1 相棒の皮肉屋魔術師は頭が痛い
「なんてこった、レッドドラゴンだ。あの大きさならおそらくまだ幼竜だろうが……最悪だ」
皮肉屋の魔術師アランが、絶望的な声と表情でそれを見上げた。いつもは軽口ばかりの小人族の盗賊ダットがぽかんと口を開けて硬直している。快活なドワーフのオーロンまでが戦斧を掲げたまま難しい表情だ。
「うふふ、やったぁ! 本日の獲物もーらいっ!!」
そう叫んで、半ば閉じかけている扉を押し開け全開にして、金髪を靡かせ満面の笑みを浮かべ、一人飛び込む剣士レオナール。
「おっ、ちょっ、おま……っ!」
慌てて三人が彼を捕まえようとするが、遅かった。かろうじてダットとアランが彼の肩や腕に触れる事ができたが、彼らの筋力では細身とはいえバスタードソードを振り回す剣士を捕まえることなどできるはずがなかった。
「ふざけんな、レオ!! 俺達の能力と装備で、ドラゴンなんか倒せるはずないだろ! 早まるな!!」
アランは絶叫した。
◇◇◇◇◇
「セヴィルース伯爵家所有の別荘がダンジョン化した?」
ここはセヴィルース伯爵領の食料庫とも呼ばれる、麦とエールの生産地である田舎町ロラン。その冒険者ギルドの依頼受注受付である。
レオナールは、見た目は優男な金髪碧眼の美青年である。細かい傷のついた鉄製の胸部板金鎧を身につけ、そこそこ良品のバスタードソードを背に担ぎ、防寒と泥よけを兼ねた赤いマントを纏っている。ハーフエルフなのだが、豊かな長い髪を常におろしたままなので、その尖った耳は見えない。
「そうなのよ。一応管理人は置いていたらしいんだけど、ご令息が久々に使おうと連絡入れたら、庭先に管理人の死体が見つかって、中に入った従僕もやられちゃったんですって。報酬は1金貨で報告内容によっては追加報酬あり。ランク不問で期限もなし。……今のところキャンセル一件、未達成二件ね」
冒険者ギルドの受付嬢ジゼル──童顔気味で細身なのに大きめの胸に、クリクリとカールした赤毛とオレンジに近い茶色の瞳が魅力的である──の言葉に、レオナールの相方で黒ローブを着た魔術師のアラン──黒髪に淡褐色の瞳の仏頂面の青年──が眉をひそめる。
「おいおい、それ、ヤバイんじゃないか?」
アランが言うと、ジゼルは困ったと言わんばかりに首を左右に振る。
「それが、事前にギルド職員が偵察に入った時点では、ゴブリンとコボルトしかいなかったのよね。3組ともFランクで、村から出てきたばっかりって感じの若い子だったせいかもしれないけど」
嫌そうな顔になったアランが、レオナールの方を向いた。
「おい、こんな怪しい依頼、やっぱり受けるのやめないか、レオ」
「ふふふ、何言ってるのよ、アラン。できたてほやほや初級ダンジョン調査報告で1金貨よ? 私たちならゴブリンやコボルトなんて朝飯前でしょ。こんなおいしい依頼そうそうないじゃないの。オルト村まで行く準備してくるから、受諾しておいてちょうだい」
レオナールは艶やかな笑みを浮かべ、顔にかかる髪をさらりとかき上げ、立ち上がる。
「ちょっ、おい、レオ! 人の話はちゃんと聞け!!」
慌てて腰を浮かせ怒鳴るアランに、ばいばいと手を振り、腰をくねらせながら歩き去るレオナール。主にギルド周辺で《歩く災厄》《残念ナルシ鬼畜守銭奴オネエ剣士》などと呼ばれる彼は、エルフの血を引くだけあって美形ではあったが、言動・所作がいちいち女性っぽく、耐性がない者達には遠巻きにされ、そうでない者にもあいつはヤバイと距離を置かれていた。
先月、アランと共にギルド登録したばかりで低ランクではあるが、元S級冒険者の凄腕剣士《疾風迅雷》ダニエルに師事しただけあって将来有望と目される剣士である。ただ、その言動と性格のため、彼に近付こうとする者はほとんどいない。
相棒のアランは、彼と同じ村出身で幼少時からの犠牲者、もとい幼なじみで、周囲から世話役・お目付役と見なされている。
アランは諦めたように舌打ちして、また元の通り受付前の木製椅子に腰掛け直す。
「レオナール一人で行っちゃったけど、いいの?」
ジゼルの言葉に、諦念の表情で憂鬱そうにアランは答える。
「あいつが俺の言うこと素直に聞くと思うか?」
ジゼルは苦笑した。
