2 剣士は肉屋で絡まれる
「アランってば、どうしてあんなに怒りっぽいのかしらね?」
「きゅう?」
レオナールはルージュと共に、町の南西部、つまりクロード宅の近くにある市場を冷やかしながら歩いていた。
狩りに行けないのなら、と、ベッドで寝直そうとしたのだが、アランに「掃除の邪魔だ」と叩き出されたのである。
「本当面倒くさいわ。町の外へ出るなと言われたから、昼まで寝倒そうと思ったのに。剣の鍛錬するにしても、師匠みたいに頑丈な肉壁そうそういないものねぇ」
ふぅ、とレオナールは溜息をついた。相手がいなかったら、一人でやる、という発想はないようだ。
「今日は狩りに行けるかわからないから、何か適当に食べる?」
「きゅっきゅうっ!」
嬉しそうに、ルージュが鳴いた。
「ところであなた、肉以外には何を食べるの?」
「きゅきゅーっ!!」
ぶんぶん、と首を振り、ばしんばしん尻尾を地面に叩き付けるルージュを見て、レオナールはあら、と声を上げる。
「それって肉一択ってこと?」
「きゅきゅうっ!」
ルージュは何度も頷き、尻尾を嬉しげに左右に振る。
「ふーん。じゃあ、どうしてあの時、豆を食べたのかしら。肉が無かったから?」
頷き、尻尾を振るルージュ。
「なるほどねぇ。じゃあ、豆は嫌いなの?」
レオナールが尋ねると、ルージュはちょっと困ったように、迷うように尻尾をゆらゆら揺らしつつ、首を傾げた。
「どちらでもないって事? まぁ、どちらにせよ、肉が食べたいのね」
「きゅきゅきゅっ!」
ルージュは頷き、眼を輝かせた。
「なんとなくだけど、最近ようやくあなたの言いたい事、だいたいわかるようになってきた気がするわ。
まぁ、言葉が話せたらもっと楽だと思うけど。確かドラゴンって、中には人間の言葉を話せるのもいたはずよねぇ? まだ子供だから喋れないの?」
「きゅう?」
どうやら、ルージュにもわからないらしい。
「あなたが人間の言葉を話せたら、きっとあのダンジョンの事ももう少し詳しくわかったでしょうにねぇ。まぁ、話せないなら仕方ないわよね」
レオナールは左右を見回し、肉屋を探して歩く。飛び退かれはしないが、彼らに話しかけたり、呼び込みをかける者は一人もいない。
進行方向にいる者は、彼らが近付く前に距離を取るので、市場はそこそこ人が多いのに、彼らの前を遮る者はいないため、正面を見ていなくても、同じ歩調を保って真っ直ぐ歩く事ができた。
「ねぇ、ルージュ。肉屋はどっちだと思う?」
「きゅきゅーっ!」
尻尾を跳ね上げ、尻尾でレオナールの右前方を指し示す。
「ふぅん、あっちね。あなた、本当頭良いわね」
レオナールはにっこり笑って言った。後方で油断していた商人が、尻尾を避けるため慌てて飛び退いたが、1人と1匹は気付かなかった。そして、その光景を見ていた者は、改めてこいつらヤバイ、と認識したのだった。
レオナールはルージュと共に、ルージュの教えてくれた方向へと向かった。しばらく歩くと、レオナールにもかすかな血の臭いを感じる事ができるようになった。
「へぇ、そっか。そう言えば肉屋と言えば、解体するから血のにおいで判別できるのねぇ。いつも料理された状態のものしか見ないから、うっかりしてたわ。
狩りの時は、血のにおいがするのは当然だと思ってたけど。市場の外れにあるのも、そういった事が理由なのかしらね」
「きゅう?」
「内臓もあるようなら分けて貰いましょう。あなた、肝や心臓も好きだものね」
「きゅきゅうっ!」
嬉しそうにルージュが尻尾を揺らす。傍らを通り抜けようとした男が、慌てて尻尾を避けようとして、他の通行人にぶつかった。
「それにしても久しぶりに人の多い場所を歩いた気がするわ。あなたがいると、周りが皆避けて通ってくれるから楽ね」
レオナールはにっこり笑った。通行人とぶつかった男が文句を言いたそうな顔になったが、レオナール自身は丸腰でも、傍らにドラゴンがいるため、諦めて立ち去った。
そして人混みを抜けて市場の端に近い大きな肉屋にたどり着いた。店舗部分は小さいようだが、解体作業や加工する場所、保存用の倉庫などの部分が建物の八割から九割を占めている。
「こんにちは、肉と内臓が欲しいんだけど何かあるかしら? 何でも食べるから種類は問わないわ」
