17 後先考えずに行動すると後悔する
人間相手の戦闘があります。苦手な人は注意。
(良く考えたらこの薬、酒と一緒に飲んだり、他の薬と併用したらどうなるか、試したことはないのよね。
通常通りなら薬が仕込まれている料理全部とこの杯三~四杯分ってところだろうけど、夕食後だからそんなには食べられないから問題ないはずだけど、薬に耐性があると気付かれて追加で盛られると、どうなるかわからないわね。
となると、早々に仕掛けて貰った方が良いかしら。薬や毒は効きにくいけど、効いた後はどうにも対処できないし。となると、あまり量を飲まない方が良いかしら?
確かこの薬を大量に飲むと、眩暈と頭痛と倦怠感で動きにくくなるし、空腹の時や体調悪い時とかだと幻覚見えることもあるのよね)
常人なら服用後四半時以内に眠ってしまう上、半日は動けなくなるのだが、レオナールの場合は人間の適量の五倍の量を服用して効果が発揮するまで半時ほどかかる。
錬金術師や薬学専門の魔術師などが調合した魔法薬ならば、効果があらわれるまでの時間を縮めたり、持続時間を延ばすことも可能だが。
「あっあのっ、とととところでそそそ損傷って、どどどどういう意味ですかっ?」
上擦った声で、おののきつつも尋ねたアリーチェに、レオナールが平然とした顔で淡々とした口調で答えた。
「神殿所属か高位貴族専属の高位神官でなければ、完全回復できなくて自然治癒も不可能な重度の損傷よ。
健康で使用するのに問題がなく維持管理費が安価でなければ、肉体労働や肉壁に使えない子供を欲しがる人なんて、あまりいないでしょ。
もしかしたら部位欠損した子供をいたぶるのが好きな変態もいるかもしれないけど、絶対数が少ないからそういう顧客のいる奴隷商や、捕獲が難しい稀少種族じゃなければ買い取りしたがらないんじゃないの。
人に限らず生き物は、定期的に餌を与えないと死ぬでしょう? 商品の維持管理だけでも大変なのに、売れるかわからないのを仕入れたりしないわ」
「ええぇっと、その……どどど奴隷商の人とお付き合いが?」
「子供の頃に一度顔を合わせただけよ。家にいた使用人の半分くらいが人さらいと盗賊だったから、連中が戦利品とか商品とかについて話してたのは聞いていたけど」
「そそそそれっ、犯罪者集団じゃないですかっ!!」
悲鳴のような声を上げたアリーチェに、レオナールは軽く眉を上げた。
「ただの事実だけど、あなた面白いこと言うわね」
「へ?」
「聞いても良いかしら。あなたが思う犯罪者ってどういう人達なの? これまで全く気にしたことなかったけど、犯罪者って自分達のことをどう思っているのかしら。
私はてっきりゴブリンとかコボルトみたいに、群れ単位で統一されているか、あるいは統率者の命令には絶対服従なのかと思ってたのだけど」
「ええぇと、は、犯罪者? かっ、考えたことはないけど、えっとえっと悪いことする人?」
「犯罪を悪いこととみなすのは、それを肯定すると不利益をこうむる人達でしょ? それを肯定して推奨する側の意見や認識が知りたかったんだけど、もしかして自分の仲間以外は全て敵なの? それとも無自覚なのかしら」
「はい?」
アリーチェはキョトンとした顔になった。レオナールは感情の見えない顔でアリーチェを見つめた。
「もしかしてあなたは、自分達のことを正しいと思っているの? それとも最初から疑問を覚えたことがないのかしら。
そうね、使う側からしたら、下す命令に疑問を感じることなく、余計なこともしないで、忠実に遂行するお人形さんの方が都合良いもの。
有能だけど命令に従わない駒より、愚鈍でも命令に従う駒の方が都合良いわよね。無能で足手まといなら困るけど、そういうのも使い方次第でオトリや生贄くらいには十分使えるもの」
「えっと、その、どういう意味ですか?」
アリーチェはゾクリと背中に冷たいものを覚えながら尋ねた。
「あら、わからない?」
レオナールは温度を感じさせない目で尋ねた。
「はい、わかりません。いったい何の話ですか?」
「あなたはバカなの? それとも頭がおかしい人なの?」
「あ、はい、それ良く言われます!」
真顔で尋ねたレオナールに、満面の笑みで答えるアリーチェ。レオナールはやれやれと言わんばかりに、大仰に肩をすくめた。
「薬が効いた振りとか演技とか無理そうだから、挑発して激昂させてそっちから手を出して貰おうと思ったんだけど、もしかしてあなた、挑発とかそういうの利かない人?
