19 剣士の師匠は魔術師の逆鱗に触れる
「おはよう、おっさん、レオ」
レオナールとダニエルが宿屋に戻ると、1F食堂でアランが待っていた。
「おはよう、アラン。不機嫌そうね」
「おう、おはよう、アラン。なんかブッサイクな顔してんな? どうした?」
「不細工とか余計だ。着替えたら、朝食食うだろ?」
「えっ、アランってば、俺にメシ抜きで、レオと真剣でやり合えっての? それはキッツくねぇ?」
大仰に肩をすくめるダニエルに、アランがギロリと睨む。
「いつ、誰がそんな事を言った。勝手な脳内変換するなよ、おっさん」
ダニエルはアハハと笑いながら、ポンとアランの肩を叩いて言う。
「やだなぁ、アラン。ちょっとした冗談じゃないか! 目くじら立てちゃイヤン」
ダニエルがウィンクする。
「なぁ、レオ。朝食済んでも、すぐには行かないんだろう?」
「え? そうね。ええと、ジャコブからの連絡では、いつだったかしら?」
「鍛錬場のことなら、二つ目の鐘から使えるって話だったな」
「らしいわよ」
「……お前、どうしてそういうのを、覚えられないんだよ」
「聞いても、何故かすぐ忘れちゃうのよね。不思議だわ」
「いや、俺の方が不思議だよ」
「まぁ、でも、これじゃ、レオに大切な用件一人で聞かせるのは、危険だわな。だけど、これ、ちゃんと対策した方が良くないか?」
「前に、大切な用件はメモしとけって言ったはずなんだがな」
「記憶にないわね」
レオナールは肩をすくめ、アランは溜息をついた。
「これだもんな。まぁ、良い。報告書まとめてるんだが、お前の意見も聞いておきたい。
あと、おっさんにも聞きたい事っていうか、直接じゃないけど確認しておきたい事あるんだが」
「うん? 何だ?」
「いや、後で良い。早く汗流して、飯を食いたいだろ? だからその後で、少し時間取ってくれると有り難い」
「了解。アランに頼まれ事されると、ちょっと嬉しいな」
「いや、報告書書くのに必要な事を、いくつか聞きたいだけだからな。一部は例の魔術師関連だし」
「あー、それか。悪ぃ、それ、丸ごと全部、俺に預からせてくれないか? ギルドへの報告は控えた方が良い」
「え?」
アランは驚き、目を見開いた。
「丸ごと全部って、襲撃された事とかか? でも、あいつ、絶対今回の巣の件に関わりがあるはずなんだが。
転移陣描いたのはあいつじゃないにせよ、俺達が破壊したから、確認のために現れたとしか思えないし、あいつが何処から、どの時点で俺達に気付いて移動したのとか、後日調査しないと危険じゃないか?
尋問では聞き出せなかったが、たぶんあいつら、魔物の強化あるいは、低ランク冒険者の磨り潰しか消耗を狙っている。
でなけりゃ何らかの実験か、練習だ。今回はコボルトで、前回はゴブリンだったが、次回はもっと強い魔獣・魔物かもしれない。そうなってからじゃ遅い。おっさんならわかるだろう?」
「なら、わかってるよな、アラン。もし仮にそうだとしたら、お前の手に負える事態じゃないって事も」
ダニエルが真顔で答えた。アランは思わず息を呑んだ。
「……だっ……でもっ……!」
「まぁ、お前の気持ちはわからなくはないぞ? 自分が関わった依頼で、実際対峙した相手で、だから最後まで関わりたいとか、調べたいとか、真実を突き止めたいとか思うのは、自然な事だ。
でも、自分の手に負える事かどうか、考えてみろ。中途半端に関わって、でも、自分の手には負えませんでしたってなるのと、今の時点で手を引くのと、どちらがマシだ? どちらが最善だと思う?」
「……っ!」
たしなめるような口調のダニエルに、アランは悔しそうに、唇を噛む。それを見て苦笑したダニエルが、アランの頭をゆっくり撫でた。
「悪ぃな、横からかっさらってくみたいな事になって。けどまぁ、悪いようにはしねぇから、安心しろ」
最後にポン、ポンと叩いて、手を離す。
「今日辺り、その件とか関連について調査する人員が、王都から来る予定だ。だから、ギルドへの報告はそいつが着いてから頼む。
あと、捕まえた二人に関しては、報告書には勿論だが、後に残る物には何一つ書き残すな。
既に書いた物があるなら、焼却処分するなりして、誰にも見られないようにしろ」
「え? なんだよ、それ。どうしてそこまで……」
「あー、後で話す。こんなとこで話せる内容じゃないからな」
ダニエルの言葉にハッとして、アランが周囲を見回す。数は少ないが、ポツポツと宿泊客が、朝食を取るために集まって来ている。商人や冒険者などが主だ。
「悪い、俺。気が回ってなくて」
「気にすんな。たいした事は言ってねぇしな。そんな事より、メシだ、メシ。さっさと着替えて来るから、ちょっと待ってろ!
