2 魔術師は頭がとても痛い
「あーっ、楽しかった。やっぱり思い切り腕を振り抜いて当てる練習しないと、身体がなまるわね! 日課に素振りだけじゃなく体術も追加した方が良いかしら? 思ったより当たらなかったし」
レオナールが伸びをしながら言う。そんな相方の様子を見ようとしないアランの腕を、ルヴィリアがつついて言った。
「ねぇ、あんなこと言ってるわよ。あれ、なんで放置したの? あいつどう考えても頭おかしいわよ。なんであんなことしておいて平気なの?」
「あのな、ルヴィリア。あいつらは共に、需要と供給が一致しているんだ。誰でも良いから殴りたい者同士やりあってくれてる内は、他の善良な人達が被害に遭わない。他の人達に迷惑を掛けない限り、やりたいようにやらせてやる方が皆が幸せになれるだろう?」
窘めるような口調で言うアランに、ルヴィリアがあんぐりと口を開けた。
「ええ!? 何それ!! つまりそれって、毒をもって毒を制すとか言いたいわけ!?」
「仕方ないだろ。それが一番被害を最小限に抑えられるんだから。どうせ止めたって被害が拡大するだけなんだから。
俺だって推奨はしてないし、現状に満足しているわけじゃないけど、お前と初遭遇した時のレオを覚えているだろう? あんなのを他で無差別にやられたら困るんだよ。
俺だって相手が弱者だったり、貴族や金持ちとか面倒そうな相手や、被害届を出しそうな相手にあいつがやらかそうとしたら、さすがに止めるぞ」
「え~、何ソレ。なんかこう、根本的なところが間違ってる気がするんだけど。そういう問題じゃないでしょう? 普通、自分の相棒が倫理的に間違ったことをしようとしたら、止めたり諭したりするもんじゃないの?」
「そうして理解したり納得するようなやつなら是非そうするけど、あいつには言葉で何か言っても聞き流されたり忘れられたりする可能性の方が高いから、大抵言うだけ無駄になるぞ。
だから、基本的な読み書き・計算以外に、倫理観や常識を教えたり、情緒や感性を教え伸ばしてくれる教師が欲しいんだ。
なまなかな教育であいつが更生できるとは思えないが、少しでも社会に順応して欲しいからな。最低でも社会や国の枠組みから逸脱せず、犯罪者として指名手配されることなく一人で行動できるようになって欲しい。
じゃないと、こっちの神経が持たないからな。まっとうに生きて欲しいとまでは言わないから」
「まっとうに生きて欲しいっていうのが望めないってどういうことなの。それって、犯罪者や貧民出身者以外には求めても問題ないもんじゃないの、普通」
「だって考えてみろ。レオにその普通の生活ができると思っているのか? 少なくとも現状でそれを望むのは高望みすぎだろ」
「……要するに、とりあえずはなるべく問題を起こさない、辺りを目指すって言いたいわけ? なんか目標にするには酷すぎる内容なんだけど」
「俺だって、できればあいつにまっとうに生きて欲しいよ。でも、最初からそれを目標にしたら挫折するのが目に見えているだろう。さすがに無茶なことは要求できないだろうが」
「……頭が痛くなるわね」
真顔で言うアランに、ルヴィリアはそっと額を押さえて溜息をついた。
「ねぇ、アラン。運動したらお腹が空いたわ。何か食べに行きましょう」
レオナールが御者台のアランに声を掛けてきた。
「わかった。面倒だから昼食はギルドの食堂でもかまわないか?」
「ギルドの食堂? 別に良いけど、何か用事でもあるの?」
アランの返答に、レオナールは首を傾げた。
「ああ、ロランへの帰還の報告とか色々な。特にクロードのおっさんに言いたいことが山ほどある」
「なるほど、わかったわ。何でも良いから肉山盛りね」
「肉ならここのとこほぼ毎日山ほど食ってるだろうが。しかもここ最近ラーヌで食ってたのは、いつも食べてる肉よりかなり上等な良い肉だっただろ」
「上等な肉はそれはそれで良いものだけど、安物だってそれなりの良さはあるでしょう? 高くて上品な料理も悪くはないけどしばらくそれが続いたら、コッテリとした味の濃い肉や塩を振っただけの丸焼き肉も食べたくなるものでしょ」
「頼むから、俺に同意を求めるな」
アランは疲れたような顔で首を左右に振った。
「おれもロラン支部に拠点変更の連絡をしないといけないから、都合が良いな」
「……私は一人でも良いからおしゃれなおいしい店で食べたいんだけど」
ダオルが頷きながらそう言い、ルヴィリアが不満げな顔で言う。
