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10 剣士と魔術師は先行する

「ゴブリンが頑丈になってる?」


 スプーンを片手にクロードは首を傾げた。


「たぶんそういう事だと思うわ。ちょっと硬くなってて、いつものつもりでやると若干斬りにくいのよ」


 レオナールは肩をすくめて言った。


「ちなみにこれが、そのゴブリンの頭……」


「わぁーっ! やめろ! ここで出すな!! いい加減学習しろ!」


 レオナールが説明のために、ゴブリンの頭部を取り出そうとして、アランに制止される。


「あ、そうだったわね」


「さっき言ったところなのに、もう忘れてるとか、お前の記憶力はどうなってるんだ」


 アランがぼやく。レオナールは肩をすくめて、


「興味ないことは、すぐ忘れちゃうのよね」


「……お前というやつは」


 アランはガックリと肩を落とした。


「あと12体の武装したゴブリンが、ワイルドベアを倒してたのよね。ルージュが食べたから証拠はないけど。

 でもゴブリンって、そんなに強かったかしら?」


「普通なら返り討ちになるだろうな。その倍の数がいて、魔術師ゴブリンが混じってたら、話は変わるだろうが」


「たぶん魔法使うやつは混じってなかったと思うわ。私がたどり着く前に、ルージュが全部倒してたから、よく見なかったけど」


「なんでそこで確認しないんだよ」


 アランが渋面で口を挟む。


「だって、その時は気付かなかったんだもの。ちょっとおかしいかなとは思ったけど。私、面倒くさいこと考えるのは、苦手なのよね」


「この、脳筋め」


 アランが呻くように言った。クロードがふむ、と頷く。


「同じ群れの個体が、戦闘を繰り返して成長したにせよ、別の群れから、より強い個体が流れて来たにせよ、放置できる事ではなさそうだな。

 念のため警告出したり、東門にも通達して、森に入る者を制限しよう。後でいつでも良いから、ギルドへ来てくれ。リュカにも聞いて貰おう」


「了解」


 レオナールが頷き、アランが淹れた茶をすする。


「何、これ、苦い」


「うるさい、文句言うな。最近暑くなって来たから、疲労回復に良いと勧められた茶を買ってみたんだ。オルラの葉とか言ったかな」


「変なもの買って来ても良いけど、人に飲ませないでよね」


「お前のために買って来たんだ、感謝しろ」


「冗談やめてよ。迷惑だわ」


 そう言って、マグをアランに押しつける。


「こんなの飲むくらいなら、井戸水のがよっぽど良いわ。私はアランと違って被虐趣味も自虐趣味もないんだから」


「おい! ふざけた事言うな! 知らない人が聞いたら、勘違いするだろうが!!」


「え~」


「え~、じゃねぇよ!! お前、本当ろくでもない事ばっかり言うな。俺の悪評、ほとんどお前が出所なんだからな!!」


「それが広まるのは、皆が多かれ少なかれ信じる要素があるからじゃないの? 噂なんて、根も葉もなければ、すぐ消えるわよね」


「お、ま、え、というやつはっ!! どうしてそうなんだ! 俺に恨みでもあんのか!? あぁっ!?

