表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/191

4 女魔術師と剣士はいがみ合う

一部、女性に対して不適切な表現などがあります。ご注意下さい。

「《名なし》ちゃんってどういう意味?」


 レオナールが首を傾げて尋ねた。


「例のダンジョンで保護した少女だが、記憶が無いらしい。だから名前も不明だ。……で、とりあえずの呼称は決まったのか?」


 クロードが言うと、


「とりあえずレイシア、と呼ぶ事になりました」


 褐色髪(ブルネット)の美女、アドリエンヌが答えた。


「仮の名をレイシアとしたのは、彼女が反応した文字を並べたリストから、名前らしく並べ直し、現代共通語で発音した際に、それが一番近い発音になるからです」


「……ずいぶん手間の掛かりそうな事をしたんだな」


 半ば感心、半ば呆れたように、クロードが唸った。


「呼ばれた名を自分の名と認識できないようでは、意味がありませんから」


 アドリエンヌは冷静な口調で、淡々と告げる。


「彼女は自分の名も、祭壇で眠る前の事も記憶にありませんが、眠っている間、自分の名を呼ばれる夢を見ていたそうです。

 あと、驚く事に、一度見た魔法を、無詠唱で再現できるという特技を持っています。これは、とても希有な事です」


 淡々としてはいるが、どことなく熱っぽい口調で、アドリエンヌは言い、こほん、と咳払いする。


「彼女は日常的に良く使われる言葉のいくつか、人として生活する上で必要な言葉のいくつかが、その知識から抜けていますが、古代魔法語は堪能で、読み書きもでき、魔法書などもすらすら読みます。

 彼女との対話で、彼女の知識は、魔法と魔術に偏向している、という事がわかりました。それも、現代には失伝されているような魔法に関しての知識まであるようです」


「……つまり、どういう事だ?」


「推測ですが、軟禁またはそれに近い閉鎖的な環境下で、魔法および魔術に関する英才教育を受け、他人に身の回りの世話をされて育ったのではないか、という事です。

 彼女は自分の衣服を脱ぎ着する事ができず、食事の仕方もわからず、顔を洗ったり拭ったりする事もできませんでしたが、初めて見た魔法、魔法書を再現する事には長けています。

 これは異常です。おそらく彼女に身内または家族というものは、いないと思われます。

 どう見ても未成年にしか見えない少女への所業とは思えませんから」


 それを聞いて、レオナールがかすかに顔をしかめ、アランが苦い顔になった。


「他にも、彼女は人間なら基本的なこと、例えば排泄の仕方なども知らなかったようです。保護したオーロン殿は、これまで一人で大変だった事がわかります」


「いや、里では弟妹の世話をしていたから、それほどでもない。まぁ、言葉が通じない上に、人形のように無反応なのは、参ったが」


「スプーンの握り方も知りませんでしたからね」


 それを聞いて、レオナールとアランがうわぁ、という顔になった。そして、関わらないようにしようとして良かった、と思った。……のだが、


「それを鑑みると、早々に彼女の保護を投げ出した、この二人は、とても信用出来ません」


 糾弾する口調で、アドリエンヌが言い、レオナールとアランを鋭く睨む。


「冒険者登録して一ヶ月の新人で、先月成人したてという事のようですが、人としての情も、誠意も感じられません。

 このような方々と組んで、何が起こってもおかしくない、危険な魔物の巣穴へ向かえとおっしゃるギルドマスターの正気を疑いますわね」


 レオナールは面白い事を聞いたという顔をし、アランは嫌な予感をヒシヒシと感じて、身震いした。


「信頼できない方と一時的とは言え、パーティーを組む気にはなりませんわね。ご自分の都合が悪くなれば、何をしでかすかわかりませんもの」


「そこまでだ、アドリエンヌ」


 クロードが強めの口調で遮り、溜息をついた。


「確かにこの二人は個人主義が過ぎる傾向があり、厄介事と見なした事柄からは全力で逃げようとする傾向があるのは間違いない。

 だが、一時とは言えパーティーを組んだ相手に、危害を加えたり、危険がおよぶような事は決してしないと、ロラン支部ギルドマスター、クロードの名にかけて断言しよう」


 そして、クロードはアドリエンヌをジロリと睨んだ。


「どうせ、シーラの関係者と聞いて、対抗心を覚えてるだけだろう? 八つ当たりはよせ。

 シーラが二十年前、お前より優秀な冒険者で高位魔術師だったのは、ただの事実だし、実践より知識に優るお前が同じ土俵で比較されるのは少々気の毒だとは思うが、思い出というのは美化されるものだ。僻んで絡むのはみっともないぞ。七歳も年下を相手して」