「アラン、昨夜二階の酒場であいつの下僕だとか言われてたわよ?」
「……それ言ったの誰か教えてくれたら、『エラリタ』の焼き菓子差し入れする」
エラリタは、ロランで人気の菓子店である。たいてい昼過ぎには売り切れてしまうため、多忙で拘束時間が長めのギルド職員には、入手難易度が高い品である。
「本当? アランってば優しくてステキ! 付属さえいなければ断然ロラン支部一の有望株ね」
ジゼルが極上の笑みを浮かべる。
「……やっぱり、あいつが諸悪の根源なんだな?」
「今更? あなた達のパーティー所属希望者が一人もいないのは、どう考えてもレオナールのせいに決まってるじゃない。あの気まぐれ暴君な個人主義の守銭奴っぷりとキャラについていける心の広い冒険者なんて、そうそういるわけないでしょう? いっそ見捨てたら? 有能で傲慢でない魔術師は稀少だから、選り取り見取りよ?」
「……それができたら、ここまで一緒にやってない。あいつの母親──シーラおばさんにも頼まれてるんだよ、あいつのお目付役。目を離したら何しでかすかわからないからな。亜人嫌いの聖神教会の連中にだって無謀な喧嘩を売りかねない」
「苦労性ね。わざわざ好んで厄介事抱え込むことないじゃない」
「どうするのが一番楽なのか、わかってるつもりだ。けどまぁ、あいつがあんなになったのも半分は環境のせいだからな。あいつはいつだって笑ってるから、手遅れになるまで気付かなかったが」
「……手遅れってあの性格のこと? それとも言動の方?」
「両方、全部だ。あいつ、話し言葉や所作が女っぽいからって、男に興味あるわけでも、自分が女になりたいわけじゃないからな。というか基本的に身内と見なした相手と自分にしか興味ないから……」
「……ああ、それは見てたらなんとなくわかるわ」
「で、俺が下僕だとか言ったのは、どこのどいつだ?」
ニヤリと悪人顔で唇をゆがめたアランに、ジゼルは肩をすくめて答える。
「パーティー名《草原の疾風》のゲルトとアッカよ」
「有り難う、ジゼル。依頼が完了したら、差し入れ楽しみにしてろよ。じゃ、依頼の受諾書をくれ。署名する」
「……本当に受諾するの?」
「するしかないだろう? 俺が受けなかったら、一人で行くに決まってる」
「ご愁傷様。あなた達なら無事帰って来ると信じてるわ」
にっこり笑いながら、書類を差し出すジゼルに、嫌そうな顔になるアラン。
「はぁ、面倒で厄介な依頼なら、最初から紹介しないで欲しかったけどな」
溜息ついて、書類に署名しながら言った。
「私だって困ってるのよ。未達成パーティー二組は帰って来ないし。このまま誰にも受諾されずに放置されたら、最悪クビになっちゃうじゃない。女性向きの職場でギルド職員ほどの高給なんて、なかなかないし」
「……出たな、本音が」
アランは署名の終わった書類から顔を上げ、ジゼルを軽く睨んだ。
「仕方ないでしょ? 私だって苦労してるんだから」
拗ねたような顔をするジゼルに、アランは皮肉げな笑みを浮かべる。
「そんなものお互い様だろ。好きで苦労してるんだから、文句言うな」
「ちょっと、こんな美人受付嬢目の前にしてその態度ってどうよ? いつも体型判別できない服装だし、実は男じゃないとか?」
「は? ジゼル、お前、俺に喧嘩売ってるの?」
かなり本気で凄むアランに、ジゼルは慌てて謝罪する。
「ご、ごめんなさい、アラン! 私、そんなつもりじゃなくて」
「へぇ、じゃあ、どういうつもりで?」
「……ぅ、アランにかまって欲しくて、甘えたの……」
頬を赤らめて言うジゼルに、アランは軽く目を瞠った。
「え? 何? いつもの軽口や冗談じゃなくて?」
心底不思議そうなアランに、ジゼルの顔が鬼と化した。
「地獄に落ちろ! このスカシ野郎!!」
◇◇◇◇◇
「……女ってよくわからない生き物だな」
しみじみと言うアランに、面白い事を聞いたとばかりに笑うレオナール。
「何言ってるの? アランは老若男女関係なく堅物の朴念仁でしょ? 他はわかってるみたいに言うのは、どうかと思うわよ?」
その言葉に、アランは苦虫を噛み潰したような顔になる。それを見てレオナールは声を上げて笑った。
