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37 ギルドにて

「ずいぶん機嫌が良さそうだな、アレク」


 ヘルベルトは眉間に皺を寄せつつ言った。アレクシスは唇を心持ちゆるめて、のんびりと机の上に書類を並べたり、置いた書類を手にとって眺めたり、その束に新しい書類を挟んだりしている。


「今回は、貴重なレッドドラゴンの幼体を間近で見る事ができたからな。鱗の一枚一枚にまで、Bランク魔獣の魔晶石並の魔素が満たされているのだ。

 死んだ成体のドラゴンの鱗一枚に含まれる魔素でもBからAランク魔獣の魔晶石級だが、生きた成体のドラゴンならそれより更に高い魔素があると推定できる。

 実に素晴らしい。かなうことならば、実験用の魔道具をこちらへ取り寄せて色々研究したいが、結局最後までドラゴンには触れられなかった。

 ドラゴンという生き物は、あのように幼い個体ですら強力で誇り高い。この僕を威圧するのだぞ? レオナールがそばにいない時は、近寄ることもできない。

 ふふっ、あれは本当に美しい生き物だ。生きたドラゴンには並の剣や槍は弾かれ、下手な魔術では無効化されるが、おそらくあの魔素が原因なのだろうな。

 威圧する際には、全身から膨大な魔力が発散される。しかも、指向性を持ってだ。竜の息(ブレス)や魔法を見ることはできなかったが、あれだけでも価値がある」


「ふざけている場合か! 仕事が溜まってるんだぞ。これ以上周囲に迷惑掛けるな!! 俺にも迷惑掛けている自覚があるのか!?」


「僕の部下は、上司の不在に慣れているから問題ない。どうせ、お前の指図がなくともどうにでもなる程度のことだろう。でなければ、わざわざ僕の後を追い掛けてくるはずがない」


「あのな、アレクシス。時は金なりだ。お前が無駄な時間を費やせば費やすほど、俺の貴重な時間が無駄に消費される。頼むから早くしてくれ。だいたい、そんなこと後でもできるだろう。何故、今やるんだ」


「お前に対するささやかな嫌がらせだ」


 アレクシスがニッコリ笑って言うと、ヘルベルトは渋面になった。


「お前な……何故そういう……くそっ、何が望みだ」


「今度、ドラゴンの標本を取って来てくれ。理想は生きたまま捕獲だが、無理そうだからなるべく損傷が少ない遺骸でかまわない。出来ればレッドドラゴンが希望だが、難しいようなら種別は問わない。ただし、飛竜(ワイバーン)などのドラゴン亜種は除く。それならいくつか持っているからな。

 正真正銘のドラゴンだ。前から欲しいと思っていたし、間近で見たいと思っていたが、ドラゴンのあのなめらかで美しい鱗と来たら!

 死んで魔晶石や竜石を失ったドラゴンの鱗は、色あせくすんだ色になってしまうが、生きているドラゴンの鱗は色鮮やかで溢れんばかりの魔素の輝きを持っている。

 やはり、この世で一番美しい生き物はドラゴンだ。間違いない。どこかでドラゴンの卵を入手できれば最高だな。あの魔力の輝き、強大さ。あれほどのものは、他の種にはないものだ。

 成体のドラゴンの飛翔を見た事があるか、ヘルベルト。ドラゴンは他の生命と異なった法則で空を飛んでいる。翼の動きと飛翔速度・方向その他が一致しないのだ。

 あれはおそらく魔術、いや魔法だ。解明できれば、いずれ人が空を飛ぶことも不可能ではない。僕はドラゴンを心から愛しているが、同時にその神秘の全てを暴きたいとも思っている。