店先で、処理をした鳥の肉を吊るしていた男が振り返り、ドラゴンに気付いて驚愕する。
「あ、あんたそれ……っ!」
「生肉や内臓は好きだけど、街中で人間は食べないわ。この体見たらわかると思うけど、何でも良く食べるの。
他には売れないようなゴブリンの肉や内臓も喜んで食べるから、腐ってなければ、売れ残りでもかまわないから、たくさんちょうだい。いくらになるかしら?」
「ここは一応卸専門で個人の客には本来売ってないんだが……まぁ、その図体なら小売りの店じゃ足りないか。
捌きたての角猪肉もあるが、売れ残りで良いのか?」
「金貨3枚までは出すわ。何でも良いから大量に欲しいの。角猪の内臓が残ってたら、それもちょうだい」
「さすがに金貨3枚は売れないよ。他の客に売る分がなくなっちまう。角猪の内臓は後で捨てようと思って、今日捌いた他の肉の内臓と一緒になってるんだが」
「じゃあ、まとめてちょうだい」
「ふぅん、そうかい。基本的には予約注文なんだが、うちは家畜だけでなく魔獣や獣の肉も扱ってるから、多めに入って来る事もあってね。冒険者ギルドから安い肉も仕入れている。
そういう余った肉や安い肉は、大抵加工して売ってる」
「って事は、ここじゃなくて加工作業場に行けば良いのかしら」
「ここの肉も、これとこれは売れる。角猪のオスと、森鹿のメスだな。銀貨2枚だ」
「わかったわ。じゃあ、まずはそれをちょうだい」
レオナールは懐から財布を取り出して支払う。
「きゅきゅうっ」
男が肉の塊を梱包する作業を見て、ルージュがねだるように、レオナールに鼻を擦り付ける。
「ここで食べちゃダメよ。家に戻ってからにしましょうね。それにまだ買うからしばらく我慢して」
「きゅう」
しょんぼりと尻尾を垂らす。
「……ずいぶん慣れてるんだな、そいつ。でかいトカゲかと思ったら蝙蝠みたいな羽が生えてるし、そいつ噂のドラゴンだよな?」
「そうよ。生の肉と内臓が大好物で血抜きしてなくても大丈夫よ。たぶん血抜きしない方が好きだけど」
「残念ながら血抜きしてない肉はさすがにないな。ソーセージ用の豚の血は取ってあるが、必要分しかないから、分けられない。どうしても欲しいなら次から取っておくが」
「たぶん明日から仕事で出かけるから、次はいつ買いに来れるか予定がわからないのよね」
「冒険者なら仕方ないだろうな。まぁ必要な時は事前に言ってくれ。どうせ内臓や血はほとんど捨てるからな。で、状態があまり良くない変色した肉でもかまわないのか?」
「腐ってうじがわいてなきゃ大丈夫よ。まぁ変な臭いがするのは、さすがに好んで食べないけど」
「腐った肉は処分してるよ。大抵腐る前になんとか処理してるがな」
男は困ったような笑みを浮かべる。
「味や臭いには問題ない、とはいえ最上の状態よりは落ちる、元は高級牛肉なんだが、うっかりやらかしたやつがいて、温度管理が悪くなって、変色したのがある。
店では売れないが、もったいないから加工して売ろうと思ってたんだが、あんたに売ろう。牛3体分だから結構な量だが、問題ないんだろ?」
「ええ、問題ないわ。良かったわね、ルージュ。高級牛肉3体分ですって」
「きゅきゅーっ!」
「危なっ! ちょっ、こんなところでそのでかい尻尾振り回さないでくれ。壊れたり怪我したりしたらどうするんだ」
「あら、ごめんなさい」
「まぁとにかく、その肉は銀貨5枚で良い」
「あら、ずいぶん安いのね?」
「元はその10倍くらいだったんだが、食うのには問題ないとは言え、元より落ちるからな。それにあんたは、また何か買いに来てくれそうだから、サービスだ。その値段で臓物もつける。臓物はどうせ捨てるやつだからな」
「銀貨7枚で思ったよりたくさん買えたわね。この子、普段は魔物や魔獣の肉を狩って食べさせてるんだけど、今日は狩りに行けそうにないのよね。
次はいつになるかはサッパリだけど、また狩りに行けない時とか、この子がおやつを欲しがる時は来させて貰うわね」
「あんたも大変だな」
実情を知らない男が言った。実際は幼竜の餌の方がついでだし、今朝の狩りは既に済ませている。
「別に狩るのは問題ないわ。後始末も全部残さずこの子が食べてくれるから問題ないし」
