11 魔法陣(挿絵あり)
挿絵で魔法陣の画像を挿入しました。
一行が邸宅を出たのは、それから一刻半の後だった。
アランはご機嫌、レオナールは仏頂面のままである。
「いや、助かった。ここまで案内して貰えるとは思わなかった。礼を言う。何かあればぜひ助力しよう」
オーロンはそう言って二人に頭を下げた。するとアランが頷く。
「ああ、ならば聞きたいんだが、あんた達が探索した時の状況を詳しく聞きたい。差し障りなければ、酒場の方で聞かせて貰えるか?」
アランの言葉に、オーロンは頷いた。一行は宿酒場へ向かった。昼間なせいか酒場に客は一人もいなかった。農村では昼間、特に初夏の季節は仕事がたくさんあるので、当然とも言える。
よそ者はこの宿の宿泊客のみで、内一名は宿泊中ずっと部屋に引きこもっている。この時間に酒場に現れる者がいるとしたら、彼らくらいだろう。
四人は丸テーブルの一つに座った。オーロンを一番奥に、左からアラン、レオナール、一つ椅子を空けてダットの順である。それぞれ水やエール、果実水などを注文した。
アランは探索用のメモをまとめている紙束を胸元から取り出し、ペンを握る。
「それで魔法陣というのは、何処にあって、どんな模様があったのか教えて欲しい」
「魔法陣があったのは二階奥の主寝室だな。階段を上り左手に向かい、右の一番奥の部屋だ。正確には主寝室手前の居間だろうか。入口から数歩の距離にあった。
丸の中に、何やら文字か記号のようなものが描かれていて、更にその中に丸が描かれていた」
「中央の丸の中に、何か記号か意匠のような文様がなかったか?」
「うむ、渦巻き模様のような文様が描かれていたような気がするな」
オーロンが答えると、アランは顔をしかめた。
「混沌神のシンボル、か」
アランのつぶやきに、レオナールも顔をしかめた。
「なんだ? その文様は、何か問題あるのか?」
オーロンが怪訝な表情で尋ねると、アランは肩をすくめる。
「……そうだな、普通はあまり使わない。俺も、魔法陣については詳しくはないが、天空神のシンボルを使うのがより一般的だろう。混沌神というのは、悪神ではないが、あまり印象が良くない神だからな」
「なるほど」
オーロンは納得し、頷いた。
「とにかく、明日にでも実物を確認してみよう。他に、何かおかしな物を見たり、発見したりしただろうか? どんな些細な事でも良い。情報が少ないので、何でも良いから知りたいんだ」
アランが言うと、オーロンは首を傾げる。
「わしはダットと合流するまで、ほぼ最短で行ったし、短時間しか入っておらんからなぁ」
ダットが肩をすくめ、頷く。
「オイラだって、ほとんど迷子になってコボルト達と戦闘してただけだからなぁ。後は、あれか。あのダンジョンの何処かに、人間、あるいは盗賊行為を行うやつがいるってくらいかな」
「何、どういうことだ!?」
アランは目を剥いた。
「服以外一切合切剥ぎ取られた人間の腐乱死体があったってだけだよ。今もあそこにいるかどうかはわからない。けど、少なくとも一ヶ月前かその前後にはいただろうね。
ゴブリン達は人間の死体から武器や防具を奪う事は知っていても、たぶん服を脱がさずに財布や貴重品を奪うような知能はないだろうしね」
それを聞いて、アランは顔をしかめる。レオナールはふっと鼻で笑って水を飲み干す。
「装備の方はともかく、どうして財布や貴重品がないとわかった?」
アランが言うと、ダットは「しまった」という顔になる。
「あ、オイラ、ちょっと用事を思い出したから、行ってくる!」
ダットは跳ねるように立ち上がると、止める暇もなく走り去った。
「ねぇ、あれ、本気で更正させるつもり?」
レオナールが冷笑し、オーロンは苦笑いした。
「先は長そうだ。しかし、まぁ、それでこそやりがいがあるというもの」
「……全然ダメだと思うけど。まぁ、いいわ。アラン、探索の続きは明日にするんでしょ?」
「ああ、そのつもりだ。これから今日の探索内容をまとめて、村長に報告してくるつもりだ」
「じゃあ、夕飯まで自由時間って事で良いかしら?」
「ああ。何だ、鍛錬でもするのか?」
「外に出て、なんか手頃な魔獣でも狩ってくるわ」
「わかった。じゃあ、夕飯の時に」
「ええ、じゃあね」
そのままレオナールはふらりと立ち上がり、宿酒場を出て行った。
◇◇◇◇◇
「ただいま」
レオナールは日が暮れ、暗くなった頃にツヤツヤした顔で帰って来た。
「おかえり、レオ。飯食いに行くか?」
