20 説教と状況確認
「なぁ、レオ。もし隣室の声や音が丸聞こえなボロい安宿に泊まった時に、夜中や早朝に壁を殴りつけたりして騒ぐやつがいたら、どう思う?」
アランはいつも通り過ぎる相棒の姿に頭痛を覚えつつも、眉間に皺寄せ、真顔で尋ねた。
「そんな宿に泊まるくらいなら、野宿するわね」
レオナールは肩をすくめた。
「違う! もし、仮にそういうことになったらお前はどう思うのかって聞いてるんだよ!! 真面目に質問に答えろ、このバカ!」
(真面目に答えたつもりなんだけど、お気に召さなかったみたいね)
レオナールは首を傾げた。しかし、当人は真面目に答えたつもりであっても、アランが聞きたい返答以外のものを回答したり、混ぜっ返したり茶化したりしても、アランの機嫌をますます損ねるだけだろう。
ここは素直に期待通りの答えを返しておいた方が無難だと判断する。
「そうねぇ、うるさいと思うかしらね」
真面目に考えてもそれ以上の感想はない。排除したいと思うほどでもなければ、強制的にやめさせようと思うほどでもないので、レオナールにとっては許容範囲内である。
うるさいだけならば我慢するか、自分が他へ移動すれば良いだけのことだと思っている。言葉で相手に「迷惑だからやめてくれ」と言う選択肢は、レオナールの発想にはない。
やめてくれと言われてやめるような相手ならば、自分が動かなくても問題はないと思っているせいもあるが。
「そうか、それはわかってるんだな。お前が牢でやったのはそういう行為なんだが、自覚はあるか?」
「え? 私はただ鍛錬しただけなのに?」
アランの言葉に、レオナールは驚き、軽く眉を上げた。
牢の中には、独り言を呟き続ける者や、見張りの兵士を罵倒する者などもいた。それに比べれば、自分はいつも通りに行動しただけである。
確かに自分の行動について文句や罵倒を浴びせながら突っかかってくる者はいたが、そんなことは日常茶飯事なので、自分に非があるとは思っていなかった。
絡んできた相手は、日常的に喧嘩をしたり暴行するのを好む乱暴な連中だと見なしていたからだ。それはある意味間違いではないが。
「牢なんて区切りがあって自由に動けないだけで、大勢で雑魚寝する大部屋と変わりないだろ。そういうところで騒ぐやつがいたら迷惑だろう」
「へぇ、そうなの。まぁ、あんな環境で行動を制限されていたら、不満や鬱屈も溜まるわよね。見張りの兵士達もイライラしてたみたいだし。
そういえばアラン、《浄化》ってダニやノミには効果ないみたいなの。知ってた? 汗や汚れは除去できるのに。
ネズミや虫にも効かないみたいだったから、生き物を殺したり遠ざけたりする効果はないのかもね」
自分のしたことに全く反省もなければ、悪いことをしたという自覚もないレオナールに、アランは憂鬱になった。
しかし《浄化》が害虫や害獣に効果がないというのは、アランにとっては興味深い情報ではある。ただ今は不必要な、優先度の低い情報である。
「不快だから、身を清めて着替えをしたいんだけど、お湯を用意してくれる? やりたいことはいっぱいあるけど、本当これだけはもう我慢できないのよね。気持ち悪いし」
アランは深々と溜息をついた。元からこの相棒は自分が興味のないことには無関心で、注意をしても説教してもすぐに忘れてしまうことが多いのだが、これは酷いと思う。
頭痛を覚えつつも、これだけは言っておかねばならないと、アランは表情を引き締めた。
「あのな、人に迷惑なことをしたり、嫌われるような言動をすれば、お前自身に危害を加えられたり、何かあった時に相手が敵になったりするんだ。
敵にする必要のない人まで、わざわざ敵にするな。お前やお前の周囲の人達が困ることになるぞ。何をどうしても敵になる相手は仕方ないが、立ち回り次第では味方になってくれるかもしれない相手を敵にするのは自殺行為だ。
敵が多くなれば多くなるほど、俺やお前が苦労することになるんだぞ? 人には知恵があって、嘘をつくことも容易いから、直接的に危害を加えてくるやつだけが敵じゃない。
たとえば町で食料を買えなくなったり、適正価格よりも高く買わされるだけでも、俺達は生活しづらくなるし、仕事をする時も恒常的に邪魔や妨害されたりすれば、死活問題になる」
