12 レッドドラゴン
戦闘および残酷な描写・表現があります。
最初に遭遇した時点ではゴブリンとコボルトが半々くらいで、計二十数体だった。コボルトはすべて装備なしの素手で爪や噛みつきなどの攻撃、ゴブリンは全て装備ありで杖持ちの魔術師なども混じっているようだ。
レオナールの先制により、コボルト3匹が戦闘不能、ゴブリン2体が軽傷。次いでダットが放った矢により杖持ちゴブリン1体が戦闘不能、弓持ちゴブリン1体が肩を負傷し動きが鈍くなる。
オーロンが雄叫びを上げて、まだ攻撃を受けてない敵や軽傷の敵を引き付け、アランの《鈍足》が発動して十数体の動きが鈍くなった。
そこへ新たなゴブリン6体が到着。レオナールが叫びながら突撃、牽制する。だが、更に後方に10体のゴブリンのグループが三々五々と走って来るのが見える。
(どれだけ来るんだよ)
アランは心の中でぼやく。アランは新手の十体の進路を予想し、そこを標的に《炎の壁》の詠唱を開始する。
ダットは最初に来ていた後衛のゴブリンを引き続き連続で攻撃、内3体を攻撃不能または行動不能にさせた。
オーロンは近付こうとするコボルト達を蹂躙、牽制し、4体をほふった。
レオナールが躍るような軽い足取りで駆けながら、続けざまに2体のゴブリンの腹を切り上げ、切り下して、行動不能にする。
ダットが速射でゴブリン3体の眉間を射抜いて倒したところで、アランの≪炎の壁≫が発動。新手の10体の内、8体が炎の壁に飲まれ、2体が逃れた。
オーロンが振り回す戦斧は、その刃に触れたコボルト達を次々に跳ね飛ばし、4匹が痙攣して動かなくなった。
アランが残りの新手のゴブリン2体を倒すべく、≪炎の旋風≫の詠唱を開始。
ダットがゴブリン3体の頭部を次々に居抜き、レオナールがゴブリン3体の首や肩、胸などを斬り付けて倒し、更に1体の背後に回って背中に斬り付け、顔を上げると、険しい表情になる。
「アラン! 後ろ!!」
アランが詠唱を中断して背後を振り返ると、コボルト8匹が瓦礫を掻き分け、こちらへ来ようとしている。
「……マジかよ」
舌打ちするが、前方の敵──ゴブリン5体、コボルト1匹──は数は少なくなったが、距離はそれほどない。
アラン以外の3人ならば、攻撃を食らってもたいした事はないが、アランは攻撃が少しかすっただけでも結構なダメージになる上、詠唱も妨げられる。
今なら後方の敵に《炎の矢》一発分くらいなら詠唱・発動できるが、その後に距離を詰められたら、逃げられなくなる。
焦るアランの前に、残りのコボルト1匹を倒したオーロンが踊り出る。ダットも武器を弓からダガーに切り替えて、ダッシュした。
二人の姿を目にして、ようやくアランは冷静になった。舌打ちして、《鈍足》の詠唱を始めた。
オーロンが、ようやく障害物のない場所へ抜けて来た先頭のコボルト2匹を、雄叫びを上げつつ豪快に振るった戦斧で跳ね飛ばす。
ダットはゴロゴロ転がる岩の残骸を盾にして、コボルト達の死角、特に腕や足下を狙って、一撃を加えては逃げる事の繰り返しで、徐々にダメージを与えて行く。
アランの《鈍足》が発動し、コボルト達の動きが悪くなる。ここぞとばかりにラッシュをかけるオーロンと、首を狙って攻撃を仕掛けるダット。
その間にレオナールが、残りのゴブリン5体を倒し、行動不能になっている敵にとどめを刺して、応援に駆けつける。《炎の矢》の詠唱を始めたアランの脇を走り過ぎ、低く身体を屈めた次の瞬間、飛び上がった。
「これでラストぉおっ!!」
レオナールが右に、左に、スイッチしながら、剣を薙ぎ、最後の2匹を斬り飛ばし、剣を高く掲げてハイテンションで大きく叫んだ。
「……おい」
アランが、白い目でレオナールを睨んだが、レオナールは剣を掲げたまま、笑顔でウィンクした。
「全部でゴブリン28、コボルト20、計48! 内、コボルト5匹とゴブリン10体は私が倒したから、討伐数トップはこの私ね!! 行動不能でとどめを刺した8体は計算に入れないであげたわ!」
「わざわざ数えてたのかよ」
呆れたようにアランが言うと、力強く頷くレオナール。
「危うくオーロンに超されそうだったから、思わず飛び込んじゃったわ」
嬉しそうに言うレオナールに、オーロンは苦笑し、ダットは肩をすくめた。
「お前、子供みたいな事すんなよ。危ないだろ、レオ」
アランがしかめ面で言うが、レオナールは気にしない。
「大丈夫、アランが私に魔法の制御ミスってぶつけたりしなければ」
「お前が射線に出て来たり、無闇矢鱈と突撃しなけりゃ、俺だってそうそうやらかさねぇよ」
ムッとした顔でアランは言い返した。