「そうね、お腹空いたわ」
レオナールが装備を外し、水浴びして着替えると、二人で一階へと降りた。
「今日は何を狩ったんだ?」
「大物は見つからなかったけど、角兎を20匹ほど。余ったら燻製にしてくれるらしいわ。代金は宿を立つ時に計上するって」
「了解。なら、帰りは干し肉買わずに済みそうだな」
アランは嬉しげに笑った。レオナールも満足げである。二人で席につき、兎肉のシチューとソテーを二人前頼む。もちろんソテーはレオナールの分である。調理には時間がかかるので、それまでつまみとエールを飲む事になった。
「……で、村長に報告したの?」
「ああ、魔法陣はまだこの目で確認してないから、『ダンジョン発生は人為的なものである可能性がある』とだけ伝えた。
最悪の事態が生じても、これが領主の耳に入れば、次からは初心者もどきの低ランクを派遣するような事はないだろ」
「追加報酬貰えるかしら?」
「まぁ、予想通りなら、1金貨じゃ安すぎだな。混沌神そのものは、悪神じゃないんだが、その信奉者が、な」
アランは嘆息した。
「頭のおかしい連中は、何処にでもいるでしょ。信奉する神、所属する国、組織、種族問わず。でも、そんなに心配することないと思うわよ?」
「俺は常に、その時考え得る一番最悪の状況を想定して、対策を立てたいんだ。……お前が独断専行したり、暴走しない限りはな」
「諦めたら?」
「なんでそこで、そんな台詞が出てくるんだ! ここは『考慮する』とか『尽力する』とか言うところだろっ!!」
「……いいかげん諦めなさいよ」
肩をすくめて、笑顔で言うレオナールに、アランはガックリとテーブルの上に突っ伏した。
◇◇◇◇◇
翌朝、朝食を取るレオナールとアランの前に、オーロンとどことなく疲れた顔のダットが現れた。
「昨日の礼に、わしらもダンジョン探索に付き合おう」
オーロンの言葉に、アランは首を傾げた。
「……何故だ?」
「おぬしらには世話をかけたからな。借りは労働で返す主義だ。借りっぱなしは性に合わん」
「別に借りという程の事はないと思うが?」
アランは眉をひそめた。
「あんたは律儀な性分なのかもしれないが、俺は何が起こるかわからないダンジョンに、良く知りもしない相手を気軽に連れていく趣味はない。
いつ何処で、戦闘や不測の事態が生じるかわからない場所で、どういう風に動くかわからない者を連れて、何かあれば、対応に苦慮する羽目になる。
面倒事は嫌いだ。俺は相方のお守りだけで一杯だ。他の人間の事まで考える余力はない」
「確かに、昨日の戦闘を見る限りでは、おぬし達に下手な助力は不要だろう。しかし、わしら二人は、おぬしも気にしておった魔法陣を踏んで転送された先で、大量のコボルトに襲われておる。
最初に転移したダットは一人で12匹を倒した後で、追加の24匹に襲撃された。半数近くに減った辺りで、わしも転移し共に倒したのだが、それと同じ事がおぬし達にも遭った場合、前衛が少しでも多い方が良いのではないか?
わしはこの通り、頑強なドワーフだ。膂力と耐久には自信がある。アラン殿は確かに優秀な魔術師であり、その術は実に強力で効果的だが、魔法の詠唱をせねばならないという制約上、どうしても短時間に連発する事ができない。故に身を守る盾は、いくらあっても良いのではないか?」
「……あんた達の能力はもちろんだが、俺が一番問題にしてるのは、信用・信頼だ。
俺とレオなら、事細かに説明する事なく、最低限の合図で円滑な戦闘を行う事ができる。あんた達にそれを期待するのは、厳しいだろう?」
アランはにべもない。
「まぁ、その通りだな」
オーロンは苦笑した。
「良いんじゃない?」
そう言ったのは、驚いた事にレオナールだった。驚いてアランがレオナールを見ると、どこか人の悪い笑みを浮かべて、レオナールが言う。
「アラン、『盾』は多い方が良いってのは、間違いないでしょう? 私もスピードと殲滅力には、そこそこ自信はあるけど、筋力や耐久力に長けているとは、残念ながら言いがたいし」
アランは顔をしかめた。
「おい、レオ」
「頑健で頑丈なドワーフ様が、望んでご助力くださるって言うんだから、是非助けていただきましょうよ? 無報酬で良いんでしょう?」
ニンマリ笑うレオナールの顔を見て、アランは悟った。
(ああっ!! こいつ、内心『タダで使えそうな肉壁入手!』とか思ってる!! 絶対こき使って、自分の盾、もとい壁として利用し倒す気だ!!)
