29 痛い目に遭わないと反省できない
冒険者ギルド内の酒場兼食堂は閑散としていた。朝というには遅すぎ、昼というには早い時間なため、当然とも言えたが。
席についてさっさと注文を済ませると、レオナールは言った。
「それでどうしたの、アラン。また妙なこと考えてどつぼにハマってるの? 考えてもわからないことは、考えるだけムダだからやめた方が良いわ。
用を足しに行きたかったなら、邪魔してごめんなさい。行くなら早い方が良いわよ? それとも動くとまずいくらい切羽詰まってる? 何かいらない入れ物もらってきた方が良いかしら」
「……違うから安心しろ」
相棒の言葉に、アランは思わず顔をしかめつつもグッと堪えて言葉少なに否定した。
「なら良かった」
レオナールは安心したように笑顔を浮かべて、頬杖をついた。そんな相方に呆れたような視線を向けつつアランはぼやいた。
「お前、少しは相手の気持ち考えて自重したり、気を配ったりできないのか?」
「やぁね、アラン。私はできないとわかっていることをわざわざやらないわよ。どうせ何か考えたって見当外れになるんだから、考えるだけムダじゃないの。
だって私が嫌な気分になるのって、お腹が空いた時と、斬りたいのに斬れない時と、斬りたいと思って仕掛けた相手がつまんなかった時くらいだもの。
それ以外に気分悪くなるのって怪我とか体調悪くした時くらいだし、それを私以外の誰かに当てはめて考えたって、あまり当てにならないでしょう?
だいたい私が良かれと思ってやることは、たいてい相手に嫌がられるか、逆効果になるとわかってるんだもの。何もやろうとしない方が親切というものでしょう?
わからないこと、理解できないことを知ったかぶりすると、かえってひどい結果になることくらい学習してるんだから。
後々面倒くさいことになるくらいなら、全部丸投げするか、わからないことはその都度聞いた方が良いわよね!」
「納得できてしまうのが、ものすごく嫌な言い分だな、おい」
軽い調子で言うレオナールに、アランはゲンナリした顔でガックリと肩を落とし、パタリとテーブルに突っ伏した。
「なんか本当、疲れてるみたいね」
そんな相棒の姿をしげしげと見つめてレオナールが言うと、アランは深々と溜息をついた。
「ああ、主にお前のせいでな」
「へぇ、そうなの。じゃあやっぱり私は何もしない方が親切みたいね。やっぱり間違ってなかったわ!」
「どうしよう、違うって言いたいけど、否定できない」
アランは思わずぼやいた。
「ねぇ、アラン。どうしようもないことは気にしないのが一番よ?」
「元凶に言われたくない」
いかなる時もマイペース過ぎる相棒に、アランは疲れた顔になった。ゆるゆると顔を上げ、レオナールに視線を向けると、アランは真顔で尋ねた。
「なぁレオ、どうして今回は自分で運ぼうとしたんだ? 以前、俺が魔力切れで倒れた時は幼竜の背にくくりつけたのに」
「何バカなこと言ってるの、アラン。いつ戦闘になるかわからない時にあなたを抱えてたら、斬れないでしょう?
町中なら、ヤバそうな相手ならアランの予感とやらで事前にわかるだろうし、そうでなくてもその辺に放り投げれば、やれなくもないでしょ」
「待て。今、放り投げるって言ったな? そんなことされたら怪我するだろ! 骨折とか打ち身とかしたらどうする気だ!!」
「あら大丈夫よ、アラン。土の上ならそんなにひどいことにはならないから、そこら辺のヘボ治癒師でも後遺症なくきれいに治してくれるわよ」
「おい、後遺症がなければ問題ないと言いたいのか」
アランはレオナールをジロリと睨み付けた。
「だって、多少の魔力消費はあるかもしれないけど、治療が終われば痛みもないし、一晩寝れば魔力も回復するだろうし、支障も問題もないでしょう?」
レオナールは何を言ってるのかと言わんばかりの顔で、肩をすくめた。
「大丈夫、死なないように気を付けるから」
軽くウィンクして言うレオナール。
「死ななきゃ問題ねぇってことじゃねぇよ!」
アランが思わず激昂すると、レオナールは肩をすくめた。
「アランは細かいこと気にするわねぇ」
「細かくねぇから! 俺の感覚の方が普通だから!! お前の基準に合わせればこの世の大半のことは細かいことになるだろ!?」
「なるほど、言われてみれば、そうかもね。でも、私にとって重要じゃないことは、細かいことかどうでもいいことのどちらかだから、仕方ないわよね」
「仕方ないで切り捨てられる方はたまったもんじゃねぇんだよ、このバカ。頼むから生きている人を、害する目的以外で投げないでくれ。そんなことしたら最悪死ぬんだからな」
「人間って意外と脆弱なのね」
「お前に投げられても無傷で済むのは、ダニエルのおっさんとかごく一部だけだからな。戦士とか盗賊みたいにある程度身体能力あって受け身とかできるやつなら、打ち身や擦り傷程度で済むだろうが、俺には無理だ。
だいたい普通は、生粋の魔術師にそんな能力期待しないんだよ。いいかげん学習してくれ」
「そうね、アランってば下手すると八百屋のおばさんにも負けそうなひ弱さだもの。いつどんなことが原因で死んでもおかしくないわね」
真顔で頷きながら言うレオナールに、アランは反論したくなるのをグッとこらえて頷いた。
「なら、今後、俺を乱暴に扱うのはやめてくれ。たとえば竜の背にロープで縛り付けたり」
「あら、ガイアリザードなら問題ないのね?」
