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残念ナルシ鬼畜守銭奴オネエ剣士は我が道を行く!  作者: 深水晶
3章 コボルトの巣穴 ~ラーヌに忍び寄る影~
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22 魔術師は気難し屋の老婆に魔術を習う

 アランは二人と別れた後、アネットの家を訪ねた。ラーヌ東地区にあるその家は、古くてこぢんまりしているが、一人暮らしするには良さそうだとアランは思った。

 飴色になった木の色と、微かに匂う薬草の香りに、故郷の祖母の家を思い出した。

 出入り口の扉には、青銅のノッカーがしつらえてある。それを握って、ノックすると僅かに魔力が吸われるのを感じた。


(魔道具か)


 外側からその術式を確認できないが、用途を推測するならば、おそらく客の識別あるいはノックした者の魔力を利用して扉の外の様子を感知するのだろうか、と考える。


(いずれにせよ、あれば便利だから、分解して中身が見たいな。いや、でも無理だろうな。

 組まれている術式が古代魔法語だったら、せめて使われている文字や単語が知りたい。

 でもこの大きさだと古代魔法語じゃなくて呪術紋章の方かな。呪術紋章はちょっとしか勉強してないから、見てもサッパリになりそうだが、あれも研究すると、なかなか面白そうだし、何より小型化できるから、携帯可能な魔道具作るには、最適な術式だからな。

 ああ、でもあまり色々手を出して中途半端になるのもなぁ。別に魔道具職人になる気はないしなぁ)


 そういった事をつらつら考えていると、ノッカーから、『入りな』という老婆の声が聞こえて来て、ガチャリと扉が解錠された。


「了解しました、はじめまして。お邪魔します」


 アランはドアノブを掴んで回し、押し開けた。


(なるほど、外に声を伝えられて遠隔で解錠・施錠もできるんだな。すると古代魔法語ではなく呪術紋章の方か。

 便利な魔道具だな。買うと高そうだが)


 パタパタと音がして、青色の小鳥が飛んでくる。


『着いてきな』


 使い魔か、魔法生物の類いか、はたまた幻覚・幻影魔法なのか。魔力は感じるが、それが何なのか、アランには判別できなかった。


(なるほど、これが普通の魔術師か)


 その基準はダニエル称するところのものであり、実のところ普通ではないのだが、普通の魔術師に会った事が、ほとんどないアランには、わからなかった。

 どちらかと言えば、おとぎ話や民話・伝承に出て来るタイプの魔術師を演出した、ハッタリに近いものだったのだが、田舎育ちで魔術や魔道具に縁のない生活をしてきたアランには、どんなハッタリも演出も無意味である。

 見聞きしたものを素直にそのまま受け取って、考察する。そしてアランの『普通』の基準値がまたずれていく事になる。

 玄関から廊下を真っ直ぐ歩いて、右手の扉の前で、小鳥の姿が幻のように消えた。そこでアランはノックをする。


「こんにちは、はじめまして、入室してもよろしいですか?」


「ああ、お入り。我が家へようこそ、新人魔術師のボウヤ」


 老婆の肉声が、扉の向こうから聞こえて来た。それを確認して、アランはゆっくり扉を開いた。

 大きなはめ込み窓のかたわらに、ゆったりした背もたれ付きの籐椅子に腰掛けた、ローブを着た白髪の老婆がいた。


「はじめまして、アランと申します。ダニエルさんの紹介状を持参で、こちらへ参りました」


「なん、だって……?」


 老婆がピクリと眉を上げ、一瞬嫌そうな顔になった。それを見て、ああ、と思わず溜息をつきたくなったが、ここで紹介状を出さないというわけにもいかないだろうと、胸元から紹介状を取り出すと、それを両手に掲げるように持って、老婆の元へ歩み寄り、手渡した。そして、視線を伏せた。

 紹介状の内容は、目の前で見ていたので良く知っている。



『よぉ、婆さん元気か? 俺だ、ダニエルだ。元気にしてたか? 俺はすこぶる元気だ。

 今は一応王都で仕事しているんだが、ここ数日はラーヌに滞在する予定だ。けど、安心しろ。呼ばれない限り、行かねぇからな。

 一応宿は《旅人達の微睡み》亭だ。


 で、知り合いの新人魔術師が、魔術を習いたいって言ってるから、あんたを紹介することにした。俺の知り合いに普通の魔術師って少ねぇからな。

 そいつの師匠は、悪戯好きで面倒臭がりな人見知りで、ちょっとばかり性格悪いとこがあるから、特殊なやり方で魔術を修得させられて、使えるのは《炎の矢》《炎の壁》《炎の旋風》《岩の砲弾》《灯火》《解錠》《施錠》《束縛の糸》《鈍足》《眠りの霧》だけらしい。

