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残念ナルシ鬼畜守銭奴オネエ剣士は我が道を行く!  作者: 深水晶
3章 コボルトの巣穴 ~ラーヌに忍び寄る影~
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13 黒衣覆面の魔術師と、剣士と魔術師は対峙する

戦闘および残酷な描写・表現があります。

人間相手に脅すシーンもあります。苦手な人は注意。

 そこにいたのは、全身を覆う黒衣と覆面を身につけた、魔術師と思われる、身長1.75メトルくらいの人間に見える男だった。

 その部屋に、ルージュと共に駆け込んだレオナールは、思わず笑みを浮かべた。


「あなたは私の敵、で、良いのかしら?」


 男は無言で杖を振るった。詠唱も、発動の文言もなかったが、《風の刃》と思しき魔法が放たれる。

 レオナールは素早く駆け、男の懐へ飛び込むと抜刀し、脳天目掛けて剣を振り下ろす。


「幻影術、か」


 消えた幻に、レオナールは肩をすくめた。


「ぐがぁあああああおぉっ!!」


 ルージュが低く、唸るような咆哮を周囲に響かせた。すると、出入口に近い場所に立っていた魔術師の本体が現れた。

 男は舌打ちをし、出入口方面へと駆け出した。


「ちょっと! さすがにそれはないでしょう!?」


 レオナールとルージュが駆け出し、男を追いかける。が、レオナールは通路の途中で立ち止まった。

 ルージュがそれを踏み抜いた途端、ガタンと音を立てて床が沈んだ。落とし穴の深さは2メトルほど、横幅は通路と同じく0.9メトルほど、縦幅は1.5メトルほどだろうか。通路一杯に先を尖らせた鋭利な杭が突き立っているが、ルージュが落ちると、ことごとく折れた。

 ルージュがレオナールに歩み寄り、レオナールがルージュの背に飛び乗ると、落とし穴の向こう側へ歩く。レオナールがそちらへ飛び移ると、ルージュも跳躍して、飛び上がる。


 更に通路を真っ直ぐ駆けて行くと、何かスイッチらしきものを踏む。レオナールが咄嗟に飛び退き、ルージュが前足で降って来たものを叩き落とす。

 レオナールはその鉄くずを一瞬チラリと見たが、既に用を為さなくなっているのを確認すると、また駆け出した。


 進んだ先の部屋には、何匹かのコボルトたちがいたが、それらは先の焚いた煙を吸い込んだ個体らしく、動きが鈍かった。

 それでも、レオナールたちの姿を見てよろめきながら襲って来ようとしたようだが、レオナールの剣とルージュの体表や尻尾に弾き飛ばされ、動けなくなる。そのまま立ち止まる事なく、駆け抜けた。


 先の通路に男の黒衣が見えている。焚き火の後を踏み潰し、レオナールを先頭に、ルージュが通路を拡張しながら駆けて行く。

 先に隠し通路を拡張したところを右手に、そのまま直進、レオナールが出口へと踊り出た瞬間、複数の《風の刃》が放たれる。

 見えない刃を、まるで見えるもののように躱して、そのまま黒衣の男へと突進する。


「ぐがぁあああああおぉっ!!」


 ルージュが低い咆哮を上げた。揺らぎなく立つ男に、レオナールが両手で握った剣を振りかぶった。左下から右斜め上へと横切る軌道、それを後ろに飛び退く事で男はしのいだ。

 更に剣を止める事なく、大きく歩を踏み出しつつ、右から左へ薙ぐ動作に切り替える。

 が、鈍い音と共に弾かれた。《守りの盾》の上位版魔法《鉄壁の盾》か《方形結界》あたりだろうか。


(こういう時、付与魔法がないと辛いわね)


