13 祭壇と少女
「本来ならば、レッドドラゴンは罠か番人代わりだったんだろうなぁ……」
気を取り直したアランは、幼竜の足に巻かれていた鎖の先にあったいくつかの歯車やレバーのある大きな装置を見て言った。
「混沌神のシンボルがここに描かれていて、5本あるレバーの内3本を倒すと、ここに太陽、月、大地を意味する古代魔法文字が並ぶ。たぶん日蝕を意味してるんだろうな。
この状態だと幼竜の鎖が短くなって、奥の部屋に進めるようになる。まぁ、この装置を作ったやつの意図は無駄になったが」
「どうでもいいから先へ進みましょうよ」
退屈そうにレオナールが言う。その隣に、レオナールの肩先に鼻を擦り付け「きゅう」と鳴く幼竜。使役魔獣というよりは愛玩動物のようだ。
アランはちょっと現実逃避したくなって天井を仰ぎ見た。
「……ああ、いっそ幻覚だと思いたい……」
「往生際が悪いわね」
レオナールが呆れたように言う。アランはふっと苦い笑みを浮かべ、
「俺は面倒事は嫌いなんだ」
「諦めなさいよ」
ハン、と鼻先で笑うレオナール。アランは頭痛をこらえるような顔で言う。
「仕方ないだろ、俺は小心者なんだ。こんな事になって、どんな報告を上げたら良いんだよ。まともに書いたら、頭おかしくなったのかとか、ホラふかしてやがるとか思われても仕方ないぞ?」
「大丈夫よ。百聞は一見にしかずって言うしね。見れば納得するでしょ」
「危険な使役魔獣は立ち入り禁止とか言われて、追放されたらどうすんだ」
「そしたら、ロランを離れて別の町に行けば良いじゃない。私たちがロランを本拠地にしたのは、師匠が紹介してくれたのがロラン支部だったからってだけじゃないの。他にこだわる事もないでしょう?」
「……ようやく顔を覚えて貰ったところだったのに」
アランは呻くように言ったが、レオナールは理解しがたいと言わんばかりの表情である。
「え? アランってば、そんなにロランの町を気に入ってたの?」
「別にそういうわけじゃないが、幼竜とは言え、レッドドラゴンを受け入れてくれるようなところが何処にあるのかとか考えたら、ものすごく頭が痛い。この大きさじゃ宿屋には泊めて貰えないだろうしな……」
アランは虚ろな瞳で、宙を見つめた。彼は本気で不安になって考え込んでいるのだが、残念な事に、はたから見れば不気味としか見えなかった。
「大きめの家か倉庫でも借りれば良いんじゃない? たぶん倉庫ならいけると思うわよ。っていうか、なんで今からそんな事考えてるのかサッパリ理解できないわ」
「レオ、お前……今の内に考えておかなきゃ、どうすんだよ? それに食費の問題だってあるからな。俺達の稼ぎでドラゴンなんか飼えるのか?」
「食料なら問題ないじゃない。私たちは冒険者なんだから、自給自足すれば良いでしょ。討伐系の依頼なら、討伐証明部位以外を売却するか否かは自由だから、一石二鳥だしね」
レオナールがにっこり笑って言う。
「ああ、この子のおかげで、これからいっぱい心行くまで剣を振り回せそうね!」
「……どうせお前はそういうやつだよ」
アランはガックリと肩を落とした。
「でも、こんなところで考え込んでいても仕方ないでしょ? 気持ち切り替えて、さっさと先に進みましょうよ。余計な事考えてたら、失敗の元よ」
オーロンはレオナールとアランのやり取りを無言で見守り、ダットは退屈そうに、部屋の奥の扉の前でしゃがみ込んでいる。
「とりあえず、罠はなさそうだよ。鍵もかかってなさそう」
つまらなさそうに、ダットが言う。
「ほら! いつまでもウジウジしないの!! 男の子でしょ?」