 クロードが厳しめの口調で言うと、


「なんだ、年増のひがみそねみなんだ。バッカみたい」


 と、レオナールが口走った。


「なんですって!?」


 アドリエンヌが激昂する。


「容色の落ち始めた、二十歳超えて結婚もしてない年増女のひがみそねみとか、気持ち悪いだけよね。

 エルフと違って、人間って本当、老けるの早いから、身支度を整えごまかすのが大変そうよね。その点は、ちょっぴり同情するわ」


 レオナールの言葉に、アランがぎょっとする。


「おい、頼むからやめろ。言い過ぎだ」


 慌てて取りなすが、既に手遅れだった。


「本当、救いがたいわ」


 般若の形相で、アドリエンヌがレオナールを睨み付ける。


「太陽と光の神アラフェストよ、どうか、この不遜で身の程知らずで哀れな若者に、ご慈悲を。

 その調子だと、いつ何処で野垂れ死ぬかわかったものではないわね」


「あら、早速殺害予告かしら、恐いわね」


「ふざけないで、わたくしはただの事実を申し上げているだけ。わたくしが手を下すまでもないわ」


「面白いこと言うわね、おばさん」


「口が過ぎるわよ、あなた。口は災いの元って言葉知らないのかしら。レオナールと言ったかしら?

 あなたは矯正すべき事がたくさんあるようね。男のくせに女言葉に女のような仕草、目と耳が汚れそうだわ」


「それはこちらの台詞ね。見苦しいおばさんの嫉妬に狂ったタワゴトとか、家畜の餌にもならないわね。

 一度、ご自分の姿を鏡で見てはいかが? あまりの醜悪さに、失神しなければ良いけど。ふふっ」


 レオナールか毒気たっぷりに微笑み、アランはうわぁと天を仰いだ。


「同じ言葉をお返ししますわ。あなたの方こそ、ご自分の姿を鏡に写して、我が身を振り返った方がよろしいかと。

 醜悪通り過ぎて気持ち悪いですわよ? ご自分を客観視するだけの心の余裕も理性もないだなんて、本当にお気の毒ですこと。

 若いという唯一の取り柄ですら上手く活用できていないあなたに、心より同情いたしますわ。

 その調子ではどんなに恵まれた容姿も宝の持ち腐れ。醜悪以外のなにものでもありませんわね」


「うふふ、わざわざそんな自分を卑下して、自虐的な自己紹介しなくて良いわよ。若さも容色も失って、自分に自信がないのを必死に厚化粧で上塗りして覆い隠そうとしても、かいまみえて痛いだけだから。

 本当、余裕のないヒステリックなおばさんは、恐いわぁ」


 アランが目線でクロードに何かフォローしてくれと告げたが、なすすべなしと言わんばかりに、瞑目された。

 ここでアランが口を挟めば、更に悪化するだけだろう。アランにレオナールは止められないし、静かに怒り狂うアドリエンヌを相手するのは、更に恐ろしい。

 こういう時、アドリエンヌに関する何らかの情報を持っていて、人生経験もあり、責任ある職務についているクロードになんとか上手くまとめて欲しいものだが。


 一見静かに淡々と語り合うように口論する様は、普通に怒鳴りあったり殴りあったりするより恐しい光景である。二人とも見目は良いだけに、鬼気とした迫力があり、更に心臓に悪い。


 さて、アドリエンヌはアランが普通に謝っても聞いてくれるだろうか。試してみるのも恐ろしく、アランは震え上がった。


「少し良いだろうか」


 オーロンが口を開いた。この時、アランは初めて彼を尊敬した。この空気で、普段と変わらぬ口調と態度で、口を挟めるとは、驚嘆に値する。


「二人とも、頭に血が上って周りが見えておられない様子。アドリエンヌ殿、レオナール殿、レイシアがお二人の様子を見て脅えている事にお気付きだろうか。

 元々、彼女は常に不安がり、見知らぬもの、見慣れぬものに脅えがちで、容姿は13、4ほどだが、その心根は生まれたばかりの幼子同然。

 初めて会話した女性と、会話した事はなくともオルト村からロランへ来るまでに護衛してくれた見知った御仁が、人目も憚らず激しく口論している姿は、言葉が理解できないこともあって、なお心臓に悪い悪夢のような光景だ。情操教育にも悪い。