 風系魔術の発動文言は、一通り全部覚えてるらしいけど、発動した風系魔術を見た事がないらしい。

 あと回復魔法も修得したいらしいから、よろしく頼む、格安で。


追伸

 嫌だと言ったら、前にむしられた『ブラックドラゴンの牙と鱗』の代金回収しに行くから、覚悟しろよ。

 十年分だから、やっぱ相場に加えて年利1割追加で良いだろ。だいたい、あの時の言い分じゃ『修理代』って事らしいけど、どう考えてもおかしいだろ。

 あんたの家の壁の一部凹ませただけなのに、全部没収とかあり得ないよな!』



 やはり、書き直して貰うべきだっただろうか、とアランが考え始めた頃、老婆はそれを読み終え、溜息をついた。

 アランは顔を上げ、老婆の顔色をうかがった。眉間に皺を寄せてはいるが、思ったより怒ってはいないように見える。


「で、風系魔術の発動文言は覚えてる、という事らしいが、例えば《風の刃》は言えるかい?」


「はい。……風の精霊ラルバの祝福を受けし、目には見えぬ風の刃よ、敵を切り裂き、身骨を断て、《風の刃》」


「……魔力の流れや動きはあるのに、発動しないとか、生まれて初めて見たよ。いったい、どういう修得方法したんだい?」


「基本文字の読み方・発音を事前に口頭で教わり、師匠の記した古代魔法語で書かれた書物を、解読しました。

 直筆の古代魔法語辞書と、その資料も手渡されましたが」


「……は? 何だって!? まさか、その師匠ってのは、あの偏屈でお高いエルフじゃないだろうね」


 その言葉にアランがビクリと反応すると、


「やっぱり! 古代魔法語を普通に読み書きできる種族なんて、エルフか妖精族か竜人くらいだ。妖精族や竜人は滅多に見掛けないから、大抵はエルフだろうがね。

 あいつらと来たら、古代魔法語は第二言語か表記文字みたいなものだと思っているからねぇ。

 人間からしたら、あれは古語な上に特殊な表意文字だってのに、そういう事を全く考慮してないんだからね。

 しかも、あれは本来エルフ語で発音するのが正しいとかほざくんだから、ふざけた話だよ!」


 しまった、とアランは思わず青ざめた。エルフの話はするなとか、ヒス起こすと会話できなくなるなどと、忠告されたのに。


「エルフ語で発音しようが、共通語で発音しようが、正しい古代魔法語で発動文言を発音すれば、それまでの課程に問題なければ、魔法・魔術は発動する。

 という事は、意味が正しければ、ゴブリン語で発音しても問題ないって話だ。

 ただ、連中の発動文言は、とても古代魔法語に聞こえないって疑問が出てくるわけさ。ならば、発動文言とはなんぞやという話になるわけで……」


 しかし、これはヒスではないような気がする。かと言って愚痴でもない。どちらかと言えば蘊蓄か自説を論じている、という事になるのだろうが。


(……長い)


 そして、途中で時折『くそエルフ』だの『くたばれエルフ』だのという罵倒が挟まれる。

 内容的には興味深いとも言えなくはないのだが、そのために聞いていて、気力というか集中力がゲッソリ削げられるのである。


「だいたい連中は、引き籠もり過ぎて、頭が固くて古臭すぎて、カビが生えてるのさ。

 くそエルフどもと来たら、自分達の知らない事は、この世に存在しないものだと思い込んでやがる。

 しかも、自らの知識は、やたらもったいぶって隠匿し抱え込んで、世に広く公開してやろうだなんて、露程も思わない……」


(ああ、この辺はもう聞かなくても良さそうな感じだな……)


 アランが虚ろな目つきで、ぼんやり中空を見つめ始めた頃、ようやく老婆が、おや、と言葉を切った。


「そう言えば、折角の客だってのに、茶も淹れず、椅子も勧めてなかったねぇ。こりゃ、すまなかった」


「あ、いえ、それは大丈夫です」


「いやいや、そういうわけにはいかないだろうよ。そう言えば、ダニエルの紹介だったね。

 って事は、エルフってのは、あれか、《森の聖女》だとか言われて調子に乗ってるシーラだね」


「あ、いえ、別に調子に乗っているというわけではなく、」


「いやいや、わかってるから良いんだよ。あんたも苦労してるんだろうね。師匠があのシーラで、さしずめ現在の後見役がダニエルってとこかい?

 あの二人は元Sランクパーティー《光塵》の連中の中でも、特に問題児でね。若い頃から、しょっちゅうトラブル引き起こす困った連中だったよ。

 光神神官のオラースは苦労性な真面目な男でね、カジミールと一緒に手分けして、そこら中頭を下げ回っていたよ。

 ジルベールも品の良い好青年だったんだが、あれもお人好しな質で、強く言えない方だったから、苦労していたね。

 オラースは気の毒に、いつも説教役になっていたけど、あんたも知っているだろうが、あの二人は人に言われたからと、反省したり感じ入るような性格じゃないからねぇ」


(ヤバイ、やっと終わったと思ったら、なんか矛先変えてまだ続いてる!?)


