16 《豊穣なる麦と葡萄と天の恵み亭》での会食
後半に一部不適切な表現があります。食事時は避けた方が良いかも。
店の奥の個室に、うやうやしく案内された一行。店員の引いた椅子に座ったダニエル、その右隣にレオナール、左隣がジャコブ、その隣にアランが座った。
ジャコブが口を開いた。
「ところで、席は予約したんですが、料理は何が良いか聞いてから注文した方が良いだろうと、何も頼んでいない状態なんですが」
「肉なら何でも良い」
「肉をたっぷりちょうだい」
異口同音にハモる師匠と弟子。他に何か注文があるだろうと思っているジャコブに、アランが言う。
「こいつら肉しか言わないから、肉以外はなんか適当に頼む。俺がわかるんなら、勝手に決めるんだが、あいにく高級料理店に来たのは初めてだからな。
できれば、ラーヌまたはこの店でしか食べられない物を頼む。飲み物もまかせた」
「え? それで良いのか?」
怪訝そうな顔のジャコブに、アランが頷く。
「二人とも肉さえ食べられれば、他はどうでも良いから、問題ない。あえて言うなら、レオナールはどうも卵は好まないようだ。俺は結構好きなんだが。
あ、俺はどんなのでもかまわないからな。新しい発見があれば、それはそれで楽しいし、嬉しいから」
アランの言葉に、ジャコブが頷いた。
「なら、オレのお勧めって選択で良いか?」
「それで頼む」
ジャコブが注文をし、店員がワインの好み等を確認して、前菜などと共に運び込まれ、配膳された。
肉好きの二人のためなのか、前菜の割には少し大きめの鳥系魔獣肉のソテーに、野菜ペーストのソースをかけ、香草などを付け合わせにした物や、茸をトッピングしたフォアグラ、生ハムと葉野菜などをソースで和えたもの、川魚のフリッター、カリカリに焼いたガーリックトーストなどが出て来た。
「じゃ、始めるか。二人とも今日はお疲れさん」
ダニエルの言葉で会食が始まった。
「で、コボルトの巣では男に襲われた事以外は、特に問題なかったのか?」
ダニエルが尋ねる。
「ゴーレムが出た以外は、特になかったわ。これ持って帰って来たけど、何だと思う?」
レオナールが胸元から皮袋を取り出す。
「おい」
アランが顔をしかめたが、レオナールもダニエルも気にしない。ダニエルはそれを受け取り、中の物を検分する。
「ミスリル合金だな。鍛冶屋に持って行くのか?」
「付与魔術つきの鎧や剣を作りたいのよね」
レオナールが答えると、ダニエルは首を傾げた。
「俺のやった鎧と剣、まだ使えるだろう?」
「でも、付与魔術つきのミスリルプレートなら、もっと早く動けるようになるでしょう?」
「あー、気持ちはわからなくはないが、まだちょっと早くないか? どうせ鎧や剣なんて、消耗品なんだから、そこらの雑魚相手にする分には、今の装備で特に問題ないだろ。
今すぐミスリル鎧なんか作ったって、傷付いたり劣化するのが早くなるだけで、経費に対する効果が薄い気がするぞ?