「ルヴィリアも実際の活動はほとんどしなくても、一応本登録したんだからギルドに顔出して拠点変更手続きをしておいた方が良いだろう。それに馬車でこのままギルドへ向かった方がてっとり早い」
アランが言うと、ルヴィリアは渋々ながら頷いた。
◇◇◇◇◇
「あら、アラン。ずいぶん遅かったわね。それに可愛い女の子と一緒だなんて珍しいわね。まさか新人さんを親切に案内してくれたとは言わないわよね。あなた、そんな親切な男じゃないもの」
冒険者ギルド・ロラン支部の受付嬢ジゼルはそう言って、ジトリとアランを睨んだ。
「はぁ?」
アランは眉を顰めた。冷え冷えとした口調のジゼルの様子を横目に見ながら、ルヴィリアがつんつんとアランの肩をつついた。
「ねぇ、何あれ。まるで恋人に浮気された女の嫉妬みたいなんだけど。付き合ってるの?」
「おいルヴィリア、お前寝ぼけてるのか? どこを見てそんなこと言ってるんだよ。ジゼルが機嫌悪いと絡んでくるのはほぼ日常的だから、そういう妄想はやめてくれ」
「妄想ねぇ? それなら別にどうでも良いけど。もしあなたに恋人がいるなら、私も距離や付き合い方は考えてあげるわよ。こっちは本職が客商売だから、特に色恋絡みの面倒や厄介事は勘弁して欲しいもの」
「心配しなくても、そういう問題は皆無だから安心しろ。ジェラールと言い、ジゼルと言い、結構ロランには多いんだよ。たぶんそういう気風なんじゃないか」
「ふぅん、ま、どうでも良いわ。でも最初に言っておくわね。私、人間関係のトラブルって一番苦手なの。対処できないってわけじゃなくて、そういうのって噂やねたみそねみの種になるでしょう?
占術師って本当、そういうのは困るのよ。信用第一だし、人の嫉みや恨みなんか買うときついのよ。顧客は女性が多いから」
「え、あなた、占術師なの?」
アランとルヴィリアの会話を洩れ聞いたジゼルが目を瞠った。
「そうよ、本職はね。後日、本格的に商売を始める予定よ。どこでやるかはまだ決まってないけど。基本的な薬剤の調合や簡単な手当や治療もできるわ。さすがに回復魔法は使えないけど。
あなたがお得意様になってくれるなら、物や内容によるけど二割引までまけるわ。扱ってる商品は占い以外は、薬と毒と化粧品で、化粧品は受注してからその人向けに作ってるから少量な上、若干割高になるわ。でも、王都やラーヌではわりと評判良かったわね」
「ぜひ行くわ! 開業したら教えてくれる?」
ジゼルは身を乗り出して満面の笑みで言った。ルヴィリアは頷いた。
「ええ、わかったわ。今週中は準備もあるから難しいけど、来月早々には開業できるようにするつもりよ。
あとこれ、ラーヌで登録したギルド証。しばらくロランを拠点にするから。戦闘はあまり得意とは言い難いから、冒険者としての活動はたぶん薬草採取くらいになると思うけど」
「本当は虫嫌いなだけでしょ」
ルヴィリアの言葉にレオナールが茶々を入れた。その様子にジゼルが大きく目を見開いた。
「えっ、何、レオナールと仲良いの!?」
ジゼルが思わず叫ぶと、レオナールは軽くまばたきし、ルヴィリアは嫌そうな顔になった。
「やめて、この頭おかしいのと仲良くとか絶対無理でしょ。有り得ないわ。一応こいつの師匠に読み書きや常識を教えてやってくれとは言われてるし、その報酬も貰う予定だけど、仲良くなるのは一生無理よ。何かあって人格が変わらない限り」
「だって、レオナールが知らない人と会話するとか珍しいじゃない。いてもいなくても無反応だったり、でないと喧嘩売ったり罵倒したりしてるでしょう?」
「へぇ、あれがいつもなんだ。ゾッとするわね。もういっそ死ねば良いのに」
ルヴィリアがボソリと低い声で言うと、アランが眉を上げる。
「おい、そういうことは思っても絶対に言うな。レオは今はこんなだけど、」
「アラン、ちょっと黙ってくれる?」
アランが言い掛けた言葉を、レオナールが遮る。ルヴィリアとジゼルが視線をレオナールに向けると、彼は髪を掻き上げ、満面の笑みを浮かべた。
「ねぇ、私に喧嘩売ってるなら買ってあげても良いのよ? 何なら武器や魔法を使っても良いわよ。その方が断然楽しいもの。人と遊ぶのは大好きよ。
魔獣や魔物斬るのも楽しいけど、人とやり合うのは殺し合いじゃなくても、新しい発見や面白いことがあって飽きないもの。できれば命を賭けて本気で殺り合いたいわぁ。殺して良いなら、そっちの方がもっともっと楽しいもの。ねぇ? ほら、どうするの?