「ちょっ、待っ、レオ!!」
慌てて腰を浮かすアランを気にもとめず、にっこり極上の笑みを浮かべて、髪をさらりとかき上げながら、レオナールが言う。
「是非、オーロン殿のご助力をお受けしたいと思いますわ。ふふ、心強いこと」
その顔を見て、ダットがうへぇ、という顔になる。
「……絶対、本心で言ってない……」
ぼやくダットに気付かず、オーロンはレオナールに歩み寄り、その手を取った。
「それでは、ご一緒させていただこう」
アランとダットは、ゲッソリした顔になった。オーロンは気付かず、快活な満面の笑顔である。同じくレオナールも素晴らしい笑顔なのだが、どこか腹黒い空気を醸し出している。
(本日の生贄入手!)
レオナールは、アランの方を向いて、ウィンクした。
◇◇◇◇◇
一行の目の前には、魔法陣があった。
「……なるほど」
じっと注視していたアランが呟く。
「解読できそう?」
レオナールが尋ねる。
「中央の渦巻きのような文様は『混沌神・オルレース』のシンボル、真上の古代魔法文字は『印』。
ここが最初の文字だ。垂直の位置にある、4文字目は『場所』を意味し、真下の7文字目は『転移』、場所の反対側の10文字目は『命ずる』という意味だ。その他の文字は、細かい制御や、位置について記している。
『印』と『命ずる』の間の11文字目と12文字目は、ここで終了という意味の定型だな。たいていの魔法陣に、これが記されている。
これがついてないものは、常時発動型。一度起動したら、起動しっぱなしというやつだ。最悪なやつは起動中、周囲の自然物や生物から無差別・無制限に魔力を吸収するから、周囲に存在する生命体はほぼ死滅する。絶対触れてはならない危険な魔法陣だな」
「何、それ、ひっどいわねぇ。そんなの描くのって、相当頭おかしいわね!」
レオナールがそう言って、肩をすくめた。アランは苦笑した。
「……まぁ、たぶん最初に描いた者は、単なる誤りだったんだろう。でなければ、他に描きたい文字があって、詰める代わりに最後の2文字を省略したら、自爆技になったとかいうオチなんじゃないか。
で、この魔法陣の場合、2文字目と3文字目で、この魔法陣の識別名を付けている。これと対になる魔法陣は、この箇所が同じになっているはずだ。
5文字目と6文字目は位置の指定だな。これも、対となる魔法陣には、同じ文字が描かれているだろう。
ちなみに、転移陣の場合、対になる魔法陣がないと、転移場所がないので、未来永劫、亜空を漂う事になる。
よって、知らない転移陣に足を踏み入れるのは、非常に危険だ。術者が対のつもりで描いていても、誤字があったら対だとは見なされないからな」
アランがそう言うと、三人とも嫌そうな顔になった。
「それはなんとも……いや、無事に転移できて、本当に良かった」
オーロンが苦笑いで、頷いた。
「だが、8文字目と9文字目は初見だな。意味は不明だ。とりあえず書き取って、後日調べる。ここには資料も辞書もないからな。
よって、この魔法陣を利用する事はあまりお勧めしない。無事転移できた、という事は他の箇所は正しい記述だったのかもしれないが、知らない信用できない魔法陣は、可能な限り利用しないのが吉だ。どういう効果があるか、わからないからな」
アランが断言すると、オーロンとダットが微妙な表情になる。レオナールはくすくす笑った。
「そうよね、すぐには効果がなくても、後日、何か異常が起きたら恐いものね」
レオナールの言葉に、オーロンとダットの顔色が若干悪くなる。レオナールはわざと煽っているが、アランは素である。
「ダンジョン内を近道できるのなら便利だと思ったんだが、さすがによくわからない魔法陣を踏む勇気はないな。確実に行こう」
「そうね。じゃ、アランの探究心も無事満たせた事だし、早く昨日の続きと行きましょ」
レオナールは嬉しそうに笑った。
「今日は偵察役も盾役もいるし、探索中は楽できそうね。戦闘だけに集中できるわ。いっぱい敵が出てくれば良いのに。五十匹くらい出ても良いわね!」
「勘弁してくれ」
アランはぼやいた。
◇◇◇◇◇
昨日と同じ経路で、地階へ降り、洞窟へ向かった。