鎧だって普通にメンテナンスは必要なんだし、恒常的にかかる経費考えたら、Cランクになってからで十分だろ」
「だって、アランばっかり迷宮発掘品の付与魔術つき装備とか、ずるいじゃない」
「ああ、装備に経年劣化防ぐ付与魔術とか、形状維持や自動修復や浄化をつけられたら、便利なのは確かだよな。
ただ問題は、浄化以外は、そういった付与魔術を使えるやつが王都にもいなくて、現代の技術じゃ再現できないって事だな」
「つまり、迷宮発掘品じゃなきゃダメなの?」
「切れ味を良くしたり、血や汚れを付着しづらくさせたり、魔力と発動用文言で《浄化》発動させる機能付けたり、魔力通すと物理効きづらい敵にも効果ある魔法を発現できる剣とかは、作れるぞ。
あと、お前が欲しがりそうな効果っていったら、魔力通すと一時的に重さを変えられる、とかか。これは熟練しないと実戦で使うのは難しいが、慣れれば、敵にヒットさせる瞬間だけ重くして、威力をちょっとだけ上げる事ができる。使い方誤ると、腕を傷めるがな」
「でも、あれば便利でしょう?」
「具体的にこういうのが欲しいって決まってるなら、俺が良い鍛冶屋紹介してやっても良いが、ただ漫然と良い装備が欲しいと思うだけなら、やめとけ。金と時間の無駄だ」
「欲しい機能とかは決めてるわ。お金も素材もあるんだから、作ろうと思えば作れるでしょう?」
「付与魔術はともかく、剣や鎧本体の形や機能に関しては、どうなんだ? 今のに何か不満や不自由感じてるのか?」
「う~ん、これで慣れちゃったから、剣に関しては、形やサイズ、重さとかはこのままで良いわ。鎧は使いやすくて軽くて丈夫なら、特に希望はないかも。
でも、鎧は熱とか冷気みたいな、ある程度の温度変化を軽減したり、《浄化》付与は最低限欲しいのよね。あと可能なら重量軽減。そういうの、無理そう?」
「魔法防御は要らないのか?」
「ないよりあった方が良いかもしれないけど、結局のところ、魔法は撃たせなければ良いと思うのよね。
不意打ちで遠くから広域で発動されたら面倒だけど、《炎の矢》くらいなら、避ければ済む話だし」
「ま、そうだな。だいたい不意打ちで、お前にも探知できない距離から、広域攻撃魔法とか撃たれたら、俺でも正直、避けられる自信ねぇぞ?」
「え? そうなの?」
レオナールが首を傾げると、ダニエルは苦笑する。
「当たり前だろ。まぁ、俺の鎧は、ある程度の魔法は無効化したり軽減できるし、いざって時のための結界用魔道具とか持ってるから、例え戦略級魔法でも、一撃食らったくらいなら、何とか凌げるけどな。
俺が無事でも、周りが無事に済みそうにないが」
「そういうの、必要かしら?」
「うん? 俺は時折、他国のやつにも自国のやつにも、襲われたりする事があるから、その対策を色々講じた結果だが、低ランクなら、普通はなくても平気だろ?」
「でも、私、今日変なのに、二度も遭遇して襲われてるじゃない」
レオナールが言うと、アランが肩をすくめた。
「どっちもほぼ独力で撃退した上、捕まえてるだろ。普通は無理だと思うんだが」
「ま、たまたまだろ! 普通のFランクが、そうそう高位魔術師や凄腕暗殺者と戦う羽目になるとか、ないからな」
ダニエルが明るく言った。
「え~? だって、あの魔術師の方は、たまたまだとしても、《黒》とかいう暗殺者の方は、どう考えても、私が一人になった時を狙って襲ってきたんじゃない?」
レオナールが首を傾げて言うと、ダニエルはそれを笑い飛ばした。
「ははっ、そんなわけねぇだろ、バカ。お前、いったい何様のつもりだよ? お前みたいなガキをわざわざ暗殺者雇って殺そうとする阿呆が、この世に存在してるとでも思ってんのか? 自意識過剰もいいとこだろ。
そういう妄想してる暇があったら、もっと鍛錬に励めよ。お前、その程度の腕で満足してるんじゃねぇだろうな?」
「そんなわけないでしょ、バカ師匠。毎日朝晩の狩りは、欠かしてないわ」
「ロラン周辺は、初心者向けだと思ったから連れてったけど、ちょっと敵が弱すぎたか?」
ふむ、と頷き考える顔になるダニエルに、アランが慌てて言う。
「いや、だからと言って辺境とかは無理だからな! 駆けだしの俺達には、ロランで十分だから!」
「……アランは相変わらず、冒険心がねぇなぁ」
ダニエルが呆れたような顔になった。
「そんなものなくてもかまわないし、無理・無茶・無謀・無策は、命を縮める元だからな」
アランが渋面で言う。
「せめて、オーク討伐くらいはさせて欲しいわよねぇ?」
溜息ついて言うレオナールに、
「たとえはぐれ相手でも、今はまだダメだからな。今のお前に人間、または人間サイズの魔物討伐やらせようとは、絶対思えないからな」
「アラン、お前、こいつの保護者してるのか?」
ダニエルがきょとんとした顔で尋ねた。
「他に候補がいないからな。とにかくもうちょい落ち着いて、気持ちに余裕が持てるようになったら、斬らせてやる。それまでは絶対ダメだ」
「気持ちに余裕って、どういう状態よ? サッパリだわ」
「頭に血が上った状態で、本能や感情のままに斬ってる内は、ダメだって意味だ」
「あー、つまり計算して、計算通りに行動できるようになるまでは、って事か?
