17 ゴブリンの巣の探索5
「いくら何でもこれはないだろ」
アランが虚ろな表情でボソリと呟いた。
目の前ではルージュが岩壁に体当たりを繰り返して、新たな通路を作っており、その少し奥で音に駆け付けたゴブリンたちを、楽しそうに斬るレオナールがいる。
「あははっ! クイーンの寝床まで近道すれば、先行してるパーティーより先に新生キングと戦えるはずよね!
ルージュだって、サイズの小さな雑魚より、食いでのありそうなキングが食べたいわよね!」
「きゅきゅうーっ!!」
アランは何度目かの軽い頭痛を覚えて、岩壁に額をつけた。
(今更か、今更なのか? でも、これはちょっとさすがに非常識過ぎるよな。
通路を普通に進むのが面倒だからとか、先回りしたいからという理由で、魔物の巣で岩壁壊して、近道しようとか言い出さないよな?
……あー、この壁ひんやりしててちょっと気持ち良いな。震動とか雑音が、すげーうるさいけど)
絶賛逃避中である。
(どう言い訳したら、許して貰えるかな。それともいっそ弁明とか釈明とか諦めて、素直に謝罪するべき? でも処罰とリュカさんが恐い)
「ルージュ、頑張って! 終わったらいっぱいゴブリン食べさせてあげるから」
「きゅきゅきゅきゅきゅーっ!!」
ルージュはゴブリンの放つ矢をその硬い鱗で弾き返し、炎の矢を受けても物ともしない。全て無視して掘削もとい破壊作業を続ける。
レオナールが、杖持ち弓持ち全て片付け終えると、剣持ち槍持ち棍棒持ちに取り掛かる。
アランは、それらを少し離れた入口との中間付近で、呆然と見ていた。今のところ、出入口付近に外から帰って来るゴブリンの姿はない。
レオナールの大雑把過ぎて色々足りない説明によれば、入口から入ってしばらく歩いた地点、最初の小部屋の手前を左方向に掘り進めば、確認済みのクイーンの寝床があるらしい。
通路を真っ直ぐ行くと、そちらとは異なる方向へ向かって、いくつかの小部屋や大部屋を経由して、入口方面へ戻ってくるような経路をたどらないと行けないため、クイーンの寝床に一番近いこの地点から近道した方が早い、とのことだ。
もっとも先のレオナールの襲撃のせいで、現在は他の部屋になっている可能性があるのだが、それでもキングたちのいる場所に最短で着けるはず、という言い分らしい。
かなり意訳&要約したが、内容は間違ってないはずである。
(あっちに行って、こんな感じでグイーン、とかいう説明で理解できるの、俺くらいだと思うけどな)
せめて図を描ける程度に、記憶していてくれれば良いのだが、脳筋にそこまで期待するのはきびしいだろう。
サブギルドマスターへの対処も悩むが、先行しているはずのアドリエンヌたちに、どう弁明・説明すべきか。てっきり普通に追うものだと考えていたため、頭が真っ白になってしまった。
(ゴブリンキングとの戦闘は、最悪な場合でも幼竜を上手く使えれば、なんとかなる。
問題はこっちだ。アドリエンヌも恐いが、一緒に行動するメンバーの情報が皆無だからな。
レオナールに口を開かせるのは絶対ヤバイ。喧嘩売ったり煽ったりして、事態が悪化するのは目に見えている)
相手が穏やかで寛容で良識的で理性的なタイプであったとしても、気に食わないとなると態度が悪くなったり、相手の言葉尻や反応を捉えて挑発したりしかねない。
相手がオーロンのような底なしのお人好しだったり、何か言われてもスルーできるリュカのように理性的だったり、ぼやきつつも流せるクロードのような柳に風タイプならば、問題ないかもしれない。
今まで全く対処・対策して来なかったが──せいぜいで何も話すなと言うくらい──これはちょっと考え、何らかの処置や対応をするべきではないだろうか。
(でも事前に言っても、指示通りにしてくれない時もあるからな。こいつ、本当に戦闘とか、自分が興味あること以外の記憶力最悪だし。言ったこと覚えててくれるかどうかは、運みたいなものだしな)
頭が痛い。誰かに相談したい。クロード辺りなら『諦めろ』とか『なるようになるだろ』とか、身も蓋もないことしか言わないのだろうが。
「アラン、いつまで遊んでるの?」
レオナールに掛けられた声に、ハッとする。
「……遊んでたんじゃない、考えてたんだ」
「何を?」
レオナールは、怪訝な顔になる。
「アドリエンヌたちに遭遇したら、どうするかだ」
