33 理解できないことが多すぎる
「じゃあ、これが薬だ。煮出して飲む方が効果が高いが、お茶にして飲んでも一応効果があるはずだ」
冒険者ギルドの二階へ上がったところでアランが紙で包んだ薬を手渡すと、クロードは顔をしかめた。
「なぁ、アラン。これ、既に匂いがヤバイんだが、何入ってるんだ?」
「アーティチョーク、ペパーミント、ミルクシスル、リンデンフラワーや野イチゴを刻んで乾燥させたものに、滋養のある野草や薬草をいくつかとハチミツを少し混ぜてある。
もう一つあるけどそれは門外不出ってことになっているから言えないけど、効果の高い薬草だから問題ない。たぶん匂いの原因はこれだと思う」
「これを煮出すとか拷問だろ、おい」
嫌そうに言うクロードに、アランは真顔で答える。
「だからお茶で良いって言ってるだろう。薬湯を飲んだ後は、なるべく水分を取ってくれ。毒になる成分を身体の外に出す薬だから、厠へ何度も行きたくなるが我慢せず行くように。
軽めの熱が出るけど、それも薬のせいだから効果が切れれば熱は引く。その頃には身体も楽になっているはずだ」
「おう、わかった。正直休みたいけど、そういうわけにも行かないから助かる。アランは本当マメな上に小器用だよな」
「全然褒めているように聞こえないんだが」
「いや褒めてる、すっげー褒めてるからな。昨日決済できなかった分の処理を済ませたら、俺も会議室行くから先に行って待っててくれ。依頼人が来る前には行けると思う」
「わかった。でも、忙しいなら無理しなくて良いぞ。依頼聞いて受諾するかどうか決めるだけだろ?」
「いや、俺が聞きたいからだし気にするな」
「興味本位かよ?」
クロードの返答にアランが呆れた顔で言うと、クロードはゆっくり首を左右に振った。
「いや、ちょっとな。まぁ、お前も聞けばわかる。詳しくは後だ」
「ふぅん、気になるけど後で聞かせて貰えるなら、それで良いか。二言はないよな」
「ないから心配すんな。……じゃあな」
「ああ、また後で」
そう言い交わして、執務室へ向かうクロードと別れた。二人が会議室に入ると、既にダオルが待っていた。
ちなみに階段の右手奥がギルドマスターおよびサブギルドマスター執務室、左手が会議室や資料室、応接室である。
「おはよう、早いな、ダオル」
アランがそう声を掛けると、ダオルが笑顔を向けた。
「ああ、おはよう、アラン、レオナール」
「ええ、おはよう。さっきぶりね」
ダオルの挨拶にレオナールが平坦な声で答えた。
「いつもレオナールのお守りさせてすまない、ダオル」
アランがすまなさげに言うと、ダオルは首を左右に振った。
「いや、こちらも鍛錬になるから問題ない。先日から狩った魔獣・魔物の討伐証明を取るようになったのは、やはりランクを上げるためか?」
「それもある。というか、レオに聞けば良いのにどうして俺に聞くんだ?」
アラン頷きつつも、怪訝そうな顔でダオルに尋ねた。
「すまない。おそらくそうだろうと思ったが、彼に尋ねてまともな返答が得られるかわからなかった」
ダオルの答えにアランは苦笑した。
「いや、さすがにそれくらいは答えるだろう。なあレオ、大丈夫だよな?」
アランが一応確認すると、レオナールは大仰に肩をすくめた。
「見ればわかることに理由や説明がいるだなんて、思いもしなかったわね。もしかして、これからも何かする時には説明した方が良いのかしら?」
冷ややかな笑みを浮かべて言うレオナールに、アランは眉をひそめた。
「おいレオ、なんだその言い種は。もっと普通に穏当な言い方ができないのか?」
「だってダオルったら遅いんだもの。正直邪魔だわ」
レオナールはそう言ってプイと顔を背けた。アランは思わず頭痛を覚えて額を押さえた。
「すまない、ダオル。ただでさえ面倒掛けてるってのに、その、」
「いや、良い。確かに彼らと比べれば、戦闘の速度も移動速度も早いとは言い難い」
ダオルは目を伏せて言った。アランはキョトンとした顔になった。
「そうなのか? ああ、そうか。ダオルは膂力重視の戦士だからか」
「その通りだ。本来ならば、もっと重くて硬い防具を装備するべきなのだろうが、それでは今より動きが鈍重になる。なるべく効率的に倒すよう心懸けてはいるが、魔獣相手には少々力任せになりがちだ」
「この前の依頼の時は、そうは思わなかったぞ。武術や近接戦闘には詳しくはないが、手堅く無駄のない動きだったと思うが」
「それは低ランク魔獣相手だったからだ。災害魔獣級には通用しない」
真顔で言うダオルに、アランは思わず顔をしかめた。
「いやいや、災害魔獣級って、そんなのまともに戦えるのは人外だけだから。そんなのと比較したら、Sランクより下の冒険者はどうなるんだって話だよ。
