18 ゴブリンキングとクイーンと魔法陣
戦闘および残酷な表現があります。
そこにはナイトゴブリン3体、ゴブリン24体が、待ち構えていた。その奥には、キングらしき赤い肌の大柄な個体と、緑の肌のクイーンが見える。
アランはそれらを視認し、《鈍足》の詠唱を開始する。
ゴブリンたちの動きが速い。雑魚ゴブリンたちが文字通り肉の盾となってナイトたちを守り、ナイトたちがそれぞれ長槍、槍斧などを振るう。
クイーンが中級魔石がはめられたロッドを構え、詠唱し始めた。
「がぁお」
ルージュが牙を剥いて鳴き声を上げるが、脅えたり怯む様子はない。
「《鈍足》」
アランが額に汗を浮かべながら、《鈍足》を発動した。ナイトと雑魚ゴブリンたちの動きが目に見えて悪くなる。
しかし、クイーンが遅れて《速度上昇》を発動したため、元の速さに戻る。アランは舌打ちしつつ《束縛の糸》の詠唱を開始する。
ルージュが向かって左の雑魚ゴブリンたちを尻尾で薙ぎ払い、その隙間を縫ってレオナールが突進、抜刀しそのままナイト目掛けて刃を振り下ろす。
ナイトはわずかに首を傾げ、肩の鎧部分で受けようとしたが、レオナールの剣の勢いに体勢を崩した。
中央と右のナイトがレオナールの側面から攻撃しようと駆け寄って来るが、そこへルージュが回り込み、尻尾で薙ぎ払う。
「《束縛の糸》」
アランが詠唱を終え、発動するが、雑魚以外に効果はないようだ。次に、アランは《岩の砲弾》の詠唱を開始する。
ルージュが薙ぎ払った雑魚ゴブリンとナイトたちは、地面に転がったが、すぐさま跳ね起きようとする。しかし、そこへルージュが突進し、空高く舞う。
体当たりではじき飛ばされなかったゴブリンたちは、その後ろ足で踏み潰されたり、尻尾で薙ぎ倒された。
その間に、レオナールが左のナイトの頭部へ剣を叩き付け、頭を砕いて息の根を止める。
血を吐いたり、肩を押さえたりしつつも、2匹のナイトたちが、ふらつきながらも立ち上がった。雑魚ゴブリンは全滅である。
「《岩の砲弾》」
標的はクイーンとした。魔術師の存在は厄介だ。おそらく他のゴブリンよりも効きにくいだろうが、早めに潰しておきたい。アランは顔をしかめた。
クイーンは《守りの盾》を発動していたらしい。無効化とまではいかなかったが、砲弾の勢いは弱められ、標的をかすめて背後に着弾した。
「くそっ、ゴブリンのくせに器用すぎるだろう」
アランは思わず呻くように吐き捨てた。
「アラン、そのまま私があっちへ行くまで適当に何か撃っててよ!」
レオナールが剣で槍斧を弾き、ナイトの腹を薙ぎ倒しながら叫ぶ。
「わかった!」
アランは《炎の矢》を詠唱する事にした。効きにくい可能性は、《岩の砲弾》より高いが、使い慣れているだけに詠唱時間がより短く済む。
《鈍足》は更に短くできるのだが、先程のように解除させられる可能性を考えると、そっちの方がマシな気がしたからだ。
レオナールは槍斧持ちを行動不能にすると、ルージュと交互に攻撃しながら、最後のナイトを片付けに掛かる。
「《炎の矢》」
「ギギャ!」
クイーンが《守りの盾》で弾くと、ロッドをアランの方へと構えて、何やら詠唱開始する。アランは《炎の壁》を素早く詠唱し始める。
最後のナイトが倒れるのと同時くらいに、詠唱が完了。
「《炎の壁》」
クイーンとキングを巻き込む位置に発動させた。クイーンが魔法を解除して叫ぶ。
「ギギャギャ!」
キングがバックステップすると同時に、轟音と共に炎の壁が燃え上がる。クイーンも若干巻き込まれつつ、背後に転がって避けた。
そこへルージュが突進する。炎の壁も無視して突っ込んで行く。
レオナールが炎の壁を回り込むように、クイーンの側面へと向かった。
アランはそれを見て《鈍足》の詠唱を開始する。
ルージュがまずクイーンに体当たりをかまし、はね飛ばす。次いでキングの足元を尻尾で薙ぎ払う。
「ギャガガッ!」
キングがよろめきながら、抜刀する。丈夫そうなロングソードだ。しかし、ルージュの鱗は容易くそれを弾く。
「《鈍足》」
アランが魔法を発動させた。キングの動きが悪くなった。