なるほど、今のレオじゃ、猪突猛進で暴走気味で、ちょっと賢い敵の罠やフェイクに簡単に引っかかりそうだもんな」
ダニエルが、なるほどと頷いた。
「えー? そこまでひどくないわよ?」
肩をすくめるレオナールに、アランは首を大きく左右に振った。
「自覚がないから、余計恐いんだ。確かに、考えなくても身体が動くってのは、考えて行動に移すよりは断然早いと思うぞ。
でも、それだけじゃ駄目なんだ。頭の悪い低級の魔獣・魔物相手ならともかく、オーク・オーガなんて、個体によっては人間並かそれ以上の知能を持ってるからな。
それに突進癖が直らない内は、絶対御免だ。俺自身の保身だけで言ってるわけじゃなく、お前の身の安全も考えて言ってるんだからな?
俺がそばにいるなら、万一の時の支援や援護もしてやれるが、そうでなければ、どうしてやる事もできないからな。
お前、戦闘や移動に関して、俺がお荷物だと思ってるのかもしれないが、お前のやり方は、すごく危うくて、何か想定外の事やミスがあれば、いつ死んでもおかしくないんだぞ?
人は死んだらおしまいで、取り返しがつかないんだ。回復魔法があってもだぞ?」
アランの説教に、レオナールが面倒臭そうな顔になる。
「アランは本当、心配性よね」
「それは確かに事実だろうが、お前がアランを安心させられる域にないのは、確かだな」
ダニエルが頷いて言った。
「おい、レオ。本気で嫌だと思うなら、自分の能力、実力で納得させてみろよ? それが出来なけりゃ、文句言う筋合いなんてねぇな。黙って言われとけ」
ダニエルが挑発するように、レオナールに言う。
「ちょっ、おい、おっさん……っ!」
慌てるアランに、ダニエルがニヤリと笑みを返す。
「お前だって、落ち着きのない魔獣みたいな前衛と組んでたら、気が気じゃねぇだろ? 自分の我を通したかったら、それなりの実力つけなきゃ、ゴミだよな!」
カカカと笑うダニエルに、アランが渋面になる。
「だからと言って、わざわざ挑発しなくても良いだろ。レオは真っ当に順当に、経験積んで学習すれば、普段の記憶力はザルでも、ちゃんと成長出来るはずだ。そこまでバカじゃないと思ってるからな」
レオナールはムッとした顔で、眉間に皺を寄せ、黙り込んでいる。
「おい、レオ」
アランが心配そうな顔になって、声を掛ける。
「ほっとけ、ほっとけ。たまには使ってない頭を使わせてやれば、良いだろう。お前ら二人とも成人したんだ。いつまでも子供扱いで面倒見てやる必要ねぇぞ、アラン。
それともお前、一生、レオのお守りして面倒見るつもりか?」
最後だけ真顔になったダニエルに、アランはうっと言葉に詰まる。しかし、眉間に深い皺を寄せて、アランは口を開く。
「でも、レオが何か考えて実行に移すと、たいていろくな事にならないんだ。で、レオがやらかすと、まず一番に俺が主にその被害というか、余波を食らう羽目になるんだぞ?」
「それは、お前が考え過ぎたり、心配しすぎるのも、原因の一つじゃないか?」
ダニエルの言葉に、アランが嫌そうな顔になる。
「おっさん、他人事だと思って適当言ってないか?」
「それは確かにあるかもしれないが、嘘は言ってないぞ、たぶん」
ダニエルが肩をすくめて、ニヤリと笑った。
「おっさん、時折わざとレオをいじめたり、からかったりして、遊んでないか? すげぇ楽しそうなんだけど」
「ハハハ、確かにレオをかまうのは面白いし、楽しいけどな! お前をかまうのも、同じくらい楽しいと思ってるぞ?」
「……正直迷惑なんだが」
アランが嫌そうに言うと、ダニエルは声を上げて笑った。
「そんな事面と向かって俺に言うの、お前くらいだぞ?」