「邪魔なら排除すれば良いだけの話でしょう? 町中ではまずいというなら、外でやれば済むことよ。不幸な事故なら仕方ないわよね」
「……さすがのお前だって、数を集めて囲まれて殴られれば、死ぬだろう」
「囲まれなければ済むことでしょう? 大丈夫、アランは死なないように守ってあげるから」
「そういう問題じゃない。だいたいお前が死んだ時点で俺も大概終わりなんだが。頼むから必要もなく他人を挑発したり、危害を加えたりしないでくれ。
お前は自分の身を守るためなら何をやっても問題ないと思っているかもしれないが、それは間違いだ。その時々の状況にもよるが、やり過ぎたらかえって害になる。
お前は現在の自分の状況を適切に判断することと、どのくらいまでなら許されるかを知り適切に行動できるようにならなければ、自分の行いによって命を落とすことになるぞ。
自分の命と労力を無駄にするな。お前がわざと人に嫌われるような言動をせず、誠実に振る舞えば、きっと今よりお前に好意を持つ人も増えるし、味方も増える。
なぁレオ、お前は黙って座っていれば、それだけで好感を得られそうな外見なんだから、それを上手く活用しろ。
お前を嫌っている人も、お前が優しく微笑めば、それだけで『もしかして、あいつはいいやつかもしれない』と勘違いしてくれるかもしれないだろ?」
「何ソレ。勘違いで良いわけ? それで私に何か利点があるの?」
「鍛錬に付き合ってくれる人が増えるかもしれないだろ? あと、買い物する時におまけしてくれたりとか、仕事するのに融通利かせてくれたり、お前に何か危害を加えようとするやつがいたら助けてくれたり。
一応言うけど、お前を殺そうとしたり、暴力振るってくるやつだけが敵じゃないぞ。お前の関知しないところで、お前に理解できない形で害になるようなことをしてくるやつもいるかもしれないだろ」
「それって、白金貨二十枚も請求されたり、店に今回の襲撃者に協力したやつがいるはずなのに、一方的に私が悪いことにされたみたいに?」
「全くないとは言えないだろうな。実際に調べてみなけりゃ、わからないけど」
「あの店、絶対裏で何かやってるわよ。領兵達が良く利用している『宿屋兼酒場』なんですって。でもあの店、宿屋にも普通の酒場にも見えないわよね?」
「俺はあの店の中に入ったことは一度もないんだが、聞いた話では連れ込み宿屋らしいな。一階で酒を飲みながら娼婦を選ぶが、建前上は娼婦は店とは関係がないことになっているとか。
たぶん手数料くらいは取ってるだろうな。だが、それくらいじゃ問題にならない。お前に薬を盛ったやつや、怪しい二人組の協力者が店の中にいたとしても、認めないだろうな。
さすがに直接でなくとも客に危害を加えることに協力する店の関係者がいるなんて認めたら、利用客が激減する。
レオは悪名が高すぎるから味方する人間も少ない。幸い、今回の件はクロードのおっさんが伝手を使って調べてくれるらしい。
俺が家に居着かずに外へ出っぱなしになると、家の中が悲惨なことになるからってのが、本音っぽいがこちらとしても都合が良い」
「あら、クロードが自発的に協力してくれるの? それは良いわね。あのおっさん、あんなでも一応仮にもギルドマスターだものね」
「おい、人目のあるところでおっさんをけなすようなことは言うな。一応体面とか心証ってものがあるだろ。言うなら人目の少ないところか、本人の目の前だけにしておけ」
「本人の前で言っても良いの?」
アランの言葉に、レオナールは首を傾げた。
「あのおっさんに関しては問題ない。他の人には控えるべきだが、あのおっさんはお前の軽口を面白がってる節があるからな。ダニエルのおっさんと言い、趣味が悪い」
「何それ。つまり変態ってこと?」
レオナールが大仰に肩をすくめて言うと、アランは慌てた顔になった。
「やめろ、不穏なことを言うな。そういうのじゃなくて、たぶんあのおっさんにとって俺達はせいぜい元気な悪ガキってとこなんじゃないか。
傷付いた振りしても本気じゃなさげなんだよな。本当に傷付いてたら、俺達への心証は悪くなるだろうし、根に持ったり邪険にしたりするだろう?
