9 気まぐれ剣士は日課に出掛け、異常に気付く
戦闘および残酷な描写・表現があります。
※グロ注意。
いつもの通り、夜明け前にレオナールは目覚めた。しんと静まりかえった、この時間の空気が好きだ。
寝室の窓を開けて、空気を入れ換える。まだ空は暗いが、《暗視》のできるハーフエルフの目があれば、灯りは必要ない。
昨夜の内に手入れをしておいた防具を身に付け、マントを羽織り、剣帯を掛ける。
廊下の絨毯は敷いたままだが、念のため音を立てぬよう、耳を澄ませ、静かにゆっくりと歩き、玄関を出る。倉庫の扉を開くと、丸まって寝ていたルージュが首をもたげる。
「ぐぁお」
「おはよう、狩りに行きましょうか」
「きゅうっ」
嬉しそうに鳴くルージュ。のそりと起き上がり、扉の方へ歩いて来る。ルージュが外に出るまで扉を押さえて待ち、共に外へと向かう。
「よお」
二階から、声が掛かる。レオナールがそちらを見上げると、ボサボサ頭のクロードが眠そうに欠伸しながら、窓枠に寄り掛かるように、こちらを見下ろしている。
「お前ら、これから狩りに行くのか?」
「どうせ、今日もゴブリンの巣には行けそうにないでしょ?」
レオナールが無表情で静かに答える。
「ま、そうだろうな。なんであんなに面倒臭いかねぇ? そんなたいした事じゃねぇと思うし、ちょっと行って、ササッと済ましちまえば、済むことだと思うんだが」
「それに関しては私も同感だけど、それじゃ納得できないんでしょ。でもその原因作った当人が言うのは、どうかと思うわよ。正直どうでもいいけど」
「とりあえず、巣の中に入らなきゃ、狩っても良いぞ、ゴブリン」
「あら、ギルドマスターのお墨付きを貰えるなんて、期待してなかったわ」
「まぁ、こっそり狩るより、許可が出て狩る方が、アランにバレた時の言い訳のしようがあるだろ?」
「気をつかっていただいて、ありがとう」
「そう思うなら、少しは顔や口調に出せや、おい。……本当、お前、アランのいるところと、それ以外とだいぶ違うよな」
「一応、これでも気はつかってるのよ」
「はぁ、そうかい。ま、いいや、気を付けて行って来いよ」
だるそうな仕草でヒラヒラと手を振り、クロードはバタンと窓を閉めた。
「じゃ、湖周辺からゴブリンの巣近くまで行ってみましょうか。その前に出会えるかも知れないけど、近い方がきっといっぱいいるでしょうしね」
「きゅうう」
ルージュが嬉しそうに、尻尾をゆらゆら揺らして頷いた。その姿を見て、ふっと表情を緩めた。
「人間は色々面倒くさいわよね」
「きゅう?」
ルージュは不思議そうな顔をする。
「理由がなきゃ、何かをしちゃいけないとか、何かをするとトラブルの元になるとか。本当面倒くさいわ。
殺人とか強盗とか、犯罪行為とかでとがめられるのは、まだ理解できなくはないけど、別にそういうわけでもない他愛のない事でも、トラブルや不穏の種になるのは、不思議よねぇ?」
「きゅきゅう……」
「あなたに言っても仕方ないわね。今日は、ゴブリン以外にも何か見つかると良いわねぇ? 何か食い応えのある大物がいると良いけど」
「きゅきゅーっ!」
尻尾をブンブン振るルージュ。
「そうよね、ゴブリンだけじゃ飽きちゃうわよね。ちょっと本気出してみようかしら?」
レオナールはニヤリと笑みを浮かべた。
◇◇◇◇◇
東門でギルドカードを提示して、外に出る。ロランの東門を出てすぐ辺りから、ほぼ真北にあるオルトの東、北北東にあるラーヌの南にかけて、森が広がっている。
東門から見て、若干北よりのほぼ東に、湖はある。今からなら、湖に着いた辺りでおそらく日の出が見られるだろう。
ルージュに水浴びさせるのも良いかもしれない。その後、また汚れるのだから、後回しにしてもかまわないだろうが。
森に入ってすぐの辺りで、レオナールは違和感を覚えた。
「……?」
耳を澄まし、森の中の気配を探る。
「きゅきゅうっ!」
ルージュが尻尾を振り上げ、湖の方角を指す。レオナールは頷き、音を立てずに済む程度に急いで、湖へと走る。
ルージュの方が若干速度が遅いが、その分歩幅が大きいため、平均すれば同じくらいか、レオナールが一歩半くらいの差で速い。