「なるようになるわよ。そんな先のこと考えてても仕方ないでしょ」
「とにかくお前は、無闇に喧嘩売るなよ。相手は貴族でBランク冒険者で、魔法学院講師補佐。コネと金と、地位や権威がある。下手に敵対すると、厄介だ。
遭遇したら、なるべくお前は口を開かないようにしてくれ。戦闘では頼りにしているが、話し合いや交渉事に関しては、期待できないからな」
「アランがなんとかしてくれるなら、全面的に任せるわ。私はそういうの面倒だもの」
「おちょくったり、喧嘩売ったりはするのにか?」
「相手を見るには、怒らせてみるのが一番なのよ」
「……本当か? 単に気に入らなかったとかじゃなく?」
「まぁ、あのオバサンが気に入らなかったのは確かね。気位ばっかり高くて、あの程度のくせに、自分の容姿に自信持ってるの、丸わかりだったもの」
「いや、あの人、普通に美人でナイスバディだろ。確かにシーラさんの人外レベルの美貌には、負けるかもしれないが、あのスタイルの良さは勝ってるだろ」
「エルフに胸の大きさを期待するのは、間違ってるわよ? まぁ、大きい人もいなくはないらしいけど」
「いや、胸の大きさがどうとか言ってるわけじゃなくてだな、とにかく彼女は一般的な基準から言えば、美人なのは間違いないと言ってるんだ。シーラさんを基準にしたら、可哀想だろ」
「その言い方のほうが、可哀想だと思うけど?」
「なんでだよ、そんなことはともかく、無駄に威嚇や挑発したり、喧嘩売るなよ、頼むから。お前だって問題なくキングやクイーン狩りたいだろ?」
「まぁ、そうね。できればアランの魔法なしでやってみたいけど」
「それは駄目に決まってるだろ! さっきナイト相手にどうだったか、忘れたわけじゃないだろ」
「……《鈍足》かけた状態であれだったものね」
「ルージュに足留めか転倒で、動きを妨げるのを手伝ってもらえば、たぶんいけると思う」
「なるほど、当たればなんとかなるものね」
「余裕があれば《束縛の糸》もかける。《眠りの霧》は雑魚はともかく、ナイト級以上には効かないかもしれない。雑魚が二十体超えてたら使うぞ。それ以外基本的には最初に《鈍足》を使う。
数が多い場合、状況によって《炎の旋風》か《炎の壁》を使うから、そういう場合、事前に合図するから詠唱中の牽制や、発動前の回避を頼む」
「アランがそういう風に、具体的に言うのって、もしかして初めてじゃない?」
「いつもは大雑把な指示で臨時応変で問題ないが、今回はそれでいけるかちょっと微妙だろ。それにお前には、ルージュへの指示も頼みたいからな」
「ああ、あの子、あなたが何か言ってもいうこと聞かなさそうよね」
「あいつと意志疎通できるのは、お前だけだろ。だから頼む。攻撃魔法使う時以外は、いちいち合図はしないからな。炎の旋風は指一本立てるか、詠唱前に使うと宣言する」
「了解。雑魚だけなら特に問題ないみたいだから、ナイト以上かしら?」
「たぶんな。それ以外でもヤバそうな時は指示する」
「わかったわ。アランがやる気になってくれると、私もテンション上がるわね」
「ほどほどに頼む」
アランが渋面で言うと、レオナールは肩をすくめた。そして、おもむろに武器を構え直す。先程から見ていると、やたらと遭遇率が高い気がする。戦闘終了後に、アランがそう言うと、レオナールは笑いながら答えた。
「だって、この部屋、左右に同じくらいの小部屋があるんだもの。さっきから左右交互に来てるのよ。
ちょっと変形してるけど、間に小部屋や大部屋挟みながらこう、ぐるりと四角に回ってるみたいな?」
「……なるほど。でも、それって、俺達のいるとこだけじゃなく、こっち来ようとしたゴブリンが、もしかしたら先行組の方へも行きまくってるんじゃないか? ほら、順路的に」
「そうかもね。あっちで相手する数が多ければ多いほど、こっちは楽できる上に、先回りしやすくなるってわけね!」
アランはうわぁ、と頭を抱えた。
(これ、バレたら殺されるかもしれない)
そして、アランは気付かなかった事にした。現実逃避とも言う。
「にしても、これでようやく半分くらいかしら? もっと速度上げられない? ルージュ」
「きゅきゅーっ!」
声高く返事して、破壊音が大きくなった。
(いや、さすがにこの音、あっちにも、聞こえてるんじゃないか? ドワーフの身体能力というか、聴力ってどのくらいだったかな。確か《暗視》は持っていたはずだよな。