レオナールが起き上がろうとしていたクイーンの側頭部に、剣を叩きつけた。
「ギギャアッ!」
クイーンは悲鳴を上げて吹き飛ばされた。ピクピクと痙攣している。
「ガアアァッ!」
キングが吠えた。ルージュの爪が、キングの頭部を襲う。
「ギャギャアッ!」
キングの頭頂部に近い場所が陥没し、そのまま崩れ込んだ。
レオナールが全てのゴブリンの絶命を確認した。
「……事前対策が甘かったな」
アランが溜息つきながら言った。
「まさかことごとく防がれるとは。ゴブリンだと思って嘗めてたかもしれない」
悔やむように言うアランに、レオナールは肩をすくめた。
「でもおかげで、こっちには魔法は来なかったわ。防衛に回ってくれて良かったじゃない」
「でも、お前はソロでも魔法使わせずに倒せるだろ?」
「う~ん、勝手に身体が動いてるから、良くわからないのよね。魔法詠唱とか発動のタイミングとか正直サッパリだわ。まぁ撃たせなきゃ良いとは思ってるけど。
それよりあっちの巣にいたナイトの方が断然強かったんだけど、どういうこと? こっちのやつらの方が頭は良かったかもしれないけど、なんか微妙よね」
「まぁ、何か色々変だよな」
アランが渋面になる。そこへ、レオナールとアランたちが来たのとは別の方角、通常の順路で来た場合の通路から、アドリエンヌたちが現れた。
「えっ……!? あなたたち、いったいどうして……っ! それに、何処から……!?」
アドリエンヌが驚愕の声を上げる。アランは思わず額に手を当て、天を仰いだ。
「君たちはいったい!? も、もしかしてそのレッドドラゴン……!!」
「レオナール殿とアラン殿か!?」
ジェルマンが絶句し、オーロンも声を掛けてくる。最後尾には不機嫌そうなダットまでいる。
レオナールは先に言われた通り、何も言わないがニヤニヤ笑っている。アランは何もこのタイミングで現れなくても、と思いつつ、覚悟を決めた。
「すみません、そちらの方々ははじめまして。アランと言います。あちらは相方のレオナール。
実はこことは別の巣を見つけたのですが、気になる事柄があり、こちらの巣に急行しました」
さあ、どう誤魔化す、もとい弁明すべきか。あるいは素直に謝罪すべきか。
「あ、あの、このゴブリンたちは、君たち二人で?」
思案しながら前に出て口を開いたアランに、栗色の髪の槍斧を持った青年が声を掛けて来る。
「あ、はい。主に相方の剣士と幼竜が。俺の魔法はほとんど防がれるか解除されたので」
「えっ……!? ゴブリンが魔法を防いだり解除した!? 本当に!?」
この人は誰だろうかと思いつつも、アランは頷いた。
「ゴブリンクイーンがロッドを装備して魔法を使ったのですが、やけに小器用で。ゴブリンの割には詠唱も比較的速かったと思います」
「嘘……っ!!」
アドリエンヌが声を上げた。アランはそちらを向いた。
「そんなはずはないわ!! 確かにゴブリン種の中には賢くて人族の共通語を理解できる者もいるけど、比較的新しく見える、この程度の小規模の巣に、それほどまでに魔法に精通した個体がいるはずがないわ!?
だいたい、比較的ロランにそれほどまでに強いゴブリンがいたら、既に被害報告が出ているはず……!」
「ねぇ」
レオナールが口を開いた。悪い笑みを浮かべている。
「あなた、早とちりだとか勘違い多すぎって良く言われない?」
その言葉にアドリエンヌより先に、その近くにいたフランソワーズが声を上げる。
「お姉様を誹謗中傷するだなんて、あなた、何様のつもり!?」
アドリエンヌの前に歩み出た、場にそぐわぬミニドレス──比較的動きやすい膝よりちょっと下くらいの長さの、彼女にとっては飾りの少ない普段着用のもの──を着た金髪碧眼の縦ロールに赤いリボンの令嬢が甲高く叫んだ。
レオナールは面白いものを見たと言わんばかりの顔になった。アランは嫌な予感を覚え、慌ててレオナールに近付き、腕を引く。
「おい、レオ……!」
「へぇ? 誹謗中傷、ねぇ? 言っておくけど、それはそちらのアドリエンヌさんの方じゃなくて?
ギルド職員を立ち合わせて検証してみれば、こちらの言い分があながち間違いじゃないと確認できると思うけど?
