42 古竜と金属製の構造物
アラン達がたどり着いた時には既にレオナールと幼竜の姿は見えなくなっていたが周囲に轟音と振動が響いていたので、どこで何をしているかはおおよそ察することができた。
「……何だ、あれ」
理性が理解を拒んでいる対象は、ミスリル合金とおぼしき金属で造形された奇妙な巨大像とそれを遙かに超えるスケルトンドラゴンの姿だった。
《なるほど、幼子らの同行者か》
ふむと頷くスケルトンドラゴンを呆然と見つめる一行。だが一名だけそれを気にしない人物がいた。
「あなたはここの主?」
首をかしげて尋ねたレイシアに、スケルトンドラゴンはゆっくり首を左右に振った。
《我は些細な事故でここに墜落してから惰眠を貪る哀れな不死の骨よ。何をすることも無く過去を懐かしんだり微睡みに揺蕩う以外は無聊をかこっておる》
(つまり何もしていないということだな、それにしても巨大で強大なスケルトンドラゴン……死んでいても生きていてもどうにもできないアンデッドとか……どうしろと言うんだ)
アランは己の不運と相方の無謀さを恨んだ。
(……そんなことよりこの状況、どうしたものか)
なにがしかを解決するべく行動すべきだろう、あるいは適切な言葉を発するべきだろう。でもそれはいったい何なのだろうか。
「では、この金属製の構造物は何? この中でレッドドラゴンの幼体と金髪の剣士が破壊活動を行っているようだけど」
《聞くところによれば、それは横開きの扉だそうだが、我との接触で壁面に描かれた魔術紋様が大きく破損したこと、また経年劣化で触媒が剥離したり元の性質を失ったりしたので動かないらしい。
仮に新たな触媒を用いて復元しても当時の『乗組員』とやらがほぼ全滅したため、唯一の生き残りの末裔でなくば対処できぬが膨大な魔力と失われた知識が必要なので、『神』でもなくばどうにもならぬそうだ》
(……不穏な言葉が聞こえたぞ)
「誰がそう言ったの?」
《金髪の長耳だ。自身をなんとか王国の王の末裔だとかほざいておったが、それは死んだ。生き残ったのはただの雑用で、その瓦落多の端、『格納庫』とやらいうところにいて九死に一生を得たらしい。
その幼く小さな長耳は無害であったし、他の煩わしい長耳共を薙ぎ払う我の勇姿を見て慄いておった。思い返せば其奴も金髪であったな。
遠い記憶によれば銀髪は確か三名、金髪が五名、緑髪が十名ほどだったか。しかしその幼子以外は全員死んだ。
疲れたのと食い足りなかったのと、この理不尽な状況にうんざりしたのとで不貞寝を決め込んだところ、目覚めたらアンデッドとなっておった。
おそらくは些事と気にせずにいた頭の奥の痛みが死因だったのであろう》
(その生き残りが仲間の仇と奮起して命懸けでやったんだろうな、きっと)
しかし、わざわざそれを口にする必要はない。獅子の尾、ドラゴンの逆鱗に触れるものは命知らずのそこつ者である。この強大なドラゴンが不死のスケルトンドラゴンとなって蘇る前に逃げ果せたとは運の良い人物である。ぜひともあやかりたい。
「つまりこじ開ける以外の方法がないから壊そうとしている」
《その通りである。我の前肢か尾の届く位置ならば一撃で粉微塵にできたが、残念ながら前肢は届かぬし尾を下手に動かすとおぬしらと瓦落多が大量の水で流されるか、大量の土砂で潰れるであろう。
それにちと面倒だ。空を自由に飛べないのは口惜しいが、我はこの惰眠を貪る日々も悪くはないと思っておる。同胞との縄張り争いや食欲を満たすための狩りも、やらずに済むのであればその方が楽だと知ってしまったからの》
(……ダメドラゴンだ!)