「ロープで縛るのはやめろ!! あと、俺は馬とかロバみたいに騎乗用に向いた生き物じゃないと、高確率で酔うから緊急時以外は勘弁してくれ!!」
「変ねぇ、ガイアリザードは一応騎乗にも向いてるって聞いたのに」
「個人の体質や適性とかその時の体調とかにもよるだろう。たぶんあまり視線を動かしたり、あまり身体を動かしたりしないで、ガイアリザードの動くままに身を任せてじっとしていれば酔いにくくなるだろうな。
ドラゴンとリザード系魔獣は足の付き方が別だけど、どちらも乗っていると上下左右に動くのがキツイんだと思う。あと、森の中だと急激な方向転換や歩幅や速度の変化が激しいから、それもあるだろう。
他には体力や魔力が低下している時の方がつらいかもしれない。たぶん体力があって、バランス感覚が良いやつなら問題なく乗れるんじゃないか?」
「なるほどねぇ。でも、そこまでわかってるんなら、次からは大丈夫なんじゃないの?」
「おおよその原因がわかったとして、必ずしもその対策ができるとは限らないぞ。世の中には努力だけではどうにもならないことだってある」
「アランも私と一緒に毎朝森を走れば良いのよ。そしたらすぐに体力つくわよ?」
レオナールが言うと、アランは嫌そうに顔をしかめた。
「お前みたいな脳筋と一緒に走ったら、下手すりゃ死ぬだろ! 何もない平地でもお前の速度じゃ追いつけないのに」
「私と一緒が嫌なら、一人ででもその辺を散歩したり、軽く走ったりすれば良いじゃない。アランは運動量が少ないから、食事もそれほど量が食べられなくて、筋力・体力つかないのよ。
冒険者なら体力も筋力もあればあるほど良いでしょう? 大丈夫、日が昇る前の早朝なら涼しいから、ひ弱なアランでも倒れたりしないと思うわ」
「それについては否定はしないが、向き不向きがあるんだよ。通常魔術師は、戦士に比べて体力も筋力も低いが、その分魔力で補助するもんなんだよ。
早く長く走るのは無理だが、辺りを調べながらゆっくり歩く分には、結構歩けてるだろう? あれは意識的あるいは無意識的に、魔力で自身の身体を調整したり体力を底上げしたりしているからだ。
ただ自身の魔力だけでやると半時保たずに魔力が枯渇するから、周囲にある魔素を取り込みながらやるんだ。といっても微々たるものだから、劇的な効果はないし、無いよりはマシ程度だが」
「良くわからないけど、魔力枯渇すると倒れるのは、魔力で補助できないからってこと?」
「そう。魔力枯渇してもそれを補うだけの体力があれば、軽い疲労を覚える程度で済む。ダニエルのおっさんみたいな災害魔獣級になると、魔力枯渇しても何も感じないかもしれないが」
「私も何も感じなかったわよ?」
キョトンとした顔で言うレオナールに、アランはやれやれとばかりに首を左右に振った。
「レオはおっさんほどじゃないけど、体力多い方だろ。幼体とは言え、レッドドラゴンと一緒に朝晩森中駆け回っている時点で十分おかしいだろ。
普段の戦闘だって、動き回り過ぎだろう。盾役のできる戦士をできれば二人パーティーに入れられたら、お前を遊撃にして好きなだけ走り回らせてやりたいんだが」
戦闘に余裕ができれば、猪突猛進しがちで視界が狭くなりがちなレオナールの代わりに、アランが全体の状況を把握し司令塔となって、制御することも可能だろう。
アランとしてはできることならばそうしたいのだが、現状では難しい。レオナールが自分勝手に動き回ったり、予測不可能なことをするせいで、自身の魔力使用量の制御・調整すら思うとおりにいかずにいる。
そのせいで長丁場になると、魔力が減りすぎて気分が悪くなったり、魔力回復などのための休憩が必要になったりしている。それでも、戦闘中に魔力枯渇するよりはマシである。
考えると、頭が痛いし気も重くなる。できれば考えたくないが、考えないわけにはいかない。しかし現状、パーティーメンバーを増やすか、レオナールに自重させる以外の方策がない。
「それよりレオ、俺が相手に理解させようと努力してないってどういう意味だ? 俺は、お前にはもちろん、他の誰かに対しても、一度だって自分の言うことを理解されなくて良いだなんて考えたことないぞ」
アランが真顔で尋ねると、レオナールは肩をすくめた。
「言い方が悪かったかしら。もちろんあなた自身はそう思っているんでしょうね。でも、あなたの言葉は残念ながらあなた自身にしか正確な意味は理解できないのよ。
アランが簡易・簡略にしたつもりでも、それはアランの基準であって、アラン以外の人にとってはそうでもないのよね。
アランと同じ知識を持っていて、同じくらいの知性・知能や理解度があれば良いのでしょうけど、実際あなたみたいな人って、そうそういないのよね。
だからたぶん、たいていの人は『またアランが難しいこと言ってる』程度の認識だと思うの。たとえばギルドマスターなんかは『良くわからんが適当に聞いてるフリしておきゃいいだろ』くらいだと思うわよ」
「は!? 嘘だろ!?」
レオナールの言葉に、アランは大きく目を瞠った。
「だからあのおっさん、嫌いなのよね。あのふざけた態度は、正直ケンカ売ってるレベルだと思うの。いっそ死んだ方が良いんじゃないかしら」
「……っていうか、それ、お前にもわかるくらいなのか?」
「私にもって言い方が気になるけど、人の害意や本気さの度合い、相手の感情を読むことにかけては少なくともアランには勝ってると思うわよ?
