13 バカにつける薬はない
「これで用事は済んだかしら。どうする、ダオル。夕飯の時刻にはまだちょっと間があるけど」
店を出たレオナールがダオルに尋ねると、ダオルは苦笑した。
「雑貨や消耗品や薬や魔道具はアランの担当なのだろう?」
「食料品の調達と雑貨の一部なら案内できないこともないけど、私とアランならアランの方が断然詳しいのよね。あとはそうね、貸し馬屋とか騎獣屋が並んでいる通りはどうかしら?」
「うむ、それは良い。今まで利用したことがないから勝手がわからないが、ロラン滞在中は必要になるだろうし、ここで覚えておけば他でも利用できるし勉強になる」
「じゃあ、まず良く行く貸し馬屋に行きましょう。その後は経過と残り時間次第ね」
「それで良い。よろしく頼む」
「わかったわ」
レオナールが機嫌良さげな顔で微笑みながら、軽い歩調で案内する。ギルド西側の通りの奥、大通りから南に折れた辺りに貸し馬屋や騎獣屋、使役魔獣を売る店などが並んでいる。
「やはり慣れた町は人心地がつくのか、レオナール。ラーヌにいる時と違って楽しそうだ」
ダオルが笑みを浮かべながら言うと、レオナールは肩をすくめた。
「どういう意味かしら?」
「何がだ?」
ダオルは怪訝な顔になった。
「『人心地』ってどういう意味?」
「ああ、ホッとして安心するとか、くつろいだ気持ちになるとか、そういう意味だ」
「ふぅん、そうなの。悪いわね、言葉知らずで。それがどういう気持ちなのかいまいち良くわからないけど、そうね、楽しみにしていることはあるわね。直近のことなら、あなたとの手合わせとか」
「そうか、それは光栄だ。きみは本当に剣が好きなんだな」
「そうね、楽しいし面白いと思うわ。ただの素振りでも、振る度に違ってたりするもの。たとえ相手がゴブリンやコボルトでも、全く同じにはならないのが本当に面白いわ。
理想の斬り方、振り方ができればもっとずっと楽しいんでしょうけど、イメージ通りにはなかなか上手くいかないわね」
「相手がいる場合はそうなるだろうな。だからこそ、一人で鍛錬するだけでは限界がある」
「ダオルは普段は単独なんでしょう? どうやって鍛錬するの?」
「魔獣・魔物を相手にすることもあるが、たいていは頭の中に具体的な敵を想像して、それを相手に仮想戦闘している」
「へぇ、それで鍛錬になるの?」
「敵をきちんと詳細に設定・想定して、自他の評価を冷静に客観的に判断できるのなら可能だろう。たとえば、仮に敵をダニエルとして彼と戦う場合、とかだな」
「それは面白そうね。でもそれって、師匠の戦い方を良く理解できてないと難しいわね」
「その通りだ。どう動くか以上に、何故そう動くかを理解できていなければ意味がない」
「何故そう動くか、ね。つまりただ漫然と想像するだけじゃダメってことね。手軽で簡単だと思ったけど、意外と難しそう」
「そういうことだ。もっとも、おれはダニエルとの想定戦闘じゃ連敗し通しで、実戦でも勝てた試しがないから、あいつでは鍛錬にならないから他のやつを想定している」
「その人には勝てているの?」
「いや。今のところ負けっぱなしだ」
「それじゃ意味ないんじゃないの?」
「そうだな。……でも、ダニエルほど遠くはない。近々勝てるようになる、と思う」
「自信はないの?」
レオナールが首を傾げると、ダオルは苦笑した。
「いや、いずれ必ず勝つ」
「なら勝てるまで剣を振らなくちゃいけないわね」
レオナールはニヤリと笑った。
「実戦で負けたら、殺されても文句は言えないもの」
「……そうだな」
ダオルは真面目な顔で頷いた。
◇◇◇◇◇
「で、いつも利用してる店はここよ。こんにちは、ユベール。邪魔するわよ」
店の奥から馬の鳴き声が聞こえている。入ったすぐのところは待合所になっているようで、手前にいくつかの簡素な長椅子が無造作に置かれ、その奥に無人のカウンターがあり、そのかたわらに年季の入った木戸がある。
「奥の厩舎で馬に餌でも与えているみたいね」
レオナールは肩をすくめた。
「どうする? 奥へ入っても文句は言われないと思うけど、入る? それともしばらく待つ?」