当竜が聞けばこちらが頷くまで何やら抗弁するかもしれなかったが、スケルトンドラゴンはそもそもアランの姿は見えてもそこら辺に落ちている小石程度の認識だったので、彼が慌てて口を両手で押さえても気にすることはなかった。
そこへ派手な破砕音と重い物が倒れる音、剣士と幼竜の喜びの声が聞こえてきた。
「あの、初対面の挨拶もせずに申し訳ありません。仲間のところへ向かってもよろしいでしょうか?」
アランが勇気を出して声を上げると、スケルトンドラゴンはなんだ生きていたのかと言わんばかりの視線を向け、ぞんざいに顎でレオナール達のいる方角を指し示した。
《行きたければ行くが良い。我は孤独と退屈を友とする不死の骨。我の孤独と寂寥と僅かばかりの好奇心を満たす無害な戯れに付き合うつもりがなければ、疾く去れ》
(面倒臭いぞ、この骨)
そう思いつつも、慌てて仲間が心配なのでとか早く無事をこの目で確認したいと言い募り、
《過保護なことよの》
と許しを得て、アランは無事レオナールと合流できた。
◇◇◇◇◇
一行が金属製構造物の開口部から内部へ入ると、正面奥の通路の先にあった金属製の扉は吹き飛び、壁の一部は破壊されていた。
扉の先は広間のようになっており、その中央にはかつて何らかの文様が描かれていたミスリル合金の台座の残骸がある。そこに設置されていた大きな魔結晶は幼竜の背に載せられていた。
内壁や天井にはかつて触媒により古代魔法語や魔術紋様が刻まれていたようだが、それらは全て剥離するか劣化して魔力が込められない屑石となっていた。
広間の更に奥には台座のそばに転がっている扉だったものと同じような扉があった。
「お前というやつは、どうしてそう考えなしなんだ!!」
アランの叱責にレオナールは肩をすくめた。
「そんなに怒ることないじゃない。それよりこれ、いくらで売れる?」
レオナールの言葉にいち早く反応したのは、意外なことにヴィクトールだった。
「その大きさであれば国宝級、喉から手が出るほど欲しくても国家予算でなくば無理だろう。僕は専門ではないので詳しくはないが、神官も魔術師も貴族も王族も目の色を変えることは間違いない。
僕の研究に関係のない発見物は希望があれば、全て報酬として持ち帰ってかまわないという約束だったから、その魔結晶はそなたらの物だ。
だが売りたくても伝手がなければ金銭に換えることが難しい代物だ。もし必要ならば、僕の師匠である高位神官を紹介しよう」
「それなら問題ない。レオナールの師匠なら王族にも王宮魔術師にも高位神官にも伝手がある」
アランがそう言うと、ヴィクトールは目を丸くした。
「……その、レオナール殿のお師匠様はどのような方なのだ?」
「《疾風迅雷》ダニエルだ。今は王都にいる」
アランが答えると、ヴィクトールは納得した顔になる。
「かの御仁以上の伝手はないな。お人柄については知らないが、世間に流布された彼の勇名は世俗に疎い僕でも知っている」
ヴィクトールはうんうんと頷き、それから周囲を見渡す。
「しかし、手記によれば『呪われし古代王国の末裔が眠る墓所』は地下にある遺跡でスケルトンやレイスなどの不死者が日夜問わず徘徊しているとのことだったが、ここは地下ではない。
だが、場所的にこの辺りにあるはずなのだ」
「なら、あの自称古竜さんに聞けばわかるでしょ。この金属の塊が降ってきてこの地底湖ができた時からいたらしいんだから」
レオナールが言うと、アランは不思議そうな顔をした。
「レオがそんなことを言うとは珍しいな。てっきりあの幼竜と勝手に突撃して先に向かって暴れていると思っていた」
「この辺りはあの骨から放たれる魔力が強すぎて、他の微弱な魔力や魔素はわかりにくいのよね。もしかしたらルージュならわかるかも知れないけど」
レオナールの返事にアランは唸った。
「どうする? あのスケルトンドラゴンに尋ねてみるか、幼竜に探索させるか」
「それならばあのスケルトンドラゴン殿と話してみたい。先程は圧倒されてまともな挨拶もできなかったが、落ち着いた今なら問題ない。ドラゴン、それもアンデッドとなった古竜と平和的に会話する機会などない」
ヴィクトールがそう言ったことで、一行はスケルトンドラゴンのところへ戻ることになった。
 




