31 盗賊は、剣士に戦慄する
いつもの事?ですが、レオがアレです。
レオナールは無言で剣を振るった。紙一重で避ける小人族に、ニヤリと笑って、左右に、上下に、剣をスイッチしながら振るって行く。
「ちょっ、ちょっと、危ないよ!」
ダットはそれを完全に見切って、最小限の動きでひょいひょい躱す。
「ちょこまかとうるさいわね、ちょっとはおとなしく出来ないの?」
「この状態でおとなしくしたら死ぬよね!?」
冗談じゃないとばかりの表情で、ダットは叫ぶ。
「大丈夫、あなたならたぶん死なないわ」
ニッコリ笑って言うレオナールに、ダットは嫌そうな顔になる。
「力加減なく急所狙っておいて、良く言うよ!」
「試しに上下左右に身体を分断してみれば良いのよ」
レオナールはたいした事ではないと言わんばかりの口調で、からかうように言った。
「やめてよ! それ絶対死ぬから! それで死なないやつなんて、不死者か魔法生物かスライムくらいだから!!」
プルプルと首を左右に振りながら、ダットが振り下ろされた剣を、屈んで避ける。
「あなたが動かなくなるまで振るってみれば、わかることよね」
「わかった! 悪かった!! オイラが悪かったから! 降参する! だから殺さないで!!」
ニンマリ笑うレオナールに、ダットは両手を掲げて叫んだ。
「あなたの言葉に、どれほどの価値があるのかしら? 息をするのと同じくらい日常的に嘘をつくあなたに?
あなたは人を信じてないでしょう? だから嘘をつく事にためらいがないし、裏切る事に動揺も呵責もない。人を殺す事にも」
レオナールの言葉に、ダットの顔から表情が消えた。
「あんたにオイラの何がわかる」
「あなたの事なんか何も知らないし、知る気もないわ。
あなたの言葉には、価値も信憑性もないから、別にどっちだってかまわないのよ、生きていようと、死んでいようと。
ただ、この場であなたを生かして逃がすつもりは毛頭ないだけ。
金になるなら何でも奪い、何でも売るような節操なしの盗賊なんて、五体満足で生かしておけば、絶対面倒な事になるもの。
私、目の前にいる相手が、本当の事を話してるか、嘘をついているか、なんとなくわかるのよね。だから、あなたが嘘をついてる事が丸わかりなの。
良かったわね、ここにお人好しのドワーフがいなくて。
あなたの味方するような底なしの善人や建前が大事な偽善者はいないわよ、嬉しいでしょう?
あなた、本当はそういう人、大っ嫌いだものね」
「人の事は言えないだろう? 殺人狂」
ダットが真顔でレオナールを睨んだ。レオナールは肩をすくめた。
「別に人を殺すのが好きなわけじゃないわ。私にとって、人も魔獣も魔物もその他の生き物・無生物、どれもさして変わりないもの。
構造を調べたり、斬り方を色々変えたりするのは、次に上手く斬るための勉強になるからだし。
小人族はまだ斬った事がないから、内部構造が人間と同じなのか、出来れば解剖して細かく調べたいわね」
真顔で告げたレオナールに、ダットはゾワリと背筋を震わせ、蒼白になった。
「なっ……!」
「小人族の血の色も赤いのかしら? 心臓の位置は人間と同じ左胸なの? まぁ、斬ってみればわかる事よね」
ダットはレオナールが本気で言っている事に気付いて、慌てた。
「ちょっと待った! 斬らなくてもわかる!! 大きさとか違うだけで、骨格や内臓は人間とほとんど変わらないから!!」
「でも、たぶん大きさは違うわよね。もしかしたら形も違うかも」
「そんなに違わないってば! 機能も構造も何も変わらないよ!!」
「口が滑らかな生ゴミがさえずっても、うるさいだけよ? 少しはおとなしくしたら?」
「嫌だ! あんた、イカれてるよ!!」
ダットがブルリと震えて言った。
「だから何? 手加減しろとか見逃せとか?