「時間が掛かるようなら、待つより入った方がよさそうだな」
「……そうね。まだ厩舎の半ばも過ぎていないみたいだから、行った方が早いわね」
「わかるのか?」
ダオルが軽く目を瞠ると、レオナールは頷いた。
「ええ。この店は《防音》や《静音》の魔道具や魔法陣は使っていないから、扉越しに聞こえるもの。ダオルは聞こえないの? アランも聞こえないらしいけど、師匠も聞こえたのに」
「彼と同じにしないでくれ。おれはたぶん普通の人間よりは耳が良い方だが、ダニエルには負ける。あれは人外だ。……そう言えば、きみはハーフエルフだったな」
「ええ、そうよ。おかげでそこらの人間よりは目と耳が良いの。町中だと聞こえすぎるのも時に不都合なこともあるけど、暗視ができない状態で暮らすことを考えたら、今の方が断然良いわ。
周囲があまり見えない上にろくに聞こえない状態で毎日過ごすなんて、ゾッとするもの」
「聞こえるのが常態であれば、聞こえない状態は恐ろしく感じるのも無理はない。おれ達だって今以上に物が見えず聞けなくなることがあれば、恐い。
おれはきみやダニエルほど聞こえず、見えないから、自分の見える範囲、聞こえる範囲で想像する。全ての人間がそうするわけではないが」
「そうね。アランを見ていると、時折ものすごく無防備で驚くわ。そのくせ、妙なところで心配性なのよね、あの子。本当変な子だわ」
アランはレオナールにだけは言われたくないだろう。ダオルは苦笑した。レオナールの先導で、ダオルは貸し馬屋の店主ユベールのいるであろう厩舎へと向かった。
木戸をくぐると、少し離れた先に厩舎が見えた。
「ユベール、こんにちは。今、忙しいの?」
厩舎の入口でレオナールが大きな声で、中にいる作業着姿の男に呼びかけた。
「見たらわかるだろ、取り込み中だ。ひさしぶりだな、レオナール。何の用だ、馬を借りに来たのか?」
「いいえ。私とアランはルージュとガイアリザードがいるから必要ないわ。今回は借りないけど、お客さんになりそうな人を連れて来たの。ついでに馬を見せてあげれば良いでしょう?」
「ほう、お前にしては気が利くな」
ユベールと呼ばれた白髪交じりの茶髪の初老の男が、手を止めてこちらへ歩いて来る。
「貸し馬屋のユベールだ。戦闘用の高級馬を除けば、馬の貸出料は一律、一日につき銀貨一枚。一日分の飼料付きの値段だ。馬に与える水はそちらで用意してくれ。
一応馬車の貸出もしている。そちらは色々種類や大きさがあるから、ピンキリだ。一番安い荷馬車は幌なしで大銅貨3枚。荷を乗せるのは良いが、人を乗せるのは正直オススメしない」
「こんにちは、おれはダオル。しばらくは彼らと行動する予定だが、普段は単独だから馬を借りることはあっても馬車を借りる予定は今のところない。
どの馬も健康そうで、良い馬だな」
「ああ。怪我や病気、あるいは妊娠している馬は商品にならないから、隔離している。たまたま乗った馬で事故でも遭っちゃたまったもんじゃないからな」
「そうだな。しかし、馬は生き物だ。急に具合が悪くなることがあっても、仕方ないと思うが」
「旅先で万が一にそうなったら、客が困るだろう。それが町や村の近くならともかく、山林や崖っぷちだったりしようものなら、命に関わる。
だからちょっとでもおかしいと思ったら隔離して様子を見ることにしている。そうでなければ、客もおちおち馬を借りたりできない」
「なるほど、その通りだ。……あなたの店なら、安心して馬を借りられそうだ」
「ああ、必要になったらいつでも借りに来い。ところで、レオナール。ガイアリザードとか言ったが、どうやって入手した? まさか無許可のやつを買ったわけじゃないだろうな?」
ユベールがレオナールを睨むように見た。レオナールは肩をすくめた。
「入手した時は非合法だったみたいだけど、今はちゃんと許可を取ったわよ」
その手続きをしたのは、アランだが。
◇◇◇◇◇
日暮れ前に冒険者ギルド前で合流した。
「ああ、そうだ、レオ。これを渡しておく」
そう言ってアランがレオナールに、丈夫そうな革紐の両端に球状の金属のおもりの付いた物を手渡した。
「何、これ?」
