14 ゴブリンの巣の探索2
戦闘および残酷な表現・描写があります。
ゴブリンとの遭遇頻度が、更に上がって来たので、アランは魔力を温存するため、使用を控えることにしたが、レオナールとルージュは平常運行である。
実に楽しそうに剣を振るい、尻尾または爪、時に牙で敵を屠り、殲滅していく。
(あー、ちょっと魔力使いすぎたかも)
アランは洞窟の壁に手を付きながら、反省している。魔力欠乏の初期症状、軽い頭痛に襲われているためだ。
(久しぶりにやったな、2年ぶり、くらいか)
魔法が使えるようになって、嬉しくて調子に乗った挙げ句の為体で、何か病気だろうかと勘違いして恥ずかしい思いをしたのを、昨日の事のように覚えている。
シーラに『そう言えば、最初に言い忘れてたわ。知ってて当たり前の常識だと思ってたから、失念したのね』と言われたのも。
今思い返すと、彼女は最初の内は、アランに魔法を教える気がなかったのではないか、とも思う。アランが本気で魔術、魔法を習いたがっているとは、信じていなかったようだ。
彼女は普段、とても無口だった。人目のあるところと、そうでないところの違いを見るまで、アランはシーラをクールビューティーだと勘違いしていた。実際は、ただの人見知り、または人間を警戒していたからだったのだが。
おそらく、アランが息子と同い年の子供だったから、次第に警戒を解き、素の自分を見せてくれるようになったのだろう。
彼女の事を思い出す度に、アランは苦い思いになる。おそらく、あの村で、一番シーラに近しいと言える関係になれたのは、自分だけだったのに、彼女の窮状に全く気付かなかった。
知った時には、既に手遅れだった。
(あ、いかん。ここで落ち込んでどうする)
アランは舌打ちして、顔を上げた。ちょうどレオナールがゴブリンの首を切り上げ、血飛沫上げて跳ね上げるところが見えた。
そして、その首をルージュが口でキャッチ。それが最後のゴブリンだったらしく、レオナールの許しを得ると、そのまま食事タイムに突入したため、アランは視線を逸らした。
何度見ても、幼竜の食事風景は、心臓に悪いと思う。あれを平気で正視できるレオナールの神経がわからない。
もっとも、レオナール自身も、時折自分の倒した敵や獲物の斬り口を、撫で回したり、指でなぞったりして確認しているのだから、平気なのだろう。
(その内俺も慣れるのかな)
今はとても信じられないが。しかし、これからも冒険者を続けるつもりならば、慣れた方が楽だろう。
血や死骸などを見る事だけならば、だいぶ耐性がついたと思う。だが、例えばそれを嬉しそうに撫で回す相方だとか、咀嚼する幼竜には、まだ慣れる事ができない。
彼が魔術師としてやっていくには、冒険者以外の選択肢がなかったのは、事実だ。だが、それだけでなく伝え聞く、活躍する高名な冒険者や、伝説やおとぎ話に登場する魔術師に対する憧憬も、アランの心に存在する。
自分がその一人になれるとまでは信じていないが、小心者で臆病で非力な自分にも、誰かの何かの役に立つ事ができるかもしれない、というのは、魅力であり、強い牽引力を持っていた。
(絶対、足手まといになんかなってたまるか!)
