16 ゴブリンの巣の探索4
戦闘および残酷な表現・描写があります。
(良く考えたら、レオがゴブリンを見つけて殺さない理由なんて、相手が攻撃して来なかった以外の理由があるはずなかったんだよな。
あいつに自重とか自制とかあるわけないんだから。うっかりし過ぎだ、くそっ。
俺がどれだけ嫌だと抗弁しても、抵抗しても、結局のところ、こいつは、自分のしたい事を、したいようにするんだよな)
レオナールによって無理矢理ルージュの背に縛り付けられたアランは、グッタリとした状態で、激しく上下左右に揺すぶられつつ、心の中で独白した。
しかし、先に乗った時と比較すれば、だいぶ幼竜の動きに慣れたというか、わかってきた気がする。
幼竜は直進する場合にも、尻尾を左右に振ってバランスを取りながら駆けている。そのために、直進時でも上下左右に揺らされるのだ。
また、前のめりの体勢で、一歩分が大きいため、上下動が激しい。それに加えて、木の根などが着地予定地点にあれば、それを避けて足を付けるため、時折左右にぶれたり、あるいは歩幅が更に大きく取られたりする。
しかも、場所が森の中なので、直進できる場所が、湖のあった付近以外では、ほとんどない。
基本、木の幹や枝、根などの間を抜けていくのだが、細い枝である場合は、避けずにその頑丈な体表、ウロコなどを使って体当たりで、へし折るのだ。
その際に、木の種類や枝の太さによっては、多少の抵抗を受ける。ルージュ自身は、それを気にも留めず、足を止めたり、速度を緩めるような事もないのだが、その背のアランにとっては異なる。
激しい揺れに加え、予測できないわずかな緩急や振動・衝撃などによって、不規則に身体を揺さぶられるのだ。
どうやら、目を開けて周囲を見回すより、目を閉じてじっと動かずにいる方が、幾分マシだと気付いてからは、そうしている。
アランは自力歩行する生き物に騎乗した事など皆無であり、乗った事のある動物は、馬やロバだけである。
(馬は本当、良いよな。賢いし、こっちの言う事ちゃんと聞いて、ペース配分とかも思い通りだし)
ひたすら逃避中である。
(実家のロバも、あまり賢いとは言い難いけど、真面目で一生懸命で可愛いやつだった。あいつ、結構年寄りだけど、元気にしてるかな)
時折、金属音とか、横殴りの回転とか、咀嚼音とか、色々あるが、アランは全てスルーした。どうせ、今は必要とされていないのだ。レオナールにも、もちろんルージュにも。
(生まれたてのキングと、それを生んで身軽になったクイーン、それを守るナイトと、その他、か。杖持ちもいっぱいいるんだろうな。魔術師以外にも色々いたらどうしよう。
まぁ、でも、俺のやる事は、普段とそんなに大差ないか。ああ、すごく嫌な予感しかしないんだが)
「あははははっ、気力がみなぎってきたわ! なんかいつもより身体が軽いし、敵の動きが良く見えるし、遠くまで見聞きもできるみたい。もう、最高の気分よ!!」
相方の興奮した明るい声に、アランは背筋にゾワッと寒気を覚えたが、ひたすら呼吸を整え、もしもの場合の時のために、先の戦闘を参考に、ゴブリンキングとの戦闘を想定して、戦闘の組み立て、使用すべき魔法の選択などに思いを馳せる。
アランは、レオナールの能力、戦闘などそれなりに熟知・把握しているつもりである。気まぐれでむらっ気のある性格のため、その時々で動きや集中力などが変化するので、その時にならなければ、どうなるかわからない事の方が多く、幼竜の一件など想定外の事も起きやすいが、それでも概ねの方針は立てられる。
生まれたばかりとは言え、ゴブリンキングはおそらく強いだろう。ナイト
は先程と同等か、それ以上を想定した方が良い。
クイーンが若輩ならば、あのキングの血を引く可能性が高いため、炎属性は効きづらいかもしれない。
師匠のシーラが風属性により長けているのに、アラン自身は何故か風属性は発動できなかったため、攻撃力の高い炎属性魔法を中心に修得し、それ以外の攻撃魔法は《岩の砲弾》だけである。
当初の予想より、幼竜が戦闘で使える。何をどうするか、言葉も通じないので判断が難しいが、これまでの戦闘でおそらく全ての攻撃手段およびその動きを見たと思われる。