悪いけど、私、あなたが何を言っても、ゴブリンやコボルトが騒ぐのと同じようにしか聞こえないの。
うるさいから黙っててとしか思えないのよね」
「狂ってる……!」
ダットは目の前の剣士が、自分のこれまでの経験・価値観で図れない男だという事に、ようやく気付いた。
「あんた、本気で頭おかしいよ!」
「だから何? あなたが何を言いたいのか、何を目的にしているのか、サッパリだわ。
最初はただの時間稼ぎで、何か秘策でも準備しているのかと思ったけど、そういうわけじゃなさそうだし。
時間を掛ければ掛けるほど、あなたが体力消耗して、じり貧になるだけだと思うんだけど、仕掛けて来ないの?」
「オイラはあんたと違って、荒事が苦手なんだよ! 殺しもあまり得意じゃないし」
「でも、皆無じゃないわよね? ほら、見せてよ。本気出しなさいよ。そしたら私も本気で斬ってあげるから」
「バカなこと言うな! 不意討ちか油断させて隙を狙った事しかないのに、剣士のあんたと正面から斬り合って、か弱いオイラがかなうはずがないだろう!?」
「あら、さっきまで余裕ありそうだったのに、急にどうしたの? 小用でも催したのかしら、それとも大きい方?」
「ふざけんな! 言葉でオイラを挑発したり、翻弄できると思ったら、大間違いだからな!!」
「へぇ?」
レオナールは目をわずかに細めた。
「自分が賢いつもりでいるおバカさん、あなた、どこからどう見てもゴミなのに、良く恥ずかしげなく、そのバカ面さらせるわよね。
しかも演技下手すぎて、気持ち悪いったら。醜悪なだけだから、やめた方が良いんじゃない? 才能ないわよ」
「うるさい! あんたに言われたくない!! だいたい、気狂いのくせして、良くもぬけぬけと! オイラはあんたほど酷くはないね!!」
「だから?」
レオナールはニッコリ笑う。
「仕掛けて来ないなら、時間のムダだから本気で行くわよ」
レオナールの顔から、感情が削げ落ちた。無表情で無感動で無機質な青い瞳が、ダットに向けられる。
路傍の石を見るような、何処を見ているのか、見ていないのか、判別しづらい目。
ダットは勝てない、と思った。逃げる事はできるだろうか、と考え、次の瞬間、何もかもどうでも良くなった。
ヒュッと音を立ててバスタードソードが降り下ろされる。瞑目し動かないダットに、レオナールはキョトンとした顔になった。
「急にどうしたの?」
「斬るなら斬れば良いだろ」
ダットは目を開け、首筋に皮一枚の位置で止められた刃をチラリと見た。
「どうして止めた?」
「聞きたいのはこっちの方よ、さっきまでちょこまか逃げ回ってたのに、どうしたの? 動かない的を斬ってもつまらないじゃない」
怪訝な顔で言うレオナールに、ダットは渋面になった。
「あんた、つくづく趣味悪いな」
「動いてるのを斬るから楽しいのに、つまらない事しないでよね」
不満げなレオナールに、ダットが溜息をついた。
「つまり、オイラを動く玩具だと思ってたわけだ。
猫と一緒だな、動く物を見ると反応して追いかけ、捕まえられそうだと判断すれば、動かなくなるまでなぶって遊ぶ、あるいは一息に殺して食べる」
「どうでも良いお喋りする暇があるなら、逃げるか仕掛けるか何かしなさいよ。眠くなるでしょ? 私を楽しませてよ」
「冗談だろ? あんたを喜ばせるだけだとわかってるのに」
「何が言いたいのか、何をしたいのか、サッパリ理解できないわ」
レオナールは肩をすくめた。
「良くわからないけど、抵抗する気はないって事かしら」
「まぁ、そうだな。聞きたい事があるなら、普通に質問すれば答えるけど?」
「どういうつもり? 急に態度が変わったわね」
「嗜虐趣味のやつってさ、相手の反応を楽しむのが目的だから、無反応だと怒ってむきになるか、飽きてどうでも良くなるか、大抵どっちかなんだよな」
「言っておくけど、別に嗜虐趣味じゃないわよ」
「でも動く物を斬るのが好きなんだろ?」
「そうね、否定はしないわ」
レオナールは頷いた。
「だったら、やっぱり無駄にあんたを喜ばせてやる必要はないだろう。
やっとわかったけど、そう言えば前回も反抗・抵抗した時の方が楽しそうだったもんな。
今だってそうだ。逃げたり抵抗している時は、あんなに楽しそうだったのに、こっちが諦めたり、何でも聞けと言ったら、そうやってつまらなさそうな、不満そうな顔になる。
あんたに比べたら、あの黒髪の兄さんの方がよほど理解できるし、御しやすい」
「ふふっ、あなたにはそう見えるのかしら」
レオナールが笑った。
「あんたは、俺の嘘がわかると言ったけど、俺だってあんたが本気で言ってる時と、口先だけの時は区別がつく。
あんたはどう見ても頭がおかしいし、言動の大半は薄っぺらだ。
