12 コボルトの巣の攻略5
戦闘および残酷な描写・表現があります。
その部屋には二十~三十匹ほどのコボルトたちが待ち構えていた。ただし、弓矢を撃つための穴が空けられた、二階くらいの高さに作られた、コボルトの背丈を少し超えるほどの防壁で覆われた回廊の上だ。
幸い、レオナールが事前にルージュに指示し、ルージュが指示を出したため、ガイアリザードは部屋に入る直前に立ち止まったので、アランが狙われる事はなかった。
「レオ!」
雨あられとばかりに降ってくる矢の中を突撃する、レオナールとルージュ。慌ててアランは《岩の砲弾》の詠唱を始める。
「ルージュ!」
「きゅきゅーっ!」
レオナールが一瞬腰を沈め、壁とルージュの身体を交互に蹴り上げながら、防壁を登って行く。
アランは一瞬目を疑うが、慌てながら詠唱に集中し直し、霧散しかけたイメージを取り戻す。
「あははっ! 壁に隠れたくらいで私の剣から逃れられるだなんて思ったら、大間違いよ!!」
あり得ない跳躍力で防壁を越えたレオナールが、コボルトたちの中に飛び込んで行く。
アランは少々虚ろな目になりつつも、なんとか詠唱を終え、発動した。
「《岩の砲弾》」
轟音や重い振動と共に《岩の砲弾》が防壁の一部を打ち砕く。岩の破片がパラパラと辺りに降り落ちたが、ルージュは物ともしない。レオナールが向かったのとは逆の防壁に向かって、突進を繰り返す。
その揺れと振動はアランたちの元にまで響いてくるが、ガイアリザードがそれを緩和し、アランにまでは伝わらない。
アランはルージュには当たらない位置を標的に、逆側にも《岩の砲弾》を放つべく詠唱を開始した。
その部屋はこれまで通って来た部屋と、さほど大きさは変わらないが、回廊と防壁は隣室──先程から嫌な予感を感じる部屋──へと繋がっているようである。
「《岩の砲弾》」
アランが魔法を発動させた直後に、ルージュが突進、一部が破壊された防壁は、ルージュの突進を受けて、見る間にひびが入り、崩れて行く。
「きゅきゅーっ!」
岩の破片と共に降って来るコボルトたちを、ルージュが嬉々として尻尾や前足を振るって地面や岩壁へと叩き付け、打ち払う。
コボルトがドラゴンにかなうはずがないのは、頭ではわかっていたが、一方的な殺戮に、アランはげんなりした。
「あいつが敵に回ったら、俺もああなるのかな」
脳裏にふと一方的に叩き潰される玉砕する自分の姿を幻視して、溜息をついた。
レオナールの方もあらかた掃討が終わったところだった。全て倒すと、コボルトの死体を下へ投げ落とす。
「ねぇ、アラン。次はどっち?」
回廊・通路はレオナールが立っている右手と、ルージュのいる左手に分かれている。
「右だ」
アランが憂鬱そうに答えると、レオナールはニンマリ笑った。
「じゃ、私はこのまま進むわね。ルージュ、アランと一緒に右の通路を進んで! あと、コボルトたちが回廊にいたら、さっきみたいにガイアリザードを止まらせてね!」
「きゅきゅーっ!」
「じゃ、アラン! 後でね!」
「おう。気を付けろよ。たぶん、次の部屋にいるからな」
「わかってるわかってる! アランは魔法の詠唱、よろしくね!」
軽い足取りで駆けていくレオナールを見て、思わずアランは、あいつ元気だな、とぼやいた。もっとも、ここ2年弱で元気じゃないレオナールなど見た事がないのだが。
ルージュが駆け出し、ガイアリザードがゆっくり歩き出す。
アランは、最初は苦手意識を多少感じていたが、幼竜に比べれば、このガイアリザードの方がまだ取っつきやすいような気がしつつあった。
「後で傷に塗り薬をぬってやるからな」
「ギギィ」
返事をするように、ガイアリザードが鳴いた。もしかしてこいつ、人語を解するのか、と思いかけたアランだったが、そんな事があるはずがないと一蹴した。