アランの指示に従ってくれるとは到底思えないが、レオナールの指示には今のところ従っているようなので、どうしても指示したい場合には、レオナール経由で行けるだろう。
(よし)
アランは脳裏で複数の想定で、何度もシミュレーションを繰り返し、その度に戦術を組み立て直し、方針・方策を打ち出した。予定外や想定外が起こる可能性はあるが、自分達だけの場合も、他に戦闘に加わる者がいた場合の想定も、ある程度叩き出せただろう。
(後は、何かとんでもないトラブルが起こらなければ)
なんとかなる、いや、なんとかする。目を開けたアランと、ちらりとこちらを振り返ったレオナールの目線が合った。
落ち着きを取り戻したアランに、レオナールはにっこり微笑んだ。そして、更に移動速度を上げた。
◇◇◇◇◇
アドリエンヌや《静穏の閃光》メンバーその他は、突入前に、入念な打ち合わせをした。
その結果、オーロンは前衛に出る事になった。後衛陣の護衛がいなくなったが、ダットがついて、周囲を警戒・索敵し、可能な限り早期発見、場合によっては前衛も兼ねるという事になった。
レイシアはオーロンと距離を置くのを嫌がったが、先程の戦闘を見ていた事もあり、結局はアドリエンヌの説得を受け入れ、その隣を歩く事になった。逆側はフランソワーズである。
洞窟の通路はギリギリ3人が並べなくもなかったが、それでは武器が思うよう振るえないため、基本2人ずつ並んで行く事にした。
最前列が、セルジュとオーロン、次がジェルマン、その後ろがベルナールとクレール、次がアドリエンヌを中心に左がフランソワーズ、右がレイシア、最後尾がダットである。
ちなみに、レイシアが右なのは、杖なしだからであるという理由の他、フランソワーズが戦闘中以外はずっと、アドリエンヌの左腕にしがみついているからである。
アドリエンヌは諦念の笑みを浮かべ、その他のメンバーは見て見ぬ振りである。一応ジェルマンが一度、苦言というか忠告をしたのだが、全く聞く耳持たないため、諦めたとも言える。
アドリエンヌが、フランソワーズに、この先は危険だから街へ戻ってはどうかと行ってみたが、それなら尚更、一緒に行くと言って聞かないため、仕方なく同行させる事にした。
レイシアは、一応オーロンに確認された際、『いく』と答えた。
入り口で遭遇した普通に見えるゴブリンが、想定外の強さだったため、ほぼ全員、気を引き締め、警戒している。
洞窟内に入る前に、一番魔力量の多いアドリエンヌが《灯火》を唱え、突入した。
十数メトルも進まぬ内に、新手のゴブリンたちが現れた。一番詠唱の早いアドリエンヌが《鈍足》を詠唱し、クレールとフランソワーズが攻撃呪文を、ベルナールが《速度上昇》を詠唱する。
そして、《鈍足》発動直後に、無詠唱でレイシアが《炎の旋風》を発動し、6体を巻き込んだ。
レイシアの魔法を初めて見た《静穏の閃光》メンバー達が、軽く目を見開く。
次いで、クレールの《竜巻》、ベルナールの《速度上昇》、フランソワーズの《炎の旋風》が発動する。
クレールの魔法はレイシアと同じ目標を中心として発動し、更にその炎の勢いを強化する。
フランソワーズの方は、レイシアの攻撃を免れた2体を中心に発動し、残りの1体をベルナールとオーロンが倒す。
そして、フランソワーズの魔法が発動した方へ、更にレイシアの追撃が加わり、全てのゴブリンが沈黙した。
「背後は問題ない。いつでも行けるよ」
ダットがそう告げ、ゴブリンたちの屍体を脇に避け、一行は先へ進む事にした。
ゴブリンとの遭遇率は高かったが、最初の戦闘を教訓に、全員手慣れて来た。
「サイズは小さいし速いけれど、オークあたりを相手しているつもりで振るえば良いようだ」
安堵したような顔で、ジェルマンは言った。普段、武器を振るう時は力を込めず、攻撃が敵に当たるインパクトの瞬間に力を込めて振り抜く。
そうすることによって、速さと攻撃力を上げるのだが、見た目がゴブリンなため、初めての時はつい無意識で加減し過ぎてしまったようだ。
