俺の結婚相手は死んでますが、なにか?
俺の彼女は死んでいる。幽霊になったり、ゾンビになったり、不思議な人が現れて魔法をかけたら生き返ったなんてことはない。
言葉通り、彼女は俺の布団で永眠している。
鼻に突き刺さるいい匂いがしてきた。苦情が来てしまいそうだな、俺は好きなんだけど隣の大家さんがとても五月蝿い。
軽くなった彼女を抱えて業務用の冷凍庫に寝かせる。
死体の保存方法で血管に樹脂を入れるという方法があるが、彼女を傷つけたくない思いがある。
生涯孤独の身であり偏屈な考えを持っていた俺を彼女は優しく接して慰めてくれた。
最初は惨めな俺に対しての慈悲を送る偽善者。
困っている人はだれでも助けるような馬鹿。
愚痴を文句言わずに聞いてくれる人。
一緒にいてくれる友達。
そして恋愛対象へと変わっていった。
付き合い始めて数週間後、僅かな時間も、どんな一瞬でも一緒にいたいと思い始めた。誰かにとられてしまうのではないかと怖かった。いつもより遅く家にきた彼女が注文した麦茶に睡眠薬を入れて、眠ると太いロープで椅子に結びつけた。
彼女が目を覚ますと、急に泣き出した。そのあと俺に対して罵詈雑言があるはずなのに、彼女は俺を心配した。誰かに脅されているの?と聞いてくるポジティブ思考の持ち主だ。
しかし俺にとって苦しいものでしかなく、冷静になった俺は彼女を傷つけたのに謝りもせず、彼女を騙してしまった。
どうかこんな汚い俺を見ないでくれ。
彼女と同じ空気を吸う権利なんて無い。
いやだいやだいやだ、彼女にどうやって接しればいいんだ。
台所から包丁をとりだし彼女と決別するために彼女の心臓に突き立て、一回転させる。
あのときの俺はおかしかった、狂っていた。動かなくなると抱きついた。徐々に冷めていく体温がとても気持ちよくて、頬が緩んだ。
死体は凍らせると腐敗が遅れるらしいと聞いたことがあるので一般の冷凍庫に詰め込んだ。
自宅に引きこもり、度々彼女の姿を見る生活が続いたが、一週間経っても彼女についての音沙汰がないことを不思議に思いつつ彼女について無知なことを今更ながら知った。
楽しく過ごしてきて彼女は一度としてプライベートなことを話さなかった。住所、好きなこと、嫌いなこと、過去のこと、なにも知らない。
それから俺は彼女について調べることにした。アルバイトの給料は最低限の生活費以外は貯金していたので懐には余裕がある。
結果、彼女と俺の関係は驚愕のものとなった。彼女は両親と縁を切っており、理由は暴力が激しい両親で、縁を切ろうと覚悟したのは兄を捨てられたと聞き、彼女を男に売ろうとしていたときに目を盗んで逃げてきたあとからだ。
そして彼女は身ごもっている。鞄の中身を漁っていると診断書ともう一枚の紙が出てきた。
凍っている彼女から一本の髪の毛をハサミで切り、自分とDNA鑑定をすると兄妹という結果が返ってきた。
妹であり彼女でもあるならば、兄として彼氏でもある俺が守らないといけないじゃないか。
俺はこの世で天涯孤独、人を信じずに生きてきた。唯一信じた彼女も今ではこの世にいない。
そうして生きてきた六十年はとても短いものだった。
彼女を守るために闇金に手をだし、窃盗や強盗までしてきた。しかしこれで良いのだ。彼女は天国に俺は地獄に落ちる。顔を会わせなくていいんだ。
終わりよければ全て良しという言葉を聞いたことがある。人生の最後は死ぬんだから、皆良くならないだろう。例え自殺したって周りに迷惑をかけて終わりだから、良くはない。俺と彼女は天涯孤独であり、今もそうなのだから俺が幸せなら終わりが良いということだ。
俺が今まで生きてきたなかで唯一の恋人であり結婚をした女性だ。目を覚まして警察に取り囲まれていたら、彼女が素敵だと笑ってくれた、俺の皮肉を込めた笑みで「俺の結婚相手は死んでますが、なにか?」と言ってやろう。
最近胸が苦しくて、吐き気がして目眩がして……とても眠い。今日ぐらいは手を繋いで寝てもいいだろう。
明日はどんな表情で彼女は俺を見てくれるのだろうか。
あぁ、でもここで死んでしまえば大家に迷惑かかかるし、掃除をする人にと迷惑がかかるな。明日、このアパートをでて山中に暮らそうかな。