10月23日 修行編その9 修行完了!・・・いや、まだ足りない!!
PM1:10
「喰らえ!変態!!」
「清水先生覚悟!!」
「ドリャーーー!!!」
「ハッ!」
生徒たちの4本の竹刀が同時に俺に襲いかかってくる。
この一月鍛え上げた剣道部の連携は素晴らしいものであり、
少し前の俺ならここまで追い詰められては、
どうすることも出来なかっただろう。
だが今の俺には丁度いいクールダウンでしかない。
タタン!!
俺は前面にいた阿佐ヶ谷と吉祥寺の小手を払い、
そのまま前進して二人の間を通り抜ける。
「「「「ぐ!」」」」
目標を見失った4人は何とか互いにぶつかることなく、
分かれたものの、すでに隙だらけであった。
俺はそのままの流れで
反転し、
構え直そうとしている稲荷山と
芦屋の胴を瞬時に抜いた。
「お見事。」
先程まで俺と壮絶な打ち合いを演じていた直澄が、
片膝を付きながら手を叩いた所で、
本日の昼の訓練は終了となったのである。
「あー、まただ。追い詰めたと思ったら、
難なくくぐり抜けられて逆に一本取られちまった。」
「先週から先生すごい動きだったけど、
今週は攻撃の鋭さも段違いだよ。
妖怪撃滅のためには、私ももっと鍛錬しなくちゃ!」
「無念だ。
しかしこれだけみんなの技量や連携が深まったのは
感慨深い。
きっと来年は全国優勝間違いなしだな、後輩達よ!!」
「・・・俺たちのことはどうでもいいから、
ちゃんと高校に進学してくださいよ、旧部長。」
「ガーン!!
ひ、日々の勉強はしっかりしているつもりなのだが、
テストとなるとどうしても・・・
あー、明日からの中間テストが怖い!!」
「明日からテストか、
マジでめんどい。
稲荷山数学のノート貸してくれ。」
「数学は明後日か。
明日には返してくれよ。
・・・芦屋どうしたんだ?」
「・・・その数学のノートの数式から
きっと吉祥寺君は稲荷山君の愛の
メッセージを読み取るんだ!
ダメだよ、稲荷山君!!
BLは絶対にダメだよ!!!」
「お前昨日の放課後から
いつも以上におかしいぞ!
・・・って、吉祥寺の奴逃げやがった!!
ああー、何で俺ばっかりこんな不幸なんだーーー!!!」
防具を外しながら今日の訓練、
そして明日から始まる中間テストについて
盛り上がる剣道部の面々。
こちらの修行の副産物とは言え、
こうやって部員の実力・絆が
深まったのは本当に良かった。
芦屋のBL妄想については・・・
まあ、頑張れ、稲荷山。
その話題で如月と芦屋が何か
仲良くなったみたいだから、
もう少し耐えてくれ。
この町には”その手の趣味”の人が少なくないみたいだし、
これも通過儀礼だ。
すでに俺と直澄、さらには鹿島や町長まで
出てくる薄い本が制作されているという噂も・・・
あまり深く考えないようにしよう。
今は週末の対決に集中だ。
「いやー、でも渉兄さんの修行も
いよいよ完成ですね。
あんなに手も足も出なかったのって、
久しぶりですよ。
勝也戦楽しみですね。」
「お前がそれこそ田中先生とかのために
絶対に負けないと思って防御に徹したら、
まだまだ厳しいさ。
それにあえて勝也のスタイルに合わせてくれているんだから、
本当に助かっているよ。
でもインターハイ進出者に
安定して勝てるようになったのはやはり自信になるな。」
「今週に入って攻撃も冴え渡っていますもんね。」
そう、雨狼名が完成してからこの3日間は
直澄との稽古では俺は安定して勝つことが出来るように
なっている。
朝の賀川さんやリズさんとの組手でもしっかり有効打を
入れられているから雨狼名に関しては
かなり完成に近づいたと言っていい。
とは言えこの技は慣れた相手にこそ高い効果を発揮する技だ。
研究は綿密に行ったとはいえ、
当日始めて対戦する勝也に通用するかはやはり未知数である。
それに気がかりなことがもう一つ。
「そういえば何回か、
あえて攻撃を食らってるっぽい動きが
あったんですけど、
あれ何だったんですか?
