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29 騒がしい騎士とマイペースな魔術師

 見習い兵士または従士と思われる年若い少年達が人数分の肉の入ったシチューやパンなどを部屋に運び込み、給仕する。


「飲み物はエールでよろしいでしょうか?」


「僕はワインを頼む。産地や銘柄は、任せる」


 アレクシスが給仕役の少年にそう言って、両腕を組んで目を閉じた。ダオルが他の三人に確認するような視線を向け、アランとルヴィリアは頷き、レオナールは無反応のまま、身動ぎせずに目の前の皿をじっと見ている。


「レオ?」


「水が欲しいわ」


 レオナールはアランの問いかけに答えつつも、目の前に並べられる皿から目を離さない。アランは肩をすくめ、代わりに給仕の少年に告げる。


「すまない、こいつの分は水で、他はエールを頼む」


(緊張している、というより警戒しているのか。最近初めての場所に来たり、初対面の人間に会っても、以前よりリラックスしてて、だいぶ良くなってきたと思ってたんだがなぁ。やっぱりまだしばらく単独行動させない方が良いかもな)


 警戒心バリバリの獣のようだ、とアランはこっそり溜息をついた。その姿に、八年前、初めてレオナールに食べ物を与えた時の事を思い出した。


(あの頃に比べたら、挙動や表情とかは人間らしくなってはいるんだけどな)


 残念ながら現在、その言葉遣い・口調・仕草および言動は、あらゆる意味で彼にはそぐわないものになってしまっている。

 八年前、初めてアランがレオナールをまともに認識した頃の彼の行動・反応は、アランの常識では異常といって良いものだった。

 通常、人はどれほど寡黙で表情の変化が少ない者でも、なんらかの思考や感情が、目や口・所作などに表れるものだと、アランは考えているが、レオナールにはそういう動きまたは変化が感じられなかった。

 初期は空腹時にしか人前に現れなかったせいもあるが、空腹か否かくらいの違いしか、読み取れなかった。

 感情や知性、心の機微といったものを感じさせない、眉一つ動かさない無表情な顔は、爬虫類またはそれに似た魔獣、あるいは精巧に作られた無機質な人形のような印象を与えた。

 何かを真顔で注視していたり、眉はほとんど動かさずにわずかに目を細めたり、顔を動かすことなく視線だけを動かしたり、どこを見ているかわからないぼんやりした目付きでいたり。


 後になって気付いたが、ぼんやりしているように見える時は、空腹、または興味がない、あるいは周囲に耳をすませているようだ。たまに考え事をしている場合もあるが。

 肩や腕、歩き方などを見て、緊張しているのか、逆に力を抜いているのかを判別できる。


 レオナールは、二十代後半以上の成人男性が苦手、あるいは強い警戒心を抱きやすく、また成人男性の大声や物音などに過敏に反応する。

 それは彼が物心ついた時から、その年齢の男性──オクタヴィアン・シェリジエール、セヴィルース伯爵の元部下で、ウル村の徴税などを担当する役人だった子爵──とその意を組んだ使用人に、日常的に罵倒あるいは怒鳴られたり、暴力を振るわれたりしていたためである。

 アラン自身は、父や次兄が普段から大きめの声で話しがちであり、何かあれば怒鳴るような口調で話しかけられる事が、しばしばあったため、喧騒や大声が聞こえても何とも感じない。男兄弟が四人もいれば、家族全員が集まる夕飯時は大騒ぎである。自然、話す声も大きくなる。


 アランの父は2メトル近い長身に加え、アランの約二倍の肩幅とアランの太ももほどの上腕を持つ、筋肉隆々の巨漢である。田舎の農夫より、冒険者や海賊・山賊の方が似合いそうな外見だ。

 三白眼に、眉間が繋がりそうな太い眉。日に灼けた禿頭。分厚い大きな唇と、ガッシリとして前に突き出しているような頑丈そうな顎。額や頬骨が高く、その分目の周辺がくぼんでいるように見えるため、ますます凶悪に見える。

 大きな白い歯を見せて笑えば、慣れない者には威嚇しているようにしか見えない。その容姿・体躯にみあった低い割れ鐘のようなしゃがれ声も、拍車をかけている。


 大抵の子供には恐れられる容貌と声音で、確かにレオナールは初めてアランの父と遭遇した時には、強い警戒を見せていたのだが、彼が自分に危害を加えないとわかると、徐々に慣れていった。

 アランのすぐ上の兄に対しては、彼の言動が粗暴になりがちなせいか、最後まで慣れなかったようだが、それ以外のアランの家族とはそこそこ良好な関係を築いていたと思う。

 アランは次兄とはあまり仲が良くない──いがみ合ったり憎み合ったりしているわけでもないが──ため、特にフォローしなかったせいもあるだろう。その事で次兄に絡まれた事も時折あったが、アランは自業自得だと思っている。


