10月20日その2 修行編その8 これが俺の切り札だ!!・・・ちなみに『可愛いワンちゃん』って?
PM1:00
リズさんの食事も済み、
カメラ等の設定が終わったところで、
いよいよ修行場でリズさんとの特訓が
開始となった。
賀川さんやタカさん達もリズさんが特訓をする
ということで興味津々の様子だったが、
ベルさんの
『今回は色々企業秘密を披露するから遠慮してくれ。』
との画面越しのお願いにより、
道場にいるのはいつもの防具姿の俺と
シャツにジーパンというラフな格好の
リズさんだけとなった。
一体どんな修行を行おうというのだろうか?
『さて、
ではまずはどのくらい成長したのか
見せてもらおうか。
リズ、賀川の1.5倍の早さで相手をしてやれ。』
「3倍でも、10倍でも余裕ッスよ!」
『まずはウォーミングアップだ。
爪も使うなよ。』
「了解ッス!」
バシッ!!
ビデオ会議システムから響く
ベルさんの声に反応して、
リズさんが腕を付き合わせる。
賀川さんが
「人外」とすら評したという、
ベルさんと同レベルの実力。
この目と体に焼き付けることで
何とか例の技を完成させたい。
それがきっと勝也撃破への
大きな一歩となるはずだ。
『それでは始め!』
「お願いします!!」
「いくッスよ!!」
ベルさんの掛け声に合わせて、
集中力を高め、
構えを整える俺に対し、
リズさんは一直線に
俺めがけて飛びかかってきた。
それは正しく獲物を狩る
野獣のようであった。
「せりゃあ!」
「くっ!」
一瞬で間合いを詰めてきたリズさんの攻撃を
何とかいなすが、
そのスピード・パワー共に
すでにラッシュ時の賀川さんすら
凌駕しているレベルにあった。
そのまま、
まともに喰らえば一撃でKO間違いなし、
しかも完全に避けきるのは厳しいという連撃が
次々と俺に襲いかかってくる。
「次次次次次、どーっスか!!」
激しい殴打をさばき続けるが
反撃の隙など今は全くない。
もう少し、もう少しこの
野性的な動きに慣れるまでは我慢だ。
チャンスは必ず来る。
『ほおー。今週頭くらいから何か
変わったなと思っていたが、
リズの連撃を受けながらも全く
恐怖の色がないとは。
始めの頃は賀川のラッシュを防いでいる
時ですら顔に恐怖が張り付いていたと
いうのに。
ようやく後ろにいるものを守れるだけの
覚悟を得たか。
どうやら、面白いものがみれそうだ、
くふふ。』
ベルさんが何かを言っているのは
耳に入ってくるが、
何を言っているかまでは頭が回らない。
俺は相手の両手での殴打を用いた攻撃パターンを
見極めるために頭をフル回転させていた。
そして・・・
「そろそろ決めさせてもらうッスよ!
ワン!」
「ぐお!」
それまでの連撃からパターンを変えて、
リズさんがこちらのガード自体を破壊するかのような
正拳突きを放ってきた。
これは本気で決めに来ているようだ。
「ツー!!」
今度はまるでアッパーカットのように突き上げる
一撃がこちらを体ごと押し上げる。
次が勝負の一撃だ。
そう思った瞬間、
俺は浮いて後方に下がった反動を逆に利用して、
リズさんの方に向かって突っ込んだ。
すでに彼女は決めの足技を繰り出す態勢に入っているが、
・・・これならイケル!
「スリー!!!・・・あれ?」
『ほおー、あの状況で前に出て距離を詰められるとは。
リズも予想外だったようだな。』
「はああーーあ!!」
ダン!
「ぎゃう!」
喰らえば俺をガードごと吹っ飛ばしていたであろう、
強烈なローリングソバットを繰り出していたリズさんの背後を、
俺の右ストレートが襲った。
リズさんは不安定な態勢からうまく衝撃を逃がしながら、
俺の射程外に飛び退った。
やはり完全にヒットさせるには至らなかったようだ。
「このコンビネーションを初見で破るなんてすごいッス!」
『型どおりにやりすぎたな。
いつもならすでにダウン状態の相手に食らわすから
問題ないのだろうが、
やはりモーションの大きさには気をつけるべきだ。
それにしても良くあの技が来ると分かったな。』
「いやー、そのスタイルから、
ずっと足技を警戒してたんですけど、
一向に来ないのが逆に気になって。
恐らくこのタイミングで一撃必殺の技が来るんだと思って、
意を決して飛び込みました。」
『ふむふむ。それを考える余裕があったという
だけでも大したものだな。』
「くー、もう少し始めから足技を絡めて
距離をとってた方が、良かったんスね。
楽しくなってきたッス♪」
明らかに格下である俺に一撃入れられたのというのに、
嬉々とした表情のリズさん。
バトルには率先して突っ込んでいくタイプなのかも
しれないな。
しかしこれですら本気の1割も使っていないんじゃないかと
いうのがマジで恐ろしい。
本当にこの人たち人間か?