 しかし、魔法は万能ではなく、全ての物理攻撃を吸収または無効化できるわけではないし、術者の集中力が切れたり、魔力が切れれば、何もない状態──無防備になる。

 したがって、相手のそれが切れるまで、休ませる事なく絶えず攻撃を加えてやれば良い。根比べというやつだ。


 すぅ、と息を吸い込み、男に鋭い目を向けた瞬間、レオナールの顔から表情が削ぎ落とされる。

 瞳だけはギラギラと光っているが、それはどこか爬虫類じみた印象を与えさせた。

 レオナールが右から、ルージュが左から、男へ同時に襲いかかる。一瞬、覆面から覗く男の目が揺らいだが、術は揺らぐ事なく、全ての攻撃を防ぎ続ける。


 レオナールは汗一つ掻くことなく、軽やかなステップで、同じ箇所──男の右肩に近い場所──へ剣を振り下ろしては、斜め後ろへバックステップ、再度足を踏み出しては振り上げた剣を振り下ろす、を繰り返す。

 ルージュは突進・尻尾による薙ぎ払い・前足による振り下ろしなどをランダムに繰り出している。

 そこへようやくガイアリザードに騎乗したアランが到着した。そして、素早く状況を確認する。


「まずは、背後を塞ぐぞ! 火の精霊アルバレアと、地精霊グレオシスの祝福を受けし炎の壁よ、燃え上がり、消し炭にせよ。《炎の壁》」


 アランは男のすぐ後ろに近い地面、《方形結界》を使用していた場合の効果範囲ギリギリの位置を標的に、《炎の壁》を発動する。

 ルージュが突進をやめ、男の正面よりやや左の位置で、薙ぎ払いと降り下ろしを交互に繰り出し始める。レオナールは変わらず同じ攻撃を繰り返す。


 次にアランは、レオナールとルージュの間の射線を縫う位置に標準を定め、一番使い慣れている《炎の矢》を詠唱、発動する。


「《炎の矢》」


 男の目が険しくなった。男の額を狙った炎の矢は、直前で掻き消えたが、そのために何の魔法が使用されたか、アランは特定する事ができた。


「レオ! そいつが使っているのは《方形結界》だ! 防御系では比較的効果時間は長いが、それでも長くて四半時で再詠唱が必要になる。

 おそらくは、それより短い時間で再詠唱するはずだ。その隙に畳み掛けて集中力を削いでやれ!」


「言ってる意味が良くわからないから、そのタイミングになったら『やれ』って言ってくれる!?」


「この、脳筋がっ!!」


 頭痛をこらえる表情になりつつ、しかし、レオナールには見えないとわかっていて頷いた。

 男が獰猛な目つきでアランを睨んだが、生憎その手の耐性は出来ている。さすがに至近距離でのドラゴンの睨みに耐えられる自信はないが、ある程度距離がある人間もしくは人に見える者であれば、問題ない。


 男がいつ《方形結界》を唱えたのか、アランは目視したわけではないが、レオナールの最高移動速度はわかっているし、途中で見た破壊された罠の形跡を見れば、移動にかかったおおよその時間は、予測がついた。

 それから計算して、男が魔法を唱えてからの時間経過を推測する。

 あの、ゴブリンクイーンのように、その都度攻撃を食らうタイミングで、魔法を発動させて無効化されれば、対処に苦慮するだろうが、効果時間のある魔法を使われる分には、問題ない。

