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21 ある意味似た者同士

 夕暮れ間近の街道を、レオナールとルージュとダオルは、ラーヌ東門へ向かって歩いていた。お腹いっぱい食べたルージュはご機嫌そうに尻尾を左右に揺らしている。レオナールも心行くまで剣を振ったので、満足そうだ。ダオルは表には出していないが、少々バテ気味である。


「いつもこんな感じなのか?」


 問われて、レオナールが眉をひそめた。


「何が?」


「先程の狩りの事だ。毎日これでは大変じゃないか?」


 ダオルの言葉に、レオナールは首を傾げた。


「そうかしら? どちらかといえば、いつもよりは少なかったと思うけど」


「きゅうきゅう!」


「でも、一応私もルージュも満足するだけ狩ってるから、数が少なかっただけで、肉の量的にはいつもと同じくらい狩ったのかしらね。あの洞窟の蜘蛛も全部食べてたら、もっと早く終わったでしょうけど」


「そうか」


 ダオルは苦笑した。一行が東門に近付くと、複数の領兵の姿が見えて来た。


「……変だな。二十人は超えているぞ。さっきの小隊の連中にしては、鎧や装備がキレイすぎる。演習帰りか?」


「よくわからないけど、検問か何かやってるように見えるわね」


「検問? 門の外でか」


「だってさっきから門へ入ろうとする人を、しきりに撫で回しているみたいだもの。小突き回しているのかもしれないけど」


「何かあったのか。まあ、行ってみればわかるか」


「そうね。たぶん別の門へ回っても同じような事やってそうだし」


 一行が門に近付くと、領兵が数人駆け寄って来た。


「冒険者のダオルとレオナールだな?」


 責任者だと思われる高そうな装備の領兵が声を掛ける。


「その通りだが、おれたちに何か用か?」


「お前達を黄麒騎士団所属第五小隊への襲撃および殺害容疑で、逮捕する」


「はぁ?」

「何!?」


 顔をしかめるレオナールと、驚き瞠目するダオルを残りの領兵達が取り囲む。


「抵抗するな。おとなしく着いてくれば、それなりに扱う。だが、あくまで抵抗すると言うなら……」


「斬っても良いかしら?」


 レオナールは首を傾げて言った。


「きゅう!」


 ルージュが嬉しそうに高く鳴き、牙を見せるように口を開いて、長い舌をペロリと出した。舌の先からポタリと唾が落ちる。


「なっ……!?」


 責任者らしき男がぎょっとした顔になる。ダオルが慌ててレオナールを制止しようとする。


「やめろ、レオナール。それはまずい」


「アランも拘束されたのかしら? だとしたら、連行先で暴れた方が良いのかもね」


 だが、レオナールは意に介する風もなく微笑み、大仰に肩をすくめた。


「おい」

「ぐるきゅきゅう!」


 冷や汗をかくダオルと、ますます嬉しそうに笑っているように目を細めるルージュ。若干粘性のある唾の飛沫が、一番先頭にいた責任者の顔にかかり、彼を含む怯んだ領兵達が後退りした。


「と、とりあえず事情を聞きたい。問題なければすぐ解放する」


「あら、さっきは逮捕とか言ってなかった?」


「そんなことより、その魔獣をおとなしくさせろ!」


 領兵の言葉にレオナールは首を傾げた。


「まだ何もしてないわよね、ルージュ」


「きゅうきゅう!」


 心外だといったように眉をひそめるレオナールに、ルージュはまったくだと言わんばかりに大きく首を縦に振った。ダオルが眉間に皺寄せながら、領兵達に向かって抗弁する。


「どのような事情・容疑かはしらないが、おれたちは第五小隊に退去するよう言われた後は、北東の森で幼竜の餌を狩っていた。人違いだと思われるが」


「そんなことは我々が取り調べの上、判断することだ。おとなしく従え!」


 責任者はそう告げ、忌々しげな顔で睨む。


「なるほど。それは領主様もご存知なのか?」


「お前らの知ったことではない!」


 責任者が叫んだところで、レオナールが剣の柄に手を掛けた。


「もう良いわよね。この人達さっきから悪意と害意しか感じないし、アタマから私達の話を聞くつもりもないみたいだし、ここで問答してても仕方ないわ。時間の無駄よ。

 どうせ連行先は詰所だろうから死なない程度に斬って、問題出そうなら始末してしまえば良いじゃない」


「駄目だ、レオナール! 大丈夫だ、今日明日中には応援が来るはずだから……っ!」


 その時、門の向こうから、ざわめきと共に、青地に金の刺繍を施された上質のローブを身にまとった男が現れた。制止しようとした領兵達は、男の胸に輝く勲章やローブの意匠などを見て、後退りする。