(そういえば、兵士達の半分くらいは、エルン兄みたいな体格・外見か)


 エルンとはアランの二つ年上の次兄・エルネストの愛称であり、明るい茶色の髪に緑の瞳の、父親譲りの体格の良い男である。声も大きく、悪人ではないのだが、がさつで少々乱暴なところがある元ガキ大将である。

 エルネストは手加減というものができないため、腕や肩などを掴まれれば痣ができ、歩く度に大きな物音を立て、戸は蹴破る勢いで開け、怒鳴ってるいのか喋っているかわからない音量で話す。

 レオナールでなくても嫌う者がいておかしくない所業だと、アランは冷ややかに思う。アランも一応何度か注意を促したことはあるのだが、聞く耳持たないどころか噛み付いてくる具合なので、知ったことかとしか思えない。


(精神的外傷とかになってなきゃ良いんだが、大丈夫かな、あいつ)


 レオナールが聞けば一笑に付すだろうことを、アランは真剣に心配している。アランの視線に気付いたのか、レオナールがアランの方へ振り返った。


「何?」


「いや、大丈夫か?」


「何がよ。問題ないわ。変なにおいはしないみたい」


「毒味は必要か?」


 アランの言葉に、レオナールはまばたきをしてから、ニッコリ笑った。


「お願いできるかしら」


「わかった。飲み物はどうする?」


「じゃ、ついでだからそっちもよろしく」


 二人の会話を聞いたアレクシスがフッと笑った。


「何?」


 レオナールが睨むようにアレクシスを見ると、アレクシスは更に唇を歪めて笑った。


「いや、仲が良いことだなと思ってな。しかし、そんなに毒が心配なら、《毒物感知》の魔法を掛けようか? その方が一度に全ての飲食物を調べられるし、何より手っ取り早い」


「是非、よろしくお願いします!」


 レオナールが答えるより先に、アランが答えて頭を下げた。レオナールは「この魔法オタクが」と言わんばかりの目でジロリとアランを睨んだが、浮かれているアランは全く気付かない。

 それらを白々とした顔で見つめていたルヴィリアが、肩をすくめた。


「アランは魔法を見るのが好きなの?」


「好きというか、勉強になるからなっ!」


 ウキウキした表情、キラキラした目で嬉しそうに言うアランに、ルヴィリアは少々呆れたような目を向け、チラリとレオナールを見た。


「良いの? レオナール」


「あれは直らない病気だから仕方ないわ」


 ウンザリした顔でレオナールは答え、無表情で黙り込んだ。しかし、アランは全く気付かない。今か今かとばかりに、アレクシスが詠唱するのを待っている。


「一応言うが、魔法を使用するのは、料理と飲み物が全て出てからだぞ?」


 アレクシスが言うと、アランはコクコク頷きながら、


「もちろんです!」


 と満面の笑みを浮かべた。


「アランは魔法のこととなると、表情が全然違うわね」


 ルヴィリアが呆れたように言った。そうこうする内に料理が全て並べられ、各自の飲み物も運ばれた。ワクワクした顔のアランの前で、アレクシスが詠唱する。


「天上の父たる天空神アルヴァリースの愛と、母たる大地の女神フェディリールの慈悲に、我ら感謝と敬愛の意を捧げ奉らん。神の御力を持って、邪なる悪意を退け、これらに含まれし毒物の有無を明らかにせよ、《毒物感知》」


 テーブルに置かれた全ての物が淡く光った。いずれの皿やコップにも、特に変化はない。


「人に害を与える毒物、あるいは悪意を持って混入された薬物が入っていれば、反応して赤く光る。しかしこの魔法の欠点は、例えば笑い茸をその他の食用茸と誤って使用したといった場合には、反応しない。即死する程の量が使われていれば、また別なのだが。しかし、無いよりはマシなので、これと《解毒》は貴族が覚える基本魔法の一つだな」


「他にはどういった基本魔法があるんですか?」


 アランがキラキラと輝く瞳で、頬を紅潮させ、尋ねる。


「他には《浄化》、《呪い感知》に《解呪》、《魔法感知》や《魔法解除》などか。高位貴族で文官系の者は《真実の鏡》や《審判》を修得している場合もあるが、素養が必要なので、こちらは使える者は少ない。職務に関するものか、身を守るものが多いだろう。自分が使える魔法を公言する者はいないので、私見だが」