出来れば魔法使ってくれると嬉しいわ。なんだっけ、《隠蔽》と《知覚減衰》と《認識阻害》? 他にも色々使ってくれても良いわよ。詠唱終わるまで待っててあげるから」
ルヴィリアはゾワリと全身に寒気を覚えた。ガクガクと足が震え始める。ダオルが無言で支えてくれたので、危うく転ばずに済んだ。
「……なっ」
「ねぇ、楽しませてくれるのかしら? それともちょっとふざけただけ? できれば死ぬ気殺す気で来てくれると、とっても嬉しいわ。どうしたいの、ルヴィリア」
ニンマリ笑うレオナールに、ルヴィリアは悲鳴を上げて気絶した。
「おい、レオ」
アランが咎めるようにレオナールを軽く睨むと、レオナールは肩をすくめた。
「だって死ねって言われたのよ? 死ねって言われたら、相手を殺しても良いわよね。危害を加えられるかもしれないんだから」
「駄目に決まってるだろ!! 死ねって言われて武器を抜いて襲われたなら仕方ないけど、そうじゃないなら無闇矢鱈と相手するな、わざわざ煽るな!
だいたい、今のはそういうニュアンスじゃなかっただろう。わからなかったとは言わないよな?」
「だって《隠蔽》《知覚減衰》《認識阻害》付きのを斬ってみたかったんだもの。あれ、どうなってるのか興味ないの、アラン。なんかぼやけて見えたり、感覚がズレたりするのよ。
たぶん慣れたらなんとかなるけど、あれ、ルヴィリア程度なら余裕を持って対処できるけど、速い獲物に掛けられてたら結構面倒よ。だから死なない程度に斬ってみたいんだけど」
「お前、まだ諦めてなかったのか!」
「そんなこと言われても、まだ一度も斬ってないのよ。ルージュが咆哮で解除しちゃったから、巨大蜘蛛もアラクネも魔法なしだったし。
少なくとも練習くらいはしておかないと、もっと強い敵が使ってきたら私たちじゃ対処できないわよ」
「だったら鍛錬でやれよ! いちいち喧嘩売ろうとするな!! なんならルヴィリアに詠唱とか術式教えて貰って、俺が幼竜とかダオルとか模擬戦相手に掛けてやるから」
アランが睨みながら言うと、レオナールは肩をすくめた。
「わかったわ」
「おれも鍛錬するから、ロラン滞在中であれば、いつでも好きな時に模擬戦相手になる。ダニエルにも鍛えてやってくれと言われている。
二、三日は拠点の確保や色々準備をするから早朝と夕方になるが、それを過ぎたら日中でも問題ない」
「えっ、本当!? やったぁ! ダオルが相手してくれるならそっちの方が良いわ!! ありがとう、ダオル。是非よろしく頼むわね!」
ダオルの言葉に、レオナールは心底嬉しそうに言った。
「……今、ものすごく有り得ないものを見たんだけど、幻覚かしら」
ジゼルが信じられないとばかりに大きく目を見開き、ニコニコ笑み崩れているレオナールと、そんな彼に微笑むダオルを見つめた。
「幻覚じゃないから安心しろ。ダオルもしばらくこっちに滞在するらしい。ダニエルのおっさんの知り合いの剣士だ。おっさんみたいな化け物じゃないけど、強い」
「……えぇと、つまり、強い人だからレオナールが認めてなついたってこと?」
ジゼルがアランに尋ねると、アランは肩をすくめた。
「どうかな。でも、レオが嫌ってはいないのは確かだ。レオとは目標とする戦闘スタイルは全く違うけど、俺はレオがダオルを見て戦闘を学んで、考えてくれると嬉しいと思ってる。
