29 激昂する魔術師とマイペースな剣士
アランは思わず溜息をついた。
(どうしてレオは人の恨みを買う事を、平気でやろうとするんだろう。下手に恨まれたら、トラブルの元になるだけだろうに)
何も考えてないだけか、恨まれてもたいした事はないと考えているか、トラブル上等来るなら来いのいずれかに違いない、とアランは思う。
ダニエルがどう処理するつもりなのかはわからないが、普通に考えれば、この連中が重罪を犯した証拠が見つからなければ、あるいは殺した相手が貧しい平民や保証のない自由民だけならば、おそらくたいした罪は問われずに解放されてしまうだろう。
厳重な処罰を下される犯罪者というのは、一般庶民にとって迷惑な存在ではなく、領地や国家に対して、あるいはそれらを治める王や貴族たちにとって、損害を与える、あるいは統治に支障をきたす者の事である。
もちろん領地を治める領主や王にとって、治安が悪く荒れている状態よりは、治安が良く安定している方が民心が乱れず、人が集まりやすく、税が安定して納められやすい等といった利点がある。
故に、多数の平民を殺害し、多額の金を奪ったり盗んだりすれば、処罰される。
だが、統治あるいは税額の面で、いてもいなくても然程変わらないような貧しい平民、納税の義務も国などからの保護・保証もない自由民などは、いくら殺され、財を奪われても、明確な証拠が見つからなければ、罪にはならない。
彼らは無頼の輩とは見られるかもしれないが、支配する側にとっての被害や損害がなければ、無辜の民と扱いはあまり変わらない。
(ボナール商会とやらがバックにいるのなら、下手すると賄賂で揉み消されて証拠不十分とか、おかみに聞いたように保釈金払ってトンズラパターンになりそうだよなぁ。
そうなると殺すか心を折るのが手っ取り早いと言えばそうなんだが、それやって、ボナール商会が文句付けてきたら、最悪俺達が犯罪者扱いされかねないからな。
襲って来たのが町中じゃなくて、目撃者もいなけりゃ、きっちり証拠隠滅して白を切るってのも考慮するんだが)
頭が痛い、とアランは溜息をついた。
「悪ぃ、悪ぃ、なかなか話聞いて貰えなくて、ちょっと時間かかっちまった。待たせたな!」
ダニエルが男を二人担いで、戻って来た。
「へぇ、おっさんの顔が利かなかったのか?」
「ああ、それもある。あと、酒場の店主が賄賂で買収されてたみたいだな」
「斬ったの?」
首を傾げてレオナールが尋ねると、ダニエルが肩をすくめた。
「おい、レオ、お前と一緒にすんな。仕方ねぇから身分証と、王から貰った勲章見せて、懇切丁寧に説明してやったよ。
1階にいたのは、善良な庶民の皆さんと冒険者だったから、協力してくれたしな」
言われて見れば、抱えられている男達は、どちらもロープで拘束されている。
「でも、どうするんだ? こんなにたくさん捕まえても、何処に置いておくんだよ。宿に既に捕まえた連中もいるだろう?」
「とりあえずしばらくは、同じ部屋に放り込んで置けば良いだろ。大丈夫、数日くらいなら問題ない」
「本気かよ? あの部屋、本来は一人用だろ。あそこに四十数人放り込むとか、身動き一つできなくなるんじゃ」
アランはその光景を想像して、嫌そうな顔になった。
「それはともかく、さすがにこの人数を宿まで運ぶのは骨だから、自分の足で歩かせた方が良いな」
「歩くかしら?」
ダニエルの言葉に、レオナールが首を傾げた。
「ハハハ、大丈夫、俺にまかせとけ。最初に抵抗した何人か殴っておけば、聞き分け良くなるだろうよ」
「それ、私が殴っても良いかしら?」
「あー、俺がやっといた方が良いだろう。後々考えたらな。悪いけど、お前じゃ外見で舐められるし、知名度ゼロだからな」
「何よ、それ。私たち、こいつらのせいで夕食食べ損ねたのに」
「宿で食わせてやるから、我慢しろ」
「でも、大瑠璃尾羽鳥は食べられないじゃない」
「うん? 何だ、それが食べたいのか?」
「何、食べさせてくれるの?」
