14 剣士は、冒険者に絡まれる
「じゃあ、行ってくる」
アランが冒険者ギルドの建物内に消えるのを見送り、レオナールはルージュたちと共に周囲を警戒しながら、待っていた。が、不意に声を掛けられた。
「おい、お前、見掛けない顔だな?」
レオナールがそちらを振り向くと、冒険者と思われる髭もじゃの小汚ない筋肉質な男──背中に担いだ戦斧や鎧姿から戦士と思われる──が立っていた。
その背後には魔術師と目される男や、弓矢を担いだ男、大剣を背負った男など複数名の姿があり、一様に泥と汗と血に汚れ、何日も髭を剃るどころか、顔を洗ってすらいないと思われる風体である。
常人より鼻の良いレオナールは、その悪臭に思わず顔をしかめた。
「ごめんなさい、物乞いの人たちかしら? 今は手持ちに余裕がないから、他を当たってくれる?」
「なんだと!? てめぇ、俺に喧嘩売ってるのか!!」
「物乞いじゃないなら、その悪臭どうにかした方が良いわよ? 本当に酷い臭いだから。できれば口を開かず、近寄らずにいてくれるとありがたいんだけど」
「てめぇ!!」
「この若僧、ちょっと面が良いからって図に乗りやがって! 可愛がってやろう!!」
「死なない程度に揉んでやるよ!!」
「あら?」
レオナールは肩をすくめた。本人は挑発したつもりはなかったようだが、どうみても挑発である。激昂した男たちに取り囲まれた。
「ふぅん」
レオナールは目を細めた。
「きゅう?」
「武器を抜くまでは、殺し合いじゃないから大丈夫よ」
「おりゃあああぁあっ!!」
飛び掛かって来た男の拳を、首を傾げてかわすと、足払いを掛け、顔面に肘鉄をかます。
「てめぇええっ! やりやがったな!!」
「突っ掛かって来たのは、そっちでしょう」
「ニコの仇だ! 行くぞ!!」
「おう!」
男たちが一斉に飛び掛かる。が、ひょいひょい避けて、男たちを同士討ちにしたり、足を払って転がしたりする。
「おい、レオ。お前、何をやってるんだ!?」
聞き慣れた怒声に、レオナールは肩をすくめた。
「お前もこいつの仲間か!?」
振り返った魔術師風の男は、仏頂面の黒髪魔術師の隣に、茶髪の中年男性ギルド職員が立っているのに気付いた。
「なんだ、ジャコブじゃねぇか。なんだ、こいつら。見慣れない顔だが、新人か?」
「ロランから来た冒険者だ。あっちはSランク冒険者《疾風迅雷》ダニエルさんの弟子だ。こいつはその相棒兼お目付け役ってとこだな」
「……何?」
アランは会話をかわす二人にかまわず、レオナールに声を掛ける。
「おい、レオ! 面倒起こすなって言っただろう!? お前が無駄に元気なのは知っているが、今日くらいおとなしくしてろよ、バカ!!」
「私のせいじゃないわよ!」
「嘘だ!」
「嘘じゃないわよ! 臭くて汚いのが話し掛けて来たから、口を開かず近寄らないでって言っただけよ!」
「思い切り喧嘩売ってるじゃないか! バカ!!」
「え~?」
殴ろうとして来た男の腕を払い、逆に腕を取ってひねり上げながら、首を傾げた。
「でも、こいつら弱くてつまんないのよねぇ。まだ、ロランで私に喧嘩売って来たやつらの方がマシなんだけど」
「……一応、Bランク1組に、Cランクパーティーが2組、だったよな?」
アランがジャコブを振り返り、尋ねた。
「ああ、あいつらな。盗賊団の討伐帰りのCランクパーティー《蛇蠍の牙》の連中だ」
「これ、問題になるか?」
「あいつら普段から素行あんまり良くねぇからな。どうせいつもの事だと流される可能性が高いが」
「じゃあ、レオをしばらく好きにさせても問題ない?」
「え? 何をする気だ?」
慌てるジャコブを尻目に、杖を片手に詠唱を開始するアラン。
「汝、暗く優しい眠りの霧に包まれ、風の精霊ラルバの歌を聴き、夜の女神シルヴァレアの腕に抱かれ、混沌たるオルレースの下、深き眠りにまどろみたまえ、《眠りの霧》」
レオナール含む全員を標的に、発動する。バタバタと倒れていく男たち。レオナールは、ハーフエルフなので睡眠系魔法は無効化されるため無事だったが、恨めしげな目つきでアランを睨む。
「ちょっと! 危ないじゃないの!!」
「は? どうせお前には効かないだろ?」
「そうだけど、至近距離の大男に目の前で気絶されると、うっかり殴り飛ばしそうになるじゃない!」
「……おい」
レオナールの言葉に、アランが半眼になる。
「だいたい、ちょっと外で待たせただけなのに、なんで早速乱闘騒ぎ起こしてるんだよ」
「知らないわよ。向こうが勝手に喧嘩売って来ただけだもの」
アランとジャコブの視線が、一人だけ無事な《蛇蠍の牙》に向いた。