 それが、生きたドラゴンの全身を切り刻む事になろうとも、神の御技を暴くことになろうとだ。不遜だと思うか?」


 ウットリとした目と口調で語るアレクシスに、ヘルベルトは深い溜息をついた。


「今更だろ。病気だとは思うが。まぁ、目の前にレッドドラゴンの幼体がいるにもかかわらず我慢したのは、お前としては我慢強かったとは思うが」


「心外だな、許可なく『他人のもの』に手を出したりはしない。いくら心惹かれてもな。幼竜が彼のものである限りは、彼の許可無く手を出すことはない。

 この世にレッドドラゴンの幼体があの個体のみというわけではない。他に代わりがあるのに、そのような無体はしない。

 代わりの入手が困難だとしても、不可能ではない。一度失敗したために諦めていたが、彼を見て諦める必要はないとわかった。彼にできたなら、僕にもできると思わないか?」


「……全く面倒な」


 ヘルベルトは苦虫を噛み潰したような顔になった。



   ◇◇◇◇◇



 アランは冒険者ギルドへ行く前に、アレクシスとヘルベルトに挨拶をするか悩んだが、結局そのまま冒険者ギルドへ向かう事にした。

 冒険者ギルド施設内は、混雑していたが、相変わらず一つだけ窓口が空いている。


「……全く人が並んでないわけじゃないんだけどな」


 さえないおっさんと話すより、見目良く若い女性と話す方が楽しいという気持ちは理解できなくはないが、ここまで差があるのはジャコブが哀れだ、とアランは眉をひそめた。


(ジャコブは話してみると結構良いやつなのにな)


 多少お節介なところがなくもないが、余計な詮索をしたりしないし、ダニエルのことを知っても態度を変えなかったし、必要以上に絡んだり距離を詰めて来る事もない。


(ジゼルみたいに訳のわからない絡み方されるのも、面倒だからな)


 ジゼル──ロラン支部所属の受付嬢──がアランの本音を知ったなら、嘆く事間違いなしである。アランにとってジゼルは赤の他人とまでは言わないが、今のところ親しい知人・友人枠にも入っていない。

 業務外で会ったり話したりしたのが、現時点で『かぼちゃのキッシュ』絡みだけだというせいもある。ジゼルがアランを食事その他に誘ったことが一度もないというわけではないが、その全てを先約・多忙、面倒だという理由でその場で断っているせいである。


(そもそも、俺、そんなに親しくないやつと食事したり飲みに行ったりしたいとは、思わないからなぁ)


 億劫または面倒だと感じるため、必要がなければなるべく避けたいと思っている。ロランの門番・ジェラールと飲みに行った事があるのは、彼が誰にでも気安く馴れ馴れしい性格である他、下っ端とは言え日頃から門番と仲良くしておくと、何かと都合が良いという打算がある。

 ジゼルのことは嫌いではないが、知人以上の関係になる気がない。より正確にいえば、その利点や必要性を感じていない。

 相手に好かれている自覚も皆無なため、『時折良くわからない理由で怒ったり絡んだりしてくる上に、面倒な依頼を紹介してくる変なやつ』だと思っている。


「おはよう、アラン。珍しいな、こんな時間に来るのは。聞いたぞ、面倒に巻き込まれたらしいな。大丈夫だったか?」


 アランの番が来ると、ジャコブが苦笑しながら挨拶した。アランは肩をすくめた。


「何を持って大丈夫というのかはわからないが、この通り処分もなく無罪放免だ。予定より遅くなったが、先日の報告書を持って来た。報告内容に変更はないから、書類の提出だけでも十分だとは思うが」


「あ~、ちょっと聞きたい事もあるから、昼飯一緒に食わないか?」


 ジャコブの言葉に、アランは怪訝な顔になった。


「なんだ、何か問題や不備があったのか? 必要なら、ダオルやレオも連れて来るぞ」


「別に問題があったわけじゃないし、たいしたことじゃないんだが、そっちの都合に任せる。なんだったら奢っても良いし、」


「有り難う、ジャコブ! 是非ごちそうになるよ、四人、いや五人分頼んだ!!」


「は!? 五人って何だ、そんなにいたかよ!?」


「ダニエルのおっさんも昨日来たからな」


「聞いてないぞ! だいたいダニエルさんが来てるなら、俺が奢る必要あるのか、おい!!」


「何言ってるんだよ、ジャコブ。奢ると言ってきたのはそっちだろう。別に強制はしてないぞ」


「ダニエルさんがいるなら、下手な店には連れて行けないだろうが」


「あのおっさんはそんなこと気にしないぞ? 味音痴っぷりはレオと変わらないし、毒とかなくて食べられるなら問題ないと思ってるから、どんな店でも大丈夫だ」


「俺の気持ちの問題だよ。あの人にずっと憧れてたんだ。救国の英雄で、世界に九人しかいないSランク冒険者の一人だぞ、アラン。わかってると思うが、すごい人なんだからな」