人の考えていることは良くわからないけど、相手が敵か否か判別できなかったら、斬るべきかどうかも判断できないし、相手を挑発する意味もないじゃない」
「斬るとか挑発云々はともかく、俺、そんなに鈍いか?」
「そうね、アランは特に人の害意や、自分にとって不利益を被りそうな感情に対する理解や反応がものすごくニブイと思うわ。そのくせ『嫌な予感』とやらがあるから、そういうものに多少鈍感でも致命的な被害はないんでしょうけど」
「なんだかものすごくショックなんだが」
ガックリと肩を落とすアランを慰めるように、レオナールがポンと肩を叩いた。
「特に問題なくて、被害がないなら良いじゃないの。アランはちょっと優しすぎるせいと、恐がりで傷付きたくない気持ちが強いから、無意識でそういうのを避けてるんじゃないの?
もし仮にそういうのをいちいち認識したり気付いたりしてたら、どうせムダに悩んだり、落ち込んだりするんだから、一切気付かずにいられるなら、そっちの方が余計なこと考えずに済んで良いんじゃないの?
それに排除した方が良さそうな相手なら、私がその都度排除するんだから問題ないわ」
「お前は無駄に攻撃的過ぎだろう」
「あら、でも《草原の疾風》の連中とかとは仲良くしたくないでしょう?」
「あいつらはそれ以前じゃないか。だいたいあいつら誰に対しても平等にクズな上に、初対面の時からやたら攻撃的過ぎるくらい攻撃的だろうが。お前だって初っぱな恐喝されたんだろう?」
アランの言葉に、レオナールは目を丸くした。
「アランって、時折面白いこと言うわね」
「は? どういう意味だ?」
眉をひそめたアランに、レオナールはニッコリ微笑んだ。
「アランは気にする必要ないわ、どうでも良い三下連中のことなんか。
アランはどうでも良いこと気にするのが好きみたいだけど、考えてもムダなことは気にせず忘れた方が良いわよ?
ちょっと考えてわからないことは、一生懸命考えてもわからないことなんだから、考える必要なんてないか、何か足りてないかのどちらかなんじゃない?
だったらそんなことに時間を費やす方がムダじゃないの」
「なんでだろうな、お前に諭すような口調で言われると内容に関係なく反発したくなるのは」
「もしかしてお年頃ってやつかしら」
「……思春期だと言いたいのか? それだったらお前も人のこと言えないだろう」
「そういうの、あんまり良くわからないけど、まぁ、良いんじゃない? どうせ考えるだけムダよ。考えたり悩んだりする時間がもったいないでしょ」
「お前は物事深く考えなさすぎだろう。特に失敗したり問題起こしたら、何が悪かったのか、どうしたら防げるのか、一生懸命考えろ。
それほど接点のない赤の他人がお前に厳しく当たってくる場合は、大半は何かお前に問題・原因がある時だから」
「そうかしら? でも、もしそうだとしても、自分じゃどうにもならないことだってあるでしょう」
「そういう場合もあるかもしれないけど、お前の場合は、だいたい自業自得じゃないか。自分で原因作ってる自覚ないのか?」
アランが渋面で言うと、レオナールは大仰に肩をすくめた。
(そう言われても、今のところ後悔するような結果になったことないのよねぇ)
レオナールが内心思っていることをアランが知ったら、激昂すること間違いなしである。
更新ものすごく遅くなりました。すみません。
相変わらずレオナールがアレでダメなやつです(今更ですが)。
以下修正。
×ひよわ
○ひ弱
×どうにもならなこことだって
○どうにもならないことだって
×疲れ
○疲労
×制御すら
○制御・調整すら




