4 お人好しのドワーフ戦士は、財布を開く
「うわぁああぁああ~んっ!! 殺されるぅううぅ~っ!!」
幼い子供にしか見えない小人族が、ロープで厳重に拘束され、大振りのナイフを手に微笑む男から逃れようと、身をよじりながら、泣き叫ぶ。
ドアを開けた瞬間、見えた光景に、アランは思わず右手で額を押さえ、天を仰いだ。ついてきた六人の男達が、アランとレオナールを睨み、殺気立つ。
「おい、これはどういう事だ?」
ドワーフの男が剣呑な表情で尋ねてくる。小人族が盗賊なのは間違いないし、天井裏を歩いていたのも本当である。しかし、事情を知らない者にとって、この光景はか弱く幼げな少年を監禁し、刃物で脅迫しているようにしか見えない。
「おい、レオ」
溜息をつきながら、アランは相方に声をかけた。
「お帰り、アラン。応援にしても、ずいぶん大勢引き連れて来たのね。成人男性とは言え、軽装の小人族だから、2・3人もいれば十分だと思うけど?」
「うん? 年齢聞いたのか?」
アランが聞き返すと、
「私とアランが15歳だと教えたら、16歳だと返されたわ。自発的にベラベラ話してくれるのは楽で良いけど、うるさいのよね、これ。何もしてないのに脅えたフリして大袈裟に騒ぐのは、勘弁して欲しいわ」
縛り方のせいで、腕を使う事も、屈伸して這う事もできないため逃げられないのに、ジタバタ暴れている姿は、慣れていない者の目には、哀れに映るだろう。そして、おそらく本人も自覚して、わざとやっている。
「それで、王都から神官らしき男を尾けて来たという事は、そいつ、ダットの本拠地は王都なのか?」
「本拠地と言えるものは特にないらしいわ。獲物を求めてあちこち放浪してるみたい」
ギャーギャー騒いではいるが、先程のように二人の会話に入ろうとする気配はない。
「神官のお宝がどうのこうの言ってたようだが、いったい何を狙ってたんだ?」
「そうねぇ、それはまだ聞いてないわねぇ」
レオナールはそう言うと、騒ぐ小人族の両足の間の床に、ザクリとナイフを刺した。小人族の悲鳴がピタリと止まる。
「で、何を狙ってたの?」
にっこり笑顔で脅すレオナールに、ビクリと硬直する小人族、ダット。
「素直に吐いた方が良いぞ?」
アランが言う。
「そいつは、目的のためなら、人の目とか、常識とか、倫理とか気にしないからな。腕は先程見た通りだ」
アランの言葉に、ドワーフの眉間に皺が寄るが、生憎彼は現在、汚れても良い普段着のみで、何も装備していない。愛用武器は勿論、ナイフやダガーなどの持ち合わせもない。部屋へ戻ればあるが、二人がその気になれば、彼が戻ってくるまでに、この少年は殺されるだろう。ドワーフはグッと拳を握りしめた。
アランも、農夫と思しき五人の男も、屈強そうなドワーフも動かない事に気付くと、ダットは溜息をついた。
「……はぁ、なんだか疲れちゃった。骨折り損のくたびれもうけ? ……はいはい、神官の話ね。メチャクチャ高価そうな、分厚い古書物だよ。
オイラに古書物の善し悪しなんかサッパリだけど、大事そうに油紙と高そうな布で何重にも包んで抱えてたからね。
どうしてわざわざ王都からこんな辺鄙な村まで、馬車に乗って来たのかは知らないけど」
先程までとガラリと変化した顔と口調に、農夫達は呆気に取られ、ドワーフも苦虫を噛み潰したような顔になった。
「全く堪えてもないくせに、脅えたフリで泣き真似とか、いつもやってるのか? なかなか演技が上手いな。役者や大道芸人にもなれそうだ」
「子供にしか見えないから、どちらもうまくはいかないよ。まだ物乞いのがイケるかもね。王都じゃ通用しないけど」
「王都ではありふれすぎてる上に、目も肥えてるだろうからな。物乞いで食っていくには相当の技術と演技力が要るだろうよ」
アランが頷くと、ダットは舌打ちした。
「なんだよ、兄さん達。普通、こんなに愛らしい子供が泣いたり脅えたりしたら、ほだされたり手加減したり、するもんじゃないの?