「あー、大量の血や臓物の臭いは人間でもキッツイからな。屋外だと拡散するとは言え、今度は他の魔獣か何かを呼びそうだしなぁ」
「やっぱりこんな端にあるのは解体と加工をするから?」
「ここらの土地代が安いのも理由の一つだが、それが一番大きいな。裏に一本入るとスラムがすぐそこだ。来る時は気をつけてくれ」
「今日は丸腰だけど、いつもは剣を担いでるから大丈夫よ」
今日に限って武器も鎧もないのは、アランに置いていけと言われたからである。装備している状態で外に出したら、獲物を狩りに行くのは目に見えている、と。さすがのレオナールも全くの丸腰で町の外へ出たりはしない。
「あんた細く見えるが剣士なんだな」
「そうなの。肉がつきづらくて困っちゃう。もっと筋肉欲しいのに」
「まぁ、あんたなら、肉がいくらついても男前だろうね」
「あら、ありがとう。この町の人、皆シャイなのか、面と向かって容姿褒められたのは、ここでは初めてだわ」
照れる事なく、謙遜もなく、肩をすくめ、髪を掻き上げながら、レオナールはお礼を言う。
「へぇ、そうかい。男はともかく、若い女の子が騒ぎそうな容姿に見えるが。ああ、もしかしてあんた女の子に興味はないってタチかい?」
「男にも女にも特に興味はないわね。斬って良い対象なら話は別だけど」
「きれいで優しそうな顔して、おっかない兄さんだな。あ、そうだ。俺はジャン、この肉屋の息子で、一応店の責任者だ。あんたは?」
「レオナールよ」
「肉は家まで運ぶか? それともドラゴンの背に載せていくかい? 今はうちの店員全員、配達に出ているから、配達するとなると、早くても昼前後くらいになる」
「この子に載せて持って帰るわ」
「わかった」
丁寧に梱包され荷箱に入れられた肉は、ルージュの背中に紐でくくりつけられた。
「きゅうきゅうっ」
ルージュはご機嫌である。
「じゃ、残りの肉も持って来よう。待っててくれ」
「私たちが行って手伝った方が早くない?」
「悪いが荷台は通れても、ドラゴンが通れるほど広くない。こんなところに主なしのドラゴンを置いてくのも不安だしな」
「大丈夫だとは思うけどまぁ、そうね。他の客が来ても逃げるわね」
「この時間には誰も来ないとは思うが、ちょっと待っててくれ。ついでに他に誰か来たら、待つように言ってくれると助かる」
「わかったわ。じゃあ、よろしく頼むわね」
「ああ、なるべくすぐ戻る」
肉屋の男、ジャンが加工作業所と思われる建物の中へ入って行った。
「きゅきゅう~っ」
琥珀色の瞳で、ねだるようにルージュが鳴く。
「待ってなさい。家に帰ったら好きなだけ食べて良いから」
ルージュは不服そうながら、しぶしぶといった感じで諦めた。
「きゅう~」
レオナールは苦笑し、ルージュの鼻先を撫でてやる。ルージュは嬉しそうに目を細めた。
「こんにちは~ジャン、いる……ってうぉぁわぁっ!!」
女性とは思えない悲鳴を上げて飛び退く、十代半ばから後半くらいの年齢の見知らぬ少女。小柄で明るい茶髪に、灰色がかった青の瞳、日に灼けた顔に大量に散ったそばかすが、愛らしく見える。
「なっなっなっ……なっ!?」
女は目を白黒させてルージュとレオナールを見ている。
「ジャンなら、今、私の頼んだ商品を取りに行ってるわ。しばらくしたら戻って来るから、待ってると良いわ」
「ドッ……ドラゴン……ッ!! なっ、何をしに来たの、悪徳剣士!? こんなショボイ店に来てもみかじめ料なんて取れないわよ!?」
少女の言葉に、レオナールとルージュは怪訝な顔をする。
「うん? あなたは客じゃなくて、この店の関係者なの?」
「客だけど関係者でもあるわ! 何が目的なの、悪徳守銭奴剣士!! 金目当てなら他を当たった方が良いわ」
「ちょっと聞きたいんだけど、悪徳守銭奴剣士って私のこと?」
「他に誰がいるのよ! うちの宿泊客3人に暴行して金を奪ったって話は聞いてるんだからね! だけどおあいにく様、暴力振るわれても無い袖は振れないのよ!!」
レオナールははて、と考える。身に覚えがありすぎて、どれの事だかわからない。ただ、わかっているのは、
「それは相手の方から絡んで来たから反撃して、これで許して下さいって財布差し出して来たから受け取っただけよ?」
約1ヶ月前のギルド登録したての頃や、それ以前ならばともかく、ここ最近、少なくとも2週間は、レオナールから喧嘩を売った例は皆無なはずだ。人も殺していない。