 細身の魔術師風で、銀髪蒼眼。年齢は三十半ばぐらいで眼鏡をかけており、いかにも貴族といった優雅な所作と振る舞いで、こちらへ歩いて来る。傍らに従者を一名連れている。


「待たせたかな、ダオル」


 男が苦笑を浮かべ、玲瓏な声が辺りに響く。ダオルが首を左右に振った。


「いや、むしろ早いくらいだ、アレクシス。まさか貴方が来るとは思わなかった。どうやって来た?」


鷲獅子(グリフォン)だ。こちらと王都を繋ぐ転移陣を設置した方が便利だろう? 弟子や部下にやらせても良いのだが、僕が来る方が手っ取り早い。それに確認したいこともあった」


「《蒼炎》アレクシス……一体何故ここへ……っ!」


 責任者の男が呻くように叫ぶのに、アレクシスと呼ばれた男はチラリと視線を走らせ、興味なさげに視線を戻すと、ダオルの隣にいるレオナールとルージュを見た。


「なるほど、彼がダニエルの弟子のレオナールと、レッドドラゴンの幼竜か。なかなか生きているレッドドラゴンを、それも幼い個体を目にする機会はないからな。

 ふむ、思ったより小さいな。出来れば卵の状態から生育状態を観察したいのだが、さすがに子育て中のドラゴンどもは気が荒くて、僕がドラゴン狩りに参加した際は、酷く抵抗された上、戦闘終了後に見たら卵は破損していた。駄目元で治癒魔法を掛けて暖めてみたが、死んでいたようで孵らなかった。

 仕方ないから中身を取り出して形状をスケッチした後、解剖してみたが、あまり参考にならなかった。できれば完全な状態で解剖してみたかったのだが……」


 アレクシスは穏やかで冷静に見える顔と声だが、瞳だけ爛々と輝いている。その視線をルージュに向けたまま外さない。


「きゅきゅきゅーっ! きゅっきゅーっきゅうぅううーっ!!」


 珍しくルージュがうろたえ脅えた声で鳴き、足を若干もたつかせながらレオナールの背中へ隠れようとした。体高3メトル前後の体躯では隠れられなかったが、甘えすがるようにレオナールに鼻を擦り付ける。

 レオナールはそんなルージュの姿に苦笑しながら、銀髪の男に声を掛けた。


「悪いけど、他を当たってくれるかしら」


「ふむ、まぁ、生きている状態でも調べられない事はない。解剖しなくとも方法や手段はいくらでもある。

 ああ、挨拶が遅れたな。はじめまして、レオナール。僕の名はアレクシス・ファラー。現在の肩書きはシュレディール王国魔術師団長、および魔術師ギルド名誉顧問、および《混沌神の信奉者》対策室の副室長だ。

 それで、報酬はいくら払えば良い? 言い値を払おう。……ドミニク」


 アレクシスが傍らの従者に声を掛けると、従者が重そうな上質の皮袋を取り出す。それを見て、レオナールはうんざりした顔で溜息をつき、首を大きく左右に振った。


「聞こえなかったかしら? 私は他を当たってと言ったの。いくら払おうと、売る気も協力する気もないわ。どうしてもと言うなら、力尽くでねじ伏せてみれば良いじゃない。その方が楽しいでしょ」


 ニヤリと笑うレオナールに、アレクシスは僅かに目を見開いた。


「ほう。この僕に正面から喧嘩を売るとは、面白い。だが、あいにく弱い者いじめをしたり、力や権力を盾に強制する趣味はない。僕が好むのは、この世のありとあらゆる生物の生態を解明し、その身体構造などを隅々まで調べ、研究することだ。

 いかなる生物も、その内臓や骨格は合理的で無駄がなく、美しい。一見無駄に見える器官も、よくよくその生態を調べれば、そうでないことが良くわかる。

 神の賜り物に、意味や理由の無いものなどなく、存在が無意味なものも無駄もない。生きて存在するものは、全て美しい。

いかに表皮が醜かろうと、その皮を剥げば美醜などない。故に、僕はこの世に生きる全ての存在を愛している」


 アレクシスは胸の前で両手を組み合わせ、それを高く掲げると、恍惚とした表情で滔々と言い切った。レオナールはそれを気味悪げに見ながら、隣のダオルに囁いた。


「……ねぇ、ダオル、この人、危ない人?」


 ダオルは苦笑した。


「……あー、少々研究熱心だが、悪い人ではない、と思う」


 レオナールは心の中で、アレクシスを『解剖狂』と呼ぶ事にした。アランがこの場にいたら、お前にそれが言えるかと突っ込んでいただろう。



   ◇◇◇◇◇



「で、拠点は何処にある?」


 アレクシスの質問に、ダオルが答えた。


「南区の東、職人街の奥だ、案内する。だが、あまり広くはないし、アレクシスが泊まるには質素だ。宿は他に取った方が良いと思うが」


「なに、こう見えても若い頃は冒険者の真似事もしていた。庶民の利用する宿にも何度か泊まった事があるし、冒険者時代だけでなく軍に入ってからも、天幕なしの露天で野宿の経験もある。