「今日は無理だが、今度狩って来てやるよ」
「それ、いつ何処で狩れるかわからないじゃないの」
ムッとした顔になるレオナールに、ダニエルは笑った。
「そりゃ、そうだ。さすがの俺でも、必ずこの日に狩ってやると宣言して狩れるもんじゃねぇよ。例え生息地に心当たりあってもな」
「心当たりがあるの?」
「おう。王都から来る途中で見掛けたからな。まぁ、もしかしたら、今は巣を変えちまった可能性はなくもないが」
「なら、我慢するわ。アラン、料理できるわよね」
レオナールが振り返って言うのに、アランがキョトンとした顔になる。
「え、持ち込みしないのか? 俺がやるより旨いだろう」
「できればソテーか、串焼きか、丸焼きが食べたいのよね。それに師匠が狩るなら、夜営で食べる事になる可能性もあるし」
「えっ? なぁ、おっさん、」
「悪いな、ラーヌの北東の森の中だ。なるべく早く持ち帰ったとしても1日はかかるな」
「で、獲ったらすぐに料理しろってか、おい」
アランは渋面になった。
「移動は徒歩じゃないから、前にやった時よりは楽よ。良かったわね、アラン」
「……そういう問題じゃないだろ」
クラリと頭痛を覚えて、額を押さえるアラン。しかし、レオナールはもちろんダニエルは全く気にしない。
「ついでに他にも旨そうなの狩るか。アラン、頼んだぞ」
楽しそうなダニエルにポンと肩を叩かれ、
「既に決定事項なんだな」
了承した覚えはないんだが、とアランはガックリ肩を落とした。
しかし、経験上、この二人に普通に嫌だと言っても、嫌だと思う理由を挙げ連ねても、無駄な事はわかっていた。
「俺の周辺って、人の話聞かないやつばっかりな気がする」
呻くように呟いた。もしかしたら、アランがすぐ諦めて従ってしまうせいもあるかもしれない、とは自覚がなかった。
◇◇◇◇◇
「おら、とっとと歩け。ちんたら歩くなよ。歩かないと、ちょっとずつ尻の肉が減るかもなっ! ハハハッ」
ダニエルが最後尾の男の尻をゲシゲシ蹴り上げ、笑いながら言う。先頭を歩くのは、レオナールとアランである。
ジャコブとアントニオは、ひとまず帰宅した。アントニオは明日、宿の方へ訪ねると予告を残して。ジャコブは明日も仕事である。
何事も起こらなければ、たぶんコボルト討伐の報告で、顔を合わせる事になりそうだが。
「おっさん、楽しそうだな」
「師匠ってば、人の嫌がる事する時、すごく生き生きとしてるわよね」
「お前は人の事言えないだろ、レオ」
「え~? そんな事ないわよ。アランの嫌がる事をするのは、楽しいけど」
「おい! お前、やっぱり俺の事、本気で嫌いなんじゃねぇの!?」
「そんな事はないわよ。でも、絶好調のアランは人迷惑だから、凹ませたくらいでちょうど良いとは思ってるけど」
「なんでだよ! 俺、そんな人迷惑な事してねぇだろ!! どっちかと言えば、人迷惑な所業やらかしまくってるのは、レオだろうが!!」
「自覚がない天然サンとか、本当困ったものね」
レオナールはふぅ、と溜息をついて、肩をすくめた。
「は!? ちょっと待て、俺がいったい何をしたって言うんだよ!! 具体的に詳細に説明してみろ!」
「説明するのが面倒臭いし、説明しても『それがどうした?』とか言うのは目に見えてるから、そんな時間と労力の無駄になる事はしたくないわね」
「なんだよ、それ!!」
心外だ、とばかりにアランが激昂する。
「うるさいわね。耳元で怒鳴らないでよ。それに、近所迷惑でしょ?」
「……おまっ……!」
アランが口をパクパクと開閉させて、絶句する。レオナールは本当困った人ね、と言わんばかりの口調と顔で、サラリと髪を掻き上げた。
「アランは何かに夢中になると、それ一辺倒になって、周りが見えなくなるのよね。
それはそれで役立つ事もあるんだろうけど、たまに使い物にならなくなったり、空気読んでくれなかったりするから、本当困るのよねぇ。
しかもその間の記憶も自覚もないんだもの。促せば、自力で歩いてくれる事だけが救いかしら?