もっと寛容さを身につけた方が良いよ。そんなんじゃ女の人にモテないよ? 二人ともトシの割にずいぶん老けてんじゃない?」
「まだ気にするような年齢じゃないから、心配して貰わなくても結構だ。それに、俺達はお前と違って犯罪者じゃない」
「まだ、でしょう? 金髪のお兄さんは、絶対、その内やらかすと思うけど。それに、黒髪のお兄さんだって、自分では常識人のつもりでいるけど、かなりおかしいよ? まぁ、まともな神経してたら、つきあえないんだろうけど」
「ちょっと待て! 失礼な事言うな!! レオはともかく、俺はまともだ!!」
アランが抗弁すると、レオナールとダットが揃って肩をすくめた。それを見て更にカッとなる。
「おい、訂正しろ! お前達と一緒にされたくない!! 断じて違うぞ!!」
「まぁ、そう思っていた方が幸せかもねぇ」
レオナールが残念な人を見る目で、アランを見る。
「なっ、てめっ、レオ!! お前、どういう意味だ!!」
「別にぃ~? アランちゃんてば、本当、真面目で堅物で融通利かなくて頑固よねぇ~。その上ちょっとズレてて、天然サン。
でもねぇ、あなたの信じてる『常識』とか『良識』ってやつが、本当に他の人の言うそれと同じなのか、時折客観的に分析して擦り合わせた方が良いかもね。きっと、自分ではわからないんでしょうけど」
「おい、だから、どういう意味だ。何が言いたい? お前、普段直球で言動するくせに、なんでこんな時だけ、そういう遠回しな言い方しやがるんだ!」
「人は自分が信じたい事を、信じたいように信じるって事よ。特に深い意味はないわ~」
「嘘だ! 絶対嘘だ!! そんな俺を馬鹿にしたような目つきで言われても、全然信憑性ねぇだろ!! あれか!? 俺がいつもお前に言うから、仕返しされてんのか!?」
「ねぇ、アラン。この世には知らない方が良い事、気付かずにいた方が幸せな事はいくらでもあるのよ? あなたが頭良くて優秀なのはわかるけど、全て理解しようとする必要はないんだから」
レオナールとダットに、哀れむような視線を向けられて、アランは全身の毛が立つような感覚に襲われる。
「なっ……なんだって言うんだ。お前ら、俺に何の恨みがあるんだよ!」
「別に恨みなんかないわよぉ~? 気にしなくて良いわ。アランは今のままの方が断然面白いから」
「面白いって何だ! 面白いって!! 面白くてどうすんだよ!!」
「……確かに、金髪の兄さんにからかわれてるのは面白いね」
「なっ……!」
アランは絶句して、二、三歩後ずさる。そんな三人の様子を見て、農夫と村長は顔を見合わせ、ドワーフは苦笑する。
「それで、その小人族は、おぬし達から何か盗んだのか?」
ドワーフの言葉に、ダットが明るい顔になる。
「そうだよ! オイラ何も悪いことしてないよ!! ちょっと天井裏歩いてただけで、まぁ魔法のローブとやらには興味なくもないけど、古着で薄汚れてる上に着たきりじゃ価値半減だし、黒と金の兄さん達のとこに忍び込もうなんて、露程も考えなかったね!」
その言葉に、レオナールはニヤリと悪い笑みを浮かべ、アランはダットを睨んだ。
「おい、なんで俺の着ているローブに魔法がかかってると知っている。隠蔽の魔法もかかってるから、鑑識系の魔法か特殊能力がなければ、わからないはずだぞ?」
アランの言葉に、ダットは『しまった』という顔になる。
「つまり、この階の宿泊客が室内でした会話とかは、盗み聞きされてる可能性が高いって事ね」
レオナールは床に刺さったままのナイフを抜いて、ヒラヒラとダットの目前で揺らして見せた。
「ちょっ、なっ、やっ、やめてよ! オイラの愛らしい顔に傷がついちゃうでしょ!?」
「もし私の手が滑ったとしても、それはそれで箔が付いて良いんじゃない? きっと今より魅力的になるわよ」
レオナールは微笑み、ダットはぶるりと震えて涙目になる。
「え? え? 何言ってんの? わけわかんないよ!?」
楽しそうなレオナールに、アランは深い溜息をついて、視線を逸らした。相方が遊んでいるのはわかっていたが、どうせ飽きるまでは言ってもやめないだろう。
「……本当、性格悪いったら……」
小声でぼやき、現実逃避のため、窓の外に目をやった。夜のとばりが降りて、星々が瞬いている。下弦の月が浮かぶ、雲一つない晴天だ。
「待った! その、レオナール殿、と言ったか?」
ドワーフが一歩進み出て、ナイフでダットの頬をつつく真似をして遊ぶレオナールに声をかける。農夫達はそんなレオナールに、ドン引きして青ざめ、固い表情だ。