「ねぇ、アラン。あなた昨日、隠し通路はないとか言ってたわよね?」
「ああ、言ったな」
「ちょっと、そこの壁、壊してくれないかしら?」
「は?」
アランはきょとんとした。
「どういう意味だ?」
「私の直感が、そこの壁を壊せって言ってるの。この中で一番火力大きいのは、アランでしょ? 大丈夫、これだけ人数いるんだから、多少魔力の無駄遣いしても問題ないわ!」
「……何だよ、思いつきかよ。何もなかったら、どうすんだ」
「大丈夫! 何もない事はないわ」
レオナールがやけに自信たっぷりに断言する。
「ふむ、昨日は気付かなかったが、確かにそちらの壁にある割れ目から風が吹き込んでいるな」
オーロンの言葉に、アランが慌てて壁に飛びつくように走り寄り、手を触れる。
「……本当だ」
呆然と呟くアランの肩を、レオナールがポンと叩く。
「ねっ? だから壁壊してよ」
「いや、でも、玄武岩だぞ? 硬くて耐火性能高くて、壊しにくいんだぞ?」
「アランなら出来る! ほら、割れ目があるなら壊しやすいでしょ? 行け!」
「お前、他人事だと思って」
アランは溜息をついた。しかし、昨日歩いた距離を思えば、近道できるに越した事はない。諦めて、深呼吸して息を整える。それから、岩壁から距離を取る。
「離れてくれ」
そう告げて、全員が更に距離を取ったのを確認し、詠唱を開始する。
「地精霊グレオシスの祝福を受けし硬き岩の砲撃、標的を貫き、砕け。《岩の砲弾》」
先程、指で確認した割れ目を標的にして、《岩の砲弾》を発動する。洞窟中に響き渡るような轟音が響き渡り、床や壁が振動する。ぐらりとよろめきかけたアランを、素早く駆け寄ったレオナールが支えた。
「本当、ひ弱ね」
「……っ、だから、魔術師に身体能力を期待するな。でも、有り難う、レオ」
「アランが怪我したら、後が面倒だもの。フォローするのは当然でしょ」
狙った壁は、無事破壊され、新しく道が繋がった。
「確かに、壁の奥にも通路があるようだな」
「言った通りでしょ?」
自慢げな顔でニヤリと笑うレオナール。アランは苦笑した。
「じゃ、行きましょ!」
レオナールはそこらに転がる岩の破片を苦にせず、軽い足取りで先に進む。アランは足下の悪さに閉口しつつ、ゆっくりと歩く。ダットは、と言えば、
「オーロン、ちょっと、肩に乗っても良い?」
「何?」
オーロンは目を丸くするが、ダットに頼られたのが嬉しかったのか、快諾した。ダットの方からすれば、単に楽したかっただけだったのだが、この気のいいドワーフにとって、人に頼られるという事は喜ぶべき事のようである。
(なんか世知辛いな)
それをぼんやり眺めて、アランは心の中で呟いた。手を触れるとグラリと揺れる岩の間を抜けて、ゴツゴツしているが平坦な通路に出ると、ホッとして安堵の息をつく。
「……来るわよ」
レオナールの声に、アランはビクリと肩を振るわせ、気を引き締める。
「あれだけの轟音だもんな。失敗したか」
舌打ちしつつ、杖を構える。
「あれ? なんかずいぶん多くない?」
ダットが頓狂な声を上げる。
「ふむ、魔物どもの待機所が近くにあったのかもな」
頷くオーロン。
「わぁ、ステキ! 五十匹とは言わないけど、結構な数よ。ガンガン行けるわね」
嬉しそうにレオナールが舌なめずりしながら抜刀し、駆け出した。
「おい、レオ!! こういう時は牽制か、眠りか束縛の魔法の方が……って聞いちゃいねぇ!」
アランは呻いた。数十匹のゴブリン・コボルト混成グループが現れた。嬉々として飛び込み、剣を大きく横に薙ぐレオナール。オーロンの肩からダットが飛び降り、弓を構える。オーロンは前に出て、戦斧を構えた。
ダットが矢をつがえるのを見て、アランも詠唱を開始する。既にレオナールが接敵して、群れの真っ只中で剣を振るっているので、《鈍足》を選択する。
(俺の範囲魔法が上達しない原因の一つは、絶対レオだよな)
心の中でぼやきながら。
予定より長くなったので、当初書くつもりだったシーンは次回へ回す事にしました。
次回、戦闘シーン複数回あり、な予定。
以下を修正
×げえっと
○入手
×げっと
○入手
×未来永劫開
○未来永劫、