「まぁ、それはともかく、他に敵がいないか確認して、さっさと移動しましょう」
レオナールは大仰に肩をすくめて言った。
◇◇◇◇◇
周囲に残党または新手がいないか、4人で手分けして確認したが、問題なさそうだとわかったので、先に進む事にした。暫く進むと、十字路に出た。
「昨日見た十字路に似てるけど、違う場所みたいだ」
軽く伸びをしながら、ダットが言い、
「左の通路は奥に両開きの扉があるわ。右にも広めの空間があるみたいだけど、誰も何もいないみたい」
肩をすくめて、レオナールが言う。
「……左には行きたくないな」
アランが言うと、レオナールがにっこり笑った。
「じゃ、左に行きましょ!」
「おい!」
レオナールを睨むアランを無視して、レオナールは足取り軽く左に進む。
「……良いのか?」
オーロンがアランに尋ねる。アランは首を左右に振って、溜息をつく。
「嫌だと言ったら、レオが一人で行っちまうから仕方ない。あいつ、俺が危険物発見器だと思ってやがる」
「『危険物発見器』?」
オーロンが怪訝な顔になる。アランは苦い顔になる。
「まぁ、先に進めばたぶんわかる」
そう告げて、レオナールの後を追う。オーロンは首を傾げ、ダットは軽く肩をすくめ、それから連れ立って二人を追う。
「……鍵が掛かってる」
扉の前で、むすっとしたように、レオナールが言って、アランを見る。
「念のため魔力を温存したいから、《解錠》の呪文を唱える気はない」
フンと鼻を鳴らしてアランが言うと、レオナールの眉が上がった。
「じゃあ、力尽くでもぶっ壊す」
抜刀しようとするレオナールに、ダットがその腕に飛びつくように、しがみつく。
「ちょっと待った! オイラが鍵を開けるから!! ったく、罠とかあったらどうすんだよ。物理罠ならともかく、魔法罠だったら、何が起こるかわからないんだよ?」
ダットが前に出て、扉の前でしゃがみ込む。ベルトから下げた袋から鍵開け道具を取り出し、解錠作業を開始する。ダットの様子を見ながら、オーロンは苦笑する。
「……ずいぶん手慣れているな」
「そりゃまぁ、これが仕事だし?」
言いかけて、ダットはハッとして振り向いて、オーロンを軽く睨む。
「気が散るから作業中に声掛けるのやめてくれる?」
この場にいる全員が「理由は違うだろうに」と思ったが、何も言わずに、ダットの作業を見守った。カチャカチャと暫く音が続いたが、ほどなく、カチャリと錠が降りる音がした。
「開いたよ。罠はないから、開けられる」
ダットはそう言って、両手で扉を押し開きかけ、隙間から見えた光景に硬直し、思わず手を離した。同じ光景を見たアランが呻き、オーロンが目を見開いた。
「なんてこった、レッドドラゴンだ。あの大きさならおそらくまだ幼竜だろうが……最悪だ」
アランが、絶望的な声と表情でそれを見上げ、苦しそうな声で低く呟いた。
ダットはぽかんと口を開けて硬直している。オーロンは戦斧を掲げ、難しい表情になった。
しかし、そんな空気を読まず、レオナールが嬉しそうに叫ぶ。
「うふふ、やったぁ! 本日の獲物もーらいっ!!」
そしてレオナールは、半ば閉じかけている扉を押し開け全開にして、金髪を靡かせ満面の笑みを浮かべ、一人飛び込んだ。
「おっ、ちょっ、おま……っ!」
慌てて三人が彼を捕まえようとするが、遅かった。かろうじてダットとアランが彼の肩や腕に触れる事ができたが、彼らの筋力では捕まえられなかった。
「ふざけんな、レオ!! 俺達の能力と装備で、ドラゴンなんか倒せるはずないだろ! 早まるな!!」
アランは絶叫した。そして、一人で飛び込んで抜刀しかけたレオナールがふと、幼竜の手前で立ち止まる。
「あら? あなた、動けないの?」
何を言ってるんだ、とアランは言おうとして、レオナールの見ているものに気付いて、扉を押さえたまま、立ち止まる。
オーロンがアランが押さえているのとは逆側の扉を押さえ、ダットと共に、中へ入った。
レオナールは、その場で屈み、背嚢を下ろすと、中から昨日ここで入手した、カビかけの古い豆の入った麻袋を取り出した。
そして、袋の口を緩め、中の豆を幼竜の首が届く位置にざらざらと床にこぼした。
「お腹空いてるんでしょ、好きなだけ食べて良いわ。空腹は辛いものね」
珍しく穏やかな笑みを浮かべて言うレオナール。幼竜の足には、幾重にも鎖が巻き付き、その可動範囲を制限している。入り口付近には来られないが、レオナールの屈んでいる場所は、幼竜が移動すればブレスや尻尾などで攻撃のできる場所である。
「……おい、レオ……」
