6 剣士と魔術師はダンジョン探索中(1)
先程のゴブリン達は巡回または哨戒だったのではないかと推測された。というのも、大広間の中央部にはほとんど足跡がなかったのに、壁際をグルリと回るルートを複数回、複数グループが歩いたような痕跡が見つかったからである。
彼らは、大広間を一周した後、二人が入ってきた両開きの扉から見て左手奥にある、おそらく小物や使用人達が利用していたと思われる扉へと向かっている。
おそらくはエントランスを突っ切る廊下も巡回路に入っているのだろうが、そちらは大広間より掃除されていたり、通行人数が多かったりして痕跡が残っていなかったのではないだろうか。
ともかく、邸内を巡回する魔物のグループがいるかもしれないという事で、二人は警戒を強める事にした。
「アランは《夜目》のスキルか呪文持ってたかしら?」
「残念ながらないな。お前は大丈夫だろうが、俺は敵を目視できないと攻撃できないから、現状で行こう」
「了解。まぁ灯りなしで判別つかなくはないけど、温度のない魔物や無機物はぼんやりとしか見えないし、隠し部屋なんかは見つけられるがわからないから、灯りがある方が楽よね」
「しかし、ゴブリンとはいえ巡回があるというのは怪しいな。普通のゴブリンにはそんな知性はないはずだろう?」
「ゴブリンをまとめるリーダーがいるって言いたいの?」
「そう考えるべきだろうな。あるいはダンジョンを作ったものの『意志』か」
「まぁ、普通の邸宅がある日突然ダンジョン化して魔物が発生したら、国中パニックに陥るわよね」
私は楽しいけど、とレオナールが付けたしたので、アランはしぶい顔になる。
「まぁ、個人的には自然発生じゃなく、何か原因があって欲しいとは思ってるな。ただ、そうなるとこのダンジョンの主が何者なのかって事になる」
「魔物なら良いけど、魔神や魔人クラスだったらどうしようって?」
「ああ。そんな連中、シーラさんやダニエルのおっさんならともかく、俺たちには荷が重すぎる。ヤバそうならとっとと逃げてロラン支部に応援求めよう。ギルド経由ならおっさんにも連絡つくかもしれないし」
「師匠は旅立つ直前に『もう一生働かず、世界中のイイ女達を口説き回ってやる』とか宣言してたわよね」
「ダニエルのおっさんの事だ。どうせ今頃、女に貢ぐか賭け事で失敗して無一文になって、冒険者稼業復活しているに違いない」
「まぁ引退するとか言ってたけど、あの性格じゃ何やっても金は貯まりそうにないわよね」
「誰がどう見てもカモだしな。金に執着しないにも程がある」
「師匠は剣の腕だけは凄いけど、普段は煩悩だらけで隙が多すぎるもの。悪い人じゃないけど、頭悪すぎなのよね」
「……お前に言われるとかダニエルのおっさんも気の毒にな」
ボソリと呟いたアランにレオナールはじろりと睨む。
「何か言ったかしら?」
「気のせいだろ。とにかく無駄口叩かず慎重に行こう」
アランが言うと、レオナールは肩をすくめて了解と頷いた。
◇◇◇◇◇
大広間の奥の簡素な扉は、給仕する者達が待機すると思われる小部屋へと繋がっていた。現在は使われていないため、がらんとして何もない。
ゴブリン達の足跡は左手にある扉へと向かっている。
「そういえば、外から見た構造通りならさっきの大広間から外のテラスに出るための両開きの扉や、庭を眺められる大きな窓があるはずだったんだがな」
「朝日が昇ってる時刻なのに暗い辺りで、あるはずの窓や扉がなくても不思議じゃないと思うわよ」
「元の構造がどんなだったかはわからないが、既に外観とは別の空間になってるという事か」
「でも、エントランス見る限りでは、たぶん元の構造は踏襲されていそうよね。だとしたら貴族サマのお宝とか見つかるかしら?」
「おい、今回の依頼は調査だからな!? 何か見つけても領主様の所有物だったら、こっそり懐に入れてバレたら俺達縛り首だからな!!」
「大丈夫よ、見るだけなら犯罪じゃないわよね」
「嘘だ!! 今のはそういうニュアンスじゃなかった!!」
「静かにしなさいよ、アラン。魔物に見つかるわよ?」
ちっと舌打ちしてアランは口を閉ざし、レオナールを視線で促す。この小部屋に何もないのは一見してわかるため、左手の扉へ向かう。
レオナールが聞き耳を立てて、扉の向こうの気配を探ってから、扉を開く。
先程の部屋よりは広いが、同じく何もない部屋である。エントランスに向かう廊下側へ向かう扉と、下に降りる階段を見つけた。
ゴブリンの巡回はその階段と廊下の二方向に別れていた。
「どうする?」
レオナールがアランに尋ねる。アランは唸り、眉間に皺を寄せた。
「下に行くのは後回しだ。嫌な予感がする」
「あら、じゃあ下へ行きましょ」
「おい、人の話はちゃんと聞け!」
アランは慌ててるが、レオナールは無視して階段へ向かう。
「アランが嫌な予感がするっていうなら、何かあるのは地下に決まってるわ。さぁ、何が見つかるかしら? 楽しみね」
楽しそうにさっさと階段を降りるレオナールを、アランは睨みつつも後を追いかけた。
階段を降りた先は配膳室のようだった。この部屋はところどころ薄く埃がたまっているが、大広間やその他の部屋よりは比較的きれいだった。きちんと道具は整理され、つい数ヶ月前まではちゃんと手入れされていたと思われる。