実際に己の目で見たもの以外は信用できないと言われたら、《嘘発見》の魔法でもかけて貰わないと、どうにも手の打ちようはないかもしれないけど。
まずは現場を確認・調査してから、発言して貰えないかしら?」
自信ありげに言うレオナールに、ジェルマンが話しかける。
「すまない、俺は王都から派遣された《静穏の閃光》のリーダー、ジェルマンだ。その、失礼だが、何か証拠が?」
「幸い、ついさっき戦闘が終了したところで、遺体は倒した時の状況のまま、ほとんど触ってないし、魔法の痕跡もそのままだわ。
アラン、さっき、クイーンが《岩の砲弾》や《炎の矢》を弾いたのはどの辺りだったかしら?」
「……こっちだ」
そして一行は、アランの先導の下、クイーンの死骸の手前の焼け焦げた地面の近くに歩み寄った。
《炎の壁》の痕跡の右の端ギリギリのところに岩で抉られた《岩の砲弾》の跡が、左手前やや前方に《炎の矢》のやや小さな焼け焦げが残っている。
「最初にクイーンがいた位置がここだ」
《岩の砲弾》と《炎の矢》の中間からやや右寄りの前方、《岩の砲弾》からはゴブリンの歩幅で一歩半分の位置を差し示す。その位置だと《炎の矢》はクイーンの左耳を、《岩の砲弾》は側頭部をかすめる。
そして、アランはクイーンの死骸の近くにしゃがみ込む。クイーンの死骸は、頭部を砕かれて無惨な姿となっているが、アランの指し示す左耳には軽いやけどが、右側頭部には鈍器か何かがかすって皮の表面を抉ったような傷跡が残されていた。
「どう?」
レオナールが挑戦的に首を傾げて言った。アランは固い表情だ。
「確かに魔法がかすめた痕跡に見えるな」
真剣な顔でジェルマンが言う。
「でしょう?」
「だが、これだけでは証拠にはならない」
ジェルマンの言葉に、レオナールはアランを振り返った。アランは暗い表情だ。
「……単に、俺が魔法の照準を失敗したようにも見えるからな」
アランの言葉にレオナールが目をパチクリさせた。
「アランが《炎の矢》や《岩の砲弾》を失敗するはずないじゃない」
「……それを証明する方法はないだろ?」
アランが憂鬱そうに言った。
「さすがにクイーンが《守りの盾》を使ったり、《速度上昇》を使った痕跡は残ってないからな」
アランが言うと、レイシアが後ろの方から歩み出て来て、
「アラン、ただしい」
と言った。その言葉に全員が驚いた。
「驚いた! もうそんなに話せるようになったのか!?」
アランが叫ぶと、レイシアは頷いた。
「アラン、《岩の砲弾》となえた。クイーン、《守りの盾》使った。アラン、《炎の矢》使った、クイーン、《守りの盾》使った。まちがいない」
「えっ……でも、わたくしたちはそれを確認していないわ!? あなたも見たわけじゃないでしょう!?」
アドリエンヌの言葉に、レイシアは頷き、しかし首を左右に振りながら言う。
「魔法、わからない、ない。気配、気付かない、ない。私、まちがう、ない。ぜったい、かくじつ」
微妙な空気になった。
「でも、証拠が」
アドリエンヌが言い掛けると、レイシアが首を左右に振る。
「アラン、うそ、ない。私、うそ、わかる。魔法、わかる。魔法、私、まちがう、ない。私、うそ、ない。
アドリエンヌ、《どうしてわからないの? 私には魔法を行使する時の魔力が全て見える。離れていても、このくらいの距離なら、魔力の動きは全て見える。私は嘘をつかない。アランも嘘をついていない。
あなたはどうして否定するの? そんなに彼らの事が嫌いなの? 嘘をついたわけじゃないのに疑われるなんて可哀想。
私には優しくしてくれるのに、彼らには何故そうしないの? 何か理由があるの?》」
その言葉に、アドリエンヌは絶句した。そして目を伏せた。
「……確かに、公平だったとは言い難いわね」
アドリエンヌは自嘲するように言った。レオナールは鼻で笑った。
「アラン、もう行きましょう。こんな茶番、付き合う必要ないわ。キングとクイーンの死骸だけ拾って帰りましょうよ」
「……レオ」
アランは苦笑した。それからなだめるように言う。
「ちょっと確認しておきたい事があるから、奥へ行こう」
「確認したい事?」
レオナールが怪訝そうな顔になる。
「何もないならそれで良いけど、念のため確認しておきたい事がある。それを確認したら、お前の言う通りにしても良い」
「ふぅん、わかったわ。ねぇ、雑魚やナイトはどうでも良いけど、キングとクイーンを倒したのは私たちだから、死骸はもらっていっても良いわよね?」
レオナールが尋ねると、ジェルマンが苦笑しながら答える。
「ああ、少なくとも俺たちは関与してないし、状況から見ても間違いなく君たちのものだろう。俺たちが到着する直前まで戦闘音は聞こえていたしね。