余分な力を込めても無駄が出る上、疲労しやすくなるため、弱い敵にはそれを倒せる程度の力加減をする癖がついていたため、何度斬りつけても傷が浅くてなかなか倒せないという状況になったのである。適切な力加減を覚えれば、後は問題ない。
「しかし、速くて身体が小さく、数が多いというのは正直厄介なものだ。通路のような狭い場所であれば、たいしたこともないが、広い場所では注意せねばならんな」
オーロンが唸るように長い髭をさすった。
「広い場所で複数のゴブリンに遭遇した場合は、魔術師が多いということを利用して、火力で速攻で倒すしかなさそうですわね」
アドリエンヌが言った。
「こんな事なら鉄製の矢を用意するんだったよ」
ダットが言った。
「普通の木の矢じゃ、軽い傷を負わせるか、牽制くらいにしか役立ちそうにない。使う時は、足や腕を狙うようにするけどね」
「ミスリル製の矢ならばあるが、長すぎるだろうか?」
ベルナールが矢束から矢を一本抜いて見せる。ダットは首を左右に振った。
「オイラに長弓用の矢は使えないよ。見ての通り身体が小さいからね。腕や身長の関係で、短弓じゃないと扱えない」
「うふふ、わたくしの魔法があれば問題ないですわ、ねっ、お姉様」
「そ、そうですわね」
ピッタリしがみついたまま言うフランソワーズに、引きつりながらアドリエンヌが答えた。
フランソワーズの実力については、駆け出し魔術師としてはそこそこだろう。年齢を鑑みれば、天才と言って良いだろうが。
魔法の詠唱は、古代魔法語や呪文の内容・文言などに習熟すればするほど、慣れれば慣れるほど速くなる。その熟練度はアドリエンヌやクレールには負けるが、冒険者登録したばかりの新人はもちろん、魔術学院の生徒たちの中でもトップに近いだろう。
また、物怖じなさと胆力、自分の能力にたいする自信などは随一と言っても良いのではないだろうか。
だが、ダットが初めて会った時の彼女は、最初、突然森の中から現れたゴブリンたちに襲われ、助けてくれと悲鳴を上げていた。その後の対処に関しては、しっかりしていたし、いかにも高位貴族令嬢といった風情だったが。
(ま、貴族令嬢にもある程度の嘘とハッタリは必要だよね)
他の者がそういった部分を知っているかどうかは知らないが、金で雇われてはいるが、ダットには関わりないことである。
(とりあえずこの仕事を無事に終えたら、追加報酬もらってトンズラだ)
先の護衛依頼の報酬金貨3枚は既にもらっている。正直ロランの北門辺りでさよならしたかったのだが、ゴブリンの発生・強化のせいで、通行制限が出ていたのだ。
冒険者登録はもちろん、身分証明は何一つ持たないダットが街門を出るには、ゴブリンの討伐または調査隊にまぎれ込むしかなかったため、追加報酬を提示されたこともあり、話に乗ったのである。
この令嬢は金払いは良いし太っ腹だが、オーロンと同じく、あるいはそれ以上に厄介事の臭いがする。この仕事が終わったら、さっさと逃げた方が良いだろう。
しかも、このゴブリンの調査にはあの剣士と魔術師も加わっている。あの連中と顔を合わせるなんて、ゾッとする。もちろんあの幼竜も一緒だろう。この街は鬼門だとダットは考えていた。
ダットは更なるゴブリンの気配を前方に感じて、ピクリと顔を上げた。
「新手だ」
その言葉に、全員が戦闘態勢に入る。後方にゴブリンの気配がないかと探ったダットは、思わず息を呑んだ。
(……金属音と、重い震動?)
それはゴブリンのものではない。嫌な予感が脳裏をめぐる。
ダット以外のメンバーは前方に現れたゴブリンたち、目算で16体に意識を集中させ、詠唱などに取り掛かっている。ダットは更に意識を後方に集中させる。
と、不意にレイシアが振り返り、ダットに小さい声でささやいた。
「だいじょうぶ。あれ、敵、ない」
ダットは驚き、レイシアを振り向いたが、その時には既に彼女は前方を向き、無詠唱で《炎の旋風》を発動していた。
(あれか……!)
ダットの脳裏で像が結ばれた。赤い体表の幼竜と金髪の剣士と黒髪の魔術師。
眉間に皺寄せ、ダットは見えない奥を睨み付けた。
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