正直自爆にしか見えなかったんですけど・・・」
「・・・あれも一応とっておきの技なんだがなー。」
そう、先日のリズさんとの特訓の最後の
モンスター戦で編み出したという、
雨狼名・八咫鏡式という
カウンター技は未だ完成していないというか、
まともに成功していなかった。
・・・今朝なんてリズさん相手に使おうとして
失神KO食らってしまったくらいだし。
これではとても実戦では使えない。
しかし雨狼名で勝也を倒せなかった場合、
最後に残された逆転の手段となる以上、
諦める訳にはいかない。
俺がどうやって成功させたのかは、
あれから何度もベルさんにレクチャーを
受けたんだが、
一体何が足りないのか。
放課後藤堂先生にも相談してみようか。
キンコンカンコーン!
「渉兄さん、そろそろ。」
「予鈴がなったし、急いで着替えないとな。」
俺は未だ完成を見ない最終奥義に頭を悩ませながら、
直澄と共に剣道準備室へと戻っていったのだった。
PM10:00
「これでどうだ!
藤堂流活人拳、禁じ手、
『墜龍』!!」
「今だ!!」
藤堂先生との毎晩の鬼ごっこ。
先週あたりから2時間逃げ切ることが
可能になった俺は、
最終段階として、
先生の攻撃をかい潜って、
先生を『鬼』にさせている面を
奪うことを目標にしていた。
先生が高く飛び上がった瞬間、
かすかにかかと落としの打点をずらした俺は、
かすった左腕に鈍痛を感じながらも、
鬼の面に何とか手をかけることに成功した。
「つっーーー!んあ!
はあはあはあ・・・」
鬼の面を右手にもち、
左手を抑えながら息も絶え絶えにうずくまる
俺の前で、
正気に戻った藤堂先生は実に嬉しそうな顔で
俺に語りかけた。
「やったじゃないか、渉くん。
あのタイミングで放った墜龍を
避けるなんて、
慎司でも難しいぞ。」
「完璧に避けられてはいないですけどね。」
「それでもそこから反撃までしているんだ。
十分合格点だよ。
・・・ここは『流星』の近くだな。
よし、渉くん、
拓也の所で一杯やりながら
施術といこう。」
「・・・あんまり遅いと星野さんに
怒られますよ。」
俺はにやりと笑いながらこちらに差し伸べられた
藤堂先生の手を何とか掴んで、
のっそりと立ち上がったのだった。
あの藤堂先生の秘技を避けられるなんて・・・
ただやはり八咫鏡式は使えなかったか。
どうしたものか・・・
俺は大きな充実感と共に
課題を解決できなかったことへの
悩みを抱えながら、
ビストロ『流星』へと入っていったのだった。
PM10:30
「なるほど、そういう技か・・・
中々難しいな。
一歩間違えば致命傷を受けてしまうのだろうし。
慎司相手にも十分有効だった、
雨狼名ではだめなのかい?」
「そっちも勿論大事ですし、
それで一撃入れられればいいんですけど、
相手の動きを掴む前に
大きなダメージをおってしまった場合、
十分にこなせるか分からないので。
何とかなりませんかね?」
「うーん、そうだなー。
誰か他に助言を与えられそうな人物はいないかな・・・」
藤堂先生の施術も終わり、
現在は閉店後にも関わらず、
葛西さんが見繕ってくれた
おつまみを食べながら、
俺たちは八咫鏡式完成のための作戦会議を
していた。
とはいえそう簡単に良案が浮かぶはずもない。
これまで特訓を行ってもらった上条パパや伊織さんにも
話を聞いてもダメだったのだ。
やはりこの技は諦めるしかないのだろうか・・・
「中々大変みたいですね。
どうですか?