「そう言われても、あのおっさんときたら、剣士としてはすごいが、とんでもない変人だぞ。Sランク冒険者って実は変人しかいないんじゃないか?」


「おい、あんまりそういう事を大きな声で言うな。余計な敵を作るぞ」


「別にラーヌが本拠地ってわけじゃないし、既に手遅れだろ。わざわざ面倒事起こしたいとは思ってないが、俺達ここへ来て以来ろくな目に遭ってないし」


「……そうだな」


 溜息ついて言うアランに、ジャコブは気まずげな顔で頷いた。アランが何か言いたげにジャコブを見つめると、視線をそらされた。


「なぁ、念のため聞くけど、ラーヌの他の新人冒険者も、俺達みたいな目にしょっちゅう遭ってるのか?」


「そんなわけないだろ、お前らが特殊なんだ。半月も滞在してないのに、どうしてそんなに厄介事や面倒事に遭うんだ? そりゃ、お前ら初めて見た時から絡まれそうなやつだとは思ったが、ちょっと酷すぎるだろう」


「それは俺が聞きたいよ。ロランでも良く絡まれたけど、数はともかく規模や程度はここまで酷くなかったぞ。ロランならせいぜい小競り合いとか嫌がらせとか喧嘩程度で、少なくとも領兵団詰め所に出頭させられるような事は皆無だった。

 いくらラーヌがロランより都会で賑やかで人が多いとは言え、ちょっと問題多すぎだろう」


「……お前らが予想以上の問題児なのは良くわかった」


「俺達のせいかよ?」


 アランが眉間に皺を寄せると、ジャコブは肩をすくめた。


「まぁ、お前らのやらかした事を知った連中がお前らに絡むことはないだろう。あり得ないくらいに派手にやったからな。お前らが一方的に全面的に悪いわけじゃないが、原因が皆無ってわけじゃない自覚はあるだろう?」


「……主にレオナールが原因だとは思うけどな」


 アランが深い溜息をつくと、ジャコブは呆れたような顔になった。


「いや、お前も大概だぞ」


「何!?」


 驚いたように目を瞠ったアランに、ジャコブが苦笑する。


「お前ら、ちょっと目立ち過ぎるんだよ。世の中に恐いものはたくさんあるが、嫉妬はその内の一つだ。自覚しないと、これからも厄介事に見舞われるぞ」


「嫉妬? なんでだよ。そんな嫉妬されるような事があったか?」


「最たるものはダニエルさんと知己だって事だが、他にも有名人や高ランク冒険者の知り合いがいるだろ。何よりもお前ら若くて見目が良い上に、実績がまだほとんどないのに装備が中級冒険者と比べても良すぎるだろう。

 金にもコネにも困ってなさそうだし、女に不自由しないだろうし、何より登録したての新人にしては、全く苦労しているように見えない上に、強く見えない。これで嫉むなというのが無理だろう」


「苦労してないってことはないぞ。見習い期間中は、ダニエルのおっさんにさんざん振り回された上に、登録直前に放り出されたんだ。あのおっさん、死ななければ問題ないというタイプの戦闘狂だからな。

