8 ゴブリンと令嬢
戦闘および残酷な描写・表現があります。
基本的に冒険者登録ができるのは、その支部や出張所などのある町や村で市民権を持っており、罪を犯していない者、あるいは既に冒険者となっているBランク以上の者による推薦を受けた者に限られている。
これはその町や村を治める領主、あるいは施政者にとって、素性のわからぬ者に、むやみに武装の理由を与えたくないということ、しかし、年々増える魔獣や魔物やダンジョンなどに関わるトラブルを、全て領内の兵だけで対応できないため、可能なだけ外注で対処したいことなどが理由である。
亜人と呼ばれる人間以外の人、例えばエルフやドワーフ、ハーフリング、獣人などといった者たちは、その大半は市民権を持っていない。
町や村で店舗等を持って商売などをしている者たちは、領主などにその許可を申請し、審査を経て、認められて市民権を得ることで、店舗や住居等を手に入れられるようになる。
一般にドワーフたちの申請の許可は通りやすい。何故なら、彼らには独自のネットワークがあり、村や町を訪ねる新参者のドワーフたちの大半は、同胞からの紹介があり、何処の里の出身か、あるいは誰かの親類、あるいは知人たる証拠を持って旅しているため、身元確認が比較的容易いためだ。
対してエルフは閉鎖的であり、基本的に個の繋がりが薄く、里を出る事が少ない上に、個人主義的傾向が強い者が多いため、エルフ以外の外部の者による紹介・身元保証がないと通りにくい。
ハーフリングに至っては悲惨である。大半の者が流浪あるいは住居・住処を持たず、また犯罪者──スリや盗賊など──の確率が非常に多いため、その申請がなかなか通る事がない。
獣人は、大抵人の町や村に近い場所に集落を作り、人の町や村と交流していたり、中には税を納めることにより、領主などの庇護を得ている場合もあるため、比較的通りやすい。
別にこれは亜人が差別されているというわけではなく、身元確認や身元保証のしやすさが、市民権または冒険者登録や、申請許可などの通りやすさに繋がるからである。
レオナールが人里で生まれたにも関わらず、元々は市民権を持っていなかったのは、母であるシーラが婚姻せずに、彼を生んだことと、彼女がその村で市民権を得ていなかったことが、原因である。
シーラとしては当時恋人であり元冒険者であったレオナールの実父と婚姻することにより、市民権を得る予定だった。しかし、婚姻する前に彼が死んだため、彼の実家である子爵家に声をかけられたため、その庇護と市民権の許可を得るため、そちらへ赴いた。
計算外だったのが、子爵の長男が、彼らと自らの肉親に害意を持っており、実は殺すつもりで招いた事だ。だが、シーラの美貌が、災いした。長男はシーラの美貌に魅了され、彼女に薬を盛って拘束し、レオナールの命を盾に奴隷契約した。
『すまない、レオ。犯罪奴隷契約は基本的に不可逆だ。現状では、彼女の奴隷契約を解約する手段はない。だが、必ずなんとか解放する方法を見つける。だから、それまで待っていてくれ』
ダニエルが苦痛を堪えるような、真剣な顔でレオナールにそう言った時、レオナールは不思議だった。何故、彼はこんなに真剣で必死なのだろう。
正直なところ、レオナールにはどうでも良かった。ただ、あの自分を虐げ続けた男を、殺したいだけだった。それ以外はどうだって良かった。法律がどうだとか、規則が慣習がどうだとか、倫理や道徳がどうだろうと、自分には関係なかった。
ダニエルの奔走と交渉、子爵の直接の上司であるセヴィルース伯爵の配慮により、平民としての市民権を得たが、それすらどうでも良かった。
ようやく暴力などを振るわれることなく、自分の意志で行動できるようになったのに、何故、思い通り振る舞ってはいけないのか、理解できなかった。
そして、何故、ダニエルとアランが必死に自分を止めようとし、また自分と母を救おうとし、少しでも二人の立場や状況を改善しようとするのかも理解できなかった。
(何の利点もないのに)