っておい、レオ? 何故椅子に座ってるんだ?」
レオナールはアランの隣に腰掛けて頬杖をついている。
「うん? お腹空いたから。朝食注文しといたわよ、三人分」
「え? 鎧は? っていうか汗かいたんじゃないのか?」
怪訝そうに尋ねるアランに、レオナールは答えた。
「そうなんだけど、我慢できる気がしないもの。先に食べるわ」
「お前がそれで良いなら、別にかまわないが、今日はそんなにハードだったのか?」
「えっ、そんな事はねぇだろ。森鹿6頭に、角猪1頭しか狩ってないし。移動が駆け足だったくらいで、疲れたとか言わねぇだろ?」
ダニエルも不思議そうに首を傾げる。
「普通は十分疲れる内容だと思うが、いつもはもっと、大量に狩ってるよな?」
「成長期だから、運動するとお腹が空くのは仕方ないわよね!」
「疲れたとかだるいとか、そういう理由じゃないなら良いけど、身体や体調に違和感あるようなら、ちゃんと言えよ?」
「大丈夫よ。心配性ね、アラン」
レオナールが肩をすくめた。
「はい、お待ち」
そこへ宿屋のおかみが、角猪肉のソテーの大盛りをテーブルに置く。どう見ても三人前には見えない──少なくともその倍の人数分に見える──が、置かれた。
取り皿は三枚、並べられたフォークも三本である。一瞬、硬直して、それを見つめたアランだったが、
「注文はこれで良かったね」
「ええ、有り難う。おいしそう」
「ははっ、そりゃ良かった。たくさんお食べよ」
そう言って、おかみが背を向けて厨房へ向かうのを見て、ハッと我に返る。
「おい、お前、まさか肉しか頼まなかったんじゃないだろうな」
「肉だけよ。アラン、朝食は軽めで良いのよね?」
きょとんとした顔で、レオナールが聞く。
「……最低限、パンと野菜くらいは付けろ、このバカ!」
アランが低い声でレオナールに怒鳴り、慌てておかみを追いかけ、パンと野菜と軽めのスープの追加注文をした。
「アランってなんで、あんなに短気なのかしら」
呟くレオナールに、ダニエルが呆れたような顔になる。
「だから、お前、肉以外も食えって言ってるだろ、レオ。っていうか、若いってすごいな。この量を朝から食うのか。
俺も結構食う方だと思ってたけど、お前には負けるよ」
「三人分のつもりで頼んだんだけど、多かった?」
「うーん、お前、ちょっと、他人の食べる量とか覚えておいた方が良くないか?」
肩をすくめるレオナールに、前髪を掻き上げながら、ダニエルが言った。
◇◇◇◇◇
朝食後、三人はレオナールとアランの宿泊する部屋へと移動した。宿の下働きの少年が、水の入ったたらいを部屋へ運ぶ。
アランが一人だけ、書き物机に座り、レオナールとダニエルが床に座り込んで、剣帯や鎧などを外す。
「……で、レオ。俺とおっさんが念のため外を確認中、あの《黒》とかいうやつに襲われた以外、何らかの異変とか異常とかあったか?」
「ないわよ。コボルトが矢を射って来たけど、全部ルージュの鱗に弾かれて、こっちには来なかったし、通路いっぱいルージュの身体が塞いでいたから、コボルトたちは1匹も来なかったし。
たまに近付くやつがいても、自滅してたしね」
「了解」
サラサラと書き込んで、最後に自分の名前を署名する。
「一応これ、後でレオも確認して、最後に自分の名前を書いてくれ」
「わかったわ」
「その前に俺が見てもかまわないか?」
ダニエルが尋ねると、アランが頷いた。
「ああ、かまわないが。……もしかして、おっさんの駄目出し食らったら、書き直しか?」
「《黒》と《混沌神の信奉者》の襲撃に関しては書いてないんだろう?」