 レオと来たら、目の前のやつを斬ることしか考えてない脳筋だし、何度言っても射線に出るし、突進するし、俺が制止しないと置いてきぼりにしかねないし」


「お前らさ、身支度マメだし、変なもの着てないし、毎日洗濯して、水浴びか清拭も毎日かかさないだろう?」


「それはレオも熱心だし、俺がきっちり管理してるからな。でも、着る物は古着だし、繕い物や洗濯を始めとする家事全般は俺の担当だし、別に金を掛けてるわけじゃないぞ?」


「ところが、それだけで冒険者連中の中じゃ目立つんだ。言葉遣いとか所作とかも上品だしな」


「レオはともかく俺は普通だぞ。なるべくレオに変な言葉とか振る舞い覚えて欲しくないから、気を付けてはいるが」


「差し支えなければ聞きたいんだが、レオナールって貴族のご落胤か金持ちのお坊ちゃまか? いや、言動はアレで違和感はあるんだが、普通の平民にはとても見えないんだが」


 ジャコブは真顔で、声をひそめて尋ねた。その途端、アランが苦い顔になった。


「あー、それ、どうしても聞きたいか?」


「すまん、言いたくないなら、別に良い。ただちょっと、気になっただけだ。ただ、そうだとしたらあの女言葉とかはおかしいとは思うんだが、何か事情があるんだろう?」


「……まぁ、色々とな。でも、たぶん聞かない方が良いぞ」


「そうか。なら、聞かないことにする」


「良いのか?」


 アランが尋ねると、ジャコブは頷いた。


「俺は日々平穏無事に過ごす事を望む、役職なしのしがないギルド職員だからな。困った事があれば力になりたい気持ちはあるが、お前らの場合、これ以上なく頼りになる保護者がついているからな」


「あのおっさん、味方も敵も巻き込んで殲滅しかねない厄介な人だから、あの人を頼りにするのは他に手がない時の最終手段だ。英雄より、災厄と呼んだ方がたぶん実情に合ってる」


「アランはダニエルさんが嫌い、もしくは苦手なのか?」


「嫌いじゃないし、味方でいてくれるならその方が有り難いとは思ってるぞ。どちらかと言えば苦手だし、あの人を巻き込むと事が大きくなる上に厄介だから、なるべく頼らずになんとかしたいとは思っている。

 あの人、それほど親しくない人はすごく格好良く見えるし憧れたりもするが、親しくなれば親しくなるほど、親しくなったことを後悔するような駄目なおっさんなんだ。

 憎めないし嫌えないけど、食えないし油断ならないから、無防備に懐いたり信頼するのは無理だな。うっかり油断して信頼すると、酷い目に遭わされたり、足下すくわれかねない」


「そんな風には見えないんだが」


「嫌な予感がするから絶対嫌だと言っているのに、下手すると死にかねないコボルトの巣の罠にわざと掛からせたりするんだぞ。一応助けてくれたが、そもそもあの人のせいだし。

 見習い時代にも、角猪の通る獣道に立たされて、突進してくるやつの動きをしっかり見ろとか言われたし」


「おい、アラン。お前、魔術師だろう? それとも近接戦闘とか体術の心得があるのか?」


「そんなのあるわけないだろう。数歩手前にレオがいたけど、ものすごく心臓に悪かった。レオも剣を抜かずに見ろと言われて指示に従ったから。

 思わずヤバイと思って目を閉じたら、おっさんが脇から出て来て斬りつけて足で蹴り転がしたらしいけど、俺が見てなかったからもう一度やるぞって言われて、翌日同じことやらされたんだ。

 すげぇ良い笑顔だったぞ、目を瞑らなくなるまでやるからなって。レオは間近でおっさんが剣を振るとこ見られるって喜んでたけど」


 アランが仏頂面で言うと、ジャコブはうわぁと呟き、嫌そうな顔になった。


「……それは、キツそうだな」


「ああ。そんな調子でロラン周辺の魔物や魔獣は一通り実践で学ばされた。あのおっさんとレオに常識とか意味がないから、慣れるまでは生きた心地がしなかった」


「慣れたのか?」


「慣れなきゃどうしようもないだろう。どれだけ嫌だと言っても無駄なんだから。でなけりゃ冒険者になるのは諦めて故郷へ帰ってるよ。恐いと思う気持ちはなくならないし、戦闘で接近されるのは苦手だが」


「そうか。戦闘とか腕っ節はからっきしだから何とも言えないが、ダニエルさんって、魔術師に対する理解とかあんまりないのか?」


「あのおっさん、何でも自分が基準なんだよな。自分が規格外だって自覚はあるみたいなのに」


「そうか、大変だな。頑張れ、としか言えないが」


「あのおっさんに関しては諦めてる。……で、ジャコブ、本当に奢りで良いのか?」


「給料前だからあんまり良くもないが、かまわない。昼の二つ目の鐘の鳴る頃に来てくれ」


「わかった。じゃあ、また後で」


「ああ、またな」


 挨拶を交わして、アランはギルドを後にした。

サブタイトル微妙に合ってない気がします。

更新遅れてすみません。


ガッと削ってまた増やして、を繰り返してる気がします(汗)。


以下修正。


×あったかのか

○あったのか

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