 どうかここは控えていただけぬか。レイシアが脅えて泣きそうになっている」


 言われた二人は、オーロンの背に隠れるようにしがみつき、震える少女の姿に初めて気付き、ピタリと口を閉じた。


「どうですかな、今日はこの辺りで収めて、とりあえず冷静になる時間を取ることと、親睦を深めるためにも後程、共に夕飯を取るというのは」


 オーロンの言葉に、レオナールとアドリエンヌは無言で顔を見合わせた。


「ならば俺がセッティングしよう。リュカ、アランは残ってくれ。後の四人は退室して良い。宿泊先などに後で、詳しい時間や場所などを連絡する」


 とクロードが言った。アランは、美味しいところだけ持っていきやがって、という気持ちと、サブギルドマスターのリュカはともかく、何故自分が残されるのかと首を傾げた。


「申し訳ありません。見苦しいところをお見せしました。今回はこれにて失礼いたしますわ」


 そう告げて、アドリエンヌが退室する。


「では、申し訳ないが、レイシアが脅えているのでこれにて失礼する」


 とオーロンも、震えて固まっている少女を軽々抱き上げ、退室した。


「大丈夫か、レオナール」


 念のため、アランはレオナールに声をかけた。レオナールはいつも通りの顔で、肩をすくめる。


「確かにちょっとおとなげなかったわね」


「お前がおとなげないのはいつものことだろ。それよりも、俺が聞きたいのは、つまり、その……」


 歯切れの悪いアランに、レオナールは苦笑した。


「大丈夫よ。あのくらいの嫌味や悪口は慣れっこよ」


「違う、だから俺はお前が思い出して傷付いたり恐がったりしてないか心配してるんだ」


 アランが言うと、レオナールは苦笑した。


「アランってば心配性ね」


「仕方ないだろ。俺はお前が自己申告してくれないと気付けないんだ」


「それって自慢にならないわよ?」


「知ってる。俺の相棒はお前なんだから、何かあって調子崩されたらすごく困るんだ。俺は鈍いからな。

 遠回しな嫌味や悪口言われても気付かずスルーする自信ならある。自分には理解の及ばない事だから勝手がわからない」


「あら、アランってば自分が鈍感な自覚あったのね」


「まぁ、ちょっとはな。良く言われるし。何がどう鈍いと言われる原因なのかはサッパリだけど」


「心配しなくても大丈夫よ? 私、強くなったもの」


「いや、お前、普段の自分の言動省みろよな。お前が俺より強いのなんか知ってるよ、でもちょっとは息を緩めろ、限界になる前にな」


「そんなに我慢してるつもりはないわよ? いつだって自由にしてるし」


「まぁ、な。でも何か言いたい事があったら言えよ。言われない事は気付けないからな」


「了解、先に帰ってるわね。もしかしたら寝てるかもしれないけど、かまわないわよね?」


「ああ、シーツの取り替えも掃除も済んでるから問題ない。なるべく昼間は寝ない方が、体調崩さなくて良いとは思うが」


「だって何もしないと、すぐ眠くなるんだもの」


「お前は魔獣狩り以外にできる趣味持った方が良いな」


「鍛練とか?」


 レオナールがそう言い、アランは苦笑した。


「鍛練したいなら俺が見てやっても良いぞ」


 クロードが言った。


「ギルドマスターの獲物は確か長柄斧(ポールアックス)ですよね?」


「昔は、ダニエルの鍛練に良く付き合わされたもんだ。ああ、そう言えばアドリエンヌだがな、あいつ十代の頃に若気のいたりでダニエルに告白してフラレてるんだ。ダニエル、当時はまだシーラのこと引きずってたから、珍しく言葉選び間違えたんだ。

 それでちょっと根に持たれたり、恨まれたり八つ当たられたりしてるかもしれないが、まぁ、適当にあしらってやれ」


「ナニソレ。そんな理由なわけ?」


「アドリエンヌにとっても闇に葬りたい過去のようだが、魔法学院のお偉いさんで、そういうのを掘り返してつつく趣味の御仁がいるんだよ。それがよりによって、シーラの信奉者でな。