それとももっと直接的に罵倒したりけなしたりした方が良かったかしら。正直、目で見て感情が判別できない人って、どう扱ったら良いのかわからないのよね。
普段は相手が気にしてそうなところや、自信を持ってそうなところをつついて揺さぶり掛けるんだけど」
「へ?」
「相手から命に係わりそうな攻撃をされない限りは、剣を抜いちゃダメって言われてるのよね。それとも死にはしないけど行動不能になるには十分な量の薬を盛られた時点で反撃しても良いのかしらね。
わからない時はアランに聞けって言われたけど、面倒だから攻撃しても良いかしら。証言する人がいなくなれば、正当防衛ってことで誤魔化せるかもしれないわね。
犯罪は犯罪として認識されなければ、存在しないようなものだし。あなたはどう思うかしら、灰色さん。あと、隠れている黒い人の意見も聞いてみたいわ」
「っ!!」
そう言って、おもむろに剣帯で背負っている剣を抜いたレオナールに、アリーチェは驚愕しながら飛び退いた。
「あら、あなたにはあまり期待していなかったけど、一応そこそこの反射神経は持っているのかしら。なら、暇つぶしに遊んでちょうだい」
レオナールは笑っていない目でニンマリと唇を歪めて、椅子を蹴倒し、料理が並べられたままのテーブルに駆け上がり、剣を振り下ろした。
「きゃあっ!」
アリーチェは蒼白しつつも転がって避けた。レオナールは素早くテーブルから飛び降り、椅子を蹴り上げながら大きく剣を薙いだ。
アリーチェは慌ててテーブルから落ちた食器やフォーク、水差しなどを投げつけながら距離を取ろうと後退る。
(おかしいわね。天井裏にいるみたいなのに、出て来ないわ。ここの天井は頑丈そうな上に高めだから、テーブルの上で跳躍しても届きそうにないのよね。行動不能にしたら出て来るかしら?)
レオナールの気が少し逸れたその時、二間続きの奥の部屋から、暗褐色の覆面姿の男が飛び出し、短剣を投げつけた。
「っ!?」
認識できていなかった三人目の姿に、レオナールは驚きつつも慌てて剣で弾こうとしたが、間に合わず短剣は右手首をかすめてしまった。
(……毒?)
レオナールは舌打ちした。既知のものならおそらく効かないか、効いたとしてもしばらく猶予があると思われるが、この場で判断できない。
レオナールはアリーチェを無視して、三人目の男に向かって駆け出した。
「くそっ、アリーチェ! 撤退しろ!!」
「えええぇえっ!? 本気ですかっ、お頭!?」
「お頭とか言うな、このボケ娘! 邪魔だから逃げろっつってんだよ、このバカが!!」
男の言葉に、レオナールはニヤリと笑い、剣を振るって調度品の壺をなぎ倒した。
「なっ!?」
壺は近くにあったロウソクの立てられていた金の燭台を倒し、その燭台がレオナールが二度目に蹴った椅子に倒れかかり、転がった。
「きゃあっ!!」
燭台は転がって、アリーチェの足下をすくった。躓き、花瓶に頭から突っ込み、そのまま床へと転がった。
「おい! 何やってんだ、このボケがっ……ちっ!」
慌てる男に駆け寄ったレオナールが剣を大きく薙いだが、櫛状の峰のついた短剣で防がれた。金属のぶつかり合う音に、レオナールが眉をひそめた。
「ちょっと! 刃が傷むじゃないの!!」
「はぁっ!? 知るか、そんなもん! 刃が傷むのが嫌なら鞘から出さずに大事にしまっとけ!!」
「バカなこと言わないで! 使わない武器に何の意味があるのよ! ただの重いゴミでしょ!!」
男の言葉にレオナールはギロリと睨み付けた。
「くそがっ! 景気よくポンポン壊しやがって!! この苦労知らずのボンボンがっ!!」
「あら、あなたが弁償してくれるの、ずいぶんお金持ちなのね!」
レオナールは途中に膝下などを狙った蹴りを加えながら、剣を振るう。男はそれを避けたり、左手に持ったソードブレイカーで受けたり流したりしつつ、右手に滑らせた短剣を隙を見て振るう。
「抜かせ!」
(……時間稼ぎ? どうして? 上にいる黒いのも降りて来ないし……どういうこと?)