くそ、と歯を食いしばり、足に力を込める。正面を睨み付けるよう、両足で立ち、見据えるアランに気付いたレオナールが声を掛ける。
「あら、もう大丈夫なの? アラン」
「ああ、だいぶマシになった。けど、強敵が出てくるまで、しばらくは魔力温存させてもらう。悪いな、レオ」
「別に良いわよ? その分思い切り剣を振り回せるし」
そう言って、剣の柄をトントンと叩くレオナールに、アランは苦笑する。
「お前はそういうやつだよな」
「冒険者って良いわよね? こうやって思い切り剣で斬りまくっても、誰にも文句言われないし、逆に感謝される事もあるし、報酬は貰えるし」
「そうだな、人に危害や損害与えない限りはな」
「この仕事が終わったら、オーガやオークも狩りに行きたいわ」
「……その内な」
「その内っていつよ?」
「ランクがDになったら、かな」
「えーっ、面倒くさいわ。もっと早く行きましょうよ。ルージュもすぐ大きくなって、ゴブリン程度じゃ足りなくなるわよ?」
「……やめてくれ、想像したくない」
レオナールの言葉に、アランは顔をしかめた。
「アランが想像したくなくても、あと数ヶ月もしたら、ルージュはもっと大きくなるでしょ。だって、成竜って今の数倍は大きいんでしょ?」
「考えたくはないが、伝説によると、大きいものは体高十数メトル、体長に至っては二十メトル超らしい。言っておくが、そんな大きさになったら、絶対、街中では飼えないからな?」
「わかってるわよ。その前にたぶん自立して、自分の巣を作ってると思うけど」
「レッドドラゴンの巣……頭が痛い」
アランが思わず額を押さえ、ヨロリとよろめいた。
「レッドドラゴンってやっぱり洞窟に住んでるのかしら?」
「……伝説によれば、山の広い洞窟とか、高い場所が好きらしいが」
「ある程度育って自力で餌が取れるようになったら、山で放してあげれば良いかしら?」
「おい、恐いこと言うなよ! 普通のレッドドラゴンの餌って、人間や亜人なんだぞ!?」
「人里近いところなんかに放さないわよ。でも、私が斬りに通えるような場所が良いわね」
「おい、勘弁してくれ」
だいたい、斬りに通うってどういうことだ、とアランは呻いた。
「まぁ、今は未来のドラゴンにふさわしいすみかより、目の前のゴブリンの巣よね」
「……そうだな」
言いたい事はあったが、言うだけ無駄なので、飲み込むことにした。ストレスは溜まるが、忘れるしかない。
逃避である。どこか虚ろな目になるアランを気にも留めず、レオナールは歩き出した。
(とにかく、俺がしっかりしないと)
気合いを入れ直し、アランはレオナールと、その後ろに続くルージュの後を追った。
◇◇◇◇◇
不意に、頬に風を感じて、アランは立ち止まった。
「どうしたの?」
レオナールが怪訝そうに、振り返る。
「いや、今、なんか風が……」
そう言って、アランが指先を口に含み、目を閉じて先程、風を感じた方角へ指を向けてみる。
「うん、やっぱりそうだ。こっちから風が吹いている。でも、ここ、岩壁に見えるよな」
アランは首を傾げた。
「ふぅん?」
レオナールが歩み寄り、アランの指し示した岸壁を撫で回した。その途中、ニヤリと笑みを浮かべた。
「アラン、お手柄よ。ここ、隙間がある。たぶん、こう、」
肩先からグッと押しつけると、壁がグルリと回転した。
「お、おい!」
アランが慌てた。ルージュがその壁に突進する。どう見ても幼竜が通れる大きさではなかったが、ダンダンと体当たりして、ぶち抜いた。
「……あっ」
ルージュが駆け抜けた先に、嬉々として剣を振るうレオナールの姿が見えた。
「あのバカ……っ!」
そこに見えたのは、通常の個体より1.3倍ほど大きな、革鎧を身に纏い、戦斧を振るう大型のゴブリン──ナイトゴブリンと、通常サイズのゴブリン二十数体、そしてその奥に、鉄鎧を身に纏い、大型の槍を手に立つ赤い体表の、通常より1.5倍近く大きい、いかめしい顔つきのゴブリンがいた。
アランは慌てて詠唱を開始する。
「其れは、汝らの足下に絡む、容易にほどけぬ魔術の網、《鈍足》」
取り巻きとナイトゴブリンに、鈍足が発動する。ルージュが取り巻きたちをなぎ倒しながら、レオナールの元へ駆けつける。
次にアランは、《炎の矢》の詠唱を始める。
「あははっ! ゴブリン風情が、上手く避けてくれるじゃない!!」
レオナールが嬉しそうな声を上げる。ナイトゴブリンが振り上げた戦斧を、踊るように避けて、大きく哄笑する。
「そんなに遅いんじゃ、私には当たらないわよっ! もっと頑張りなさいよ!!」
アランは、軽い頭痛を覚えながら、《炎の矢》をナイトゴブリン目掛けて発動するが避けられ、別のゴブリンの頭部をかすめて、傷付けた。
思わず舌打ちしつつ、次の詠唱を開始する。
レオナールが、威力より速さ重視に切り替えて、右に左にスイッチしながら、連撃を加える。