どう見ても嬉しそうに見えるダニエルに、アランはこのおっさん最悪だ、と呟く。
ジャコブは反応に困って微苦笑する。
「ねぇ、師匠、明日、暇ならちょっと稽古つけて欲しいんだけど」
レオナールが口を開いた。真剣な顔である。それを見て、ダニエルが嬉しそうな笑顔で頷いた。
「おう、かまわないぞ。でも、報告とか一緒に行かなくて良いのか?」
「どうせアランがいればそれで問題ないもの。今回捕まえた連中は、両方とも師匠、じゃなくて部下っぽい下っ端が見てくれるらしいから、私たちは心配要らなさそうだし、アランが報告書書く時に、補足する事があれば、その時点で加えておけば良いわ。
何を報告すれば良いかとか、そういうの、良くわからないもの」
「お前、甘やかされてるなぁ」
ダニエルが呆れたような顔になる。
「おい、アラン。お前、それで良いのか?」
「それに関しては、村を出る時からの約束だから、別に良いんだ。そういうのは俺がやるから、レオには戦闘に関する事と、探索時の目と耳を頼んでいる。後は、重い物を運んだりとか、準備の手伝いとか。
対人関係とか情報収集とか、交渉事全般は、俺の担当だ」
「ちょっとはレオにも担当させようとか思わないのか?」
不思議そうに尋ねるダニエルに、アランは首を左右に振る。
「レオには無理だろ? もしかしたら、その内できるようになるかもしれないが、今は絶対無理だ。出来ないとわかってる事を、わざわざやらせる必要なんてないし、俺の胃と頭が痛くなるだけだ。
だったら俺がやった方が早いし、確実だ」
「……はぁ。なんでこんな風に育ったのかねぇ? お前、子供の頃はもうちょい、のんびりしてたし、穏やかだっただろう」
ダニエルが前髪を掻き上げ、溜息をついた。
「適材適所ってやつで良いだろう? 全ての物事に万能である必要はない。中途半端にしかならないなら、それぞれの得意分野で分担した方が、早いし確実だ。
だいたい、レオにやらせたらどうなるか、想像してみれば、すぐわかるだろう。必要以外の面倒事は勘弁だ」
「素朴で純朴で、純真無垢で可愛かったアランが、こんな可愛くない面倒臭いやつに育つなんて……!」
嘆くように天井を仰いだダニエルを、アランが白けた顔で見る。
「素朴だの純朴だの純真無垢だのが褒め言葉になると思ったら、大間違いだからな、おっさん」
「俺が、でたらめ教えても素直に信じてたアランは、いったい何処へ行ったんだ! あんなに反応面白かったのに!!」
「……やっぱり、わざとだったんだな」
頭痛をこらえる顔でアランが溜息ついた。
「あ、そうだ。訓練とか稽古って、ギルドで場所借りられるのかしら?」
思い出したように言ったレオナールに、ジャコブが頷いた。
「ああ、事前に申請すれば借りられる。今回は俺が手配しておこう。時間に都合とか、特に希望とかあるのか?」
「早朝と夕方はルージュの食事を兼ねて、日課の狩りに行くから、それ以外で」
「大丈夫だ。早朝はそもそも開いてないし、夕方は大抵予約で一杯だからな。昼間なら午前でも午後でも問題ないと思うが」
「どっちも、ってわけにはいかないの? 例えば半日とか」
「あー、大丈夫かもしれないが、それはちょっと確認してから返事しても良いか?」
ジャコブが答えると、レオナールは頷いた。
「別に良いわよ。師匠も時間はいつでもかまわないわよね?」
「ああ、あんまり非常識な時間じゃなければな。でも半日押さえられても、一応昼休憩は取るぞ?」
「それは当然でしょ? ふふっ、色々試してみたい事があるのよね。最近対人とかあまりまともにやってないから」
レオナールの言葉に、アランが渋面になる。