「ああ。コボルト討伐と、その巣を塞いだ事と、行き先不明の転移陣があったが、放置するとコボルトやらゴーレムやらが転移してくるから全部潰しましたって内容になってる。
他に書きようがないからな」
「それなら書き直す必要はないだろう。でも、一応目を通しておきたいからな」
アランの眉間に皺が寄った。
「なぁ、おっさん。もしかして、俺が今まで書いた報告書、少なくともオルト村ダンジョン辺りからの内容、知っているのか?」
「おう。王都支部から回って来たやつの写しを見た」
「俺、冒険者ギルドに出した報告および報告書って、基本的に部外秘だと思ってたんだが」
「部外秘だぞ?」
ダニエルが頷き、アランの眉間の皺が深くなった。
「……で、どうしておっさんがその写しを目にする機会があったんだ? オルト村ダンジョンの追加調査は《静穏の閃光》ってAランクパーティーに依頼されたんだろう?」
「誰に頼めば良いかって打診されて、俺が推薦しといた。子飼いの連中で適当なの見繕っても良かったんだが、今はパーティー単位で動けそうなのはいなかったんでな。
あ、そうそう。王都ギルドで名誉顧問とかいう名ばかりの役職貰ってるんだ、俺。これといって決まった仕事はないし、報酬も出来高払い的な、雀の涙だがな!」
「それ、初耳なんだが」
「おう、王都に行ったら頼まれてな! 別に損になる事もねぇから受けといた。やっぱギルドの情報網はでっかいからな。
依頼受注リストと報告リストのまとめを毎月貰って、気になったとこだけ、写しを貰う事にしてるんだ。さすがに全部に目を通すのは無茶だからな。
実は、お前らの初依頼から読んでる。俺の部下が、お前を勧誘したいつってたぞ。俺が断っておいたが。
お前、やっと念願の冒険者になったのに、王都で事務系の仕事とかしたくねぇだろ?」
「俺は魔術師になりたくてなったのに、どうしてそんな勧誘が。俺、そんなに魔術師向いてないか?」
「そんなことはねぇと思うけどな。ま、お前の筆記は見目も良いし、報告書の内容や書き方も、見やすい上にわかりやすいからな。
簡潔だけど、必要な事は全部記載されてるってのも高評価らしいぞ?」
「……複雑だ」
アランは渋面になった。
「それに比べ、レオナールの書く文字は、本当ひどいよな! アランに習って、書き取りの練習した方が良いんじゃねぇの?」
「判別できれば良いのよ、判別できれば」
レオナールがツンとした顔で言う。読めれば、じゃないところがミソである。アランが頭痛をこらえるように額を押さえる。
「あー、それに関しては俺もどうにかしてやりたいと思うんだが、何度教えても、ペンの握り方がおかしいんだ。
スプーンやフォークはちゃんと使えるようになったんだが、どうして同じようにペンが握れないのか、俺も本当不思議で。
正直、あの握り方で、ちゃんと線が書ける事が不思議だ」
「いや、線って、おい。……確かに定規を引いて書いたみたいな署名だったが、あれ、文字として見たらおかしくないか? 大きさもばらついてるし、毎回微妙に違うし」
「一応、角度はだいたい同じだろう? 文字の大きさとかバランス取る事までさせると、書類が何枚あっても足りないから、読めなくても誰が書いたかわかるレベルなら、マシなんじゃないかと思うんだが」
「なあ、お前ら二人とも、それで良いのか?」
ダニエルが不思議そうな顔になる。
「別に良いじゃない。署名って誰が書いたか、わかれば良いんでしょう?」
レオナールが面倒臭そうに肩をすくめた。
「一応知らないやつが見ても、読めた方が良いと思うけどな」