「なぁに? ドワーフさん」
レオナールが振り返り、にっこり微笑んだ。
「あぁ、すまぬ。わしの名はオーロン。生まれた里を出て見識を深め武者修行することを目的として、旅をしている戦士だ。ついでに世界各地でまだ飲んだ事のない酒を飲む事を趣味としておる」
趣味と目的が逆になっているように見えなくはないが、事実である。ただの酒好きの髭面のオッサンにしか見えないが、一応ドワーフとしては若い。旅を始めて三年が経過している。その間に趣味に興じていた時間と、研鑽に励んだ時間と、どちらが多かったかは、推して知るべしである。
「部外者であるわしが、こんな事を言うのはあれだが、その小人族がこの村でまだ窃盗をしておらず、被害が出ていないのならば、わしに預けては貰えんだろうか?」
ドワーフことオーロンの言葉に、レオナールやアラン、農夫達も、驚いた顔になった。ダットは、怪訝な顔でオーロンを見上げた。
「ずいぶん酔狂ね? 見た目は子供に見えるけど、れっきとした盗賊よ? この村ではまだ罪は犯していなかったとしても、他では絶対やってるし、常習よ? 罪悪感どころか、今回みたいな目に遭っても反省すらしないわよ?」
両手を上げ、大仰に肩をすくめるレオナールに、オーロンは神妙な顔で頷く。
「わかっておる。だが、そやつの目はまだ濁ってはおらぬ。まだ手遅れではないはずだ。環境が悪ければ、どんな者も罪を犯さずに生きることはできん。非力で庇護もなくば、間違いなく。
おぬしには綺麗事と言われるだろうが、わしは、罪を犯したからと言って可能性のある者を切り捨てるような生き方はしたくない。それを他に強制するのは誤りだと思っておる。故に、周囲の者達の意に反してもそれを貫こうとは思っておらん。
だが、できれば穏便に、皆が幸せになる形で、丸く収める事が出来たら、それが一番だと思っておる」
オーロンの言葉に、レオナールは顔をしかめた。
「ずいぶんお人好しね。ある意味そんじょそこらの正義漢よりタチ悪いんじゃない?」
「わしの出来る事には限りがある。故に、この世の全ての者を救えるなどと自惚れてはおらん。だが、目の前にいる者の笑顔を見る事ができるのなら、そのための力がわしにあるのならば、叶えたいと思っている」
「ずいぶん楽天的な理想家ね。それで、その小人族を引き取ってどうするつもり? そのふてぶてしさと図々しさじゃ、あなたが世話して面倒見てやっても、ラッキーとは思うかもしれないけど、感謝はしないと思うわよ? それでも構わないわけ?」
レオナールは笑ってない目で唇をゆがめて笑みを作る。オーロンは苦笑した。
「別に見返りなどは求めとらん。おそらくおぬしも知っておるだろうが、人の心というのは、大地を流れる水以上にままならんものだ。人知によってはどうにもならん理由で、時に枯渇したり氾濫したり、人の意向通りに収まるという事は決してない。
おぬしが、おぬしの相方が、オルト村の人々が許容してくれるというなら、わしはその小人族が自活できる力をつけるまで、面倒を見たいと思っておる。むろん、彼がそれを厭い、倦んだり逃げたりする可能性もあるだろう。その場合は、これもまた仕方なしと、彼がまた罪を犯す前に、わしが責任持って捕らえ、手を下そう」
「へぇ? 逃げられてもそれが出来る自信があるの?」
「幸い、ドワーフのネットワークというのは、この地にあまねく広がっておるのでな。直接面識がなくとも、伝手を頼り、協力を要請する事が可能だ。世界は広いが、ドワーフが一人もおらぬ町や国は少ない」
真剣な顔で頷くオーロンに、レオナールは珍しく苦笑を浮かべた。
「確かに引きこもりのエルフや、協調性皆無の小人族とかと違って、ドワーフ同士のつながりは暑苦しいくらい濃いらしいわね。それにどの国家も組織も、表立ってドワーフ達と対立はしたくないでしょうし。
まぁ、私は、自分に害が及ばないなら、その小人族がどうなろうと、どうでも良いわ。そうね、例えばこの部屋の修繕費や宿泊費を負担してくれるとか、何か見返りがあるなら喜ぶかもね」
「わかった、わしが払おう。では、皆はどうだろうか。わしが、この小人族を引き取っても良いだろうか?」
オーロンは室内にいる者達を見回した。アランは肩をすくめ、苦笑する。
「俺もレオと概ね同意見だ。問題ない」
農夫達は顔を見合わせ、村長も難しい顔になるが、頷いた。
「オーロン殿の人柄はここ一週間ほどで、良く知っている。短い期間だが、無償の助力や裏表のない深い誠意に、ワシらは心底感謝し、敬愛しておる。正直、ワシはオーロン殿が何故そのように献身的と言って良いほどに利他的で、寛容で忍耐強く心が広いのか、共感や理解はできん。