本物のドラゴンからしてみたら、Fランクなんかゴミだろ」
「アラン、ルージュは本物のドラゴンよ?」
「この場合、成竜のことに決まってるだろ、レオ。別にあの幼竜が偽物だとは言ってない」
「それは良かったわ。アランったらルージュのことあまり興味ないみたいだから、もしかしたら動く玩具か何か別の物と間違えてるんじゃないかと思っちゃったわ」
レオナールが肩をすくめて言うと、アランは渋面になった。
「あいつに餌をやり忘れた上に倉庫に閉じ込めっ放しにしたのは悪かったよ。反省してる。っていうかあいつ、お前にまで怒って抗議でもしたのか」
「お腹が空いても食べられないのって、ものすごくつらくて苦しいのよ。
あの子の場合は魔力や魔素を餌にしているから、ちょっとくらいなら食事を抜かれても生きてはいられるけど、生存に問題ないからって満たされない状態を我慢できるかって言えば、別なんだから」
レオナールが真顔で言うと、アランは目を瞠った。
「は? 何だよ、それ。そんなの初耳だぞ? 何故、幼竜が魔力や魔素を餌にしているとわかるんだ」
アランが詰め寄るように尋ねると、レオナールが不思議そうに答えた。
「何故? そんなの見てたらわかるじゃないの」
「いや、わからないぞ。なんで見てたらわかるって言うんだ。だいたい俺が見つけたドラゴンについての資料にはそんなこと書いてなかったぞ」
アランは首を左右に振って言った。レオナールは髪を掻き上げつつ答えた。
「アランがどんな資料を読んだかは知らないけど、それを書いた人はドラゴンのこと良く知らなかったんじゃないの?
だけどドラゴンの能力や生態なんか知らなくても、魔力の流れを見ていたらわかるでしょう。あの子、餌となる魔獣・魔物の魔力や周囲に漂っている魔素を、取り込んで吸収しているじゃない。
たぶんあの身体を維持するのにかなりの魔力や魔素が必要なんだと思うわ。そう考えると成長するためにはどれだけ必要なのかしら。
成竜になったらかなり大変よね。まぁ、その頃には自分で勝手に狩って食べるでしょうけど」
「……なっ!」
アランは想像し、ゾワリと背筋に寒気を覚えた。
「待て! 今でさえとんでもない量食べてるのに、更に増えるとか冗談じゃないぞ!! そうなったらとてもじゃないけど面倒なんか見られないからな!?」
「今更? そんなの拾った時点でわかりきったことじゃないの。大丈夫よ、限界が来る前に適当なところへ捨てて来るから。
私一人じゃ無理そうなら、面倒くさいけど師匠に協力してもらえば何とかなるでしょ」
ケロリとした顔で言うレオナールに、アランはガックリと肩を落とした。
「その辺の森に捨てて来るとか言われなかったのは良いけど、ちっとも安心できる要素がない」
アランがぼやくように言うと、ダオルが気の毒げな顔になった。
「アラン、その時はおれもできることをする」
「ああ、有り難う。ダオルには色々迷惑掛けると思うが、レオのことで扱いきれないと感じたら、こっちに振ってくれると助かる」
アランが諦念の表情で言った。レオナールは呆れたように肩をすくめた。
「不満や文句があるなら直接言えば良いじゃない。目の前でこそこそ言い合うとか感じが悪いわよ」
「お前にだけは感じが悪いとか言われたくねぇよ! 常時全方位に喧嘩売りまくってるくせに!!」
「私、思ったことはすぐ口に出ちゃうのよね。でも、相手から近付いて来ない限りは何もしないわよ? 相手かまわず無差別にケンカ売ったりしたら、迷惑じゃない」
「いや、どう見てもお前の方から相手構わず無差別に喧嘩売ってるだろうが」
「そうだったかしら? 私の記憶だと、どれも相手からケンカ売ってきてるんだけど。おかしいわね」
「なら、お前の記憶か認識の方が間違っているんだろう。俺の記憶と認識では、九割以上はお前が原因で、お前の言動がまずくて、お前が悪い。
だから、お前は反省しろ! 次から同じ過ちを繰り返さないよう気を付けろ!」
真顔で睨みながら言うアランを、レオナールは黙って見返す。
(そう言われても、わからないわねぇ。でもわからないって言ったら絶対怒るわね、アラン)
「どうせお前は忘れたって言うんだろうから説教はここまでにおくが、次に何かやらかしたらキッチリ理解できるまで説教してやるからな」
そう言ったアランにレオナールは頷いた。
「わかったわ」
余計なことを言うとますます怒らせて説教を長引かせるだけと学習しているので、レオナールは反論しない。それが必要な時には勿論するが、不要な労力はなるべく軽減したいし、無駄なことはしたくないというのが本音である。