「あはははははっ! あー、いつ見ても面白い顔っ! そんなに眉間に皺寄せてばっかりだと、皺が増えてオッサン顔になるわよ? あとハゲるかもねっ、くくっ」
腹を押さえてくくくと笑う。アランが咎めるように睨むと、レオナールは真顔を作る。
「一週間分×2の食料と、移動用の馬に、傷薬とか解毒剤や胃腸薬、三日分の着替えと毛布なんかを積んでおいたわ。あと念のため魔法が切れた時のためにランタンを一人分用意したの。何か他に欲しいものとか入り用なものとかある?」
「……とりあえず今のとこ大丈夫そう、かな。できれば行きたくないが」
「往生際悪いわよ。それにアランが行かなくても私一人でも行くつもりよ?」
「わかってるよ。お前はそういうやつだからな!」
くっそぉ、と呻くアランを、楽しそうにニヤニヤ笑いながら見るレオナール。
「わかってるなら、グチグチ言うのやめなさいよ。見てて面白いだけだから」
嫌そうな顔で睨むアランに、クスクス笑う。
「で、どうする? 今から出る? それとも明日早朝にする?」
「近いからどっちでも行けそうだよな。小さいけど一応宿はあるらしいから、今日は移動で、明日から探索にしよう。やっておきたい事もあるからな」
「了解っ。じゃ、行きましょ!」
「……あーっ、本当、嫌な予感しかしねぇ……」
俯いてぼやくアランを尻目に、レオナールは馬に跨がった。
「貸し馬だけど、言うこと聞いてくれそうな良い子達選んでおいたわよ。いくら近いと言っても、移動にイライラするのは勘弁したいもの」
「お前の見立てなら大丈夫だろ。日暮れ前までに行ければ問題ない」
アランも渋々馬に跨がり、二人で町の北門へと向かう。
「で、嫌な予感って、今回の依頼、アランは何だと思ってんの?」
「それがわかってたら、全力でお前を止めるに決まってるだろ。お前は今頃、火魔法で全身こんがり焼かれてるよ」
「あらま、こわいわね。でも、何か考えてるんでしょ?」
「予測じゃないぞ、想像だ。……件のダンジョンには、ゴブリンやコボルトだけじゃなく、何かヤバイ凶悪な魔物がいる……普通のFランクじゃ到底かなわない化け物だ」
「へぇ、で、もしそいつが出たらどうするの?」
「ケツまくってとっとと逃げるに決まってんだろ! それ以外にどんな選択肢があると思ってんだ!!」
「その時の気分によるわね」
「……おい」
アランは相棒を嫌そうな顔で睨む。
「だって、まだいるとも限らない、見てもいない魔物のことをウダウダ考えるなんて、私の性分じゃないでしょ。それにアランも知ってるじゃない。
私は自分の直感に従って行動するの。倫理とか道徳とか常識とかどうでもいいわ。そんなものいざって時に何の役に立つのよ? 家畜や犬の餌にもならないわ。
役に立つのは、この肉体一つだけ。どうでもいいことで振り回されるくらいなら、速攻で対象をぶっ殺した方が早いわね、ふふ」
「……レオ……」
心底楽しそうな笑みを浮かべるレオナールに、頭痛をこらえるような顔で溜息をつくアラン。
「あー、本当、早く剣でぶった切りたい。何でも良いからぶっ殺したいわ!」
「おい、盗賊とか犯罪者以外の人間は殺すなよ?」
「うふふふ、わかってるわよ。町中で無差別に斬り殺して賞金首とかになると、色々面倒だものね」
「ダニエルのおっさんは、なんでこんなやつに剣の扱い教えたんだ、くそっ」
「うふふ、だって小さい頃は私、おとなしくしてたじゃない」
「……お前、昔からわかってやってたのか?」
「きっと私が村に帰ったら皆びっくりするわね、ふふっ」
「そうだろうよ、今のお前見て性別間違えるやつはいないだろうな」
「村の皆が私を女の子だと思ってたのは当然ね。こんな美し過ぎる少年がいるはずないもの」
「……女装もしてたしな」
「男だとバレてたら、父親に赤ん坊の内に殺されてたわよ。ハーフと言えどエルフの血を引いた女の子なら、子供でも奴隷として高く売れるもの」
「……お前がそういう意味で無事だったのは、不幸中の幸いだと思ってる。……はぁ」
アランは憂鬱そうに深い溜息をついた。
「溜息ばかりついてると、ハゲるわよ?」
「うるさい! 黙れ!! 誰のせいだと思ってんだ!! ちくしょう!!」
アランは本気で嘆いた。
◇◇◇◇◇
ロランの町からオルト村まで一刻半である。昼過ぎに出たので、二人は夕方前に余裕を持って到着した。