 レオナールはそいつに気をつけた方が良いかもな。子供の頃ほどではないけど、面影残ってるからな。年食った熱烈な崇拝者とかタチが悪い」


「ナニソレ、面倒くさいわね」


「俺も気をつけてはいるが、王都には近付かない事を勧める」


「行く用事なんてないから平気だと思うけど」


「まぁ、頭に入れておけ。ちなみに学園理事な」


「金と権力持った暇をもて余してる粘着クソジジイの相手なんか死んでもごめん被るわね。目の前に現れたら斬ってもかまわないかしら?」


「アホ、相手は祖先に王家の血を引く高位の貴族だ。まぁ次男だし、魔術師だから家の力を自由に使えるわけじゃないが、ちょっと問題ある噂もある男だからな。表向きは処罰されるような事はないようだが。

 まぁ、こんな田舎町にまで出て来るような酔狂さはないから安心しろ。王都は居心地良いようだからな」


「それを聞いて安心したわ」


「まぁ、今は、王都にダニエルがいる。酒飲んで遊んでばかりいるようだが、そればかりじゃなさそうだから、あいつが腑抜けたり素ボケかましてなきゃ、悪い事態にはならないだろ、たぶん」


「たぶん、ねぇ。あのバカ師匠、騙されて多額の借金してなきゃ良いけど」


「あ~、あいつ女の趣味最悪だからな。面倒そうな相手にばかり惚れて、バカやらかす。自分に惚れる女には目もくれない辺り、救いようないな」


「被虐趣味でもあるんじゃないかしら。女にコケにされるの大好きよね」


「別にそういうわけじゃないとは思うが……まぁバカでアホなのは間違いないな。ありゃ、死ななきゃ直らないだろう」


「まぁ師匠の病気はともかく、元気そうで良かったわね。私に被害や迷惑かけないなら問題ないわ」


 素っ気ない口調でレオナールは言い、髪を掻き上げる。


「じゃ、帰るわ。アラン、頑張って」


「おう、なんか不安と嫌な予感しか感じないけどな」


 レオナールは笑顔で手を振り、アランは渋い顔ながらも手を振り返す。レオナールが退室すると、クロードがニンマリ笑ってアランに告げる。


「アラン、お前何か作れ」


「は?」


 アランが驚き困惑して、わずかに目を見開く。


「アドリエンヌの故郷は王国辺境と言って良い田舎でな。一応男爵令嬢だが、彼女の実家は、腕の良い料理人を雇えるほどの財力もなく、その辺の農婦が作った料理を食べて育った」


 アランの額に冷や汗が浮いた。


「……まさか」


「お前の作る料理は、美味くもなく不味くもない、普通の素朴で簡素な田舎料理だ。そいつを食わせて郷愁に浸らせてやれ。

 女を口説くには相手にとっての美味い物を食わせて機嫌取ってからにするのが手っ取り早い。任せたぞ」


 クロードが人の悪い笑みを浮かべて、そう言った。


「む、無茶苦茶です! 俺は本職じゃありませんし、料理は趣味でもなくただの慣れで、特に勉強したわけじゃないし、修行したわけでもありません!!

 他人に饗するような代物は作れません!! 無茶振りにも程があります!! サブマスターも何か言って下さいよ!」


 アランが蒼白な顔で言い募ると、


「僕はクロードの咄嗟の思いつきにしては良いと思うけどね。王都を本拠地にしてる下級貴族なんて、だいたい田舎者で、王都で上品な料理を食べ慣れてるから、舌は肥えてるだろうけど、表面上はともかく、彼らの根底は故郷にあるからね。

 ええっと、彼女の故郷はローレンヌか。まぁ、君の出身のウル村とそう大差ない環境だから、ウル村で食べてるような食材や味付けで問題なさそうだね。懐かしさと故郷への哀愁を呼び覚ませて、弱ったところに畳み掛けると良いんじゃないかな」


 味方はいなかった。アランはガックリと膝をついた。

一応警告。

筆者はこんな事を考えたり発言したりはしません。物語の進行上の演出の一つです。


一応書いておきましたが。

たまに作中人物と、その書き手を混同される場合があるので。

自分と違う性格・思考のキャラだから書いていて楽しいのです。

何故か悪口雑言系は書くのが楽しいですが。何故でしょう。


以下修正。


レオナールの台詞をいくつかを漢字→平仮名やカタカナに修正。


×サブのリュカ

○サブギルドマスターのリュカ


×少々を軽々抱き上げ

○少女を軽々抱き上げ


×後の三人は退室して良い。

○後の四人は退室して良い。


※ポールアックスは本来槍斧(ハルバード)の一種ですが、表記が同じになるので長柄斧(ポールアックス)としました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