そうでなくとも、おっさんの家を追い出されたら、今の俺達じゃかなり厳しいことになる。宿賃や食費が不要っていうのが、ものすごく有り難いことなのは、お前にだってわかるだろう?」
「そうね」
「それに今回の罰金とかの金を無償で貸してくれた。同じことはダニエルのおっさんもしてくれるだろうが、ダニエルのおっさんは王都にいてすぐに現金を用意できないからな。
クロードのおっさんがいなければ、お前の勾留期間はもっと長くなったし、何らかの処罰を科せられて冒険者活動できなくなっていた可能性もある」
「殺傷の証拠はないから保留で、店の損害賠償と慰謝料に罰金を一括で支払ったから解放だって兵士が言ってたわ。もし払えなかったら借金奴隷になってたらしいわよ」
「借金奴隷? まさか、そんなはずはないだろう? 被害額が大きかったそうだが、やったことに対して罰が重すぎる」
「私を最後に尋問していた兵士が話したことよ。それが本当かどうかはわからないけど、仮に私が借金奴隷になることを期待して、白金貨二十枚を超える金額を請求してきたなら、害意があるわよね。
それに被害額が白金貨二十枚になるような家具や調度品とかはなかったわよ。どれも中古だったし、きちんと手入れしてあるようにも見えなかったわ。床はどこにでもありそうな砂岩で、天井板は普通の木だったし。
店一軒丸ごと焼失したとかいうなら、話は別だけど」
「吹っ掛けられた上に、お前をハメようとしたって言いたいのか?」
「そうよ。明らかに危害を加えられているわよね?」
ニヤリと笑うレオナールに、アランはゾクリと寒気がした。
「おい、証拠もなしにやらかすなよ? とりあえず調べた結果が出るまで待て。何か勘違いや誤解があるかもしれないだろ」
「誤解? そうかしら。私にケンカを売りたくて売ったようにしか思えないけど。ふふっ、私とやり合いたいならもっとわかりやすく仕掛けてくれた方が楽しいし、面白いのに」
「俺はちっとも楽しくないし、面白くねぇよ!! 頼むから自発的に面倒事や厄介事を引き起こそうとするなよ!?
これ以上面倒臭いことになったら、この町にいられなくなるだろう!! とにかくお前を一人にすると何かやらかすんだから、絶対俺かダオルと同行しろ!!
それと、無償とはいえ多額の借金背負ったんだから、しばらく仕事に励むぞ。もしかしたら、町をしばらく離れることになるかもしれない」
「あら、それは良いわね」
喜ぶレオナールに、アランは頭痛と眩暈を覚えた。
「レオ、お願いだから、自重してくれ。頭が痛すぎて眩暈がする」
「しばらく振りに顔を合わせた私の美しさに眩暈がすると言いたいのね。説教だけじゃなくて、素直に賞賛してくれても良いのよ?」
「……誰もそんなことは言ってねぇよ」
どうだと言わんばかりに胸を張るレオナールに、アランは呻くように呟いた。
「ところで、没収されていた私の財布と荷物は?」
笑みを浮かべて尋ねたレオナールに、アランが真顔で答えた。
「一応財布は返って来たけど、銀貨と銅貨しか入ってなかったぞ。あと、バスタードソードとダガーは物証としてしばらく預かるらしい。何も問題がなければ、後日返却されるらしいが」
「何ですって!?」
レオナールが悲鳴のような叫び声を上げた。元々白い肌が更に白くなっている。ぎらつく瞳でアランを睨むように見た。
「つまり、私に、武器なしで活動しろと言うの?」
「……ダオルが金を貸してくれるから、その金で必要な物は揃えられるはずだ。物にもよるが、既に支払った分を含めてかなりの借金額になるな」
アランの返答に、珍しいことにレオナールがポカンとした顔で固まった。
「もちろん無償で無期限で貸す。今回の支払いで、アランの貯金も活動用の金も底をほとんどなくなったが、ダニエルにも連絡したから、もしかしたら金を送ってくるかもしれない」
ずっと黙っていたダオルが言った。レオナールが信じられない、という顔で大きく目を瞠った。
「何それ、ひどい」
「そうだな、普通の駆け出し冒険者なら詰んでるところだ」
ポツリと呟くように言ったレオナールに、アランがやけに疲れた声で言った。
「これに懲りたら、今後の言動は慎んでくれ。これ以上借金が増えたら、冒険者活動どころか普通に生活することも不可能だ」
アランの言葉に、レオナールはガックリと肩を落とした。
レオナールが凹むとしたら、これくらいだよね、と思いつつ。
凹んだからと言って反省するとは限らないですが。
次回、武具屋と冒険者ギルドへ行きます。
以下修正。
×許されるか知って
○許されるかを知り
×知れないだろ
○しれないだろ
×屋根や床板だって普通の木だったし
○床はどこにでもありそうな砂岩で、天井板は普通の木だったし