 どんな高位魔術師も、例え駆け出しでも戦士の筋力・体力・防御力にかなう身体能力を持つ者は稀であり、たいがいは脆弱である。

 故に、レオナールが時折言う『魔法を発動させなければ良い』というのは間違いない。

 ただ、高位魔術師は、魔法の効果がより高く、より多くの魔法を修得し、詠唱時間がより短く済む傾向があるという点で、恐れられる存在なのだ。

 『魔法を発動させない』という状態を維持する事が難しく、強力な魔法を発動されれば、全滅する可能性が非常に高い。

 もしかすると、ルージュだけは生き残るかもしれないが。


「ぐがぁあああああおぉっ!!」


 ルージュが低く咆哮した。その直後、振り下ろしたレオナールの剣が、先程までは弾かれた位置で止まる事なくスルリと進み、速度を増して男の肩に直撃した。


「っ!?」


 慌てて男が飛び退こうとして、炎の壁に接触し、悲鳴を上げた。


「ぎゃあああああぁぁっ!!」


「え!? なんだ!? 今、何が起こった!?」


 混乱するアランに、笑みの形に唇をゆがめたレオナールが叫ぶ。


「良くわからないけど、今が攻撃のしどきってやつよね!!」


 レオナールの鋭く素早く剣を振るい、ルージュが前足を大きく振るう。それらの攻撃が当たっている事から、理由は不明だが、《方形結界》の効果が切れているのは間違いない。

 アランだけでなく男も混乱し、逃げようとする男の足下をルージュの尻尾が払い、レオナールがその下腹部付近を蹴り上げ、踏みつける。そして、剣を振り上げ、心臓目掛けて突き立てようとする。


「待て! 殺すな!!」


 アランが慌てて叫ぶと、レオナールはチッと舌打ちして寸止めすると、代わりに先程傷付けた右肩の傷口に剣を突き立てた。

 悲鳴を上げ、悶絶する男の右足の太ももを、空いている左足で踏みつけると、右足を外し、胸の辺りを踏みつけ直す。


「アラン、ロープと口を塞ぐ布をちょうだい」


「了解。ちょっと待ってろ」


 アランがガイアリザードから降り、背嚢を下ろし、ロープと布を取り出す間に、悲鳴と苦悶の声が聞こえて来るが、渋面になりながらも聞こえない振りをして、淡々と作業にいそしむ。

 まず布を渡し、男の口を塞ぐと、次にロープを渡して、二人がかりで縛り上げる。


「きゅきゅう?」


 ルージュが首を傾げる。


「ごめんなさいね。これは餌じゃないの。食べたかったら、巣の中のコボルトたちを食べて来ても良いわよ? まだちょっとかかりそうだし」


 レオナールが言うと、ルージュは悩むような素振りを見せたが、食欲にはかなわなかったようである。背を向けて巣の中に入って行く。


「さて、尋問と行きますか」

 ニヤリとレオナールが笑い、剣を鞘に納めて、ダガーを握る。アランは後ろ手に縛った男の左右の親指を念のため、ボタン付け用に持ち歩いている縫い糸でグルグルと動かないよう締め付けながら拘束する。

 それから正面に回り、男の覆面を剥ぎ取り、黒衣の襟元、首近く、鎖骨に近い部分の布、胸元などに、肌には刺さらぬよう縫い針を突き刺していく。


「何それ?」


「現状では布に刺さっているだけだが、殴れば刺さる、はずだ」


「なるほど」


 アランの返答に、レオナールが頷いた。それから口を覆っていた布を外した。


「さて。ところで、何故私たちに攻撃して来たのかしら?」


「あー、待て、レオ。すぐに本題を聞きたくなる気持ちはわからなくはないが、まずは名前を聞くところからだ」


「答えなかったら?」


「殴ってやれば良いだろ」


 アランの答えに、レオナールはニンマリ笑った。


「で、あなたの名前は?」


 男は、茶髪に茶色の瞳と、何処にでもいそうな平凡な顔立ちであったが、今は蒼白になっていた。


「答えなかったら、痛い目に遭って貰うぞ? 場合によっては、《炎の矢》で喉を焼く」


 笑顔のレオナールの隣で、仏頂面のアランがそう宣告する。背後でガイアリザードが退屈そうに鳴き声を上げた。


「ギギィ」


「ああ、忘れてたわ。あなたにも後で餌をあげる。ちょっと待っててね」

 