アランは蒼白な顔で、レオナールに声を掛けた。幼竜がゆっくりと鎖を引きずりながら二歩進み、舐めるように古豆をペロリと食べ尽くし、更に催促するようにレオナールを見つめながら、小さく鳴きながら首をクイクイと動かした。
レオナールがもう1袋の古豆を取り出すと、ざらざらとぶちまけた。それを更にがっついて食べる幼竜に、レオナールが苦笑する。
「大丈夫よ、誰も取ったりしないから、ゆっくり食べなさいな」
最後の豆を食べ終わり、意外とつぶらな瞳で、幼竜がじっとレオナールを見る。
「豆はこれだけしかないわ。だけど、外にコボルトとゴブリンの死体があるから、後で食べさせてあげる。それより、その鎖、痛そうね」
レオナールが言うと、幼竜は心持ち悲しそうな顔になって、かすれるような小さな声で鳴く。小さく頷くと、レオナールは立ち上がり、
「ちょっと待ってて。今、その鎖を斬ってあげる。ちょっと剣抜くけど、あなたには当てないから恐がらないで」
そう言って二、三歩下がると抜刀し、
「はぁっ!!」
と、幼竜の足に巻かれた鎖目掛けて振り下ろす。慌てて駆け寄ったアランだが、幼竜は動かなかった。呆然と見つめるアランの前で、じゃらりと音がして、鎖が落ちた。
レオナールがそれを外して誰もいない方へ投げると、幼竜の鼻面をそっと撫でた。
「良い子ね。……痛かったでしょ? 良く我慢してたわね」
にっこり笑うレオナールに、アランがおそるおそる声をかけた。
「……おい、大丈夫なのか?」
レオナールは振り返り、にっこり笑った。
「この子、人間の言葉は喋れないみたいだけど、おとなしくて良い子ね!」
レオナールの言葉にアランは複雑な表情になった。
「ぇ、ぅおい、レッドドラゴンって竜種の中でもかなり凶悪な部類なんだぞ? 普通の成竜なら、交渉どころか会話も成立するかどうか。
もし会話が出来たとしても、狡猾で凶悪で凶暴なんだ。幼竜の目撃情報は聞いた事がないから知らないが……」
「あなた、狡猾で凶悪で凶暴なの?」
レオナールが振り向いて、幼竜に尋ねる。幼竜は不思議そうに首を傾げた。
「知らないってよ?」
レオナールがアランに言った。
「え? でも文献には……」
「アランも実物見たのは初めてでしょ?」
「そりゃそうだが……いや、本当にレッドドラゴンは危険で、人とは相容れない生き物、のはずなんだが……」
幼竜はもっと撫でろと言わんばかりに、レオナールの手に鼻を擦り付ける。
「ふうん?」
そう言って、レオナールはよしよしとばかりに、幼竜の鼻を撫で上げる。気持ち良さげに目を細める幼竜を見て、アランは呆然と呟く。
「……レッドドラゴンが手なずけられた?」
その様子を見て、オーロンとダットも武器をしまい、警戒を解いて近付いて来る。
「ふむ、空腹時に食料を与えられて、主と認められた、というところだろうか」
「竜を飼い慣らす話なんて、おとぎ話か遠い異国の話でしか聞いた事ないね」
オーロンとダットの言葉に、アランが泣き出しそうな、困惑したような、怒っているような顔で、嘆くように叫んだ。
「なんだよ、それ!!」
絶叫するアランを迷惑そうに、レオナールと幼竜が見た。
「だって、だって、おとぎ話や伝説にも、名高い悪竜として知られるレッドドラゴンだぞ!?
善竜として有名なゴールドドラゴンやシルバードラゴンならともかく、なんでレッドドラゴンが餌を与えられたくらいでなつくんだ!?
だって下手すりゃ家畜だってそっぽ向く状態の古豆だぞ! それをそのまま食べてなつくんだよ!! おかしいだろ!?」
「まぁ、そんな話は寡聞にして知らないが、目の前で見ていたからな。信じるしかあるまい」
「だね。オイラも信じられないけど、見ちゃったしね」
頷くオーロンと、肩をすくめるダット。アランは不意にうずくまり、拳で床を叩いた。
「……ドラゴンなんか、なつかせてどうすんだよ!! だいたいこの大きさじゃ邸内通れないだろ!!
使用人通路狭すぎて、こいつ通れないだろ!? どうすんだよ!! 得体の知れない魔法陣使って移動しろってか!?」
嘆くような顔と声で叫びながら、床を叩き続けるアランを、全員が可哀想なものを見る目で、生暖かく見つめた。
思ったより書けませんでした。
戦闘シーン書いてて、何度か敵の数間違えて、数え直し、修正してたせいもありますが。
冒頭シーンおよび今話の戦闘後の話は、私が実際、TRPGでやらかしたプレイを元にしています。
いつも判定ミス多いくせに(回数だけなら成功と半々)、こういう時だけ判定成功して、格上テイムでパーティー全員より強い竜をゲット!したのでGMに嘆かれました。
以下修正
×背負い袋
○背嚢(表記を統一)
×げぇえっと
○もーらいっ