できれば、生きてるところへ駆け付けたかったが、間に合わなかった」
「そう。じゃ、もらっていくわね。ルージュ」
レオナールはルージュに手招きする。ルージュの歩みに、他の面々はおそるおそる距離を取り、それでいて興味深そうに眺める。
「きゅう」
「食べるのは後でね。一応これはギルドに持って帰って見せたら、その後家で食べさせてあげる」
「きゅうきゅう!」
「大丈夫よ。あなたの背中に載せたいからちょっと屈んでくれる?」
「きゅう」
ルージュが言われた通り屈むのを見て、オーロンが感心したように髭を撫でながら言った。
「ずいぶん会話できるようになったのだな。最初からこの幼竜はおぬしの言葉がわかっておるようだったし、なついているようだったが、それにしてもすごい。
幼竜と言えど、レッドドラゴンがここまでなつき、会話を交わせるとは、この大陸全て探してもおぬしくらいではないか?」
「さあ? そんなことにあまり興味はないわね。毎日一緒に狩りをしていたら、なんとなくこの子の言いたい事がわかるような気になったけど、本当にわかってるのか、通じてるのかは確認する方法はないもの。
まぁ、否定と肯定は間違えることなくなったから、だいたいは通じるようになったのかもしれないけど」
「ふむ、参考までに聞いても?」
「人に説明できるわけじゃないわ。悪いわね」
ちっとも悪いとは思ってない顔と口調で言うレオナール。オーロンは肩をすくめた。
「そうか、こちらこそ不躾なことを聞いて済まなかった」
レオナールはアランとオーロンに手伝われて、キングとクイーンの死骸を革の袋に詰めてルージュの背に縛り付けた。ちなみにアランは半強制、オーロンは自主的に手伝った。
それからレオナールとアランにルージュは2つある奥の部屋へ内、右手の部屋へと向かった。そこはキングまたはクイーンの寝床だと思われたが、その片隅に魔法陣があった。
「やっぱり……!」
しゃがみ込んで、魔法陣には触れないように確認する。レオナールが首を傾げた。
「それ、オルト村最深部で見た魔法陣そっくりね」
「全く同じものだ。オルト村の《研究室》つまり、あのベッドや書棚のあった部屋に通じている」
「えっ……! じゃあ、もしかして!?」
「ここには他にめぼしい物はなさそうだな。もう1つの部屋も確認しよう」
「なんでアランはわかったの!?」
「……厳密にはわかったわけじゃないな」
「もしかして、嫌な予感?」
「まぁ、そんなに強いものじゃないし、はっきり感じたわけでもないけどな。どちらかと言えば、違和感というか」
「何、それ」
「自分でも良くわかってないから説明しにくい」
アランは苦笑した。そしてもう一方の部屋へと向かう。そこには、既にアドリエンヌたちがいて、アドリエンヌが部屋の中央付近にしゃがみ込み、熱心に何かを調べている。
アランは周囲に立つ人々の間からそこを見下ろして、不意に真剣な表情になって、懐からメモを取り出した。
「アラン?」
不思議そうに声を掛けるレオナールを無視して、アランはそこに描かれていた魔法陣をそっくりそのまま複写するようにペンを走らせる。レオナールは黙って見守る事にした。
アランは何度も確認しながら正確に写し取り、描き終えた後も何度も確認する。そして間違いのない事を確認すると、改めて魔法陣を見つめて、ウットリと微笑んだ。
「アラン?」
レオナールがそんなアランを不気味に思いながら、声を掛けると、ようやく反応した。
「ああ、これはすごい魔法陣だ。敵味方無差別だから戦闘する場所では使えないが、かなり優秀な性能で、しかも使える。
戦士にも魔術師にも重宝するのは間違いない。実に貴重な魔法陣だ」
「それって私にも関係ある?」
「ここでこの魔法陣について解説しても良いが」
「ちょっと待って、やっぱり良いわ。話が長くなりそうだから。ギルドに報告する時についでに聞く事にするわ」
「お前の役にも立つと思うが」
「後で結構よ。こんなところで、いつ終わるかわからないアランの解説を長々と聞く気にはならないわ」
「ひどいな」
「ひどくないわよ、テンション高いアランがどういう反応するか、良くわかってるもの。少なくとも興奮が冷めて、落ち着いてからにするわ」
レオナールの言葉にアランは肩をすくめた。
「素晴らしい発見なのに」
「それはもう良いわ。用事は済んだんでしょ? さっさと帰りましょう」
「そうだな、そうするか。じゃあ、後で」
「また今度聞くわ」
勘弁して欲しいという顔でレオナールが言って、アランの言葉を遮った。
すみません、更新遅れました。
やっと終わったゴブリン戦。
次回ギルドへの報告と終幕になるはず。
以下修正。
×ロングスピア
○長槍
×ハルバード
○槍斧
×キャンセル
○解除
×標準
○照準