あいつの意見は聞いたことはないけど、ダオルと組むのを嫌がったことはないな。それにダオルが怒ったところを見たこともない」
「へぇ。レオナールを普通に相手してくれるなんて、変人か良い人なのかしら。それに忍耐力とか耐久力とかもすごくありそう」
「それほど長い付き合いではないけど、頼りになる良い人だ。強いだけじゃなく落ち着いていて、Aランクなだけあって魔獣のこととか色々知ってるし」
「Aランク? さすがにロランにはAランク向けの依頼なんてないわよ。ここのところたまたま、Aランク向けの依頼が出たりしたけど、この辺りは強い魔獣もいないし、そんな仕事が出ることなんてほとんどないもの。高くてCランクとか」
「……まぁ、しばらく俺達についていてくれるらしいから、たぶんそれについては気にしなくて良い。いつまでかは未定だが、用件が片付くまでロランにいる予定だ。
そんなことより俺はクロードのおっさんと話がしたいんだが、今会えるか? 無理そうなら出直すが」
「ギルドマスター? ちょっと待ってて、聞いてくるわ」
「じゃあ、その間に食堂で昼飯済ませて来る」
「わかったわ。じゃあ、私も後で食堂行くから」
「了解。おいレオ、先に食堂へ食べに行くぞ」
アランがレオナールに声を掛けると、レオナールはニッコリ笑った。
「できれば肉厚で脂身がある食べ応えのある肉が食べたいわ。煮込みより焼いたのが食べたいけど、なければ煮込みでも良いわ。パンは噛むと味が出るやつ。柔らかくてフワッとしてるのはなんか物足りないのよね」
「……お前、実は高級料理店より安い飯屋の方が好きだろう」
「そうね。アランに言わせると質より量ってことになるのかしら」
「俺の言いたいことが良くわかったな。つまり、お前には高い料理は食わせるだけ無駄ってことか?」
「そんなことは言わないわよ。別に嫌いじゃないし、たまに食べる分には良いと思うわ。毎日食べたいとは思わないけど」
「毎日食べたいと言われても経済的に無理に決まってるだろ。今のところ生活費は全額クロードのおっさん持ちとは言え、そんなにたくさんは預かってないんだから。
安上がりで助かると言えば良いのか、微妙な気分だな。宿代や食事代は節約できた方が有り難いのは確かだが」
「肉なしじゃなければ文句は言わないわよ」
レオナールの返事に、アランは嫌そうな顔になった。
「お前、それ、肉さえあれば味も値段も種類も問わないってことか?」
「その通りだけど、何か問題ある?」
文句があるかと言わんばかりに胸を張って言うレオナールに、アランはガックリと肩を落とした。
「俺がどれほど野菜や小麦を選んで、栄養とかバランスとか色々考えて料理しているかってのは、お前にはどうでも良いことなんだろうな」
「当たり前でしょ、何言ってるの。ねぇ、アラン。私、肉以外のものに文句つけたことはないはずよ?」
アランは内心、殴りたいと思いつつ、眉間を押さえた。
(まぁ、こいつも野菜や果物は嫌だと言っても一応食べてはいるんだから、問題はない……はずだ)
だが、むなしいと感じてしまう気持ちは止められなかった。
「ネット小説大賞」に応募することにしました。
そのため、あらすじを書き換えましたが、微妙なのでまた書き換えるかもです。
あらすじ書くのと、ネーミングが苦手です。
実はレオナールは「くたばれ」が「死ね」と同義語だと理解していません(罵倒語だとは知っている)が、本文中からその辺カットしました。