「要るかどうかわからないが、武具屋に頼んで作って貰った。この紐の中央部を持って振り回して投げる投擲武器だ。殺傷力はあまりないから魔物や魔獣討伐には向かないが、対人や生け捕りする際には使えるはずだ」
「ああ、この前のミスリル合金で作ったやつみたいな使い方をするのね」
「そうだ。お前は近接用の武器しかないからな。投石器とかも考えたが習熟に時間がかかりそうだし、できるだけ単純なものの方が良いんじゃないか。
討伐依頼でも牽制したり、動きを阻害させたりするのには使えるだろう。それにこういった物なら場所も取らないから、携帯しやすい」
「ありがとう、アラン。使うかどうかはわからないけど、ありがたく貰っておくわ。いざって時に便利でしょうし」
「なるべくなら、そのいざって時がない方が嬉しいんだが、こればっかりは俺達の都合通りには行かないから、現状で考えられる一番最悪な状況を想定して、事前に準備しておくしかない」
「アランはその一番最悪な状況が現実に起こると考えているの?」
「嫌なこと言うな」
アランは顔をしかめた。
「絶対に起こらないで欲しいと願っているが、それでも楽観視して何も対処せずにいて、もっと悪い状況に陥ったら、どうしようもなくなるだろう。
俺は死にたくないし、お前を死なせたくないからな。特にお前に関しては何をどう想定しても、まったく予測が付かないんだから、できるだけ最善を尽くすしかない。
あとは念のため、薬草採取して毒・解毒・麻痺・睡眠薬なんかをいくつか作っておきたい。傷薬や胃腸薬や風邪薬なんかは常備しているんだが」
「毒? 魔獣用に必要なの?」
レオナールが尋ねると、アランは苦笑した。
「魔物・魔獣用にも欲しいが、対人用に弱めの毒も用意しておこうと思っている。使わずに済むのが一番だが、念のためにな。
相手が腕利きだったり、数が多い場合、動きを阻害・遅滞する手段は多い方が良い」
「そうね、人間は個体差が激しいから、これなら間違いなく殺れる、ってやり方はないもの」
「おい、今、殺す的な意味合いの言葉が聞こえたような気がするけど、気のせいだよな?」
「えっ? 向こうが武装して攻撃して来た場合は反撃して良いのよね?」
「もちろんそうだが、殺さずに無力化できるなら殺さない方が良いだろ。単独犯ならそいつをやれば済むが、何らかの組織の一員だったり下っ端や雇われだったら、本命潰さない限り同じことの繰り返しになるんだから」
「まだるっこしいわね。来たやつを片っ端から全部やっちゃえば済む話じゃないの」
「レオ、それが出来ないから言ってるんだ。コボルト程度の雑魚でも数が少ないならともかく、物量で来られると押し切られるんだぞ。
それに、そんな場当たり的なやり方じゃ、いつまで経っても埒があかないだろう」
「面倒くさいわね」
「レオ、お前はゴブリンでもオーガでもないんだから、ちょっとは頭を使え。こんなこと、わざわざ言われなくても見習い冒険者のやつにだって理解できるだろ」
真顔で言うアランの背後で、ルヴィリアがボソリと言った。
「え、バカは何を言われても理解できないでしょ。冒険者って言ってもピンキリよね。わからないやつは何言われても理解できないし」
アランが振り向いて、ルヴィリアをギロリと睨み付けた。
「余計なこと言わないでくれ。今はレオに言い聞かせてるんだ」
「わかったわ。余計な茶々入れて悪かったわね」
ルヴィリアはそう言って肩をすくめた。アランは溜息をついて、レオナールに向き直った。
「良いか、レオ。俺はお前が周りの状況を把握しながら、考えて戦闘できるようになるまで、ランクを上げるつもりはないからな。その辺、良く考えてくれ。頼むから」
「……わかったわ」
真顔で睨むように言うアランに、レオナールは頷いた。
(周りの状況を把握しながら、は一応出来てると思うんだけど、考えて、ねぇ? 何をどう考えるのかしら)
レオナールが考えていることをアランが知ったら激怒すること間違いなしである。
サブタイトルが相変わらずテキトーです。
書きたかったエピソード入れられなかったけど、次回はたぶん挿入できるはずです。
以下修正。
×借りたいできない
○借りたりできない