巡回のゴブリン達の痕跡は薄くなって判別しづらくなっていたが、この部屋にある扉は一つだけである。
テーブルの間を縫って扉へと向かい、向こうの様子を探ってから、開いた。
そこは厨房のようだった。配膳室と同じく数ヶ月前までは掃除と手入れはされていたのだろうが、そこは何者かに荒らされていた。
鍋や調理道具などが床に散乱している。巡回が動かしたのか一本道が出来ているが、それ以外はひどいものである。何かを探したのか、ただ単に暴れた結果がこれなのか。
「ここで戦闘か何かがあったようね。血痕があるわ」
「何?」
「たぶん一人分の血痕で人間なら軽症だと思うけど、散らかり過ぎてよくわからないわ。薄くて古い上に、何度も踏まれてるから」
「血痕はどこへ向かっている?」
アランが尋ねると、レオナールは無言で指を差す。それは障害物のかき分けられた一本道と同じ方向である。アランは眉をひそめた。
「……あまり行きたくないな」
「何かいるのね? ゴブリンとコボルト以外は何がいるのかしら」
ウキウキとした顔で言うレオナールに、アランはゲンナリする。
「おい、レオ」
「早く行きましょう」
弾むように、それでいて大きな音を出すこともなく、レオナールはそちらへ向かう。確認してから開いた扉の先は、食料庫のようだったが、荒らされていた。
「ほとんど中身がないわね」
「……芋の食いさしが落ちてる。酷い臭いだな」
アランがそう言いながら、口元を押さえる。
「あら、これは中身が残っているわ」
レオナールが無造作に覗いた麻袋の中身は、カビかけの豆だった。
「豆はそのままじゃ固くて食えないからな。でもここまで固くて状態が悪いのは、捨てるか、最悪家畜の餌にでもして処分するしかないだろうな」
「なら、私が持って帰っても問題ないわね」
「は!?」
レオナールの言葉に、アランは顔をしかめる。
「お前、何言ってんの? 今、言っただろ。そんなに古くて固くてカビかけのくそ不味い豆は、二束三文、家畜の餌になれば御の字で、そいつを食べようとしたり欲しがったりするやつはいないんだぞ?」
「家畜の餌くらいにはなるんでしょう? 幸いここは農村で、いくつかの家では家畜も飼っているから何とかなるわ」
「重さのわりに価値がないと言ってるんだが」
しぶい顔で言うアランに、
「大丈夫よ、私が持つから。アランに持てとか言わないわ」
「……そういう問題じゃないんだが」
ぼやくアランを無視して、レオナールは豆の袋を担ぎ上げた。
「ここに残しておいたらゴミにしかならないんだから有効活用するのよ。村人はこんなとこに来ないでしょうし、領主サマもタダでゴミ処理して貰えてラッキーね」
アランは頭痛を堪えるように額を押さえたが、レオナールは気にしない。
「他にもないかしら」
全部で3袋見つけたが、さすがに全部持つのは諦めたらしく、内2袋だけ背嚢に詰め込むと、口が開いたまま麻袋が覗いた状態の背嚢を担ぎ上げる。
「さ、行きましょう」
更に荷物が増えたらたまらないとアランは同意した。
◇◇◇◇◇
レオとアランが探索を始めた頃、オルト村唯一の宿で作業着姿のドワーフが、逃げようとする小人族の襟首を掴むと抱き上げ、満面の笑みで言う。
「さぁ、太陽の下、汗して働く喜びを共に味わおう!」
「やめてよ! オイラを巻き込まないでよ!! やりたいならオーロンの旦那一人でやりなよ!! オイラはそんな事やりたくないよ!!」
「大丈夫だ、わからない事があれば、わしや村の皆さんが快く教えるだろう。土いじりは楽しいぞ」
「楽しくないよ!! やらなくてもわかるってば!!」
「たっぷり汗をかき、くたくたになるまで働いた後の食事とエールは、格別の味だ! この村のエールは普通に飲んでもうまいが、わしが最高の飲み方を教えよう。
今はわからなくても、きっとおぬしも好きになるだろう。心配せずとも良い。おぬしにも出来る! 一度やってみれば良いのだ。
生きる事の喜び、神の叡知と慈悲と、大地の素晴らしさ! 土は人を裏切らない。努力すればするだけ、その成果が現れる。
耕されない畑は実りをもたらさず、撒かない種は芽吹かず、水を与えねば、育たない。愛情持って毎日かかさず、まめに世話をしてやる事で豊かに実り多く育つのだ。
身体の小さなおぬしには雑草取りか害虫駆除あたりの仕事が良いだろうな。他にも色々仕事はあるが初めてだからな」
「いやぁーっ! 人でなし~っ!! こんなに愛らしくてか弱いオイラになんて非道なっ!!」
「おや、オーロンさん、今日も畑の手伝いかい?」
「うむ、働いた後のエールは格別であるからな。実に素晴らしい!」
「おう、オーロンさん。今夜は一緒に飲もう!」
「おうとも。後でおぬしの畑にも顔を出す」
「人さらい~!!」
「まあまあ、おぬしもその内労働の楽しさがわかるようになる」
「ならない! 絶対ならないから!!」
オーロンの肩の上でじだばた暴れるダットの悲鳴は、全ての者たちに無視された。それどころか微笑ましい光景を見るような目で見られたのは、ダットにとって心外であり噴飯ものである。
しかし、傍目には駄々をこねる子供と、それをあやす大人にしか見えなかった。
以下を修正
×夜目で
○灯りなしで
×背負い袋
○背嚢(表記を統一)
×ハーフリング
○小人族