「全然やってないわけじゃないだろ。武器なしなら、俺が知らないとこでも、やってるくせに」
「あれは娯楽とか遊びの範疇でしょ? 今回対人戦ちょっとあったけど、あんまり納得できる出来だったとは言い難いし。
なんか微妙だったのよねぇ。もう、こう、斬り合いがやりたいのに」
「この、脳筋が」
アランが呻いた。ダニエルがうわぁ、という顔になる。
「あれ、おい、レオ。お前、木剣じゃなく、真剣でやるつもりか?」
「そうよ。え、何その顔? まさか師匠、今更木剣で打ち合いするつもりだったの?」
怪訝な顔で聞くレオナールに、ダニエルが苦笑した。
「あー。手加減、気を付けないとなぁ。怪我させると、アランがうるさそうだしな。どのくらい加減すれば良いのかねぇ」
「そんなもの、適当でしょ。実際やりながらで良いじゃないの」
「んー、ちょっと自信ねぇから、明日、お前の狩りに付き合ってから考えるわ。
今日もお前が剣振るとこ一応見たけど、相手がコボルトだったからな。あんまり参考にならねぇし」
「ふふっ、久しぶりに師匠と狩りに行くのも楽しそうね」
「あ、言っとくが、お前の剣を見たいから、ついて行くだけだぞ? 俺も振っても良いが、それだと見られないし」
「別に良いわよ。知らない魔獣や魔物見つけたら、名前とか教えて貰えれば、それで十分だし」
「了解。んじゃ、そういう事で」
スープは冷たいジャガイモのポタージュが出た。アランはネギとジャガイモの香りを楽しみながらじっくり味わったが、レオナールはあっと言う間に飲み干した。顔には、早く肉が食べたいと書いてある。
ダニエルはレオナールほどではないが、同じく早々に飲み終える。ジャコブは少し早めだが、次の料理を出すよう、店員に頼んだ。
そのため、アランのスープがまだ半分近く残っている状態で、近隣で捕れるエビや貝と野菜のグリルが運ばれた。
「肉は?」
「もうちょっと後だから、我慢しろ」
アランに言われて、レオナールはムッとしながらも、料理の三分の一ほどを一度に、大口を開いて、パクリと食べた。
「おい、もうちょっと味わって食べろよ」
「うーん、思ったよりは噛み応えあっておいしいかも?」
首を傾げて言うレオナールに、アランはガックリした。
「アラン、スープ残ってるのお前だけなんだから、冷めない内に食べろよ」
ニヤニヤ笑いながら言うダニエルに、アランは眉間に皺寄せつつ、黙々と自分のペースを保ったまま食べる。
「いや、時間は気にしなくて良いからな」
慌ててジャコブがフォローした。それに対して、アランは無言で頷いた。そしてアランがようやく魚料理に手を付け始めた頃に、肉料理、分厚い肉の塊──高級牛肉の肩ロース──をグリルした物が運ばれて来た。
ジャコブが目線ですまないと告げ、アランが気にするなと言わんばかりに首を左右に振る。
「うわぁ、おいしそう!」
嬉しそうにニッコリ微笑み、歓声を上げるレオナール。
「うん、これは確かに旨そうだな。生でもいけそうだ」
「……生は駄目だろ、生は。食べたいなら、人目につかないところで、こっそり一人で食べてくれ」
ダニエルの言葉に、アランが突っ込む。
「二人とも肉が好きだそうだから、これが一番良いだろうと思って選択した。料理人にも、なるべく肉を多めで頼んだんだが、喜んで貰えたようで良かった」
ジャコブが満足げに頷いた。当然のように、アランが肉料理に手を付け始めた頃には、食べ終わっていた。
だが、アランが食べ終わる前に果物などデザート類が運ばれることはなかった。
「なんか急かしたみたいで悪かったな」
悪気もなければ、反省もない顔と口調で、ダニエルがアランに笑顔で言った。