オルト村には魔物避けの簡単な囲いはあるが、門番や見張りなどはいない。長閑な田園風景の間に、ポツポツと小さな家が点在しているのが見える。
「天気も良いし、馬で駆けるには良いわね、ここ。これで宿酒場の食事がおいしかったら最高ね!」
機嫌良さそうなレオナールの背中には、首なし状態で吊られている猪型魔獣──牙がサーベル状に長く鋭く尖っている──サーベルボアがあり、右手にはその首から上がある。
楽しそうに首をクルクル回すレオナールを、同行者であるアランの他、運悪く遭遇してしまった村人が気味悪そうな顔で見ている。
「うふふふふー。今日の夕飯は猪鍋かしら?」
「……そうかもな」
アランはなるべくそちらを見ないように目を逸らしながら言う。魔獣を斬るのは良いのだ。街道付近やこの村周辺にいる程度の魔獣と一対一ならば逃がさず自分に引きつけ、速攻で倒してくれる相棒は非常に心強い。
ただ、倒した死体・死骸をいじり回す癖だけは何とかして欲しい。言って聞くような男ではないので、諦めてはいるが。
「ほらほら、見て。ぐおー」
切られた喉の中に手を突っ込んで、口を開閉させて遊んでいる。
「悪趣味なことするな、善良な村人さん達にドン引きされてるぞ」
「私は善良じゃないから大丈夫!」
「……自分で言うなよ」
頭が痛い、と小さく呟くアランとは裏腹に、鼻歌まで歌い出す上機嫌なレオナール。
「あー、本当、いいところね! 夕飯のおかずは、自ら飛び込んで来てくれるし、町で溜めたストレスは発散できるし!」
「お前がいつ、どこで、ストレス溜めるんだよ」
「だって、町中で思い切り剣を振り回せないじゃない?」
「……頼むから勘弁してくれ」
切れるものならこいつと縁を切りたい、とちょっぴり思ったアランだった。
◇◇◇◇◇
レオナールが隣にいると、誰とも会話できないと判断したアランは、先行する事にした。村人に宿屋の場所を尋ね、礼として大銅貨を数枚握らせると、レオナールを回収して、宿屋で獲物のサーベルボアと馬を預けて二部屋頼み、装備の手入れでもしていろと告げて一方の部屋に叩き込んだ。
「夕飯はもちろん猪料理よね?」
「心配しなくても普通に出してくれるだろ。一応確認するから安心しろ」
「わかったわ。で、アランは情報収集?」
「まぁな。例の別荘のことは、地元の人間にも聞くべきだろう」
「いつもの事ながらマメねぇ」
「……だいたいお前のせいだろ」
仏頂面で言うアランに、レオナールは肩をすくめた。
「被害妄想はたいがいにした方が良いわよ?」
「……マッドな脳筋には期待してないから安心しろ」
ケラケラ笑うレオナールに、ぼそっと小声で呟くと、アランは背を向けた。
「いってらっしゃい、気をつけてね~」
本当に頭が痛い、とアランは呻いた。
前々から書こうと思ってたオネエ剣士の物語です。高校時代、D&Dのシステムにだいぶ慣れてきたところで先輩方が卒業し、友人がGMデビューした際に作った悪ふざけキャラ(←今、思い返すと結構ひどい)がモデル。
ハーフエルフでニューハーフ?のケイオティック(より正確には混沌にして中立)の守銭奴でがめつい戦士(ハーフエルフのくせに脳筋気味)、というコンセプト。
作ったキャラ名は確かユかフェで始まってたような気がしますが、よく覚えてません。やっちゃいけないお約束をあえてプレイするためにケイオティックに設定したという。そのため友人達演じる仲間キャラや、ゲスト出演するNPCが全員ニュートラル(中立)になってしまいました。ケイオティック(混沌)とローフル(秩序)はパーティー組めませんし。
当初、小説として書く際、女→男の転生ものにしてみようと思い、プロット書きましたが、TS転生にする必要性とか、前世記憶の必然性とか「ねぇな」という結論に至ったので、普通に「冒険者ギルドを利用して依頼受注する冒険者もの」となりました。
元ネタがD&Dなので、剣士にしろ魔法使いにしろ、攻撃力とかショボくて、基本敵キャラは強めです(ドラゴン≒絶望?)。
D&Dの要素やルール、システムは適用してないので別物です。聞き込みにはINTの値が関係するとか、スキルや魔法の種類は少なめとか、ちょっとだけ名残はありますが。