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19 ギルドマスターはやっぱり頭が痛い

「ん、で?」


 クロードが、ギルドマスター執務室の自分の椅子に深く腰掛け、顎髭を撫でながら、ニヤリと笑った。


「どうせお前らのことだ。おとなしく言われた通りの事だけしたわけじゃないんだろ?」


「ほら、ね?」


 レオナールが言った通りでしょ、と言わんばかりに肩をすくめた。アランが渋面になる。


「ギルドマスターはそれで良いんですか?」


「つったってよぉ、お前らが、俺らの言うままに動くような良い子ちゃんかよ? そんなおとなしくて可愛いらしい優等生か? ほら、どうなんだよ?」


「新たなゴブリンの巣を、森の中心部付近で見つけました。大規模なものです。既に冒険者が被害に遭っていたようで、門番が比較的小綺麗な中級品の槍を持ってたり、巣の内部で人間の骨をいくつか確認しました。

 巣の位置はこちら、周辺はこんな感じです。中でもいくつか、冒険者のものとおぼしき武器や防具を見つけました。持ち帰らなかったので、後で確認するようなら回収して来た方が良いと思います」


 アランがそう言い、メモを差し出す。クロードは眉をひそめる。


「うわぁ、面倒そうだな。実際出向くのは俺じゃねぇけど、後始末の書類が……仕方ねぇか。被害は最小限に抑えられたって事で良いんだろ?」


「……だと、思いたいです。ただ、そっちの巣は全部確認したわけじゃないので、他に被害者がいる可能性が皆無ではないと」


「だが、ギルドへの報告を優先した?」


「とにかく広いので、我々だけでは時間がかかると思います。襲いかかってきたのは、全て返り討ちにしました。死骸は幼竜が食べたので、それらの証拠は残ってませんが。

 探索済みの箇所に関しては、後ほど報告書で提出します」


 アランは余計な事は言わずに、言うべき事だけ口にする。保身は大事である。


「ついでに、キングっぽい特殊個体と、ナイト倒したんだけど、もう一方の巣に新しいキングがいそうだってわかったから、そっちへ行って、キングとクイーンとナイトと取り巻きを、倒して来たわよ。

 一階で、確認のため持ち帰ったキングとクイーンだけ、出してきたわ。確認終わったら、ルージュの餌に欲しいんだけど」


 レオナールが言うと、クロードは顔をしかめた。


「お前、ずいぶん簡単に軽く言うなぁ。普通のFランクは、キングなんか倒せないんだぞ? で、どうして新しいキングがいるってわかった?」


「……レオがバカなんです」


 渋面でアランが言った。


「え~? 私のせい? だって私、ちゃんとアランに言ったわよ、クイーンと腹の中の赤ん坊は残したって」


「腹の中の、は聞いてないし、取り巻きたちがクイーンの護衛を優先して、近付いて来なかったという話も聞かなかったぞ」


「でも、私が自分に襲いかかって来たゴブリンを逃がすわけないじゃない。そしたら必然的にわかるわよね?」


「……その点については俺のミスだが、お前は言葉が足りなさすぎる」


「あー、いや、な、アラン。お前は、自分が狩りに行く魔物や魔獣の、生態とか習性とか性質とか、良く念入りに調べてるが、普通の冒険者はそうじゃないからな? レオナールくらいの感覚のやつのが、普通だからな?」