「俺たちは、ギルド前に見慣れない武装したやつがいるから、声を掛けただけだ。怪しいやつなら捕まえなきゃならないし、新人なら教育してやってラーヌのシキタリを教えてやる必要があるからな」
と胸を張る。
「ラーヌのしきたり? そんなものがあるのか?」
アランが尋ねると、ジャコブは肩をすくめ、男が嬉々として答える。
「おうよ、先輩冒険者には敬意を払えってな! あと教育して貰ったら謝礼を払えって教えてるんだ!」
「……やってる事は、レオとさほど変わらないな。積極的に声を掛けるか、掛けないかの違いはあるが」
「だから、事前に忠告したつもりだったんだが。っていうか、レオナールはロランでそんな事をやっているのか?」
「放置したら、相手が所持金差し出して降参するか、動かなくなるまでやるんだ。
こいつ、筋力は並みの戦士程度だが、体力と持久力はオーガ並みで、そこそこ速くて相手の攻撃はだいたい避けるから、相手が殺す気で掛からない限りは、時間はかかるが大抵こいつが勝つ」
「動きの早いオーガとかとんでもないな」
「筋力がオーガ並みじゃないだけ、マシだろう。だから、短期戦で、動けないよう物量で固めて、一度に全員で殴れば、さすがにやられると思う。
ただ、そういう時は、相手を挑発して数人暴走させたりして、崩して対処するけどな。
見ての通り、睡眠系魔法は無効化するし、その他束縛系も抵抗力高いから、あまり効かない。
毒にも耐性持ってる。一応攻撃魔法は効くが、普通に詠唱すると、終わる前に攻撃して破棄させたり、避けたりするから難しい。
聞こえないように詠唱したとしても、こいつどうも発動を感知してるみたいな動きするから、当たるかどうかわからないな」
「なんだ、そのむちゃくちゃっぷり。Fランクのくせに、ほぼ人外レベルじゃねぇか」
「いや、そうでもないぞ? 一応対処法はあるし、筋力は普通だからな」
「その普通ってどのくらいだよ?」
「だからその辺のあまり目立たないC・Dランクの戦士くらいだって。さすがにダニエルのおっさんクラスの筋力とかないから」
「いや、駆けだしで、成人したてでそのレベルって異常だからな?」
ジャコブが呆れたような顔になった。
「まぁ、俺みたいな低ランク魔術師とか、ゴブリン・コボルトの魔術師相手なら、楽勝だろうな。
俺が本気であいつをやるとしたら、就寝時くらいかな。野営時はきびしいから町中で、効くかわからないが強めの薬盛っておいた方が良いだろう。
高位ランク魔術師は、遭遇すること事態が稀だから、良くわからない。今回のは守勢だったし、何故か途中で魔法効果が消えたから、なんとかなったが、最初から攻撃するつもりで遠方から術を使われてたら、どうなっていたか」
「魔法効果が消えた?」
「それについては原因不明だ。詳しくは報告書、いや別途書類を書く。分けた方が良いんだろ?」
「悪いが、俺にはちょっと判断つかねぇな。報告上げるにしても、ダニエルさんに来て貰った方が良さそうだ。
うちの幹部、金をかき集めて貯めるのは好きだが、正直仕事好きだとは言い難い連中なんでな」
「あー……」
領兵団の詰め所の事を思い出して、アランは頬を掻いた。
「結構面倒臭そうだな、この町で仕事するの」
「そりゃロランに比べたらな。低ランクだと、報酬は低くても仕事は多いから、ロランよりは格段にランクは上げやすいと思うが」
ジャコブの言葉にアランが顔をしかめた。
「それ、EとかFランクの話だよな? C・Dランクはさすがに違うだろう?」
「いや、残念ながらCランクも含む。さすがにBランク試験は厳しくしてるし、数年に1組ランクアップすれば良いレベルになってるが、それ以外はちょっと、な。個人差や試験官による」
アランが胡乱げな表情になった。
「それ、袖の下の差ってのも、あったりする?」
「公然の秘密だ」
その答えに、アランは溜息をついた。
「俺、ロランで登録して良かったよ。田舎者だから、そういうのに疎いし、そんな気の回し方とか、そつなく振る舞う自信はないからな」
「いや、でも、お前の図太さ、というか度胸や振る舞いは、Fランクの駆けだしには到底見えないぞ? ランクアップとかしないのか?」
「レオの猪突猛進癖が直るか、他の仲間が入るまでは、考えていないな。ランクアップした途端、レオにオークの巣へ直行させられるのは目に見えている」
「なるほど、仲間か。戦士か盾職が欲しいんだな?」
「ああ。今回は、ガイアリザードが俺の盾と機動力になってくれたが、出来れば会話のできる人種が欲しい。なるべく常識があって、使える人材が良いんだが」