人間語を理解出来る魔獣や魔物がいるなら、それらの調教師や騎獣屋はもっと数があるはずだ。
人間語を理解できるレベルの魔獣・魔物は、基本的に知能やプライドが高く、それらが使役・支配に応じる事はごく稀、ほとんどは伝説や伝承レベルの話でしか聞かない事だ。
それらを容易に下す力を持つ者相手であれば、あり得ない事もないのだろうが、それはSランクでもごく僅かだ。
(おっさんレベルなら、その気になればやれるんだろうけどな)
アランの知る限り、ダニエルは人間最強である。普段の言動からは、ふざけたおっさんとしか思えないが、内実や詳細を知らなければ、素直に尊敬できたかもしれない。
アランとレオナールが初めて遭遇した瞬間から、ろくでもない人間だけど人外なおっさんだったが。
通路の中程を過ぎた辺りから、レオナールの哄笑と戦闘音が聞こえて来た。アランはいつでも発動できるよう《炎の壁》の詠唱を開始した。
ルージュは回廊のコボルトたちは無視して、部屋のほぼ中央部に陣取る白銀色のゴーレムに突進したり、時に足を狙い尻尾を振るって、足止めに徹している。
「ギギィ」
ガイアリザードの鳴き声に、こちらを振り返ったルージュの目が、一瞬笑ったように見えた。
それまでより断然速い動作で鞭のようにその太い尻尾が振るわれ、ゴーレムが轟音や地響きと共に転倒した。即座に飛び退くルージュ。
「《炎の壁》」
アランの魔法が発動し、ゴーレムが音を立てて燃え上がった。そして、アランは再度詠唱を開始する。
ルージュはアランの魔法の発動を確認すると、クルリと背を向け、左手の防壁へと突進する。
(……え? なんかあいつ、今、指示とか受けずに、自分で判断してなかったか?)
ルージュが賢い事は、これまでも感じていたし、意外と器用で多才なのもわかっていたが、アランは少し困惑する。
良く考えたら、あの足止めも、レオナールの指示ではなく、自分で判断しての行動だったような気がする。
(ドラゴンとは言え、まだ幼い個体が、あんなに賢いものか?)
幼竜の目撃例は、伝説・伝承の類いにすら存在しないため、詳しい事はわかっていない。成獣の大きさから言って、ルージュが生まれてそう経っていないだろうという事は推測できる。
ドラゴンの平均的な寿命や育ち方も良くわかっていないため、ルージュの年齢は不明であり、性別すらわかっていない。
詠唱は完了した。戦闘中に余計なことを考えている場合ではないと、アランはイメージを描き直し、神経を集中する。
そろそろ小さくなりかけた炎の中で、起き上がろうと藻掻くゴーレム目掛けて、二発目を発動する。
「《炎の壁》」
回廊のコボルトたちを掃討し終えたレオナールが、防壁を飛び越えて、降ってきた。
音を立てて立ち上がる《炎の壁》を見て肩をすくめ、ルージュがちょうど破壊し終えた防壁へ駆け寄った。
「さっきはありがとう、ルージュ!」
「きゅきゅーっ!」
そして、破片を避けつつ、コボルトたちにとどめを刺していく。声を上げるコボルトたちがいなくなった頃、ゴーレムも動かなくなった。
それを確認して、アランはようやく安堵の吐息をついた。
「ねぇ? これ、ミスリルかしら?」
「……この前のゴーレムに似ているから、その可能性はあるかもしれないが、俺は金属の判別は得意じゃないからな。後で冷めたら持って帰ろう。
この量なら、ミスリルじゃなくても良い値が付きそうだ」
「ふぅん。ねぇ、ミスリルだったら、私の鎧か剣を作るのに、残して置きたいんだけど」
レオナールの言葉に、アランは頷いた。
「お前が使いたいって言うならそれでも良いが、鍛冶代とかはどうするんだ? ミスリルだったら、かなりの金が必要だぞ?」