レオナールとルージュが湖にたどり着いた時、湖のちょうど反対側の岸辺で、大型の魔獣──サーベルボアの3倍ほどの大きさで、4メトルほどありそうな体高の熊型魔獣──が倒れるところだった。
「ギギィ、ギィ!」
「ギギャ、ギグギャァ、ギィギ!」
斧や棍棒、槍などを持ったゴブリンたちが、駆け寄るのが見えた。
「ちょっと遅かったわね。横取りってのもアリかしら?」
レオナールが呟くと、ブンブンとルージュが無言で頷いた。
「じゃ、適当に蹴散らしましょう」
そう言って、レオナールはダッシュで駆け出した。一瞬遅れて、ルージュも駆け出す。
レオナールが湖を回り込もうとするのに対して、ルージュは直線距離、湖を真っ直ぐ目差し、湖に飛び込むと勢いよく泳ぎだした。
その勢いは、下手すると地面を走る時の速度よりも速い。当然だが、レオナールより先にルージュがゴブリン達の元へたどり着いた。
「ぐるぉおっ」
ザバァッと大きく水音を上げて、湖から飛び出したルージュに、ゴブリン達が慌てて飛び退く。そこへ尻尾の一振りが遅い、5体ほどが跳ね飛ばされる。
「ぐぁお」
更に尻尾が振るわれ、3体が宙を飛ぶ。
「ギギャギャァ!」
リーダー格なのか、槍持ちゴブリンが大きく鳴き叫ぶと、残り数体が退却しようと背を向ける。
そこへ容赦なく、ルージュの前足の爪による一撃が振るわれた。更に1体の頭が砕かれ、血と脳漿が飛び散った。
「ギャギャア!ギャア!」
ルージュが尻尾を薙ぎ払い、残りの3体を跳ね上げる。そこへようやくたどり着いたレオナールは、肩をすくめた。
「全部ルージュが始末しちゃったわね」
そう言って、柄に掛けていた手を下ろす。
「ぐぅあ、きゅう」
ルージュが甘えるように鳴く。
「良いわよ、食べても。周囲は私が警戒するから」
「きゅううっ」
嬉しそうにルージュが鳴き、舌なめずりする。そして、近い場所に落ちているゴブリンは無視して、真っ先に熊型魔獣に飛びつき、噛み付いた。
ごちそうは真っ先に食べるようである。野生の生き物としては、当然とも言えるのかもしれない。レオナールは笑みを浮かべ、周囲の警戒に当たる。
(前回もこの辺りで見かけて、巣まで追ったのは確かだけど、でも、ちょっとおかしいわね)
レオナールは眉をひそめた。12体いたとは言え、たかがゴブリンに4メトルもある熊型魔獣──ワイルドベア──が倒せるだろうか。
一応、その死骸を見る限り、ゴブリンたちの持つ武器と同じ攻撃により倒されたのだろうが。
(3日前と、何かが違う?)
違和感はあるのだが、それが何か良くわからない。
(しばらく狩ってみれば、わかるかしら)
「ぐぁお」
たしんたしん、と尻尾を鳴らすルージュを振り返ると、ゴブリンも全て食べ終えたようで、跡形も無い。舌で口や前足などを舐め、時折ちらりとレオナールを見ている。
「そうね。次のを狩りましょう」
頷き、歩き出す。湖の北へ暫く歩くと、岩肌が見えて来る。それを右手に、回り込む途中で、またゴブリンのグループを見つけ、レオナールは駆け出した。
走る途中で剣の柄に手を掛け、間合いに入ると同時に抜刀、その勢いで振り下ろす。
「ギギャギャ!」
1体の頭部を叩き割り、左右から襲いかかるゴブリンたちを避けて、バックステップ。
右に薙ぎ払い、2体を転がし、返す途中で左に持ち替え、左へ薙ぎ払い、1体の腹を切り裂き、そのまま回り込み、首を刎ねる。
そこへルージュの尻尾による追撃が来て、残りのゴブリンたちが跳ね上げられる。
(いつもより重い?)
レオナールは首を傾げた。両手で握って剣を振り、右手を離して軽く振ってみるが、特に違和感はない。右手で握って振っても同様だ。
剣を手に提げたまま、近くにあるゴブリンの死体に屈み込む。
「きゅう?」
「ちょっと、待って」
首の切断面を観察し、剣の刃を確認し、軽く振って違和感が無い事を確認する。
「刃にも、身体にも異常はないわね、けど、いつもよりちょっと切断面が歪んでるわ。おかしいわね」
落とした首を拾い上げ、切断面を上に向け、右手の剣を一度地面に置き、その切断面を指先で撫でる。
レオナールは眉間に皺を寄せ、ふぅと溜息をついた。
(ゴブリンが硬くなってる? この短期間で変化した? それとも、前に見たのとは、別の群れ?)