利害が一致するとか、自分たちに助力することで彼らに何らかの利益や利点が得られるというなら、まだわかる。なのに何の利益もないどころか、不利益すらこうむる可能性がある状況下で、自分たちに味方し救おうとする彼らの心情が理解できなかった。
自分には見えない、何らかの利益を得られるからなのだろうかと考えた事もある。だが、レオナールには、そういったものは見つけられなかった。
無償の愛、あるいはそれに準じるものの存在をレオナールは知らなかった。利害関係なしに、報酬もなく、人が、他の人に何かをしようとする気持ちも。
故に、アランが何の縁もゆかりもない、関わったところで、さして利点があると思えない事に、真面目に取り組もうとする理由が理解できない。アランだけではなく、リュカを始めとするギルド職員たちの気持ちも。
アドリエンヌは、味方でも仲間でもない。ギルドマスターであるクロードがサポート役として、押し付けようとした高位冒険者である他人であり、何らかの借りも、義理も、責任もない。
冒険者としての仕事──依頼でもなく、何らかの報酬を提示されたわけでもない。だから無視すれば良い、係わらなければ済む事だ。そうしたからと責められる義理も筋合いもない。
より切迫しているだろう、白髪の少女レイシアの保護は拒否したのに、何故このキッシュとやらの件にアランが係わろうとするのか、レオナールには理解できない。そもそも面倒事や厄介事が苦手で、金で解決できる事は金で解決する、合理主義のアランが、何故こんな事に積極的に係わろうとするのか。
しかし、アランがそうしたいと言うのなら、したいようにすれば良い。自分には関わりない事であり、どうでも良い。
(そんな事より、早くゴブリン狩りに行きたいわねぇ。報告した以外の場所にいるやつなら、こっそり狩りに行ってもバレずに済むかしら?)
レオナールは、エロイーズに嬉々としてレシピを教わっているアランを横目に、溜息をついた。
レオナールが理解できなくても、アランやダニエルの指示に従うのは、彼らには義理といくばくかの恩があり、その内容が、自分に害を及ぼすものではない、という理由だ。
故に、ルージュが自分になついているのは、彼あるいは彼女が必要とする餌を、必要量確保して与えているからだ、と考えている。それ以外に理由があるとは思えない。
たまたま利害が一致しているからこそ、今は行動を共にしているだけで、不利益をこうむるようになったり、必要な量の餌を確保できなくなれば、離れて行くだろう。
それは仕方ない。レオナールとしても、そうなった場合、幼竜と一緒にいる利点などない。共に行動することで、不利益の方が多いだろう。
互いの利害が一致しているだけで十分だ。それ以外の意味も理由もない。それでもどちらかが無理をしようとすれば、敵対するだけだ。
(成長した竜と、斬り合うのも楽しそうよね)
レオナールはその日を夢想し、笑みを浮かべた。
◇◇◇◇◇
ダットは予想外の事態に、焦りを覚えていた。日に日に、哨戒するゴブリンたちの数が増え、その行動範囲が広がっている。
(あともう少しでラーヌへ行けるはずなのに)
最初の内は、少数だったので倒したり回避したりするのも余裕だった。しかし、森の中を進む内、冒険者らしき者や村人らしき死体や、襲われた痕跡を見かけるようになってきた。
その度に、金や金目の物をいただいていたのだが、その内、ゴブリンに遭遇あるいは見かける頻度が多くなってきたのだ。
幸い、《隠形》で移動するダットが見つかる事は、ほとんどない。体力の消耗も最小限で済んでいるし、携帯食料なども足りている。しかし、煩わしいことには変わりはない。
(もう少しで街道だ)
ここから先は、森を抜けるより街道を歩いた方が良いだろう。セヴィルース伯爵領の領兵たちの巡回路からも外れている。見とがめられて捕まるような危険も、もうないだろう。
移動の痕跡も残していない。何より、ゴブリンたちを見るのがもう嫌になっていた。
ラーナ方面から駆けて来る馬の足音、馬車の車輪の回る音などが聞こえて来た。
(やり過ごすか)
ダットは森の木の陰で、足を止めた。馬車が間近に迫って来た時、その前後へと武装ゴブリンたちが襲いかかった。
(っ!)