「ギルドマスターは、俺がおかしいとでも言いたいんですか?」


「そこまでは言わねぇよ。けど、それだけの情報で、新しくキングが生まれてるかも、とか考える新人は、お前くらいだってのも、事実だ。中級以上なら話は別だがな」


「だからレオのボケも許せ、と? でもそんなんじゃこいつ、いつまで経っても成長しませんよ」


「だって、言ったって無駄だろうが。とりあえず俺の部屋で、そんな時間と労力の浪費するなよ。それより、他にも何かあるんだろ、報告」


「……無駄、確かに無駄でしょうが」


 アランは、眉間の皺を深くした。険がきつくなり、こころもち眼光も鋭くなった。


「最初に報告した巣の方でしたら、アドリエンヌさんたちの方が、詳しいと思います。

 俺達は……レオと幼竜が、入口付近の壁をぶち抜いて作った近道を通って、キング達のところへ行ったので」


「……は?」


 クロードが一瞬惚けた顔になった。


「その点に関しては、彼らの報告の方が、適切でしょう。新たな魔法陣も見つかりましたが、アドリエンヌさんの方が詳しいでしょうし」


「魔法陣?」


 クロードは真剣な顔になった。


「たぶん、オルト村と同じ首謀者が、組んだものだと思います。一つは最深部にあった転移陣の対で、もう一つは、能力強化付与の魔法陣でした。

 範囲が広すぎる上に、敵味方無差別に強化するので、戦闘中には使えませんが、効果時間が1日と長いので、効果範囲を狭くしたものを、自宅やギルドなどに設置して、1日に1度それを踏めば、全能力が強化される魔法が、その魔法陣の発動者を中心に、効果範囲内の者全員が付与されます。

 ただ、この魔法陣の厄介なところは、敵しかいない場所で使われた場合、です。

 ゴブリンなどの魔物に限らず、例えば戦争や侵略なんかで、これを使用されると、とんでもない事になります」


「うっわ、なぁ、アラン、その魔法陣って」


「俺たち以外にも、あちらの巣を探索していた全員が見ています。その効果についてわかってるのは、俺とアドリエンヌさんくらいかもしれませんが」


「それは絶対、門外不出だ。わかってるだろうけど」


「個人的に研究したり、実験のため使用するのは、許可していただけますよね?」


「許可しなかったら、こっそり隠れてやるんだろうが。一応許可はする。だが、人目につくとこでは絶対やるなよ?」


「幼竜のいる倉庫ででも、やりますよ。そっちの方が良いでしょうし」


「そうだな。あれがいない時でも、あそこに入るやつはいないからな」


 そう言ってクロードが溜息をついた。


「全能力強化?」


 レオナールが首を傾げた。


「ああ、そうだ。魔法陣をきちんと描いて設置しておけば、次から魔法や魔術の心得がなくても、魔法陣を踏んで発動させるだけで、強力な能力強化付与の効果が丸1日得られる」


「それって、とんでもなくない?」


「だから、そう言っている。この魔法陣を研究すれば、他にも活用・流用出来るかもしれない。ああ、早く資料と照らし合わせて、実験したい」


 不意にウットリした表情になったアランに、レオナールとクロードがウンザリした表情になる。


「この話は、アランにあまり振らない方が良いと思うわよ? たぶん暫く飽きるまでは、この調子だと思うし」


「確かに色々ヤバそうだな」


 そう言いながら、頷いた。


「俺はキング戦について、詳しく話を聞きたかったんだが」


「先のキングは炎魔法が効きにくい、赤い肌の特殊個体だったわね。ルージュが踏みつけてくれてたから、楽だったけど」


「あんなのに上に乗られるとか、ぞっとしないな、おい」


「新生キングも赤い肌だったから、先のキングと同じ特殊個体だったんだと思うけど、ルージュが倒しちゃったから、良くわからないのよね。まぁ、後で死骸を確認しておいてよ。

 どっちも頭部に致命傷がついてて、他はほぼ無傷だから、首だけ落として、後は持って帰って良いわよね?

 どっちかと言えば、取り巻きを盾にして長物使うナイトや、魔石付きのロッドを持って魔法使ってくるクイーンの方が、善戦してたと思うわよ?

