」
渋面のアランに、レオナールは肩をすくめ、立ち上がった。
「何処へ行くつもりだ?」
「ちょっと、喉が渇いたから水でも飲んで来るわ」
その返答に、アランは一瞬考えたが、それくらいなら良いか、と頷いた。
「わかった。なるべくすぐ戻って来いよ?」
「はいはい、本当うるさいわね、アランってば」
そう言ってヒラヒラと手を振って、レオナールは丸腰で外に出た。
(いっそのこと、全員殺してスラムとやらに埋めるか、《炎の壁》あたりで証拠隠滅しちゃえば簡単だと思うのにね。面倒臭い)
そして、一階に降りたレオナールは、軽く目を瞠った。
「あら」
おかみが何かを叫ぼうとしたが、薄汚い格好のチンピラに殴りつけられ、崩れ落ちた。
一人だけ優雅に椅子に腰掛けた金髪碧眼の男が、階段前に立つレオナールを見た。
「やあ、新人君。昨夜は良く眠れたかい?」
ベネディクトの傍らに魔術師風の男と、白地に金と銀の刺繍が縫い込まれた、光神神殿の神官服を着た男が立ち、スラムのチンピラと思しき男達が、ナイフや片手剣や斧や鈍器などを構えて、二十数人でレオナールを取り囲む。
レオナールはニンマリ楽しそうに、微笑んだ。
「残念ながら、学習能力はないみたいねぇ」
鼻で笑うように言ったレオナールの言葉に、男達は殺気立つ。
「てめぇ、丸腰で良く言いやがる! 命が惜しくねぇみたいだなっ!」
男の言葉にフッと鼻で笑うと、大仰に肩をすくめた。
「それは、こっちの台詞でしょう? 雑魚をいくら集めてもムダだって理解できない頭の出来じゃ、同じ失敗を繰り返すしかないわね。
おバカさんって、本当お気の毒。死ななきゃわからないみたいね」
「てめぇっ! ぶっ殺すっ!!」
「ふふっ、掛かってらっしゃい」
そう言って、右手の平を上へ向け、右人差し指をクイクイ軽く動かし、挑発した。
激昂して一番先に飛び掛かった男の足を素早く右足で払い、左手でその手首を握ると、ひねり上げ、盾とする。
仲間に胸から腹辺りを斬り付けられて、絶叫する。それを見て、いく人かためらう者もいたが、ほとんどの者がかまわず飛び掛かる。
レオナールの背後は階段であり、半円状に取り囲まれ、武器を振るわれるが、それらを軽く避けては、武器を持った腕を狙い、あるいは捕まえて盾にして、少しずつ数を減らして行く。
「何の騒ぎだ!」
アランが背後から駆け下りて来た。
「ちょうど良いわ、アラン。獲物よ。向こうから出向いて来たみたい」
レオナールが返すと、アランが舌打ちした。そして詠唱を開始する。
「おい」
椅子に腰掛けたままだったベネディクトが、傍らの男に指示を出す。
魔術師と神官が詠唱を開始するが、それに気付いたレオナールが手近の男の剣を奪い取り、投げつけた。
「っ!?」
詠唱を中断した魔術師が慌てて飛び退き、神官はそのまま詠唱を続けて、魔法を発動させる。
「《方形結界》」
投げつけられた剣が弾き返され、近くにいたチンピラの後頭部に直撃して、昏倒した。
「《眠りの霧》」
アランが《眠りの霧》を発動させ、残りのチンピラ達が全員眠り、崩れ落ちるように倒れた。
レオナールは男達を見回し、一番程度の良さそうな片手剣を拾い上げると、そばにいる男の足の腱を切り裂いた。
悲鳴を上げて転げ回る男の頭を、柄で殴り、気絶させた。
「おい!」
「ロープがないんだから仕方ないでしょ?」
咎めるように睨むアランに、レオナールが肩をすくめた。
「そういう時は、服を脱がして裂けば良いだろ。ついでに武装解除もできる。
あいつらは《方形結界》使ったから、こちらにしばらく手出しはできない」
「ねぇ、アラン。ルージュを連れて来て」
「えっ……、あれをか? おっさんじゃなくて?」
「師匠より、面白い事になると思わない? ここは私がいるから、しばらくは大丈夫」
アランは嫌そうな顔になったが、舌打ちして、了承した。
「わかった、ちょっと待ってろ。どうせろくでもない事考えてるんだろうが、どっちにしろ、あまり大差ないだろうからな」