 いい加減燃やすぞ! 寝てる間なら《炎の壁》いけるかもしれないしな!」


「え~、やめてよアラン。面倒くさい」


「面倒臭いってなんだ! 面倒臭いって!!」


「あー、お前らじゃれるのは良いが、俺はまだメシの途中だからな」


「それはギルドマスターが寝坊なんかするからでしょ? それより、出掛ける支度しなくて良いの? 遅刻するわよ?」


「レオナール……お前、本当、あれだよな」


 はぁ、とクロードは溜息をつき、肩をすくめた。


「まぁ、今朝は、二度寝しちまったからな。なんかだりぃし、病欠できねぇかな」


「リュカさんに報告しますよ」


 アランが笑わない目で、言う。


「こえぇよ! お前、なんか真顔だとすげぇコワイんだけど!!」


「そうですか。でも35歳の良い大人が、二度寝したせいで怠いから、仕事休みたいとか抜かしたら、恐い顔にもなるかもしれませんね」


「……軽い冗談だ。もちろん本気で言ったりしねぇよ、本当だよ」


「軽口に見せかけて、あれは本気入ってたわよね」


「おい、余計なこと言うな!」


「遅刻でもなんでもかまいませんが、早くご飯食べて出勤して下さいね。後片付けと掃除ができないので」


「お前ら本当、俺の扱いひどくねぇ?」


「そう思うなら、尊敬したくなる振る舞いを心掛けては? 尊敬とか敬愛とか、日頃の行いの中で生まれるものだと思いますが」


 真顔で言うアランに、クロードが悶える。


「イタイ! 心がイタイよ! 三十路のおっさんはナイーブなんだから、扱いには気を付けろよな!」


 アランとレオナールの顔がしらけたものになる。


「ギルドは午前中は忙しそうだから、午後にする?」


「でも、内容が内容だから早めの方が良くないか? 台所の掃除だけして行きたいな」


「ふぅん? じゃ、それまで装備の手入れでもしてるわ」


「おう。場合によっては、その後、森へ確認に行くぞ。お前だけじゃ、ちょっと怪しいからな」


「……了解」


 そう言って、レオナールが台所を出て行った。


「お前ら無視とか、ひどくねぇ?」


「まだ食べ終わってないんですか? 早く食べて出た方が良いと思いますよ。俺達よりリュカさんのお怒りのが恐いと思いますが。

 普段の行いに気を付けないと、その内刺されるんじゃないですかね」


「なんだ、それ」


 クロードは肩をすくめて、残っていたパンを全てちぎってスープに放り込むと、流し込むように平らげた。


「ごちそうさん、じゃ、行って来るわ」


「お気を付けて」


 クロードを見送って、アランは後片付けをし、竈を丁寧に掃除し、床やテーブルなどを簡単に掃除をする。

 食器や洗濯に使う灰汁は、前日竈で出た灰を水に浸けて置き、それを布で漉したものを使用している。依頼その他で作れなかった時は、重曹を使う事にしているが、節約のため、なるべくそうする事にしていた。


「うーん、本気で《浄化》とかあると便利なのかな」


 しかし、生来の性格が、安易に魔法に頼るべきではないのではないか、とも思わせる。

 だが、冒険者としての仕事をしている時に、家事が重荷になるのは、本末転倒なのではないかとも思う。

 家主を見習って、使わない部屋は掃除せず、台所は使わず、家で食事しない、洗濯はせずに新しく古着を買って、古い服は処分or売る、などという事はしたくない。


(俺の周囲ってダメな大人ばかりなんじゃないだろうか)


 アランは溜息をついた。



   ◇◇◇◇◇



 午前中とは言え、すっかり日が高くなった頃に、アランはレオナールと共に冒険者ギルドへと向かった。

 ジゼルは受付で暇そうに、依頼書の束をペラペラと繰っていた。


「よぉ、ジゼル。ギルドマスターとサブマスター、いるか?」


「あら、アラン。ええ、二階の会議室で打ち合わせがてら、あなたたちを待ってるわ。案内するわね」


「わかった」


 会議室へ案内される。ジゼルがノックすると、


「おう、入れ」


 とクロードが答える。二人が入室すると、クロードが手招きする。提示された椅子に腰掛けると、リュカが二人に相対する。


「では、改めて報告を聞きたい」


 リュカもクロードも真剣な表情だ。


「まずはこれね」


 革袋からゴブリンの頭部を取り出し、革袋が下になるように置く。


「今朝、アランの目の前でやった事を、もう一度やっても良いんだけど、」


「やめろ」


 仏頂面でアランが言う。レオナールは肩をすくめ、断面図を見せる。


「ここからここまでが、いつもゴブリンを斬る時の力加減でやったところよ。

 ここからここまでは、それより少し力を込めたところで、ここからが更に力を入れた──加減で言えば、そうね、角猪を両断する時くらいの力加減かしら? それくらいで斬ったところよ。

 本当は見せた方が早いと思うんだけどね」


「つまり、通常の個体より硬かった、と言いたいんだな?」


 クロードが促す。


「最初は剣が重くなったと感じたのよね。でも、剣にも身体にも異常はなかった。

 腹を切り裂くのは、まぁ、普通だったと思うわ。ちょっと浅かったかな、とは思ったけど、間合いを読み間違えただけだと思ったの。たまにあるから。だからトドメに首を斬ったんだけど、違和感を覚えて、確認したわ。

 その個体がたまたまだったのかもしれないから、その後、ルージュがお腹いっぱいになるまで、30体くらい狩ったかしら?

