36 遅すぎる忠告に、魔術師は青ざめる
レオナールが戻って来たのは、昼近くになってからだった。
「楽しかったけど、さすがにちょっと疲れたかも。途中で干し肉食べたとはいえ、腹空いたわね。ねぇ、ルージュ、ちょっと寄り道しても良いかしら?」
「きゅうきゅう!」
レオナールが幼竜の鼻筋を撫でながら言うと、頷きを返す。長い尻尾を立ててゆらり、ゆらりと左右に揺れる。この頃の幼竜は、歩く際に以前ほど身体が左右に揺れなくなった。体重移動なども無駄がなくなってきたように見える。その結果、移動・反応速度が上がった。
(私も負けてられないわね)
幼竜との狩りはとても楽しい。回数を重ねる毎に相手の意図が通じやすくなり、連携が良くなっていることや、互いに学ぶことがあることもその理由の一つだが、一人の時は『何でも良いからとにかく斬りたい』という欲求のままに剣を振っており、結果はどうでも良く、効率なども考える必要がなく、無駄が多かった。
(具体的な目的がないと、集中力も落ちるし、雑になるし、頭を使うこともないって事かしらね)
最初は狩りのついでに餌を与えて邪魔なゴミを処分できるから、一石二鳥だと思っていた。
(ルージュがいなくなったら、今よりずっとつまらなくなりそう。一人で何も考えずに思うままに振るのも嫌いじゃないけど、それほど新しい発見がないのよね。
アランと一緒だと、やりたくてもできないことが多すぎるのよね)
アランが無能というわけではないし、一緒だと便利なことが多いのも確かだが、慣れた狩り場に共に狩りに行くということになると、足音や気配を消すことも、周囲に注意を払うこともできず、体力がなく移動も遅く、咄嗟の判断力もあまり良いとは言い難いため、足手まといになる。
パーティーメンバーとして戦士あるいはその他前衛職が入れば、また違うのだろうか、とも考えてみた事はある。だが、その場合、面倒事や煩わしさの方が多そうだ。
(ルージュは嘘ついたり騙したりしないし、文句言わないし、言ったとしても理解できないもの)
人の一番恐ろしいところは、外見で敵味方を判別できないこと、嘘をついたり偽装したり誤魔化したり、同一人物が相手や状況によって態度・言動が変化したりするところだ。
(それに人間って何故か、同じ群れの同種族間でも優劣つけたがるから、面倒なのよね。それだけなら良いけど、死ぬ覚悟も斬られる覚悟もなく攻撃してくるのが一番理解できないわ)
全ての人間がそうだというわけではないが、冒険者にはその傾向が強いように感じる。レオナールが外見で侮られやすいことに加えて、自覚なく喧嘩を売っているせいもあるが。
(アランは戦士の仲間が欲しいみたいだけど、余計な文句を言わず、無駄なことや邪魔をしない人じゃないと、絶対困ると思うのよね)
そして冒険者という輩は、ある程度の実力がある場合、大抵自意識が強く、自分に自信がある。これまで自分が成功してきたやり方にこだわる。信仰心がそれほど篤くなくとも、縁起にこだわるものも多い。
かといって、手垢のついていない全くの新人、あるいは同年代の冒険者と組めるかといえば、
(少なくともロランにはいないわね)
彼らと同年代の冒険者が全くいないわけではないが、仲間を募集している者はいないし、実力も性格も雲泥であり、遠巻きにされている。
実力がある者はその大半が既にパーティーを組んでいるし、そうでない者は性格や言動に問題があったり、好んで単独活動している。
パーティーを組む者達は、同郷であったり、あるいは紹介だったり、積極的に声を掛けて勧誘していたりする。レオナールとアランの場合、それらは期待できない。
(ロランで話しかけてくる連中って、だいたい喧嘩吹っ掛けてくるやつらだし、それ以外はほぼ避けられてるものね)
となると、二人の噂を知らない者か、知っていても避けたり怖じ気づいたりしない者でなければ、難しいだろう。それ以外となると、何かたくらみがあるのではという疑いが拭えない。