「そんな事ないわよ? 師匠はほら、あれで一応『人間』だから」
レオナールはニヤリと笑った。
「相手が結界を解除しない限り、何もできないとは思うが、なるべく殺すなよ。後が面倒になるから」
アランはそう言うと、裏口の方へ走り去った。
「おい、誰を呼びに行こうとしてるかしらないが、この町で僕に逆らうとどういう目に遭うか、まだ学習できていないようだな」
ベネディクトの言葉に、レオナールは冷笑した。
「学習できてないのは、そちらでしょう? ここまで来てわからないなんて、お気の毒。
あなたは自分の常識が通じない相手がこの世に存在するって、知らなかったのかしら。
世間知らずの箱入りのワガママお坊っちゃまに、振り回される人達も自業自得とはいえ、御愁傷様。
もう手遅れだけど、良い事教えてあげるわね。私、売られた喧嘩は買うし、襲われたらやり返すけど、自分から手を出した事は、今のところ一度もないの。
だってその辺の有象無象どもには、興味ないもの。私が興味あるのは、目の前にあるものを斬っても良いかどうか。それと、斬って楽しめるかどうかよ。
それ以外は食べられるかどうかだけど、安心して。人や生肉や内臓を食べたり、生き血をすすったりはしないから。
もっとも調理済みで材料不明だったら、気にしない場合もあるかもしれないけど、それは仕方ないわよね?」
「は? 何を言ってるんだ?」
「まぁ、目の前にいるのがゴブリンだろうが、人だろうが、大きさや動き以外は些細な違いよね。
どうせ相手が何かさえずっていても、私には理解できないもの」
そう言うと、レオナールの顔から表情が削げ落ち、無表情になった。目線はベネディクトに向けられているが、焦点は合わされていない。
訝しげな顔のベネディクト目掛けて、レオナールが駆け出した。
「バカが! 《方形結界》の効果が続く限り、どんな攻撃も無駄だ。全て弾かれる。これだから無知で物知らずな新人は……っ?」
レオナールは、ベネディクト達の手前、一番近い場所にあるテーブルを勢い良く蹴り上げ、途中で受け止めた。
残り二本の足で若干斜めではあるが、テーブルがほぼ垂直に立った。
「……何をしている?」
「このくらいの位置だったかしら?」
そう呟いて、レオナールはテーブルを足で押しながら、位置をずらすと、途中で止まった。
「うん、これくらいね。じゃあ、後は」
更にもう一つテーブルを蹴り上げて垂直に立たせると、それが結界に阻まれ動かなくなるまで押し引きずらせた。
神官がハッと顔を強張らせ、慌ててベネディクトに進言する。
「若様、ここは一度引きましょう」
「何?」
「このままでは、逃げられなくなります」
「何を言っている。これくらいのもの、障害物でも何でもない。何故、僕たちが逃げなければならないんだ。たかがFランクの新人相手に」
「今は問答している場合ではありません。さぁ、早く!」
神官が促そうとするが、
「あら? 冒険者になりたての駆け出しの新人から、逃げるの? 愚かで卑怯な臆病者。
まだ何もしてないのに、わざわざこんなところまで何をしに来たのかしらね? 物見遊山? 酔狂なことだわね」
レオナールが煽った。
「何?」
「ちょっとくらいなら、遊んであげても良いのよ? 逃げたいならそれでもかまわないけど、その代わり今日一日かけて色々なところで、あなたの弱虫っぷりと情けなさを吹聴してあげるわね。
ついでにあのワガママぼっちゃまは、まだオシメが取れていなくて、ママンのお乳が恋しいみたいだって、大きな声で喧伝してあげる。
きっと楽しい事になるわね。本人が嫌がるような醜聞や、他人にとって面白い噂って、どういうわけか広まるのが早いもの」
レオナールは三つめのテーブルを蹴り上げ立てると、それも同じようにする。
「待て、いったい何をしている?」
ベネディクトが怪訝そうに尋ねた。
「何をしているように見えるかしら?」
レオナールはそう言って、四つめのテーブルを立てて押しやった。《方形結界》に接触し取り囲むように四つのテーブルが立っている。