レオナールが笑顔でガイアリザードに声を掛けると、意味ありげに男を見た。男は陥落した。



   ◇◇◇◇◇



 腹一杯餌を食べ終え、満足げなルージュと、途中で見つけた小川のそばの草を食べさせ、お腹いっぱいになったガイアリザードと共に、二人は拘束したままの黒衣の男を連れてラーヌへ戻り、ギルドへ向かった。

 念のためレオナールが残り、施設内にはアランだけが入った。


「ジャコブ、ちょっと報告と、巣で襲って来た怪しい風体の男を捕まえたんだが、どうすれば良い? あと、もし、まだ近くにダニエルのおっさんが近くにいるようなら連絡取りたいんだが」


「何?」


 ジャコブが顔をしかめた。


「襲われたって、大丈夫か? もしかして、その頬の傷……」


「ああ、それは別件だ。というかコボルトの魔法がかすめただけだから、たいした事はない。そういえば手当とかするの忘れてた」


「それ、明日になったら更に腫れるぞ? 治癒師とか紹介するか?」


「は? これくらいで治癒師も薬師も必要ないだろう。後で薬でも塗っておくさ」


「まぁ、毒とか関係ない傷なら、それで良いんだろうが」


「《炎の矢》だ。数がちょっと多かったんでな。まぁ、俺以外は、ガイアリザードが軽傷負ったくらいで後は無傷だが」


 アランはそう言いながら、苦虫を噛み潰すような顔になった。怪我してもおかしくない行動をしているやつが、無傷なのは納得行かない、とちょっぴり思ったからである。


(あの猪突猛進の脳筋が)


 不条理だ、と思いつつ、説明する。


「黒衣覆面の魔術師だ。名を、カンタンというらしい。所属は《混沌神の信奉者》」


「何!?」


「もちろん下っ端だ。ちょっと脅したらすぐ口を割った。幹部ならば、そうは行かないだろう。それでも、まともに戦えば高位魔術師だから、結構キツイだろうが。

 あと、下級貴族の係累らしい。本人は爵位も地位も何もないが。面倒臭そうな相手だから、どうしたもんかと」


「おい、そりゃあ、俺みたいな下っ端に持って来られても、手に余るぞ?」


「……だよな。とりあえずコボルト討伐は完了した。後日、改めて報告って事で良いか?」


「ああ、お前達の都合の良い時でかまわない。それより、そいつは今どうしてる?」


「ギルドの外で、ガイアリザードの背に載せてある。見張りはレオとルージュ、幼竜だ」


 それを聞いて、ジャコブは嫌そうな顔になる。


「よりによって、目立つのばっかりだな、それ。まぁ、良い、一応確認する。たぶんお前らの師匠は、こちらに顔を出した後、宿屋に向かった。だから宿に向かえば、たぶんいるはずだ。

 お前らが今夜食べる飲食店はギルド経由で予約出したからな」


「それは有り難う。あのおっさん、世慣れてるようで、そういう細かい事は苦手だからな」


「そうか。まぁ、俺はお前らのおかげでダニエルさんと顔見知りになれて、ちょっとラッキーだがな」


「そんなに良いもんか? まぁ、迷惑掛けられたり、引きずり回されなきゃ、悪くはないんだろうが」


「ちょっと待ってろ。今、そっちへ回る」


「仕事は良いのか?」


「言っただろ? この時間はたいてい暇なんだ」


「わかった」


 そしてアランは出入り口に近い扉のそばに立って、ジャコブを待った。職員用の扉から現れたジャコブを伴い、外に出て、立ち止まる。


「あー……」


 レオナールがいた位置に、人だかりが出来ている。人混みの合間からルージュとガイアリザードの姿が見えるから、間違いない。


「あいつ、早速何かやらかしたか」


 ぼやくアランに、ジャコブが肩をすくめた。


「それも言ったろ? じゃれるのと殴るのと、たいした違いはないと思ってやがるバカばっかりだって」


「あー」


 忘れてた、とアランが呟いた。

というわけで、だいたいの山場は超えましたが、もうちょい続きあります。

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