鈍足の影響もあり、ナイトゴブリンは完全回避を諦め、致命傷を避ける程度にとどめ、隙を狙っては戦斧を振るう。
しかし、そこへ反対側からルージュの尻尾による薙ぎ払いが加わった。
「ギャゴガァッ!」
足をすくわれ、体勢を崩すナイトゴブリン。そこへレオナールの斬撃が振るわれた。
胸から下腹部にかけて、大きく切り裂かれるナイトゴブリン。しかし、レオナールは舌打ちする。切り裂かれたのは革鎧のみ、その下の肌は無傷である。
そこへルージュの追撃が入り、ナイトゴブリンが転倒した。すかさずレオナールがその下腹部を踏み抜き、鎧の隙間、骨のない脇腹辺りを狙って、両手で握った刃を力一杯、突き立てた。
「ギガゴガァッ!」
ナイトゴブリンの悲鳴に構わず、グリグリ捻りながら、突き込んでいく。
「ごめんなさいね、まともに当てられなかったのに、こんな結果で。でも勝負じゃないから仕方ないわよね。
次はちゃんと当てられるように修行しておくわ。相手はあなたじゃないけど」
そして刃の先が床に触れて鈍い抵抗を覚えると、更に傷口を広げるように、左右に揺すり、掻き回した。
ナイトゴブリンが絶叫を上げて、暴れる。
「あらあら、そんなに暴れたらかえって傷口が広がるわよ?」
おもむろにルージュが、ナイトゴブリンの顔を右後ろ足で踏み抜いた。鈍い音を立てて陥没し、ピクピクと痙攣して動かなくなった。
「有り難う、ルージュ。前に戦ったナイトゴブリンより強かったみたい。ちょっと情けなかったわね。もっと気合い入れなきゃダメね」
「きゅうう」
ルージュが首を左右に振る。レオナールが顔を上げた時、アランの魔法《炎の壁》が発動する。
「!」
レオナールとルージュの十数歩手前で、こちらに近付きつつあったキングが燃え上がった。
「ガアアッ!」
キングは、悲鳴というよりは雄叫びに近い声を上げ、咆哮した。アランの肩がブルリと震え、わずかに後退さった。
レオナールは慌てて剣を引き抜き、構えた。ルージュはまだ消えていない、炎の壁に向かって突進する。
全てを燃やし尽くすはずの炎の中から、キングが歩み出て来るが、ルージュの突進を受けて、炎の中へと転倒した。
「行くわよ! しっかり歯を食い縛りなさい!!」
レオナールが低い声で叫ぶ。その声にハッと気を取り直すアラン。慌てて杖を構え、《鈍足》を詠唱する。
「ぐぁお」
ルージュが炎の中のキングを蹴りつける。魔法の炎が消え、黒ずんではいるが、ほぼ無傷のキングの姿が現れる。
キングは起き上がろうとしているが、ルージュの体重と膂力にはかなわない。
そこへレオナールが駆け寄り、その首へ叩き付けるように、刃を振り下ろす。
アランは《鈍足》の詠唱を破棄して、《岩の砲弾》に切り替えた。が、必要なかったらしい。
キングの首がゴロリと転がった。
「ふぅ、ルージュがいなかったら少し危なかったかしら? ちょっと油断し過ぎてたわね。ありがとう、ルージュ」
レオナールの言葉に、アランが顔をしかめた。
「おい、効果はなくても時間稼ぎくらいにはなっただろうが」
不満そうなアランに、レオナールは肩をすくめた。
「アランも有り難う。助かったわ」
「その言い方じゃ、まるで俺が礼を催促したみたいなんだが」
「気のせいでしょ。被害妄想激し過ぎるわよ?」
レオナールは首を軽く左右に振り、それから周囲を見回した。
「ここ、ムダにだだっ広いけど、お宝とかはなさそうね」
「そうだな。強い個体もしっかりした装備したやつもいたが、取り巻きの数は少なかったし」
ルージュのおかげで、苦戦どころか、終わってみれば楽勝という印象である。たぶんまともにやれば、全員無傷では済まなかっただろう。
アランは思わずブルリと背筋を震わせた。
「ねぇ、巣の規模に対して、敵の数が少なかった気がしない?」
レオナールの不穏な台詞に、アランが蒼白になった。
「……まさか」
「他にもどこかに、いそうよね」
レオナールが楽しげに言い、ニンマリ笑った。
「とすると、残りはいったい何処にいるのかしら?」
正直、想像したくない。したくないが、アランはうっかり想像してしまった。
「ねぇ、アラン。嫌な予感はしてる?」
ビクリと肩を震わせたアランに、レオナールはニヤリと笑った。
「さぁ、アランは何処にいると思う? 何処に行きたくないと感じてるかしら?」
アランは蒼白な顔で、目の前の相方を見下ろしながら、脳裏で呆然と呟いた。
(こいつ、いつの間にか、俺の思考の方向性を操る方法を覚えた!?)
それは、強力なナイトゴブリンや、炎魔法の効きづらいキングゴブリンよりも、恐ろしかった。
胃腸の調子が悪くて更新遅くなりました。すみません。
たぶん次の次か、そのまた次くらいで2章完結できると思います。
以下修正。
レオナールの台詞をいくつか漢字→平仮名に
×ネガティブになって
○落ち込んで