そのゴブリンのグループには、魔術師が4体混じっており、弓を持ったのが7体もいた。14体の剣や槍などを持ったものもいる。魔術師が先制し馬車を止め、弓持ちが馬を始末する。
馬車の護衛は、冒険者らしき者が4人、護衛騎士らしき者が2人。従者らしき者が1人、女官と思われる者が1人、そして護衛対象と思われる貴族らしい風体の少女が1人。
当然、ダットはそれを見過ごすつもりだった。しかし、隠れていた木の陰から身を乗り出し過ぎていた。馬車の中にいた少女と目が合ってしまった。
「お願い! 助けて!!」
少女が大声で叫んだ。ダットはチッと舌打ちした。このままなら、無事やり過ごす事が出来たのに、と思う。
気付いたゴブリンたちが、こちらにも攻撃を仕掛けようとしている。
すぐさま、弓を構え、矢を射る。こちらへ視線を向けていた魔術師ゴブリンの頭部を射貫く。
その生死を確認する事無く、次々に矢を射った。更に魔術師2体、弓持ち4体を行動不能にする事ができた。
だが、剣持ちと槍持ちが距離を詰めて来ている。獲物をダガーに替えて、距離を取った。
木を使い、死角からのヒットアンドアウェイ攻撃を繰り返す。出来る事なら、この場を逃れたかったが、残った魔術師ゴブリンは頭が良かった。
「……っ!」
こちらが攻撃に出ようとしたタイミングで、隠れている木のギリギリそばを、《炎の矢》が通り過ぎる。
回り込もうとしてくる剣持ち。援護として放たれる複数の矢。素早く距離を取ろうとあがく。
「《炎の壁》」
少女の声で、魔法が発動される。ダットの目の前にいたゴブリンが、轟音と共に燃え上がった。
冷や汗が背を、額を、伝う。それから改めて距離を取り、弓矢を構え、数体を射る。そしてまたダガーに持ち替え、ヒットアンドアウェイ。
そうこうする内に、馬車側のゴブリンもあらかた退治または撃退されたようである。応援に冒険者たちが駆け寄って来る。
散発的に放たれる魔法の援護を受けながら、ダットはゴブリンどもを少しずつ片付けて行く。
(一時はどうなるかと思ったけど……)
冒険者たちがダットに声をかけ、残りのゴブリンを掃討にかかる。余裕を得た事で、距離を取り、弓で援護射撃する。全てのゴブリンを倒し終わった頃には、全身汗びっしょりだった。
「おかげで助かったよ、えぇと、……」
「ダット。小人族だ」
そう名乗る。冒険者らしき男は
「俺は、ジェルマン。王都からの護衛依頼の途中だ。後の3人は同じ依頼を受けた同じパーティーメンバーで」
「クレールよ」
「セルジュだ」
「ベルナール」
ダットは軽く黙礼した。
「ところで、君は、どうしてここに?」
「馬車代ケチって徒歩でラーナへ近道しようとしたら、酷い目に遭ったってやつさ」
ダットは肩をすくめた。
「そうか。しかし、一人で森を抜けようなんて、ちょっと無謀じゃないか?」
「《隠形》と身軽さには自信があるからね。距離さえ置けば、ゴブリン程度、屁でもない」
「確かに、あの弓の技量はすごかったな。一射で倒すとか、なかなか見られたものじゃない」
そこへ、従者がやって来る。
「そこの小人族、お嬢様がお話したい事があるとのことです」
その言葉にダットは思わず、顔をしかめた。厄介事の臭いしかしない。だが、拒否権はなさそうだ。
内心舌打ちしながら、それに従う。馬車の近くに行くと、馬車の両開きの扉が大きく開かれていた。
女官従えて座る、貴族令嬢と思われる少女。ひざまずき、顔を伏せるダットに、
「良いわ。面を上げなさい」
と告げる。先程助けを求めた時の声とは違い、威厳がある。命令し慣れた者の口調だ。
「先程の援護は、助かりました。たとえゴブリンと言えど、25体もいれば、この人数の護衛では、万一の事もないとは言いかねますからね。
馬は予備の分がかろうじて無事なので、近くの村や町まではなんとかたどり着けるでしょう。
しかし、こちらの護衛に、あなたほどの弓の巧者はいません。報酬は出します。ロランまで護衛してもらえませんか? 金貨3枚出しましょう」
目的地がロラン、という点は微妙だが、たかが護衛に金貨3枚は破格である。そしてダットは金銭や金目の物に目がない。
「わかりました」
即座に了承した。
キッシュ関連が続いて、話が進まないのも何かなと思ったので。
もうちょい後で入れるつもりでしたが、ここで挿話。
以下を修正
×ハーフリング
○小人族