「……くそ、レオのくせにお袋みたいな事言いやがって」
ぼやきながらも、アランはレオナールに促されるまま、ノロノロと歩いた。
「あ、ところでアラン」
「なんだ?」
アランは嫌そうに、レオナールを見た。
「嫌な予感は、まだしてる?」
嬉しそうなレオナールの言葉に、アランが無表情になった。
「してるのね! という事はこの先に何か大物がいるのね!! ドラゴンよりも脅威になる魔物って何かしら。楽しみね!」
レオナールは、ウキウキと奥へ向かう両開きの扉を押し開けた。
「ドラゴン以上の脅威……?」
オーロンの呟きが漏れた時には、既に扉は開かれていた。そこに鎮座していたのは、銀色に輝く槍斧を握る巨人──ゴーレム──だった。
「……ちょっ……!」
ダットがおびえの混じった驚愕の声を上げる。オーロンが慌てて戦斧を構え、レオナールの後を追うよう走った。憂鬱そうに、アランが杖を構える。ヨタヨタとぎこちない動きで、幼竜が続く。
「あー、ゴーレムかぁ。ちょっと相性悪くて苦手なのよねぇ。でもまぁ、思いっきり斬りまくれるってところは魅力よね!」
レオナールが舌なめずりしそうな顔で抜刀し、突撃する。銀色の巨人の左膝あたりに、ガツンと当たった剣が弾かれ、咄嗟にレオナールは飛び退いた。
大きく振りかぶられた、人の顔と同じくらいの大きさの槍斧の刃が、先程までレオナールがいた場所を通り過ぎる。
「動きは遅いみたいだけど、硬いわね。アラン、牽制するから、何か魔法使って!」
アランは溜息ついて、頷く。
「了解」
諦念の表情である。オーロンはちょっと悩むような顔をしたが、レオナールとは逆側から斧を振るう事にした。ダットは弓を構える事もなく、後方で戦闘を見ている。
「特にやる事もないし、他に敵が来ないか、索敵だけしとけば良いよね」
他人事のように言うダットの声を聞いて、眉間に皺を寄せながら、アランは《炎の壁》の詠唱を開始する。
ヨタヨタと歩く幼竜がようやくレオナールの元にたどり着き、「きゅう」と鳴いたかと思いきや、おもむろにグルリと回って、尻尾でゴーレムの左足を攻撃した。レオナールはちょっと驚いた顔で、ジャンプして幼竜の尻尾を避け、その直後、鈍い轟音と共に転倒するゴーレムに、軽く目を見開いた。
「あら、ラッキー。手伝ってくれて有り難う」
レオナールは幼竜にウィンクして、ガンガンと左膝を集中してバスタードソードを繰り返し叩きつけ始める。
ゴーレムは起き上がろうと身もだえしているが、右手の槍斧を手放す事なく、左手を床につくような事もないので、起き上がれずにいるようだ。
アランの額に冷や汗が流れる。ダットが口笛を吹いた。オーロンは今の内とばかりに、右肩の付け根あたりを斧でガッツンガッツン殴りつける。集中攻撃している箇所に、少しずつだがひびが入り始めている。
幼竜がジャンプして、ゴーレムの腹の上に乗る。そして、そこで短い足をよたつかせながら、タップダンスもどきを踊り始める。
「ぶほっ」
ダットが思わず吹き出した。たぶん、あれで攻撃しているつもりなのだろう。時折尻尾もバシンバシン上下に振って叩き付けたり、ジャンプしたりしている。レオナールとオーロンは気にせず攻撃し続けている。
アランの眉間の皺が深くなったが、ようやく詠唱が終了する。杖を持っているのとは逆の左手で拳を作り、高く掲げた。
「あなた、ちょっと、そこを離れてこっち来なさい」
レオナールが幼竜に手招きして、後ろに下がる。オーロンも慌てて距離を取る。全員離れた事を確認したアランが魔法を発動させる。
「《炎の壁》」