「ふふっ、アラン、もう忘れたの? 師匠が賞金送ってくれるって言ってたじゃない。大金貨300枚もあれば、どんな剣も鎧も作れるわよね」
「……ああ、そういえばそうか。それならミスリルがなくてもいけるんじゃないか?」
「アランの魔法書も買わなくちゃね」
レオナールの言葉に、アランは目を丸くした。
「え? お前の収入なのに、俺も買って良いのか?」
「だって、一応戦力増強になるでしょ? じゃなくても、もっと便利な魔法あると良いじゃない。探索に役立ちそうなのや、アランの防衛に使えそうなのも、あっても良いわよね」
「良いのか? レオ」
「当たり前でしょ! アランを増強できれば、もっと強い魔獣や魔物が狩れるじゃない。ドラゴンは無理でも、オークやオーガもガンガン狩りに行きたいしね。ゴブリンやコボルトばかりじゃ飽きちゃうもの」
通常運行だった。アランは多少苦労しつつも、ガイアリザードから自力で降りて、ゴーレムの残骸のすぐそばにある魔法陣へと歩み寄った。
「識別名《麦の道》、場所名《弱き8》……」
それも転移陣だった。しかし、その8という数字を確認して、アランがガックリと膝をつく。
「どうしたの? アラン」
「……最低でも転移陣があと5つある事がわかった」
「あら、それだけ?」
レオナールが怪訝そうな顔になる。
「なんだ、もっと強敵がいるとか、そういう事なのかと期待しちゃったじゃない」
「一応嫌な予感は消えたが、あと5つあるって事は、コボルトだけじゃなく、また強敵が現れる可能性もあるって事だぞ?」
「それがどうかしたの?」
不思議そうに顔を傾げるレオナールに、アランはこいつに言うだけ無駄だったと学習し直した。とにかくこの転移陣も破壊しておかねば、更に追加を送り込まれてはたまらない。
この転移陣がどこに通じているのかも本来なら確認すべきなのだろうが、Fランク冒険者にそんな事まで期待されてたまるか、とナイフで触媒を削り、機能しないようにする。
その部屋は、今まで通過してきた部屋より1.2~1.5倍ほど広かった。来た通路を含め6本の通路に分かれており、その内、防壁つきの回廊が繋がっている通路は3方向である。
来た通路から見て右手に3本、来た通路を含めて左手に3本であり、左右の真ん中の通路は真っ直ぐ突っ切った形であり、それ以外も多少ゆがみやずれはあるが、対角に近い形で繋がっている。
おそらくだが、回廊は真ん中を区切った菱形、あるいは三角形をくっつけた形に近い形状になっているのではないだろうか。
「右手の通路は、出入口方面に向かってるかも。風があちらから流れ込んで来てるみたいだから。アランの焚いた薬の火は消えたっぽいけど、風に臭いが若干残ってるわ」
「……お前の嗅覚含む感覚って、ちょっと人外レベルじゃないか? エルフの五感が人間以上だとしても、シーラさんもそこまで鋭敏じゃなかったような」
「人間だって、鍛えれば感覚は鋭敏になるでしょ? 師匠なんて、視覚と聴覚以外は、私より上じゃないの」
「あの人外を、人間の範疇に入れられても。俺くらいの感覚が普通の人間だろう?」
「そうなの? 普通の人間って大変ね。不自由しそうだわ」
レオナールにしみじみと言われて、アランはガックリした。
「お前やダニエルのおっさんに比べたら、そうだろうよ。それで普通に生きてるから、別に不自由はしてないけどな」
「そう? なんか面倒臭そうに見えるけど」
「まぁ、でも、お前のおかげで索敵とか探索とか、色々助かってるよ。まだ薬剤が残ってる可能性があるから、あっちの通路は行かない方が良さそうだな」
「アラン、行きたくない方向とかある?」
「今のところはないな。ここがほぼ中央だとしたら、出入口側から見てもう一つ左側に転移陣があるかもしれないから、そっちを見つけて破壊してから、反対側を探索しよう。