「おい、優男! その毒、大角熊あたりならとっくに動けなくなってるはずなんだが、どうしてまだ動けるんだよ!」
「……知らないの? 王国内で知られている汎用的な毒や薬の類いはだいたい耐性持ってるんだけど。自分でもどのくらいの耐性を持っているかは知らないわ。知ってる連中は全員死ぬか幽閉されているから」
「はぁ!? くそっ、金貨四枚分使ったんだぞ、おい!!」
「あら、お金持ちなのね。ムダに使うくらいなら、そのままくれれば良かったのに!」
「ふざけんな! なんでお前にやらなきゃならねぇんだ、畜生!!」
「お頭ぁっ! 逃げて下さいっ!!」
そこへ短剣を振りかぶったアリーチェが、レオナールの背中目掛けて突進して来た。レオナールはそれに気付くと身を翻し、その隙に切り掛かろうとする男の攻撃に身をそらして避けると、アリーチェの腕を掴み、盾にするよう前に押し出した。
「!?」
更に最初に蹴り転がした椅子を、アリーチェと男のいる方へ蹴り飛ばした。
「意外と重いから思ったようには飛ばないわね」
さすがに二人にはぶつからなかったが、距離を取ることには成功した。
(やっぱり屋内戦闘の訓練も必要かしら。やってみると意外と動けないものね。薬が効いてるわけじゃなさそうなんだけど。念のため《解毒》も教えてもらっておけば良かったかも)
レオナールが剣を振り上げ、二人が散開しようとした時、天井板を突き破り、何かが落ちてきた。
「!」
レオナールは慌てて剣を引き戻し、正面に構えた。アリーチェと暗褐色の衣装の男が倒れて、黒装束の小柄な男が立っていた。
「待て、《疾風迅雷》から伝言だ」
剣を振るおうとしたレオナールに、飛びすさり距離を取りつつ、天井裏にいた二人目が制止するように言った。構わず足を踏み出しながら剣を突き出し、なぎ払うレオナール。
「……以下伝言だ。『アランが泣くからあんまりおイタすんなよ、不肖の弟子。暇ができたら遊びに行ってやるから良い子にしてろ。そいつはお前の護衛に付けておくから、暇を持て余したら遊んで貰え』」
「本当? ってそれ、真顔で棒読みだと笑えるわね」
レオナールはそう言いながら、蹴りを放つ。
「同じ文面の手紙もある。《疾風迅雷》にはお前に斬り掛かられたくなければ、なるべく姿を見せないようにしろと言われたが……」
蹴りを避けながら、黒装束の男は眉をひそめた。
「他の者が来ない内にこの二人を確保して撤収したいんだが」
「じゃあ、暇な時に遊んでくれる?」
「尋問や引き渡しがあるから、早くても明後日の夕方以降になる」
「わかったわ、じゃあそれでよろしく。そっちから来てくれるんでしょう?」
「了解した。あと、俺自身から伝えたかったことだが」
「何かしら?」
「ルヴィリアをからかうのはやめて欲しい。もしかしたら俺を挑発するつもりだったのかもしれないが、あの子のいる場所でお前に接触することは決してない」
「了解よ。あなたが遊んでくれるなら、その方が断然楽しそうだもの。楽しみに待っているわ」
そう言ってレオナールが剣を鞘に収めて距離を取ると、黒装束の男は倒れているアリーチェと男を肩に担ぎ上げて、天井裏へと舞い戻った。
それを見送ってからレオナールはハッと気付いた。
「これ、後始末はどうしたら良いの?」
いつもなら文句を言いつつも率先してそれを行ってくれる相棒は、ここにはいなかった。
初期プロットでは死傷者出ていましたが、軽度に収めました。
引っ張って置いてこれかよ、と思われた方もいるかもですが。
これで次のクエストへ進められます。
黒い人はとばっちりだと思います。
レオナールの台詞にアレなところがあるのはデフォルトなので注意書き必要か否か悩みます。