いずれにせよ、これはあまり良い兆候とは思えない。大きさや外見に、特に変化はない。
亜種という事もなさそうなのだが、レオナールには判断がつかない。
「……考えるのは、性に合わないのよね」
はぁ、と溜息をつく。どうしようか、しばし考える。
「ルージュ、この頭は持って帰るから、それ以外は食べて良いわよ」
そう言うと、ルージュが待ってましたとばかりに飛びつき、咀嚼し始めた。
レオナールは両手でゴブリンの頭部を撫でさすり、何か違和感がないか、指で確認するが、異常は見つからない。
「うーん、何なのかしら。こういうのは、どう考えてもアランの担当ね」
クルリと手のひらの上で頭部を回転させ、呟いた。
◇◇◇◇◇
「ただいま」
レオナールがクロード宅に戻ると、アランが顔を大仰にしかめた。
「おい、まさか、ゴブリン狩りに行ったんじゃないだろうな?」
「ギルドマスターの許可は貰ったわよ」
「え?」
きょとんとするアランに、レオナールはニヤリと笑う。
「巣の中に入らなきゃ、狩っても良いって言われたの。だから巣には入ってないわ。その周辺で少し狩ってきただけ。
それはともかく、ちょっと見て欲しいものがあるのよ」
そう言い、腰から下げていた革袋から、おもむろにゴブリンの頭部を取り出す。
「おい、こんなとこでそんなもの出すな! っていうか、わざわざ持って帰って来るなよな!!」
「これ、ちょっと、変なのよ」
レオナールはそう言うと、頭部をテーブルに置き、慌てるアランを尻目に抜刀、頭部目掛けて剣を振り下ろす。
「ちょっ、バッ……何やって……っ!?」
鈍い音がして、刃が途中で止まる。
「……え……?」
アランが呆然と、固まった。
「ね? いつもならこのくらいで通るはずなのに、このくらいの力じゃ、途中で引っかかるのよ。で、ここでもうちょい力入れると、」
ゆっくりとだが、刃が動き出すが、斬るというよりは、力ずくで押し切ろうとしているかのように、刃がグズグズと左右に揺れながら降りて行く。
「更にもうちょい力入れると、ちゃんと斬れるんだけどね」
最後はすぅっとなめらかに刃が通った。左右に割られたゴブリンの頭部が、テーブルの上で転がった。
「……言いたい事はわかった。わかったが……食卓でこんな事やるな! このバカ!! すぐ片付けろ!!」
アランが激高した。レオナールは慌てて拾い上げ、革袋にしまう。すかさずアランが文句を言いつつも、濡らした布巾で、テーブルの血や脳漿を拭き取る。
「ったく、お前というやつは……! なんで何度言っても、学習しないんだ!!
物を食べるテーブルには、魔獣や魔物の血で汚れた物は置くなよな! ここに置いても良いのは食器類やカトラリーだ!
不適切な物や汚れた物を置くな!」
「……はぁい」
レオナールは肩をすくめた。言い分がなくはないが、ここで何か言うと、説教が長引くのは既に学習している。
(本当口うるさいわよね)
「……レオ、お前、ちっとも反省してないだろ?」
アランがジロリと睨む。ブンブンと首を左右に振るが、アランの視線はそのままだ。
「生肉食による病気は気にするくせに、どうしてこういう事がわからないのかな。病気とか食中毒とか恐いんだぞ?
腹を下したり、嘔吐するだけで済むならまだしも、手当が遅れたら、最悪死ぬ事になる。食中毒の後始末も結構面倒なんだぞ、わかってるのか?」
「悪かったわ」
しぶしぶ謝った。アランはふぅ、と溜息をついた。
「念のため酢か酒でも拭いておくか」
そう言って、棚から酢を取り出し、布巾に染み込ませ、もう一度全体を拭く。
「……でも、原因不明だし、ちょっと、見過ごせないんじゃないかと思って」
「ああ、言いたい事はわかる。わかるけど、そういうのは口で説明すれば済む話じゃないか?」
アランがしかめ面で振り向き、布巾を持っているのとは逆の指で、自分の口元を指し示す。
「ああ、言われてみればそうかも。でも、実際見た方がわかりやすかったでしょ?」
「確かにわかりやすかったかもな。けど、もうちょっと考えろ」
「……台所でやったのはマズかったと反省してるわよ」
「おい、ここじゃなくても怒るからな」
「え~っ?」
「え~、じゃねぇよ。当たり前だろ。考えればわかるだろうが!」
考えてもわからない、とは言いにくかった。
更新遅くなりました。
もうちょい書き足すか悩みつつ、更新。
以下を修正。
レオナールの台詞をいくつか平仮名に修正
×ラーナの南
○ラーヌの南
×レオナールの一歩半くらいの差である
○レオナールが一歩半くらいの差で速い