だいたい、この壁一枚隔てた先が目的の部屋だっていうならともかく、道具もないのに掘削しようとか、無茶が過ぎるよな)
始める前に止められなかったくせに、そんなことを考えるのは、今更というか手遅れかもしれないが。
絶対『相棒の暴走を止められなくて、すみません』なんて謝罪では、許して貰えないだろう。アランは思わず遠い目をした。
(あー、この仕事終わったら、古書店と魔法書店めぐりをしよう。めぐりとか言って、ロランじゃ3店舗しかないけど)
「ねぇ、アラン、一応入口から敵が来ないか、ちゃんと見ててよ!」
レオナールの声にハッと正気に返ったアランは、気を引き締めて、入口の方へ目を凝らした。
現実逃避したいのは山々だが、ここはゴブリンキングのいる可能性が高い巣である。惚けている場合ではない。杖を握り直し、気持ちを新たにする。
(あ、でも今来られたら、ピンチじゃないか? 念のため《炎の壁》あたり詠唱しておくか?)
発動の文言を言わなければ、発動しないし、解除も出来る。よし、とアランが詠唱を開始したところで、入口付近にから何か物音が聞こえた気がして、慌てて詠唱速度を早める。
「ギャッギャッ!」
アランは顔を蒼白にさせながら、ゴブリンの視認と同時に、発動する。
「《炎の壁》」
入口から魔獣の死骸を担いでやってきたゴブリン6体が、轟音と共に燃え上がった。これで、しばらく安心である。炎のせいで、向こう側が見えなくなってしまったが。
次の詠唱を始めるべきか迷っていると、レオナールに声を掛けられた。
「もう良いわよ、アラン」
思わずビクッと肩を震わせたアランに、レオナールが苦笑した。
「戦闘中に惚けられるのも困るけど、そんなに緊張しなくて良いじゃない。無駄に疲れるわよ?」
「お前と違って、近接できないから、近付かれると恐いんだよ」
「やっぱり、ちょっとは訓練したら? 実戦で教えてあげても良いけど」
「勘弁してくれ。でも、体力はもうちょい付けようと、ちょっと思ってる」
「まぁ、あった方が良いわよね。じゃ、行きましょう」
「了解」
アランは頷き、ルージュを先頭に、ルージュがぶち抜いた穴の先に進んだ。
◇◇◇◇◇
そこには、ゴブリンたちが集まり、待ち伏せしていた。
当然だな、とアランは思いつつ、《鈍足》を詠唱する。待ちきれずにレオナールが飛び出し、ルージュも続く。
「《鈍足》」
運良く待ち伏せしていたゴブリン16体全てに魔法が発動し、1体残らず効果が現れた。密集していたせいもあるだろう。思わずアランは拳を握った。
レオナールが剣を振るい、ルージュが尻尾で弾き飛ばし、詠唱しかけた杖持ちを爪で薙ぎ払う。アランが《炎の矢》の詠唱を完了させる前に、殲滅が終了した。
「……あれ、なんか速くなってないか?」
「何が?」
「さっきの巣の時より、お前と幼竜の動きが速くなってるような気がしたんだが」
「あら、そう言えばそうかもね。キング目前にテンション上がって気合い入ってるのかしら?」
「え? そんなんで速くなるか?」
「さぁ? 良くわからないわ。でも速くなって困る事なんてないでしょ?」
「そうだな。原因不明なのが、何となく気持ち悪いが」
そこは比較的広めの部屋だった。数日前までは、身重のゴブリンクイーンの寝床だったらしいが、その片鱗は残っていない。
しかし、移動する間もなく、更に後続が現れた。アランに確認出来たのは十体ほどだが、レオナールが声を上げる。
「まだまだ来るわよ!」
「きゅきゅーっ!」
幼竜が何を言っているか、アランには全く理解できないが、それは『肯定』という意味のようだった。
続々と、アリの行進のように、次から次へと現れる。即座に《眠りの霧》の詠唱を開始する。
どれだけの数を減らせるかは不明だが、この数全てを一度に相手するのは無理がある。目を閉じてできるだけ素早く確実に詠唱し、発動する。
「《眠りの霧》」
二十体ほどに掛かっただろうか。その瞬間、レオナールとルージュがゴブリンたちに襲いかかる。
「次、《炎の旋風》行くぞ!」
宣言と共に、詠唱を開始する。《鈍足》は掛けていないが、相手が雑魚なら問題ないようだった。
その事に安心しながら、≪炎の旋風≫を発動して、数を減らす。残りは二十数体。念のため、《鈍足》を詠唱する。その間にも、レオナールとルージュが、ほぼ一撃で複数のゴブリンを掃討していく。
(あれ?)