レオナールにとって、飲食と剣に関すること以外の大半がわずらわしくて面倒なことなので、やらずに済むならできるだけ避けたい。
言葉を話すということも、本当は億劫なのだ。自分も相手も無反応ならば、それが一番問題が無く、煩わしさも軽減される。
(人間って本当、面倒くさい。ゴブリンやドラゴンが羨ましいわ)
実際になってみればそれなりの苦労もあるのだろうが、食べることと殺すこと以外を考えずに済む──それが許される生き物になりたいと思う。
ただ、それをアランが望まないことも、止めようとすることもわかっている。それが何故かは、レオナールには理解できないが。
実行に移さないのは、どうしてもそうなりたいとまでは思っていないからだ。
(アランがいるなら、このままでもそれほど問題ないもの。色々うるさいのはちょっと面倒だけど斬りたくなるほどじゃないし、問題ないわ)
結局のところ、斬りたいかどうか、殺したいかどうか、それ以外の基準で物事を判断できないのだ。それ以外は全て他人事のようにしか感じられない。
生死に関わらないことには興味を持てない。曖昧でぼんやりとした夢の中の世界のようで、一時的にそちらを向いても、しばらく経つとそこに何があったか覚えていない。
雑音だらけの大量の音に囲まれ、頭が痛くなるような雑多な匂いに包まれ、多彩な色の靄のかかったような視界の中で、鋭敏すぎる五感とかたわらに立つ唯一の友人を指標に、何処ともわからぬところを歩いている。
膨大な情報のただなかで自分に必要なものを拾い上げるには、集中力と根気が必要だ。四六時中気を張っていれば疲れるだけなので、必要ない時は全ての情報を遮断する。
正確には遮断できているわけではないが、それから意識を反らして無視することで自己防衛している。
(やれと言われても難しいことはできないのに、アランは何を期待しているのかしら)
人並みに、と言われてもその『人並み』や『普通』がわからない。アランに言われたことを全てやるのは、自分には無理そうだと感じる。
(無理だって言ったらきっと怒られるけど、努力しろって言われても何をどう努力すれば良いのかしら。具体的に教えてもらえないとわからないわ)
しかしそれをアランに言えば、親切すぎるほど懇切丁寧な解説・説明で余計理解できなくなるのは、目に見えている。
(アランは悪い子じゃないけど、ちょっとやり過ぎが多いのが困るのよね)
わからない説明を聞いても、結局更にわからないことが増えてかえって混乱するだけだ、ということがアランには理解できない。
(まぁ、おかげで語彙は増えるけど)
その意味を理解できているかどうかはあまり自信はないが、無いよりはマシなはずだ。言葉の意味や使い方は、経験則で覚えていくしかない。
間違っていたらアランが指摘してくれるだろうという期待もある。アランが思っている以上に、レオナールは彼の世話になっている。
それがなければ、今以上に乖離や齟齬も激しいだろうという自覚がレオナールにはあるし、感謝もしている。当人に直接それを言う気はないが。
(アランは妙なところで、すごく鈍くてバカなのよね。他人事なら面白いだけなんだけど、そうじゃない時はちょっとイラッとするのよねぇ。あれって何なのかしら)
色々できることが増え、自分のやりたいことや望みなども考えられるようになってきたし、現状にはそこそこ満足しているつもりだが、時折自分の感情を持て余すことに、レオナールは困惑を感じていた。
(まぁ、考えてもわからないことは考えるだけムダよね)
レオナールは椅子に腰掛けて、そのまま机の上に突っ伏した。
「おい、レオ」
「寝るわ。全員集まったら起こしてちょうだい」
アランにそう返して、うたた寝することにした。
「なぁ、体調悪いのか?」
近寄ってくるアランに、レオナールはうんざりしつつも顔を上げて答えた。
「問題ないわ。ここで鍛錬しても良いなら起きてるけど、そうじゃないなら暇だから寝るわ。寝てたらそれほど待たずに済むでしょう?」
「寝たら待たずに済むってどういう意味だよ、レオ。そりゃ寝てたらその間の記憶はないかもしれないけど、そういう問題か?
暇ならたとえばダオルに冒険者としての心構えとか、倒したことのない魔獣の倒し方とか聞いたりしても良いだろう、おい」
レオナールには、目の前にいない魔獣や魔物の話を聞いてもそれほど意味や意義があるとは思えない。
(自分で殺せない魔獣や魔物の倒し方なんか聞いて、どうするのかしら)
レオナールはアランがつくづく理解できない、と思った。
思ったより進みませんでした。すみません。
以下修正
×お前のう方から
○お前の方から