 まぁ、初めての野営つきの狩りでダニエルに同行を依頼したのは、誤りだったと悔やんだが、あれも思い返せば貴重で希少な経験だった。随行する人員が少なければ良いというものではないと、学習出来たから無駄ではない」


「……なるほど」


 ダオルは苦笑した。レオナールは渋面で首を傾げている。


「事情聴取がなんたらとか、逮捕がどうたら言ってたのに、どうして何事もなく解放されたのかしら?」


「詳細は知らぬが、どうでも良い理由だったのだろう。あるいは保釈金目当てや恫喝目的とか。まあ、当人らが問題ないというのだから、気にすることはない」


 アレクシスが言うと、レオナールは肩をすくめた。


「よくわからないけど、気持ち悪いわ」


「ははっ、他人の思惑というのは大概気持ち悪いものだ」


「それはどうかと思うぞ、アレクシス」


 レオナールの感想に頷きながら言うアレクシスに、ダオルが頭痛をこらえるように、眉間を指で押さえた。レオナールは、ふうん、と感心したような顔になる。


「もしかして、あなたも人の悪意とかわかる方?」


「そうだな。どちらかといえばそうかもしれん。世俗というのは概ねわずらわしいものだが、それと無関係に生きることは難しい。そもそも僕は、自分の身の回りのことを何一つ出来ない。

 わずらわしいし面倒ではあるが、自分のやりたいこと以外の全ての物事を他人に委ね任せる限り、仕方あるまい。細々と指示を出すのも、手間が掛かる。

 正直なところ、しがらみや他人の思惑などとは関わりなく、この世のありとあらゆる生き物の身体構造や生態を研究し、寝食を惜しんで論文を書き続けていたいのだが、寝たり食べたりしないと倒れて動けなくなってしまう。

 おそろしい事に、人という生き物は無駄を厭って言葉を惜しめば惜しむほど、誤解や齟齬が生じたり、自身の言葉の使い方が的確でなくなったり、声が出なくなったりするようだからな。本当にわずらわしくて億劫だ」


 そう言ってアレクシスは心底嫌だと言わんばかりに、溜息をついた。


「逆に言葉を重ねても誤解や齟齬は生まれるでしょ。少しでも人と接する機会がある限り、厄介事の種は消えない気がするけど」


「それも真理だ。人の悩みや苦痛など、生きて存在する限り絶えることがない。思考したり感じたりしなくなれば別だろうが、そんな生物はつまらない。

 食べて排泄するだけに見える生物も、良く調べれば何らかの役割を果たしている。人も含めてな」


「へぇ、そういうもの?」


「その生物、または個体の価値は、一面から見ただけではわからないものだ。様々な角度から何度もじっくり時間をかけて観察し、時に薬液を使ったり解剖したりして、様々な事柄を調べることにより、それまで気付かなかった新たなものが見えてくる。

 レオナール、もし君が僕より先に死んだなら、是非解剖させてくれ。ハーフエルフはまだ解剖した事がないのだ」


「死んだ後なら問題ないからかまわないけど、生きている内は勘弁してちょうだい。あと、積極的に私を殺しに来たら反撃するから」


「ははは、安心したまえ。そんなことはしない。別に検体は君でなくてもかまわないのだ。まだ生きているものをわざわざ殺しはしない」


「できれば、そういう会話は往来では控えて欲しいんだが」


 ダオルが言うと、アレクシスはふむと頷き、周囲を見回した。


「なるほど、気の弱い善良な市民には少々不適切な話題だったか。やはり、たまには外に出なくてはな。籠ってばかりだと一般常識や世知に不慣れになるようだ」


 ダオルはそういうレベルの問題ではないと指摘したかったが、諦めた。どう考えても、二人ともそれが理解できると思えなかったからである。

というわけで解剖オタクの魔術師アレクシス登場。

結婚できないおっさんが増えました。


一人称私の人を増やしたくないため、僕にしましたが、いまいち微妙な気がします。

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