(諦めた方が良いのに)
ダニエルが紹介してくれるのならば、多少は期待できるかもしれない。だが、あまり期待できない。彼らに対する理解度はともかく、本人の倫理観や感覚、基準が大雑把すぎ、言葉や説明が少なすぎる。仲間候補として紹介されたのがルヴィリアという点を鑑みれば、尚更だ。
(ルヴィリアは問題外として、ダオルが一緒に行動してくれるとかなり楽よね。言葉が足りないところはあるけど、無駄口利かないし、面倒な言動もないし。
でも、ランクが違いすぎるし、他にやる事がある時は手伝ってもらえないだろうから、パーティーメンバーにはならないわよね。
ダオル並に実力があって、文句言わずに着いてきてくれる人がいれば良いけど、難しそうよねぇ)
何の肉かはわからないが、串焼きの店を見つけて、歩み寄る。店員の男が近付いて来る幼竜に気付いて、ギョッとした顔になるが、逃げずにその場に留まった。
「串焼き三本、いえ五本ちょうだい」
「あ、ああ。しばらく待ってくれ。そ、その連れているのは使役魔獣か?」
「ええ、そうよ。ほら、ちゃんと首輪しているでしょう? これが認識票」
そう言って、レオナールは幼竜の顎の影で見えにくくなっている首輪からぶら下がる銀色の認識票──冒険者ギルドに登録された使役魔獣である事を示す印章やその種別・名前・使役する主人の名などが刻印されている──をつまみ上げた。
「それにしても、ずいぶんデカイな。そんなにデカイのはあまり見たことがない。王国軍の伝令用に使役される鷲獅子は、翼を拡げなければ体長3メトル前後、体高2メトル弱らしいが、空を飛んでいるのはともかく目の前に降りてきたことはないからな」
「へぇ、それって成獣よね。鷲獅子ってもっと大きいのかと思ってたわ」
「そんなにデカかったら、使役・飼育するのも、騎乗するのも大変だろう」
「それもそうね」
そんな話をしている内に肉が焼けたらしい。
「できたぞ、穴兎の串焼き五本、銅貨十五枚だ」
言われた金額を渡して、肉を受け取った。
「毎度あり! また来てくれ」
そう言って愛想笑いを向ける男に、レオナールは手を振り、食べながら家へと向かう。
(ちょっとしょっぱいわね。汗かいたから、ちょうど良いけど)
このところ美味い肉を食べていたので少々物足りないが、小腹を満たす分には問題ない。
(さすがに朝食はもう残ってないわよねぇ。食べられるなら冷めてても良いんだけど。ああ、でも、さすがに冷めたスープは飲めないわね)
脂の浮いた塩気のない冷たいスープの味を思い出して、背筋を振るわせた。
(あれ、白い脂が浮いているのも気持ち悪いけど、肉も硬いし、時間が経ちすぎるとヒドイにおいがしたり、酸っぱくなるのよね)
レオナールが酸味のある食べ物を苦手とするのは、傷んだ食べ物を食べて酷い目に遭ったことが幾度かあるからだ。吐いたり下したり、熱を出すなどして、ようやくそれらは食べてはいけないのだと学習し、避けるようになった。
もちろんアランが悪くなったものや、腹を壊すようなものを食べさせたりしないとわかっているが、無理に食べると冷や汗をかいたり気持ち悪くなるため、なるべく食べたくない。
さすがにそんな事情を知ればアランも無理に食べさせようとはしないのだが、レオナールがそれを言わないため、好き嫌いが多いとしか思っていない。
レオナールは、どうしても食べたくないものは拒否したり、後で吐き出したりしているため、わざわざ説明する必要性を感じていない。
(頼んだら、軽食作ってもらえるかしら? 最悪、水とパンと干し肉でも良いわ)
気持ち、足取りが速くなった。
◇◇◇◇◇
「あのさ、今回の依頼の件、一時報告は済ませているが地図とか提出するよう言われてるから、できるだけ早めに行っておきたいんだが」
アランが言うと、ダニエルが頷いた。