「……それが難しいんだろ、おい。どっちかだけなら、お前たちなら、すぐ捕まえられそうなんだが」
「いや、でも、うちにはレオがいるからな。真っ当なやつは、来たがらないだろう。
それでもうちのパーティーに加わってくれる、人格・性格的に問題のない、心の広い戦士が欲しいんだが」
「でも、ある程度力のあるやつが欲しいんだろう? 冒険者なんて、半分くらいは金に困ったやつか、自分に自信があるやつか、とにかく暴れたいやつだからな。
まともなやつもいるが、そういうのは金がなければ苦労したり、知識がなくて危うかったりするし、金があるやつは、そもそも仲間選びその他に苦労も不自由もしていない」
「だよなぁ」
アランは溜息をついて、レオナールを見た。レオナールは、眠っている《蛇蠍の牙》の連中を集めて、地面に並べている。その姿が、ぱっと見には死体を並べているように見えて、心臓に悪い。冒険者ギルドの前の道を歩く通行人たちもギョッとした顔をしている。
「おい、何をしてるんだ? レオ」
「え? この辺にバラバラに落ちてると邪魔だから、一箇所に固めて並べてるのよ。道の真ん中に、こんなのが落ちてたら、馬車とか荷車とか、通りにくいでしょ?」
「ああ、俺のせいか。そりゃ悪かった。で、これで、全員か?」
「ああ、大丈夫だ、間違いない」
ジャコブが頷いた。
「それにしても、問答無用で仲間ごと《眠りの霧》をかけるとか、お前、若いくせに容赦ねぇな」
《蛇蠍の牙》の男が、眉をひそめて言った。
「こいつにはどうせ効かないし、その方が手っ取り早くて問題が少なく済む。全員軽傷で済んでると良いんだが」
「ああ、仮に怪我していても、俺が回復魔法使えるから問題ない」
男の言葉に、アランが男に尊敬の眼差しを向けた。
「何? あんた、もしかして、貴族か実家が金持ちなのか?」
男はキョトンとした顔になる。
「は? いや、別にそういうわけじゃないが。回復魔法っつったって初級レベルだし、それくらいならザラだろう?」
「……ロランには、治癒師と神官しか、いないんだが」
「へぇ? あれかな、ラーヌにはアネットさんがいるからかね」
「アネットさん?」
「ああ、引退した高齢の女魔術師で、大銀貨1枚払えば、初級の回復魔法を伝授してくれる。もちろん魔術師に限るが」
「是非、紹介してくれ!」
アランがガシッと男の手を両手で握りしめた。
「は? いや、紹介って……そんなもんしなくても、あの人は家を訪ねさえすりゃ、誰にだって教えてくれるんだが」
「そうなのか!?」
アランがジャコブを振り返った。興奮して声を上擦らせ、顔を紅潮させたアランの様子に、ジャコブが少々困惑しつつも、頷いた。
「ああ、必要なら地図を描いても良いが。……って言うか、アランは回復魔法を使えないのか?」
「そうだよ。って言うか、回復魔法なんか使えない魔術師のが、多数派だろ。ああ、憧れの回復魔法! ロランじゃいくら探しても魔法書すら見つからなかったのに、こんなところにあるなんて!!
知っていれば、もっと早く来てたのに! 他には!? 他の魔法を教えてくれる魔術師とかいるのか!」
「え? いや、俺に聞かれても、そういうのは、ちょっと」
ジャコブが困惑したように言い、
「魔術師向けの初心者講習で、《炎の矢》とか基本の魔術を習う事が出来たような」
と、男が答えた。
「よし! その初心者講習も一応受けて帰るか。もしかしたら知らない魔法もあるかもしれないし、他の魔術師の魔法を見られるかもしれないからな!」
アランが目を細めて嬉しそうに、年相応の顔で、軟らかく微笑む。その様子を見て、レオナールは肩をすくめたが、何も言わなかった。
アランが使える魔法が増えるのは、レオナールとしても望むところだし、今回の件に関しては、自分が何らかの被害に遭いそうな気配もない。
ラーヌでの滞在期間が延びそうではあるが、その分、今まで行った事のない場所に行って、もしかしたら知らない魔獣・魔物を狩れるかもしれない。盗賊団の拠点やコボルトの巣がなくなった、フェルティリテ山やその周辺の山林は、もしかしたら他の魔獣・魔物の行動範囲が変わったり、広がったりするかもしれない。そう考えて、ウットリと微笑んだ。
ジャコブと、《蛇蠍の牙》の男は、そんな二人を見て、微妙な表情になった。
というわけで、まだちょっと続きます。
以下を修正。
×喧嘩打ってる
○喧嘩売ってる
×蛇蝎
○蛇蠍
×無詠唱は試したことないが
○聞こえないように詠唱したとしても
×試験管
○試験官