途端に、ゴーレムが炎に包まれる。物言わぬゴーレムは無言でじたばたと手足を動いて藻掻いていたが、だんだんと動きが悪く小さくなっていく。追加の魔法がいるか、と次の詠唱の準備をするか迷っていたアランだったが、その様子を見て、杖を下ろした。
「アラン、有り難う、感謝してるわ!」
レオナールが満面の笑みで言い、
「……そりゃどうも」
仏頂面でアランが答える。
「あなたも有り難う。お手柄よ」
レオナールは幼竜を撫でて言う。
「きゅうきゅう」
ご機嫌そうに幼竜が鳴く。
「さすが魔術師だな、アラン殿」
オーロンが笑顔で言う。
「ゴーレム相手にこんな楽な戦闘したのは初めてだ」
頷くオーロンに、頭の後ろで両腕を組んだダットが、不思議そうに尋ねる。
「え、旦那はゴーレムと戦った事があるの?」
「うむ。里の坑道で古いゴーレムをうっかり掘り当ててな。あの時は、ここで死ぬのかと思ったものだ。一緒にいた弟が里の戦士を応援に連れて来てくれたので、なんとか助かったが。わしが里を出て旅に出ようと思ったのも、それが理由の一つだ。あのようにゴーレムが出ても、足手まといではなく、ちゃんとした戦力となりたい、と思ったのでな」
オーロンは頷いた。
「……ゴーレムって、掘り当てる事があるんだ」
ダットは顔をしかめた。
「まぁ、古代王国のものか、誰か故人の廃棄物だろうな」
オーロンは苦笑した。
「先にも後にも、わしの里でゴーレムを掘り当てたのはわしだけだという話だ。まぁ、そうそう出て貰っても困るが」
「普通の人間の村なら下手すりゃ全滅するね」
魔法の炎が消えた時には、熔解した金属の塊がいくつか残っていた。
「ふむ、これはミスリルの合金だな」
オーロンの言葉に、レオナールの目がギラリと光った。
「何? じゃあ、売れるの、これ?」
「まぁ、多少混じり物はあるようだが、鍛冶屋では欲しがるかもしれんな。まだ熱そうだから、冷えたらいくつか持ち帰れば良かろう」
オーロンが頷くと、レオナールが満面の笑みを浮かべた。
「ふふ、今回はこれが一番の収益になりそうね」
アランとて金銭は嫌いではない。今後の事を考えれば、いくら金があっても困ることは無い。
竜の餌代やその養育にかかる費用の事など考えたくもなかったが、レオナールがそれを真面目に考えるはずはないので、アランの担当になるだろう。
「……いかん、頭痛がしてきた」
額を押さえて呻くアランの肩を、ダットとオーロンがぽん、と叩いた。アランが顔を上げると、二人がタイミング良く揃って、「頑張れ」と言わんばかりに親指を立てた。
「…………」
「なんて顔してるのよ、アラン」
怪訝そうにレオナールが言う。ちょっぴり涙目で、僻み口調でアランが答える。
「お前、本当、いい性格してるよな」
「そうね。私ってば、本当いい性格で、最高に素晴らしいわよね。だからひざまずいて、称え崇めても良いのよ?」
「羨ましくないけど、羨ましい性格してるよ。厭味が通じないあたりが、最高だよな」
アランは言った。
◇◇◇◇◇
部屋の左右に同じような扉のついた部屋がある。右の部屋は無人だった。大きなテーブルと椅子があり、書棚やベッドなどがあり、また床には、先に見た魔法陣とは微妙に別の記述の魔法陣が描かれていた。
5、6、8、9文字目が異なる。5・6文字目は場所の名前の指定であり、8・9文字目はアランの知識にあるものだった。
「現代標準語に訳せば、『混沌神オルレースの加護の下、識別名《麦の里》、場所名《研究室》より、対象物または人を欠ける事無く、指定の位置への転移を命ずる』だな」
アランの言葉に、オーロンが顔をしかめた。