「あっ、あのっ! お話中すみませんが、よろしければ俺が茶を淹れましょうか?

 茶器と茶葉がどこにあるか教えていただけたら、後はやりますから!」


 長話から逃げるためだけに、そう言ったのだが。


「ああ、茶器と茶葉なら、そこの棚にあるよ。水差しはそこ。魔力を流せば湯になるポット型の魔道具がこれだ」


 アランは、思わずクラリと目眩を覚えた。


(ああ、どうしよう。逃げられない)


 そして茶器と茶葉を出して、細いU字の口のポットに水を注ぎ、魔力を流して湯を沸かし、茶器を温め、茶葉を入れ、湯を注ぎ、蒸らし終わるまでの間、老婆の愚痴のような、長くてとりとめのない話を聞かされる羽目になった。


(田舎のばあちゃんのお小言の方がずっとマシだったな。あれはちゃんと理論立ってて、簡潔でわかりやすかったからなぁ)


「それじゃ、そろそろ本命の話に入るとするかね。諸々合わせて大銀貨1枚ってとこで良いよ」


 それが安いのか高いのか、アランにはわからなかったが、最初に話を聞いた時点で、回復魔法が習得できるのならば、それだけ払っても良いと考えていたため、快く頷き、即座に支払った。

 老婆は、満足そうに頷き目を細めて、アランの淹れた茶をすすった。


「貴族でもないのに、茶の淹れ方をちゃんと知っているとは驚いた」


「はい、昔、祖母に習いました」


「ほう。あんたの祖母は、貴族に仕える使用人だったのかい?」


「いえ、村の薬師でした。元は先代の薬師様に習ったとかで。先代は、元々村の出身ではなく、流れの自由人だったと聞いています」


「自由人ねぇ? 国籍も持たぬ流浪の旅人に、茶をたしなむ習慣があるとも思えないが。まぁ、人それぞれの理由や経緯があるんだろうからね。

 残念ながら、私ゃ茶は好きなんだが、あまり淹れるのが上手いとは言い難くてねぇ。最近目が弱って来たせいか、なかなかねぇ。おや、もう空だ」


 もう全部飲んだのか、と焦りながらもアランは立ち上がる。


「よろしければ、また淹れましょうか? あ、でももう水があまりないみたいですね。汲んで来ます」


「その必要はないよ」


 と、老婆はアランを制して、

「其れは命を繋ぎ、喉を潤す甘露の水、この水差しを満たせ、《命の水》」


 水差しの底の方にあった水面が見る間に上がり、口ギリギリまで満たされた。


「ほら、頼んでも良いかい? えぇと、あぁ、んー、名は何と言ったかね?」


「アランです」


「ああ、そうだった。アラン、頼むよ」


「わかりました」


 アランは頷き答え、茶器から古い茶葉を取り出して捨てると、新たな茶をまた淹れた。


「それじゃ、まずは簡単な回復魔法から行こうか。これは、小さな擦り傷や軽い打ち身くらいなら完治できるが、それ以外だと止血ができたり、痣が薄くなったり、腫れが若干マシになる程度の、応急処置的な魔法だよ。

 できたばかりの軽い傷や、打ち身はあるかい?」


「軽いやけどなら、昨日できたばかりのがあります。コボルトの放った《炎の矢》がかすめたんですが」


「ふぅん、問題ないね。まぁ、一度の詠唱じゃ、腫れが引く程度の効果だが」


「あれ? もしかして同じ傷に、重ね掛けできるんですか?」


「ああ。一度に複数人で同時に、同じ傷に重複して掛ける事は出来ないが、何度かに分けてなら掛け直して、時間と魔力を費やせば、軽い傷ならば完治させる事も可能だよ。

 しかし、ある程度重い場合には、痕が残る場合もある。その場合は、より上位の術を掛ける必要がある。

 まず、私が掛けて見せるから、それを真似てごらん。傷が治るまでは術を発動させられるから、練習にはちょうど良いだろう」


「了解です」


 アランが満面の笑みで頷いた。

というわけでその頃のアラン。

昨日の更新は17時ちょい前と夜の2回分でしたが、後で前話が一部予告詐欺になってる事に気付きました。

進行予定が急遽変わったり、予定より話が長くなるのは今更かもですが。


以下を修正。

×ちょっと悪戯好きで

○悪戯好きで


×ノーム

○妖精族


×ユー字

○U字


×一度に複数人で重複する事は出来ない

○一度に複数人で同時に、同じ傷に重複して掛ける事は出来ない

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