「いや、どうせこうなる事はわかってたから良い」
アランが仏頂面で答えた。
「なんか色々すまない」
ジャコブがちょっとすまなさげな顔で言った。レオナールはデザートとして出された果物を見て、顔をしかめながら皿をアランに押しやろうとして、アランに睨まれ、肩をすくめた。
「お前は、俺が言わないと野菜や果物食べようとしないよな、レオ」
「別に野菜や果物なんか食べなくても、死なないわよ」
「とりあえずお前は食え」
「うぅ……なんか、甘くてちょっと酸っぱくて、軟らかくて、気持ち悪い……」
嘆きながら食べるレオナールに、ダニエルが首を傾げる。
「なんでレオは果物嫌いなんだろうな。普通、子供は甘い物が好きなんだが」
「子供扱いしないでよ」
レオナールが嫌そうに、心持ち潤んだ瞳で、ダニエルを睨む。ダニエルは肩をすくめ、ジャコブはレオナールには見えないようにこっそり苦笑した。
「……この感触がきらいなのよね。中途半端に軟らかくて、そのくせポタージュみたいに飲み込めないから、咀嚼しないとダメな辺りが。
野菜もあんまり好きじゃないけど、あれはまだ物によっては噛み応えがあるから、まだマシだわ」
「お前、噛み応えの有無で旨いとかマズイとか言うなよな? 味で判断しろ、味で」
「味も大嫌いよ、気持ち悪い」
「ジュースなら大丈夫って事か? ゼリーも食感が嫌だとか言いそうだしな。でも、焼き菓子もあまり好きじゃないみたいだしなぁ」
「別に食べなくても死なないんだから、良いじゃない。食べさせたり飲ませようとしたり、しないで欲しいわ」
全く迷惑よ、とぼやくレオナール。
「ライムやレモンの果汁をちょっぴりかける程度なら、平気っぽいんだが。でも、量を多くすると嫌がるな。あとマリネとか酢も苦手みたいだ。
基本的に調味料は塩胡椒ベースのが好きみたいだな。ソースはあまり甘くなければ良いみたいだけど」
アランが首を傾げる。
「臭いの強い野菜や香草も、本当は嫌なんだから」
レオナールが抗議すると、アランは肩をすくめた。
「俺は好きなんだけどなぁ」
「食事には肉だけあれば他はいらないのに」
「そういうわけにいくか。身体を整えたりするのに必要だから食えと言ってるんだ」
「アラン、お前、本当に保護者っぽいな。レオ、アランの言うことを全部聞けとは言わないが、偏食はやめた方が良いぞ。
身体を作るには一応野菜や果物も必要だからな。毒や腐った物だけ拒否しておけ」
「臭いも嫌いなのに。これ、例え毒が入ってても誤魔化せそうな臭いと味が、特に嫌いだわ」
「おい、レオ。こんな高級飲食店でわざわざ客に毒盛るわけないだろ。バカな事を言うな」
「安心しろ、レオ。毒は入ってない」
三人の会話にジャコブが苦笑している。
結局レオナールが果物を食べ終えたのは、一番最後だった。残そうとしたら、アランが食べるよう強制したからである。
「う~ん、そこそこうまかったと思うけどな。あれか? プラムっぽい、ちょっと酸味強めのオルレの実が嫌だったのか? それとも甘ったるくて柔らかいミルルの実か?」
「思い出させないでよ、師匠」
レオナールがげんなりした顔になった。
「わざと言ってるだろう、おっさん」
アランが白い目でダニエルを見た。
「ハハハ、まぁ好き嫌いできるくらい元気で良かったよな、レオナール。今度お前にアルケンシュの幼虫のソテーやルルクカールのフリッター食わせてやりたくなったよ」
「それ以上言ったら、師匠の食事に毒盛るから」
明るく笑うダニエルに、レオナールが半眼になって言った。
読んでも読まなくても本編に関係ないかも知れない、ほのぼの?会です。