「署名に関しては、何度も書いてる内に覚えるだろうから、その内なんとかなるだろ。大丈夫、時間はいくらでもある。
いくらレオでも、毎回書いてるんだから、少しずつでも全く上達しない事はないだろう、たぶん」
アランが半ば諦念の表情で頷いた。ダニエルは呆れたような顔になったが、それ以上言うのはやめたようである。上衣を脱ぎ捨て、たらいに浸けておいた布を絞って、身体を拭う。
レオナールは装備を全て脱ぎ終え、新しい着替えを取り出し、自分のベッドの上に置いてから、同じように布を手に取った。
「髪を洗うのは後にした方が良いかしら?」
「どうせまた汗をかくだろう? 好きにすれば良いが」
「洗うのは良いけど、乾かすのがちょっと面倒なのよね。うーん、耳の下くらいの長さに切りそろえた方が良いかしら?」
「うん? 切るのか? 俺はその金髪、結構好きなんだが」
「師匠は金髪碧眼の女の人が好きよね。……何、私の性別間違えてないわよね?」
ダニエルの言葉に、レオナールがジットリとした半眼になる。
「いやいや、わかってるから! そういう意味じゃなくて、絹糸みたいに細くてサラサラしててキレイじゃないか。
光を浴びると、キラキラ光って見えて、動いてると更にキラキラして、見てるとなんか、良いよなって気分に……」
「それ以上何か言ったら、闇討ちするわよ」
レオナールが無表情でボソリと言った。
「す、すまん……」
「おっさんが金髪コンプレックスか、フェチなのはわかった。そう言えば《静穏の閃光》にいた女魔術師も金髪碧眼だったよな」
「い、いや、別にそういう理由で推薦したわけじゃないぞ!? だいたい、子供に興味はない!!」
慌てて弁明するダニエルに、アランとレオナールが白い目を向ける。
「そういや、おっさん。アドリエンヌって名前に聞き覚えないか?」
「うん? 知らないな。記憶にはないが」
ダニエルの返答に、アランが溜息をついて、瞑目する。
「王都の魔法学院の講師補佐で、古代魔法語のスペシャリストの褐色髪の美女なんだが、本当に全く覚えてないのか?」
「魔法学院の講師補佐? そんな肩書きのやつには、会った事ないな。で、それがどうしたんだ?」
ダニエルはきょとんとした顔をしている。本気で記憶にないらしい。
「クロードのおっさんが言うには、彼女が十代の頃に、おっさんに告白したら、酷い振り方されたって話なんだが」
「そうなのか? いやでも、ほら、俺、良くモテるからな! そういうのは日常茶飯事だし、しかし、酷い振り方ねぇ。悪ぃ、全然記憶にねぇわ。勘違いじゃないか?」
ダニエルにケロッとした笑顔で言われ、アランの眉間に深い縦皺が何本も入った。
「おっさんは一度、死んだ方が良くないか?」
アランの感情を押し殺した低い声に、ダニエルがギョッとした顔になる。
「えっ、なんでだよ? ってか、おい、どうして怒ってるんだ、アラン」
「まぁ、アランが怒るのは仕方ないわよね。詳しくはクロードのおっさんに聞いてみれば良いわ。アランに無茶振りしたのは、あの人だから」
「えぇっ? それ、俺関係なくねぇ?」
「それも確認してから判断した方が良いと思うわよ? 私は別にどうだって良いけど。これ以上、絡まれなきゃね」
レオナールは肩をすくめた。
というわけで、ダニエル本人は、悪気なし&記憶なし。
思ったより長くなったので、報告次回です。すみません。
以下修正。
×装備を全て脱ぎ終え、鎧の下に着ていた
○(上記削除。ダニエルは装備なしだったの失念してました←どあほう)