「すまん、アラン殿。その、『対象を欠ける事無く、指定の位置への』というのが、8・9文字目の意味でよろしいか?」
オーロンが言うと、アランは頷いた。
「ああ、その通りだ。ごく一般的な転移用の魔法陣には必ずと言って記述される定型だな。これがない魔法陣は、利用すると何が起こるかわからなくて恐いから、俺はなるべく利用したくないな」
悪気はないが、良い笑顔で言われて、オーロンは苦い顔になった。
「その、例の魔法陣の意味がわかったら、どうか教えて貰えないだろうか」
「ああ、そう言えば、二人はあの魔法陣を使ったんだよな。何処に連絡すれば良いか教えて貰えれば、そうしよう」
アランは頷いた。
「しかし、書棚はあるけど空っぽとか。机もベッドも使った形跡はあるから、今はいないけど、以前に誰かがここにいた事は確かだな。
放棄されたのか、それとも単に留守なのかわからないが、確実に言えるのは、人間、またはそれくらいの大きさの何かが、ここに暫く滞在していた、という事だな」
「この魔法陣が何処へ繋がっているのか、確認しなくても良いのか?」
オーロンが尋ねる。
「俺はしたくないな。無闇に乗って、正体もわからない敵の真ん前なんかに出たら恐すぎる。俺達が受けた依頼は調査だ。ここまで調べれば、後はギルドや依頼者が判断するんじゃないかな」
アランは首を振った。
「大変だ! 旦那!! 黒の兄さん!!」
ダットが駆け込んで来た。
「どうした?」
オーロンとアランが振り返ると、蒼白な顔のダットが、
「とにかく来てくれよ!!」
とオーロンの腕を引いて駆け出した。後に残されたアランは首を傾げなが
ら、二人についていく。向かう先は、ゴーレムのいた部屋の左手の部屋である。
その部屋の中央には巨大な祭壇があり、そこには少女が横たわっていた。それをレオナールと幼竜が両脇から覗き込んでいる。そこへ、三人が到着した。
「どうなっている?」
アランが険しい表情で、レオナールに尋ねる。
「眠っているだけ、に見えるわね」
レオナールは普段通りの顔で言った。そこに横たわる少女の髪は真っ白であり、肌も青白く感じられるほどに白い。
着ている服も、金の刺繍がされているものの純白のローブであり、彼らが持ち込んだ灯りがなければ真っ暗闇の洞窟の一室、大理石で作られたと思われる硬い祭壇の上で、彼女がすやすやと寝ている様は、異様だった。
レオナールがそっと、左手を少女の口元に近付ける。
「呼吸はしてるし、脈拍もある。場所はおかしいけど、それ以外は問題なさそうね。アラン、この子、魔法か何かで眠らされてるのかしら?」
レオナールが首を傾げて尋ねた。
「俺は神官じゃないから、治療とか診察はできないんだが」
アランはそう言い、しかし、念のため少女に近付き、様子を観察する。
「……呪いや魔法の眠りや毒の気配はない、と思う。専門じゃないから、間違ってるかもしれないが。とりあえず、彼女が普通の人間だとしたら、保護するべき、なんだろうな」
アランはしぶい顔で言う。
「まぁ、仮に保護したとしても、私たちじゃその後の責任は持てないわよね」
レオナールが言った。
「ふむ。だが、このままにしておくわけにはいかんだろうな」
オーロンが頷く。
「じゃあ、どうするの?」
ダットが聞く。
「とりあえず、オルト村まで運ぼう。わしが抱いて運ぶ事にしよう」
オーロンの言葉に他の三人が首肯した。
たぶん次か、そのまた次くらいで1章完結するはず、です。
残りは後始末編的な感じですが。
以下を修正しました。
×ちょっと相性苦手なのよねぇ
○ちょっと相性悪くて苦手なのよねぇ