「わかった。報告書とか地図の写しとか、もうできてるのか?」
「ああ。レオはいてもいなくても同じだから、ギルドへ行って来ようと思うんだ。どうせ暇だし」
「なら、ダオル、頼む。アランについてってやってくれ」
「了解した」
ダニエルの言葉に、ダオルが頷いた。アランは不思議そうな顔になった。
「え? 別に俺一人で大丈夫だぞ。変な連中は一掃されたんだし、俺一人ならそんなに絡まれることもないし」
「違ぇよ、バカ。昨日言ったこともう忘れたのか?」
ダニエルが小声でボソリと言ったことで、アランはハッと思い出し、真剣な顔になった。
「わかった、有り難う。手間取らせて悪いが、同行頼む、ダオル」
「いや、問題ない」
「俺は今日一日ここにいるが、アレクシスとヘルベルトは今日、王都へ戻る。たぶんお前がギルドから戻る前には帰還してるだろう」
「そうか、なら挨拶しておこうかな。お世話になったし」
「へぇ、あいつが? 珍しいな。気に入られたのか?」
「そういうのじゃなくて、出会い頭に厄介事に見舞われてたからじゃないか。でなかったら、ダオルが同行してたからついでだろう。まぁ、ちょっと変な人だと思うが、《浄化》も教えてくれたし、すごく良い人だよな」
「えっ……あいつ、そんな良い人とか言われるようなやつじゃないぞ。ああ見えて結構人見知り激しいし、ものすごくワガママだし、傲岸不遜な上に面倒臭がりで、自分のしたい事しかしないサボり魔だから、金を積んで頭を下げて懇願しても他人の頼み事とか聞かないぞ」
「そうなのか。じゃあ、ドラゴンに興味津々だったから、それでかな」
アランがそう言うと、ダニエルはギョッとした顔になる。
「お、おい、それ、あのレッドドラゴンの幼体、無事なのか!? あいつ、解剖したり引き取りたいとか言わなかったか?」
「言ったけど、レオナールと幼竜が嫌がったら引き下がってたぞ。なんか餌を食べる姿とか観察したりしてたみたいだが」
「あいつ、忍耐なんてできないから、お目付役なしで我慢できるとはとても思えないんだが、よく無事だったな。お前ら、すっげぇ幸運だぞ、それ。あいつときたら、魔獣のこととなったら、信じられないくらいバカになるからな。あれは幼児の駄々より、タチが悪い」
「そうなのか。まぁ、熱心で好きなのは間違いないだろうとは思うが」
「あれは、頭がおかしいレベルだぞ。何度かそれでやらかしてるんだ。いくら金を積んでも首を振らなかったDランク冒険者が、睡眠薬盛られてその隙に使役魔獣を奪われた。結局は金を払って片をつけた。
まぁ、その時点で骸になってたから、金を貰えなきゃ泣き寝入りするしかない。確か希少なスライムの変異種だったかな」
それを聞いてアランは思わずゾッとした。
「そ、それ、レオとあの幼竜に実際やったら、とんでもないことになるだろ。《蒼炎》の二つ名と噂はいくつか聞いたことがあるけど、あの人幼体とは言えレッドドラゴンと単独でやり合えるくらいなのか?」
「さすがにドラゴンと一対一は無理だな。せめて一個中隊つけないと。レオ一人なら護衛がいなくてもやれるだろうが」
ダニエルがそう言って、肩をすくめた。
「……実行する前に諦めてくれて良かったよ」
アランが言うと、ダニエルは苦笑した。
「いや、諦めたわけじゃないと思うぞ。現状では無理だから実行しなかっただけで、目算ついたらやるぞ。あいつ、しつこいからな。いつでも連絡くれとか言われたなら、警戒した方が良い。
アレクは自分に利害のないことには指一本動かさないからな」
「それ、とんでもない人に借りを作ったってことか?」
「対価を要求されなかったなら、たぶんそうだな。あいつ、本当貴族らしい陰険で面倒な性格してるから」
ダニエルの言葉に、アランは蒼白になった。
あと2〜3話で今章完結予定です。
別の副題つけるなら「うまい話には穴がある」かも。
以下修正。
×面倒なな
○面倒な