 それでも、その魔法陣?ってやつのせいか、ちっとも苦労しなかったけど。

 たぶんそれ、私とルージュには効いてたけど、アランには効いてなかった気がするわね。もしかして、通路作る時、アランだけ離れた位置にいたせいかもしれないけど」


「魔法陣については、俺もよくわからないからな。まぁ、良い。首から下は持ち帰っても良いぞ。まぁ、落とす前に一応見せてくれ。俺も下へ行く」


「アラン、もう行くわよ?」


「……え? あ、ああ、そうか。あ、ギルドマスター、とにかく詳しい内容は、後ほど報告書にまとめて提出します」


「おう、ほどほどにな。あっと、んじゃ一緒に行くか。首落とす前の死骸見せてくれ」


「わかりました」


 真面目な顔で頷くアランに、クロードは肩をすくめた。三人が一階に降り、職員用のドアから、裏へと回る。討伐証明部位や魔獣・魔物などを一時保管倉庫、そこにいくつかある、石灰石で作られた台の上に、キングとクイーンが並べられていた。


「お疲れ様です、ギルドマスター」


 眼鏡を掛け、汚れても良い服を着て作業していた、ギルド職員が挨拶する。


「おお、ドニ。レオナールとアランが倒したキングを確認に来た。頭部以外はドラゴンの餌に持って帰りたいそうだからな」


「えっ、ド、ドラゴンの餌にしちゃうんですか!? めったに入らない標本(サンプル)なのに!」


 ドニがショックを受けたように震えながら叫んだ。


「だって、あなたにまかせてたら、折角の新鮮な餌が腐っちゃうじゃない。あなたが代わりに餌になってくれるって言うなら、考えても良いけど?」


「えっ……? あ、でもそれなら標本は残るか……」


「いや、それ、考える余地とかねぇからな! レオナールの冗談、真に受けてんじゃねぇぞ、おい」


 悩み掛けるドニに、クロードが突っ込んだ。レオナールは肩をすくめた。


「別にどっちが餌でも、私はかまわないけど? まぁ、ルージュが楽しみにしてるから、できるだけゴブリンキングとクイーンの方を持って帰りたいとは思ってるけど」


「お前はかまわなくても、こっちはかまうんだよ! おい、アラン。こういう時、こいつに突っ込むのはお前の仕事だろ?」


 クロードが声を掛けるが、アランはどこか中空を見つめたまま、反応しない。


「……重症だな、こりゃ」


「良くある事よ」


 レオナールが大仰に肩をすくめた。


「アランは、どうしたんですか? 熱でもあるとか?」


「ああ、単に新しい魔法陣見つけて、それに夢中なんだろう。脳内でどんな思考めぐらしてるのか、さっぱりだが。まっ、俺とロラン支部と一般市民に迷惑かけなきゃどうでも良いが」


「なるほど。それにしても本当に持ってっちゃうんですか? あの、ちょっとスケッチしてからでも良いですか?」


 ドニがすがるのを、面倒臭そうにレオナールが見る。


「すぐ終わらせるなら良いが、時間がかかるようなら、途中でも取り上げるぞ」


「わかりました! すぐ終わらせます!!」


 そう叫んで、いそいそとドニは紙とペンを持ってくる。クロードはその間に、ざっくり見る事にした。


「この防具はまだ新しいな。傷やヘコみはあるが、これで被害者もとい持ち主の情報は得られるかね。量産品ぽいから難しいか?」


「駄目元で鍛冶屋か武器屋にでも聞いてみたら? あと、ギルド職員でも受付とか」


「そうするしかないだろうなぁ。とりあえずこいつは剥いでおくか。どうせいらねぇだろ?」


「そうね。どうでも良いわ。欲しいのは生肉と内臓の方だから」


「で、クイーンの方は生意気にもローブなんか着てやがるのか」


「置いてきたけど、立派なロッドも装備してたわよ? 魔術師の装備でしょうね」


「……魔術師……ねぇ? あー、でも、これ、どっかで見た事あるぞ?」


「へぇ? 手掛かりになりそう?」


「ほら、これ、子供でも着られそうなサイズだろ? だから印象に残ってるんだと思うんだが……あーっ!! くそっ、まさか!!」


 すぐそばで大声を上げたクロードに、レオナールは迷惑そうなしかめ面になった。


「なんなの? 大声出さないでよ」


「あ、すまん。いや、これ、思い出したわ。確かオルト村の未帰還パーティーの内の一組のやつだわ。成人したての4人組で、お前らと違ってすげー初々しい子供みたいなやつらだった」