たぶんその方が、探索時間を短縮できるんじゃないかな」
「そうなの?」
「断言はできない。けど、この転移陣描いたやつが合理的なやつなら、転移陣は巣全体にほぼ均等に配置するんじゃないか。
この転移陣が転送専用だったとしても、そうした方が、侵入者がどういうルートを通っても、迎撃しやすいからな」
「そういう考える事は、アランにまかせるわ」
レオナールは伸びをするように言った。アランはこれまで通ったルートを、ざっとメモに描き、しばし考える。
「よし、こっちへ行こう」
通って来た通路を正面に見て左隣の通路を指差した。
「了解。じゃ、行きましょうか」
◇◇◇◇◇
作業に近いコボルト討伐を繰り返し、出入口から左半分に1つ、右半分に4つの魔法陣を見つけ、破壊する事ができた。そして、8より大きい数値の転移陣は見つからなかったため、アランは心底安堵していた。
ここからは急ぐ必要もないので、倒したその都度ルージュに食べさせても、たぶん問題ないだろう。
その事をアランがレオナールに告げ、レオナールがルージュに食事の許可を出すと、
「きゅきゅーっ!」
と嬉しそうに鳴きながら、ルージュががっつくようにコボルトたちの死体を貪り始めた。ついでなので、レオナールとアランも小休憩を取ることにした。
「……結局、あのゴーレムだけだったのかしら、コボルト以外の敵って」
「だと、思いたいけどな。今のところ嫌な予感とかもないし、たぶんこのまま全てのコボルトを片付けて、巣を潰せば問題ないだろう」
「ふぅん、終わって見たら呆気ないわね」
そう言うと、レオナールは水で喉を潤し、干し肉を咀嚼する。アランはいつも通り、干した果物とナッツ類である。
「新しい魔法陣もなかったし、ゴーレムの残骸くらいかしら? 今回の収獲って」
「そうだ、と……っ!」
不意に、ゾワリと背筋に寒気が走った。驚愕と恐怖にビクリと固まったアランに、レオナールが不思議そうな顔になる。
「アラン?」
アランの顔が蒼白になる。それを見て、レオナールの表情が真剣なものになる。急いで荷を片付けると、アランに近付く。
「ねぇ、アラン。どっち?」
アランがおそるおそる、指差した方角は、先程ゴーレムの出た部屋の方だった。レオナールがニンマリと笑みを浮かべた。
「今度は何かしら? また使えそうなら、ゴーレムでも良いけど、アランはどう思う?」
「……やめた方が良い。なんか、あれ、ヤバイ。……レオ、とりあえず待て。少し様子を見てから……」
アランの言葉に、レオナールは首を傾げた。
「様子を見たからって、何になるって言うの? 何か結果が変わるとでも、思ってるのかしら」
レオナールの言葉に、アランはゴクリと息を呑み、素早く脳裏に色々考えを巡らせる。
だが、考えるまでもなく、自分達には勝てそうにない強敵だと告げても、レオナールを止める事はできないという結論に至った。
「レオ、行くならルージュを必ず連れて行け。俺もガイアリザードに騎乗して行く」
「じゃ、アランが乗るのを手伝ってからにするわ」
ふふっとレオナールが満足そうに微笑んだ。アランは鉛を飲み込んだような顔になりつつ、無言で片付けて、背嚢を背負った。そしてレオナールの補助でガイアリザードに騎乗する。
「じゃあ、また後でね」
そう告げて、レオナールがルージュと共に駆け去った。アランはそれを苦い顔で見送って、ガイアリザードの岩石状の瘤をそっと撫でた。
「……気は進まないが、行くか。頼むぞ、ガイアリザード」
瘤をトントンと叩くと、のっそりガイアリザードが歩き始めた。
コボルトとの戦闘、大半が省略されてますが。
弱すぎると、長文になるだけでつまんないので、不要そうなところは全面カットしました。