「なんですって!? 3人は歩くのもやっとな状態で帰って来て、いまだに仕事を受けられずに部屋で療養中なのよ?」
「おかしいわね。神官は無理でも、きちんと治癒師に見て貰えば動ける程度にしか痛めつけてないはずだけど」
「治癒師なんかに診て貰ったりしたら、治療代がかかるでしょ!? 一文なしで仕事もできないのに、どうしたら治療して貰えるのよ!!」
「銀貨1枚ずつ返却したから大丈夫だと思ってたけど、返し忘れてそのまま没収した人たちがいたのかしらね?」
覚えてないわ、とレオナールが言うと、少女が真っ赤な顔で激高した。
「あんたの悪行は常に聞いてるんだから! みんな言ってるわ、あんたは《歩く災厄》だって!!」
レオナールはふぅん、と頷いた。
「で? だから何? 何が言いたいの」
「とにかくあたしたちに関わらないで! 何が目的かは知らないけど、あんたの望むようなものは何もないわよ!! 出てって! 早く出て行きなさいよ!!」
「とは言っても、支払いはまだとは言え、頼んだ肉と内臓を受け取らないと帰れないわねぇ」
「……え……頼んだ肉と内臓?」
少女はきょとんとした。
「最初に言ったわよね、ジャンは私が頼んだ肉と内臓を取りに行ってるって。先に頼んだ分はこの通り梱包して受け取ったし支払いも済んでる。
銀貨5枚で残りの商品受け取ったら帰宅予定だけど、あなたのやってる事って、営業妨害ってやつかしら?」
「え? え?」
「まぁ、私は正直、肉が少しでも買えれば良いし、できたら全部買って帰りたいけど、どうしてもってわけじゃないから帰っても良いけど、ジャンはどう思うかしら?」
ニヤニヤ笑いながらレオナールが言うと、少女は顔を赤く染めたり青ざめたりし始めた。
(表情が目まぐるしくクルクル変わって反応が面白くて良いわね。アランの次くらいにからかうと楽しいかも。
下手な相手をからかうと、泣かれたり後が面倒だけど、気が強くて反応が顕著で、面白いわね)
レオナールは相手を面白い玩具と認定した。次から暇な時に見かけたら、からかって遊ぶ事にしようと考える。
「お待たせ。悪いが向こうで梱包して来た……ってエレン? どうした、追加注文か?」
ジャンが荷台に大量の肉と内臓を詰めた荷箱を積んで戻って来た。
「あ、ぁあ、あ……っ!」
「エレン?」
目を白黒させ、顔色を激しく変化させて、呂律も回らない少女を見て、ジャンは首を傾げる。
「次のお客さんが来たみたいだから、支払いと受け取りを済ませてしまいましょう。済んだらすぐに帰るわ。この子が待ちきれないみたいだから」
「おっと、そうだな。さっきも言った通り、銀貨5枚だ。しかし、こんなに載せられるか?」
「大丈夫よ、ルージュはこう見えて結構力持ちだし頑丈だから。ちょっと不器用でトロいところもあるけど、子供だから仕方ないわね。きっとこれから伸びるわ」
「そうか」
「はい、銀貨5枚」
「確かに。じゃ、積むか。先に載せたやつのが軽いから積み直そう」
「わかったわ」
二人で協力して買った荷を積み直す。その間、ルージュは地面にペタリと伏せ、わずかに羽を開いて、動かないようじっとしている。
「いい子ね」
荷物を無事くくりつけると、レオナールはルージュの鼻先を撫で、褒めてやった。
「ぐぁ、きゅうぅ」
ルージュが嬉しそうに目を細めた。
「じゃ、私は帰るわ」
「ああ、仕事頑張れよ。また来てくれ」
「ええ、いつになるかわからないけど、その内また来る事にするわ。じゃあね」
レオナールはルージュと共に帰宅する事にした。さすがに重いのか、ルージュの動きはのっそりしている。
「ちょっと買いすぎちゃったかしら?」
「きゅきゅう~」
ルージュは首は動かさなかったが不満そうに、バランスを崩さない程度にゆっくり尻尾を揺らした。
「まぁ、気をつけて帰りましょうね。あなたが横倒しになったり、転んだりしたら大変そうだし」
「きゅう~」
帰る一人と一匹。エレンと呼ばれた少女は、まだアワアワしていた。
というわけでほのぼの日常回(?)。
次話は、ギルドです。
以下修正
×面倒臭い
○面倒くさい(レオナールの台詞のため)
×臭い
○におい(レオナールの台詞のため)