正直、アランってばムダに大きいから、例え気絶させても、私じゃ運べないのよね」
「そんな事してるか?」
「ほら、これだもの。まぁ、もう慣れたから良いわ。扱い方もわかってるし。
でも、知らない人の前でやられた時に、フォローできる自信ないから、勘弁して欲しいけど」
「なぁ、レオ。それ、具体的にいつやった?」
「一番最近だと、能力強化付与の魔法陣とかぼちゃのキッシュかしら。後は、特に直接被害は受けなかった気がするし」
「え? 心当たり全くないんだが」
「どうせそう言うと思ってたわ。考え事すると自分の世界に没頭する癖があるのよね。
ねぇ、アラン。考え事したら、たまに時間が思ったより経ってる事とか、記憶にない?」
「あー、そう言えば魔法陣の研究してた時、気付いたら朝になってたか。そういやあの日、夕飯どうしたんだっけ?」
「私がガレットを買って来たわよ。渡したら、一応食べてたけど、記憶にない?」
「悪い、全然覚えてない。って事は、クロードのおっさんは?」
「おっさんも、私の買ってきた残りを食べたわよ」
「そうか。悪かったな、うっかり食事の支度忘れるとか」
「最初から予測済みだったから、狩りに出た帰りに買ったから、問題なかったけどね。代金はおっさんの財布から出して貰ったし」
「え、予測済みって俺、そんなに何回もやってるか?」
「ウル村にいた頃から、そうだったわよ。あの頃は魔法・魔術関連が多かったけど。
ウル村でも有名よ、アランの病気がまた始まったって。だから、余計女の子にモテなかったんじゃない」
「うるさい。どうせ俺は生まれてこの方、一度も女の子にモテたことなんかねぇよ! でも、仕方ねぇだろ、そういうのは縁のないやつは一生縁がないんだ。
たぶん稼げるようになれば、よほど人格・性格に問題なければ、その内相手も見つかる。クロードのおっさんみたいに一生独身とかにはならない、たぶん、きっと、絶対……!」
フルフルと震えながら呟くアランに、レオナールは肩をすくめた。
「んー、アランの場合、そういう問題じゃなさそうだけどね」
「は? じゃあ、何が問題だって言うんだ。俺の人格のどこに問題があるって言うんだよ?」
「ふふっ、まぁそんな事はどうでも良いじゃない。別に、アランの人格や性格に問題があるとは言ってないわよ。
あえて言うなら、天然で空気読めなくて、察しが悪いところだとは思うけど」
「え? そんなにひどいか、俺」
「そうね、普通の女の子だったら、序盤で音を上げて、回れ右するでしょうね」
クスクス笑いながら、レオナールが答えた。
「全く記憶にないんだが」
眉間に皺を寄せるアランに、レオナールは笑いながら言った。
「アランが問題だと思ってないなら、別にそれで良いんじゃないの?」
「はぁ? 何だよ、それ。気になる言い方だな」
「私にとっては、どうでも良い事だもの。今のままでも問題ないし、そうじゃなくなっても関係ないし。好きにすればとしか、思わないしね」
「でも、あれだろ。空気読めないとか、察しが悪いとか、地味に日常生活や仕事に支障を来しそうな要因なんだが」
「見てる分には楽しいし、面白いから、問題ないと思うけど?」
「おい、それ、どういう風に問題ないんだよ。って言うか、お前が面白くてどうすんだよ。
だいたい、お前が面白いとか言うの、トラブルとか、面倒な事や問題な事ばかりじゃねぇか。
俺がわかってなくて、お前が何か気付いてるなら、ちゃんと言えよな!」
「言っても言わなくても、支障がないもの。どうでも良くない?」
首を傾げるレオナールに、アランが嫌そうな顔で言う。
「お前が問題ないとか支障ないとか言って、本当に問題も支障もないって事、ほとんどないじゃないか」
「そうかしら?」
「お前にとっての『問題ない』は、この世の大半の人にとっては『問題あり』だからな」
アランはそう言って睨み付けた。レオナールは肩をすくめる。
「それは、アランにとっての常識とか普通でしょ? 私には関係ないわ」
「お前、それで済ますなよ! それで主に俺が酷い目に遭うんだからな!」
アランが怒鳴ると、レオナールはやれやれと言わんばかりに首を左右に振る。
「本当、アランってば、被害妄想激しいわよね」
「妄想じゃないだろ!」
アランの抗議は、むなしく空に響いた。
全く話が進んでません。すみません。
昨夜はうっかり寝落ちして、更新し損ねました。眩暈がするので、今日はこれで。
明日も昼間仕事あるので、更新遅くなりそうです。
更新できる時はなるべく更新しますが、26・27日のイベント終了まで、準備があるので、コンスタントに更新するのは難しいかもです。
申し訳ありません。