考え事に向けてパスタでも追加しましょうか?」
「ありがとうございます。
ではペペロンチーノを。」
「俺はミートソースパスタ大盛りで頼む。」
「・・・義幸さん、あんまり食べ過ぎて太ったら、
星野さんに嫌われますよ。」
「うるさいな。
渉くんとの修行のおかげで、
今まで以上にシャープになってきてるんだぞ。
お前こそ、もっと鍛えないと彩菜ちゃんに
振り向いてもらえないぞ。」
「僕と彼女はそういう関係じゃないって
何度言ったら分かるんですか・・・」
叔父のからかいに辟易しながらも、
葛西さんは見事な手つきで
麺を茹でていった。
まるで踊るように鍋に吸い込まれていくパスタ。
そこには何か洗練した動きが感じられた。
格闘技と料理。
全く違うように見えて、
もしかしたら達人レベルでは通じるものがあるのかも
しれない。
葛西さんにもちょっと聞いてみようか。
「葛西さん、今大丈夫ですか?」
「いいですよ。どうしたんですか?」
俺の悩みを聞いて葛西さんは困った顔をしたが、
じっくりと考えた上でひとつのアドバイスをくれた。
「武道の世界に通じるものかは分かりませんが、
スパゲティを茹でる時は円を描くように投入することで
全体に均等に熱が伝わる効果が生まれたりするんです。
ですからそういう円運動とか振り子の動きみたいなのを
動きの中に取り入れるっていうのは力のバランスを
考える上ではいいのかもしれません。
・・・こんなことで役にたちますかね?」
「なるほど。力を均等にするための工夫ですか・・・
ありがとうございます!」
直接八咫鏡式に繋がるかは分からないが、
動きの質を高める上で大事なヒントを
もらえた気がする。
やはり葛西さんは俺の心の師匠だ!
新たなヒントを得て
俺は少しだけ光が見えてきた気がしていた。
しかもヒントはそれだけではなかった。
山盛りのミートソーススパを
かきこんでいる藤堂先生が
思い出したように呟いたある名前は、
見えてきた微かな光を
眩いばかりのものに変えてくれたのである。
「天狗仮面にはお願いしたのかい?」
「天狗くんですか?
そう言えばしてなかったなー。
彼もすごく強いんですよね?」
「あれはまた俺達とは全く別の種類の
達人だよ。
星野ちゃんを救出する時にも
彼の不思議な技のおかげで
本当に助けられたよ。」
「天狗の技・・・か。」
思えば雨狼名を完成に導いてくれたのも、
八咫鏡式を開発するに至ったのも、
普通の人とはどこか違うリズさん・ベルさん
の力添えがあってこそのものだった。
風の噂でうろなを脅かした魔の手から
町を救ったという人ならざる力。
それはもしかしたら八咫鏡式完成、
または新たな技の開発にとって
非常に大事なものかもしれない。
よし、明日からは中間テスト。
試験監督は木下先生にお願いできるとして・・・
確か天狗くんは西の山で時々鍛錬をしてるって
話だったはずだ。
ふふふ、これだ!!
「どうしたんだ渉くん?」
「藤堂先生、葛西さん、本当に
ありがとうございました。
俺、大きなヒントを見つけられた気がします。
これで今までの修行は一旦完了として
最後の仕上げに取り掛かりたいと思います。」
「最後の仕上げって?」
いきなり笑い出した俺に
二人共怪訝な様子であったが、
俺は自信を持って
伝統ある修行法を口にした。
「山篭りです!!」
時代錯誤甚だしい方法かもしれない。
しかしこのうろなでの山篭りは
一味違う。
天狗仮面の強さの秘密、
噂の妖怪パワーって奴を
自分のものにしてやるぜ!!
俺は不敵な笑みを浮かべると、
どうやって天狗仮面を説得しようかと
頭をフル回転させながら、
彼の家へと電話をかけたのだった。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
毎日の修行はこれで終了となります。
桜月りまさん、
朝陽真夜さん、
寺町朱穂さん、
綺羅ケンイチさん、
ご協力ありがとうございました。
いよいよ修行編締めの山篭りに入りたいと思います。
ただ次の話は短く終わる予定です。
流石に人間が安易に入ってくるのを
天狗仮面は見過ごしても、
策士の彼女は放置しないでしょうから。
三衣千月さん、
どうぞよろしくお願いします。