その足は全て外側を向いている。
「よいしょ、えい!」
レオナールはテーブルの一つを少し手前に動かし、結界側にテーブルを傾けるように倒した。
触れた瞬間、反対側に弾かれるが、それを靴底で受け止め、レオナールはふむと頷いた。
「なるほど、同じくらいの強さで弾かれるのね。という事は……」
「おい、レオ。何をしている?」
アランが宿屋の正面入口に立っている。
「あら、アラン。連れて来てくれた?」
「ああ、連れて来たが、どうするんだ? まさか中に引き入れろとは言わないよな?」
「別にそれでも良いんだけど、この宿の耐久性がちょっと心配だから、今回は良いわ。
修理代を代わりに払ってくれそうな人はいるけど、万が一の事があると困るものね。
……ルージュ! いつものやつお願い、いつもより大きな声でやっても良いわよ!!」
「え?」
アランが嫌な事を聞いた、という顔になり、慌てて両手で耳をふさいだ。
「ぐがぁあああああおぉおっ!!!」
幼竜が、いつもより大きめの声で咆哮した。
「ぐあっ! なっ……何の声だ!?」
明らかに魔獣・魔物かその類いの咆哮に、ベネディクト達が焦る。レオナールがおもむろに手近のテーブルを蹴り上げると、跳ね上げられたそれが三人に向かって倒れ込む。
「何っ!?」
レオナールがそれを確認して、強く踏み込みながら、神官目掛けて剣を振るい、魔術師を蹴りつけた。
「アラン!」
レオナールの声に、アランが慌てて詠唱を開始する。
「くそっ、なんでっ!?」
慌てつつも、ベネディクトは腰の剣を抜き放ち、レオナールが振るう剣を打ち払う。
(ちょっと、いつもより射程が短くて軽いから、目測が甘いかも)
レオナールが舌打ちをし、更に踏み込み、速度を上げ、時折右から左へ、あるいは左から右へと素早く持ち替え、縦横無尽に剣を振るう。
「なっ、くそっ、ちょこまかと!」
ベネディクトにとって、レオナールの剣は軽いが速い。
しかも彼が見慣れた者達は利き腕でしか扱わず、逆の手に持つとしたらマンゴーシュや丈夫なダガーか盾であるのに、予備動作なしに同じ剣を左右に切り替え、読みづらい剣閃を描く。
視線・視点も何処へ向けられてるのかわかりにくく、表情もないため思考なども読みづらい。
それでも、拮抗し、打ち払う事が出来ていたのは、レオナールが相手の急所や腕や肩などの関節を狙うからだ。
「《眠りの霧》」
アランの詠唱が終了し、発動した。魔術師と神官にはかかったが、ベネディクトはかろうじて抵抗できた。
「アラン! これ、使いにくいから部屋から持って来て!!」
「無茶言うな! あんな重いもの、俺に運べるわけないだろう!!」
アランの返答に、レオナールは眉間に皺を寄せた。
「ぐがぁあああああおぉっ!!」
ルージュが更に咆哮し、どおん、と体当たりした。
「ちょっ、待っ、駄目だっ! やめろ、ルージュ!!」
アランが慌てて怒鳴るが、幼竜が言う事を聞くはずがない。
どたどたと後退すると、勢いよく踏み込んで、駆け出し、宿の入り口を体当たりで拡張した。
「なっ!?」
大音響を上げて、石の壁が崩れ、破壊され、吹き飛んだ。アランがガックリと脱力し、その場で座り込んだ。
「ぐぁお」
ルージュが甘えるように鳴き、どたどたとレオナールの方へ走り寄り、驚いて目を見開くベネディクトを天井近くまで跳ね飛ばした。
「あら、ルージュ」
「きゅきゅーっ!」
撫でろと言わんばかりに、鼻を突き出す幼竜に、レオナールは苦笑し、手に持っていた剣をその場に突き立てると、ルージュの鼻先をそっと撫でてやった。
「そうね、有り難う。今ちょっと手持ちはないけど、後でご褒美をあげるわね」
レオナールはニッコリ笑い、ルージュは嬉しそうに鳴いた。
「……修理代どうすんだよ、おい」
アランが床にうずくまったまま、ぼやいた。
というわけで、次回は後始末編になります。
以下修正。
×サブウエポン
○予備武器
×まさか商会に
○商会に