「あっ、すみません、つい」


「いや、勉強熱心なだけだろう。若い内はそれで良い。向学心のない無能は、死んだ方がマシだからな。将来有望な若者を導くのは、大人の役目の一つだ」


 アレクシスはしかめつらしい顔で、頷きながら言った。


「それは、真面目に仕事をしている人間が言うべき言葉だと思うんだが」


 ダオルが窘めるように言うが、アレクシスには聞こえなかったようである。


「食べても良い?」


 レオナールの言葉に、アランはハッと正気に返った。睨むように目の前のステーキやスープを見つめるレオナールを見て、アレクシスが苦笑を浮かべた。


「では、いただくとしようか」


 彼らに提供された食事は、分厚い牛肉のステーキと、柔らかく煮込んだ兎肉と野菜のスープ、それに野菜の煮込みと、山積みにされた白パンである。


「なんで、こんなにあるの?」


 ルヴィリアが白パンの山を見て、眉をひそめた。


「そりゃ、兵士達の基準で出したんじゃないか? いらないなら残せば良い。どうせ余ったら、レオが食べるし、それより更に余るようなら、食いさしでなければ問題ないだろう」


 アランが言うと、レオナールの眉間に皺が寄った。


「私は残飯処理係じゃないわよ」


「でも食うだろ? レオ、このステーキ半分お前にやるよ。たぶん食べられないし」


「わぁ! アラン、ステキ!! 大好き! 愛してるッ!!」


「……お前というやつは」


 不満げな顔から一変して、満面の笑みを浮かべ嬉しそうに言うレオナールに、アランは溜息をついた。しかし、約束したので、ナイフで切って半分をレオナールの皿に分けてやる。


「全部くれても良いのよ?」


「それじゃ俺の分がなくなるだろ。お前、本当、肉ならいくらでも食うよな」


 アランが呆れたように言うが、レオナールはご機嫌である。


「ルヴィリアの分も食べてあげましょうか?」


「結構よ! 確かに量が多いけど、私は食べられるから」


「あら、そう。残念ね」


「ふむ、では僕の分を食べるか? これほどの量は必要ないのでな」


 アレクシスが言って、皿ごとステーキを差し出すと、レオナールの顔が更に明るく輝いた。


「ありがとう、アレクシス!! あなた、すごく良い人ね!」


「こんな事で礼を言われるとは。どうせ食べようと思っても食べられないのだ。それに、肉は嫌いではないが、特に好きでもないから構わない。若いのだから、好きなだけ食べれば良かろう」


「ええ、ぜひいただくわ!」


 レオナールのアレクシス評は若干向上した。現金なものである。



   ◇◇◇◇◇



 一行が食事を終えても、解放される気配は皆無だった。


「やっぱり、どう考えてもこれ、隔離だよな」


「まあ、もうしばらく待て」


「そういえばさっき迎えがどうとか言ってましたね」


 アランが言うと、アレクシスが頷いた。


「うむ、予想より遅れているが、今朝あちらに顔を出した際に、行く先は告げて来たからな。おそらくステファンかウーゴが来ると思うのだが」


 アレクシスがそう告げた後、しばらくとしない内に周囲が騒がしくなり、誰か数人が歩いてくる物音が聞こえてきた。


「おい! アレクシス!!」


 大きく開かれた扉の向こうにいたのは、騎士風の黒髪の長身の男である。


「おや、ヘルベルトか。何故君がわざわざ来た? 忙しい筈だろう」


「ああ、その通りだ! だが、この糞忙しい時に遊んでるバカを捕まえて欲しいと、ステファンに泣きつかれてな。わざわざオレが迎えに来てやったと言うわけだ。感謝しろ」


「……まさかお前が来るとはな。時期を見計らったつもりだったのだが」


「逃げるなよ、アレクシス。逃げたら地の果てまで追いかけて首根っこ捕まえて吊るしてやる!」


「吊るすとか、君は乱暴だな」


「安心しろ、お前限定だ。他には絶対やらん」


「そんな特別扱いはいらないのだが」


「お前は言って理解できないからだろ! 言葉が通じるなら、手を出す必要はない」


「野蛮な」


「黙れ! 皆に迷惑かけるな!! どうせ解剖対象があるとか、珍しい魔獣を見つけたとか、アホなこと抜かすんだろ! お前の言い訳なんぞ聞くだけ無駄だ! ほら、帰るぞ!!」


「待て! 彼らも一緒だ。ヘルベルト、きちんと周りを見ろ。ダオルと、ダニエルの弟子のレオナール、それに……」


「そういえば何故こんなところにいるんだ?」


 ヘルベルトと呼ばれた男が怪訝な顔になった。


「こちらの兵士や責任者の話を聞かなかったのか?」


「知らん。お前を早く連れ帰ることしか考えていなかった」


「……これだから脳筋は」


 アレクシスが苦々しい口調で呟いたが、アランは思った。


(でも、レオやダニエルのおっさんよりは会話できそうだよな)


 レオナールは顔をしかめていた。

サブタイトルが微妙に合ってない気がしますが。


番外編始めました。

シリーズ管理でリンクしています。

たぶんないより、ある方が良いだろうということで。

本編にごく一部除いてウル村の人達(アランの家族含む)は出て来ないので。


以下を修正


×エルンスト

○エルネスト


×毒物発見

○毒物感知

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