「何それ。なんで、そんな物が、ゴブリンの巣に? ていうか、よりによってクイーンが着てるわけ?」


「確かその魔術師、ロランの魔術具店の四男だったはずだな。だから、そのロッドとやらも、かなり質の良い物だ。とはいえ、アランの持ってる魔術杖には負けるけどな。あれも確か迷宮発掘品だし」


「……不公平だわ」


 レオナールがむくれた。


「私のは普通の、何も魔法かかってない鎧と剣なのに」


「おい、レオナール。そうは言うけどな、それ、駆けだしの装備としては、かなり良いものだぞ? ダニエルが二十代で、辺境で修行と称して魔獣や魔物斬りまくってた頃に、使ってたやつだし。

 あれだ、たぶんドラゴンに攻撃されでもしなきゃ、問題ないと思うぞ」


「そうなの?」


「ああ。さすがに傷だらけの中古だから、売るとなると微妙だが。同じ物を買おうと思ったら、金貨数十枚はいるぞ。付与魔法欲しいなら、自分でオーダーした方が良いとは思うけどな」


「この前のミスリル合金は全部処分しちゃったし、またどこかでミスリル拾えないかしら? ミスリルゴーレムの出そうなとこ、何処か知ってる?」


「……言っておくが、ミスリルゴーレムとか、普通はBランクパーティーが狩りに行くレベルだぞ?」


「でも、ルージュとアランがいれば、そんなに苦労せずに済みそうだもの。金属製のゴーレムって、斬りにくいから面倒だけど、装備素材として使用できるのはおいしいわよね」


「アラン、使える魔法は少ないけど、わりと優秀だからな。小生意気なのと、うるさいのが難点だが」


「あー、潤沢な資金か、がっぽがっぽお金無尽蔵に出してくれる、口も手も出さずに見守るだけのパトロンが欲しいわ」


「アホか、そんなのいたら俺だって欲しいわ! このローブ、後でオベール魔術具店に持って行ってみる。たぶん、間違いないと思うが、に、しても、なんでゴブリンクイーンが着てたんだろうな」


「アランがオルト村ダンジョン最深部の転移陣と全く同じ物があるって言ってたから、誰かがあっちからこっちへ持って来て、ゴブリンに装備させたんだと思うけど」


「何のために? ゴブリンを強化するためか?」


 そう言って、クロードが嫌そうに顔をしかめた。


「……まさか、混沌神の信奉者が、この辺りで何かやらかそうとしてるってのか?」


「そこまではわからないわ。ただ、これで終わりそうにないっぽいわよね? ふふ、楽しみになってきたわ」


「おい、レオナール。お前、程々にしろよ。いくらなんでもお前、高位魔術師または魔族か、下手するとそれ以上かもしれないやつ相手に、無闇と突撃して斬りかかったりしないよな?」


「そっか、魔神って線もあるのね。それはすごく楽しみよね」


「……いくらなんでも、魔神は無理だからな、俺やダニエルでも無理だからな!」


「じゃあ、いっぱい修行や訓練しておかないとね。ドラゴン以外にも斬る楽しみが出て来たわ、ふふ」


「……お前、あのドラゴンもその内斬るつもりなのかよ?」


「私と敵対したらね。さすがになついてくる子供を斬れるほど、鬼じゃないわよ?」


「アランがお前をオーガにたとえる理由が、良くわかるな」


 クロードは頭痛をこらえるような顔で、額を押さえた。

ほぼ終了ですが、次回終幕。

明日は親戚集まるのでたぶん執筆する時間とれなさげ。

次回更新は16日か17日くらいかも。なるべく16日に更新できるようがんばります。


誤字その他微修正。

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