だが、その人柄と行動に、有り難いと思い、得がたいものだと思っておるのは間違いない。そのオーロン殿が望むというのならば、了承しよう。
この村では本来盗賊というのは、軽微であれば村の者達に判断が委ねられ、手に負えなかったり判断がつかなかったりする場合には、一番近いロランへ送致する事になっておる。この村において被害が皆無、あるいは軽微であるというなら、ワシの裁量で処断ができる。この者の身柄は、オーロン殿に委ねよう」
村長の言葉に、オーロンは破顔した。
「かたじけない、感謝する、村長殿。それでは、太陽と光の神アラフェストとドワーフの誇りに誓って、この小人族の身柄は今後、わし、ドワーフの戦士オーロンが預かり、責任持って面倒を見る」
オーロンは右手で拳を作って左胸に当て、厳かに宣言した。村長は微笑み、農夫達は頷き、アランとレオナールは、苦笑いで見つめた。
宣言が終わると、アランは部屋に置いてあった自分の荷をまとめ、レオナールはダットをうつ伏せにして、拘束を解く。
全て解き、最後のロープを引き抜く直前に、顔を上げてオーロンと目を合わせる。
「最初に言っておくわよ。これを解放した後、私は責任持たない。こいつが何かしでかしたら、あなたの責任。私とアランは関知しない。良いわね?」
「もちろんだとも。おぬしは優しい御仁だな」
オーロンがニカッと笑うと、レオナールは嫌そうな顔になった。
「私は他人の面倒事に巻き込まれるのが嫌なだけよ。自分が脳内お花畑だからって、勘違いしないで。あなたと盗賊がどうなろうと、知った事じゃないわ」
そう言って立ち上がると、アランと共に部屋を出る。
「……苦手そうだな」
アランが苦笑しながら言うと、レオナールは顔をしかめた。
「できれば一生関わり合いになりたくないタイプだわ。あの手のやつに絡まれると厄介だし面倒臭くて鬱陶しい」
フンと鼻を鳴らす様子に、アランは思わず笑った。
「まぁ、お前と気が合う事はなさそうだな。俺達に関わらないなら良いんじゃないか? ああいう人を必要とする連中の方が、圧倒的多数だろうし」
「そうね。私の半径百メトル(=メートル)内に近付かないなら、問題ないわ」
「さすがにそれは無理だろ。でも、あの小人族が黙っておとなしくしてるはずがないってのは同意見だ。反省する可能性はゼロだな」
「ところで負担してくれる宿泊費って全額? 食事代は別払いだったけど、請求したら貰えるかしら」
「おい、食事代は別に良いだろ。搾りすぎて恨みに思われたら、どうするんだ」
「あのカモネギでお人好しなドワーフなら大丈夫でしょ? 駄目元でも言ってみたら出してくれそうじゃない」
「やめとけ。不穏の種は少ない方が良い。いずれ問題が起こるのは間違いないだろうが、それが起こる率を上げたり、こっちが巻き込まれる危険を増やす事はない」
「でも、アランってば不運体質だから、どうなるかしらねぇ?」
「おい、不穏な事言うな! だいたい、俺の不運は、たいていお前が原因じゃないか!!」
「やぁね、人のせいにしないでよ」
レオナールはくすくす笑う。
「それであなた、新しい部屋はどこなの?」
その言葉にアランは固まった。
「わ、悪い! しばらく荷物預かっててくれ!! ちょっとおかみに聞いてくる!」
慌てて一階へ駆け下りたアランだったが、明かりは消え、おかみと店主は共に眠りについたようだった。ガックリと肩を落としながら、レオナールのところへ戻ると、レオナールと交渉して、床にごろりと横になった。
「……ベッドは無理でも、布団くらいは貸してくれないか?」
「荷物の中に野営用毛布があるでしょ?」
「固いんだよ」
「知らないわよ。私のせいじゃないわ。冬じゃなくて良かったわね、アラン」
「……良かった、ねぇ。とてもそうは思えないな」
アランは溜息をついた。
「明日の探索のために、ベッドで寝ておきたかったのに」
「ダンジョン内にベッドがあると良いわね」
「あったとしても、魔獣や魔物が出るようなところで、熟睡できるか」
アランはぼやいた。
次話でようやくダンジョン探索です。
移動の戦闘とか面倒じゃね?と思ってカットしたから、やっと次で戦闘シーン書けるはず。
今話読めばわかると思いますが、ドワーフ戦士オーロンは「中立にして善」。
規則や慣習をむやみに乱す事はないが、場合によってはそれに反しても、自らの良心によって行動するタイプ。融通は利く方だけど、一歩間違えたら困ったちゃん。