 どれも同じくらい、硬いと感じたわ。いつもより刃が入りにくくて、ちょっとだけ斬りにくいって感じ。

 でも、大きさに異常はないし、外見にも違いは見られない。ただ、どのグループも、いつもよりちょっとだけ頭の良いリーダーが混じってるように感じたわね。でもルージュがいるから、逃げようとする場合が多かったけど。

 しっかり調べたわけじゃないけど、哨戒や狩りに出ているのが多かった印象ね。

 行動範囲も3日前までに比べると広かった気がするし、遭遇する頻度も高かったかも。そんなに苦労するほど強いわけじゃないけど、戦闘慣れしてない一般人には、ちょっとキビシイかもね。

 わずかずつの違いだと思うんだけど、気のせいって言えるレベルじゃないように感じたのよね。

 3日前、ゴブリンの巣を見つけた時は、そんなに大きくない巣だったから、ゴブリンクイーンとその取り巻き20数体ほどを残して、後は全部ルージュの餌にしたわ。

 でも、確実に、私の予想以上に増えているのよ。私が減らしたから、よそから移動してきたのか、行動範囲が広がったのかはわからないけど」


「一刻も早く調査と討伐にかかった方が良さそうだね。最悪、招集掛ける事になるかもしれない」


 リュカが眉間に皺を寄せて言った。


「お前ら、先行しろ。報告はして貰うが、好きに動いて良い」


 クロードが告げる。リュカがクロードに振り向き、


「おい、それは……」


「1つめの巣は判明してるから、そっちはアドリエンヌたちを向かわせる。そっちは、もう1人か2人、前衛をつけるけどな。

 お前らは巣を見つけても、なるべく突入せずに、位置や行動範囲を調べてくれ。他に、行けそうなやつを見繕って、応援に幾人か出す。

 幼竜がいるから、めったなことはないとは思うが、内部がどうなってるかわからん処には、なるべく突っ込ませたくないからな」


「了解」


 そう言って、レオナールとアランが立ち上がった。


「お前らきっちり装備や準備して来てるようだし、朝の時点でアランは予想できてたみたいだしな」


「……無理はしないで、十分気を付けて行動するように」


 リュカが渋面で言った。


「肝に銘じます。では、失礼します」


 そして、退室した。こころもち駆け足気味に階段を降り、クロード宅へ戻ってルージュを連れて、東門へと向かう。


「ギルドマスターの前で『森へ確認に行く』って言ったんだから、こうなることは当然よね」


 レオナールが笑う。


「そうだな」


 言葉少なにアランが頷く。東門でチェックを受けて、外に出る。


「アランは、ルージュに跨がった方が早いと思うわ」


 レオナールの言葉に、アランは嫌そうな顔になったが、頷いた。ルージュに屈んでもらい、レオナールの補助を受けて、その背に跨がる。


「なぁ、ちょっと乗りにくいんだが」


「はい」


 ロープを手渡すレオナール。


「適当に身体を結びつけておけば良いわよ」


「……嫌な予感しかしないな」


「いざとなったら、ナイフでロープを切断して、飛び降りれば良いのよ」


「上手く着地できる気がしないんだが」


 しかめ面になりつつも、アランはレオナールに手伝ってもらって、幼竜の身体にロープを巻き付け、下半身を縛り付けた。


「なぁ、これ、本当に大丈夫か?」


「右手さえ使える状態なら、魔法は打てるわよね? まぁ、最悪なくても、なんとかなるわ、きっと。アランは魔法使わなくても、問題ないもの」


「魔術師としての存在意義を否定されるとか、お前けっこうひどいな」


「……だってアランの価値ってそこじゃないでしょ?」


 レオナールは大仰に肩をすくめた。


「私の苦手なことは全部してくれるんでしょ?」


「ああ、そうだな。なるべく期待にこたえる事にするよ」


「まかせたわ」


 そう言って、レオナールは走り出す。ついで、ルージュも尻尾を揺らしながら駆け出した。上下左右に揺れる竜の背の上で、アランは少し後悔した。


(やばい……これ、酔う、かも)


 どうせ索敵はレオナールとルージュがするだろう。アランがすべきことは、現在位置の確認、距離、ゴブリンの動向や、生息状況などだ。軽く瞑目し、祈る。


(どうか、レオナールが喜ぶような、大物とか厄介な魔物には遭遇しませんように)


 アランが願う時ほど、そういう祈りや願いは叶わないのだが。


「いるわよ!」


 レオナールが低く叫び、速度を上げた。それに合わせてルージュも速度を上げるが、レオナールより若干遅い。

 揺れが激しくなって、慌ててアランはしがみついた。何とか目だけは開いて、敵を目視で確認する。

 ゴブリン12体。前衛6、弓が4、杖が2だ。この揺らされている状態では、詠唱が出来る気がしない。


(くそ、これ、本当に大丈夫か?)


 冷や汗が流れた。

というわけで次回戦闘です。


そういえばかぼちゃのキッシュって、一度も食べたことないのですよね。

どこから出て来たんだろう、と思いつつググりながら想像で書いてます。


以下修正


×面倒臭い

○面倒くさい(レオナールの台詞のため平仮名に)


×そう願う

○願う

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