まるで人間以外のものが、人間そっくりの皮をかぶって、人間の上っ面だけ真似ているように見える。
言葉に意志が宿っていない。あんただってオイラの事なんか言えない大嘘つきだ」
「だから?」
レオナールは不思議そうに首を傾げた。
「何が言いたいのかしら。良くわからないから、もっと簡単に言ってくれない?」
「あんたは人間の皮をかぶった化け物だ」
「あらそう。話はもう終わった?」
レオナールは大仰に肩をすくめた。ダットは嫌悪をあらわに、レオナールを仰ぎ見た。
「今まで、あんたはただの戦闘狂か、嗜虐趣味か、殺しが好みなのかと思ってたよ。
でも、そういう類いの問題じゃないな。あんたは、人間じゃない」
「だから、何? 何が言いたいわけ? 理解しがたいわね」
レオナールは、相手が何を言いたいのか、何が目的なのか、サッパリ理解できず、首を傾げた。
普段からアランに『中身はオーガ』と評されているので、人間じゃない、と言われるのが侮蔑だとわからなかったし、もしそうだとわかっても、だから何だとしか思えなかっただろう。
誰かに何かを言われて、傷付く事ができるとしたら、それは自分をこうだと認識する意識や自覚、価値観や倫理観などがあって、それを否定されたり肯定される事で、衝撃を覚えたり、劣等感を刺激されたりといった、なんらかの情動がなければ、相手の言葉の意味を認識しただけでは、そうならない。
言葉の意味はわかるが、理解できない、あるいはそれに対して何も感じない場合、それによる感情の動きはもちろん、意思や心などといったものに、何の影響も起こらない。
何も感じないし、理解できないから、記憶する事もない。残ったとしても、誰かが何かを言った、くらいのものである。
ましてや『どうでも良い』としか思わない、名前や顔すらも他と区別するための記号のようなものとしか認識していない相手では、『良くわからないけど、絡まれている』くらいの事しか理解できない。
「何が目的なの?」
場合によっては、無抵抗でも斬り捨てるべきか、とレオナールが思い直しかけたその時、
「よぉ、レオ。お前にしちゃずいぶん時間掛かってるから、迎えに来てやったぞ」
ダニエルが現れた。
「あら、師匠」
「うん? どうした、レオ」
「良くわからないけど、急に無抵抗になったのよね、これ。どうしてかしら?」
レオナールが尋ねると、ダニエルは苦笑した。
「お前、本当バカだな。そしたら適当にふん縛って、連れ帰れば良いだろう?」
「そうなの?」
「うーん、もしかしてお前用に、対策全部考えてやらないといけないのか? でも、お前、絶対忘れるしなぁ」
ダニエルが肩をすくめて言った。
「そう言えば、ロープがまだ残ってたんだった」
言われて思い出した、とばかりにレオナールがポンと手を打った。そしてロープを取り出し、ダットを縛ろうとする。
「ちょっ、待っ、待った! おとなしく着いて行くから、縛らなくても良いよ!!」
「ですって。どうする? 師匠」
「おいおい、こいつお前に矢を射ってきた襲撃犯の一人だろう? だったらどうして、こいつの言う事聞いてやらなくちゃならないんだ。
抵抗しないと言われても、信用できないんだから、気絶させるなり、拘束するなりして、運んだ方が楽だろう。
そこまで指示してやらなきゃ、わからないのか?」
「ああ、そうね。私ったら、どうかしてたみたい」
「おいおい、勘弁してくれよ」
「ちょっ! 本当、何も抵抗しないから!! 縛らなくても大丈夫だから!」
「はいはい、ちょっとうるさいから、黙れ」
ダニエルがダットの鳩尾をおもむろに殴って気絶させた。
「よし、これで縛りやすくなっただろ?」
「ありがとう、師匠」
レオナールに満面の笑みを向けられ、ダニエルは苦笑した。
「あのなぁ、何、あんなやつに調子崩されてるんだ? お前、ちょっとは頭使わないと、ますますバカになるぞ」
「師匠に言われたくないわよ」
「いやいや、俺はお前ほど酷くないからな? ほれ、さっさと運んで、夕食にするぞ。
さっき、アランがお前のためにクレープ焼いてたからな」
「そうなの?」
レオナールが首を傾げた。
「腹が減っただろ?」
ダニエルに言われて、レオナールは頷いた。
「そうなのよね。お腹が空くと、考えるのが面倒臭くて」
「いやいや、お前、お腹が空いてなくても、物事深く考えないだろ」
「早くご飯食べて水浴びして寝たいわ。さすがにちょっと疲れたかも」
「おう、了解。じゃ、ちゃっちゃと済まそうぜ」
「わかったわ」
そして、二人がかりでダットを拘束して、宿へ戻った。
剣は振るってるけど、戦闘シーンというほどではないかも、という事で前書きによる注意は省略しました(当たってないし)。
この二人、なにげにお互いの相性悪い気がします。
以下修正。
×ハーフリング
○小人族