発動直前で、違和感を覚える。しかし、のんびりしている暇はない。そのまま発動する。
「《鈍足》」
部屋にいる全てのゴブリンに効果が及び、目に見えて遅くなった。
(魔法の効果が強くなってる?)
そんなバカな、と思いつつも、疑問に思う。
(いや、《炎の旋風》はいつも通りだった。ということは《鈍足》だけ?)
ここはラッキーとでも思っておけば良いのかもしれないが、腑に落ちない。アランは思わず顔をしかめたが、まだ戦闘中だ。気持ちを入れ替え、《炎の矢》を詠唱する。
全てのゴブリンを倒し終えた時、部屋中ゴブリンの屍体だらけになっていた。目算でも五十近くはあるだろうか。かすかに眩暈を覚えたアランが告げる。
「一度、小休止を取ろう」
「了解」
レオナールが答え、奥への通路の方を向いて、腰掛けた。ルージュが物欲しそうな鳴き声を上げた。
「いつもなら良いわよって言ってあげたいけど、どうかしら?」
レオナールは首を傾げた。
「アラン、嫌な予感はする?」
「ちょっと引っかかるものはあるが、お前の期待してるようなものは、ないな」
そう答えて、水を口に含む。それを聞いて、レオナールはルージュに許可を与えた。アランは、餌にかぶりつく幼竜に背を向け、ルージュが新たに作った通路の方を向いた。そして、干した果物とナッツ類を口にする。
(ある種の魔法の効果だけが増幅する、なんて事があるだろうか)
アランは眉間に皺を寄せ、考える。もちろんアランはまだ勉強中の身で、魔法や魔術に対して熟知しているとは言い難い。
「なぁ、レオナール。ここへ来て、なんか違和感あるか?」
「さぁ? さっき、アランが言ったみたいに、心持ち身体が軽くて、速く動けてるかなとは思うけど」
(……速度の増幅? それと《鈍足》がどう関係するって言うんだ。もしかして、増幅された速さが《鈍足》で解除されるから、効果が増幅されたように感じたとか?
だが、あっちの巣では、そんなおかしな事はなかったし、入り口付近で戦闘してる時は、普通、だったよな? くそ、他の誰かの意見が聞きたい。でも、レオナールじゃ、な)
アランは舌打ちした。
「どうしたの? 何か変よ」
レオナールが心配そうに声を掛けて来た。
「あ、いや、その、さっきやけに《鈍足》の効果が効き過ぎてなかったか?」
「言われてみれば、急に遅くなったような気がしなくもなかったけど、効かないよりは良いんじゃないの?」
「……それはそうなんだが。まぁ良い、何回か使って様子を見てみる」
「そうね。その方が良いと思うわ。魔法に関しては良くわからないし」
「そうだな。こんなのは初めてだから、正直気持ち悪いが、特に判断材料もないしな。それに俺は、特に速くなったりしてないみたいだしな」
「相対的なものかしら?」
「う~ん、何とも言い難いな。まぁ、わからないのは気持ち悪いけど、仕方ない。後で考える事にする」
「その方が良いわね。戦闘中に余計なこと考えてると、ミスの原因になるだけだもの」
レオナールは肩をすくめた。そして、ルージュの食事終了と共に、休憩を終え、奥の部屋──途中の通路からも良くわかる、先の部屋の2倍近い広さの大部屋──へと向かった。
以下修正
×ショートカット
○近道
×ペナルティ
○処罰
×スピードアップできない?
○速度上げられない?
×tころで
○ところで
×キャンセル
○解除
 