『よし、では次は少し手品を見せてやろうか。
リズ、爪を使っていいぞ。』
「さ、流石にそれはマズくないっすかね。
いくら手加減しても間違って当たっちゃったら、
大怪我っスよ?」
『ベルの高揚の炎を込めた
アイテムを渡しているだろう。
最悪それで治癒すればいい。
念のため炎は使うなよ。』
「当然ッスよ。
清水さん、心して
かかってきてくださいッス!」
ワオーーーーー
ベルさんの指示を受け、
リズさんの口から遠吠えのような声が放出されたかと
思うと、
一瞬にして彼女が紅蓮の炎に包まれた。
「だ、大丈夫なんですか?」
『何、ちょっとした手品だ。
とはいえ、ここからは油断したら怪我しかねんから、
気をつけろよ。』
「は、はい。」
画面越しにベルさんに話しかけると
彼女は心配するなといいながら、
これから先の特訓について釘を刺した。
ここからがいよいよ本番ということなのだろう。
『アレ』を使わざるを得ない、
ギリギリの場面が来るのかも・・・
そんな風に考えていると、
炎の中から、
黒いレザーのライダースーツを身に纏い、
足は黒曜石のように鈍い輝きを放つブーツに覆われた、
リズさんが姿を現した。
実にカッコイイ感じである。
しかもその両手には何と、
黒い獣毛の中から長い『爪』が飛び出している
ではないか!
そんなのアリ!?と言いたくなるような、
まさに戦闘モードといった感じの変身だった。
『手品』とベルさんは言ったが、
本当にコスプレか何かであるとは思えないような、
圧倒的な存在感であった。
『どうする清水?
そちらも長ものを持っていたほうが
いいと思うが。
防具をつけているといっても
流石に徒手空拳はキツイと思うぞ。』
「・・・そうですね。
では竹刀を使わせていただきます。」
ベルさんの忠告に俺は竹刀を手に取った。
これで本当に本番に近い真剣勝負に
なりそうだ。
「ではいいッスか?」
「はい!」
「それではキバっていくっスよー!」
リズさんが俺に声をかけ、
俺が応答した瞬間、
目の前で爆発が起こった気がした。
それくらいの勢いで、
リズさんの『爪』がこちらに襲いかかってきたのだ。
「とりゃーーーーーーーー!!」
「ぐおーーーーーー!!」
そのスピード、
パワーとも先ほどまでが
まるで別人であるかのような
凄まじいものであった。
始めから完全に押し込まれており、
相手の動きを十分に把握することすら出来ない。
これはマジでヤバい。
『くふふ。
流石に手も足も出ないか?
まあ、それでも恐怖が顔に出ないのは
立派ではあるがな。
どのくらい持つかな?』
ベルさんの意地の悪い言葉も
今はBGMとしてぐらいしか耳に入ってこない。
両手両足を用いた天地を揺るがすような
超絶ラッシュに俺は完全に翻弄されていた。
反撃の隙など全くない。
このまま押し込まれるだけである。
そんな絶対絶命の状態であったはずなのに、
何故か徐々に俺の頭は澄んでいった。
右手の突撃を体の正中線からずらすことで
ギリギリ避ける。
左手のなぎ払いを竹刀ごと弾き飛ばされるように
して受けることで、
直撃を避けながら距離を取る。
そのことで次に来る回し蹴りをしゃがんで避ける
一瞬の余裕が生まれる。
正直頭であれこれ考えている余裕はない。
しかし体は一連の攻撃をまるで意図を持ったかのように
避けることが出来るようになってきている。
そこに余裕は殆どないが、
危うさが徐々に消えていっていることに、
攻め手側も気づき始めていた。
「ん?」
『なんと。全力からは程遠いとはいえ、
マジモードのリズの攻撃を確実に
いなすとは・・・
反撃する余裕があるとはとても
思えんから、
このまま押し込めるだろうが、
あるいは・・・』
そんな呟きが聞こえた瞬間、
「たああ!」
「があ!」
両手の爪による薙ぎ払いで、
俺は大きく吹っ飛ばされ、
リズさんもその反動を利用して、
後方へと飛びすさった。
「本当に楽しくなってきたッス♪
清水先生チョット痛いかもしれないッスけど、
ちゃんと治してあげるんで我慢して欲しいッス。」
『おい、リズ!』
「それではとどめっス!」
来る!
リズさんの体に何か熱いものがまとわりついた瞬間、
これから必殺の攻撃が来ることに俺も感づいた。
この攻撃は俺の実力では避け切れない。
防御をこじ開けれられ、確実にやられる。
そこに恐怖が生まれる瞬間、
俺はもう一度自分の背後を思い浮かべた。
そこに愛する人の幻影が現れた直後、
撃鉄は下ろされる。
恐怖は消え、代わりに確固たる覚悟が
俺を突き動かす。
守りたければ打ち砕け。
その涙をかき消すため、
その渇きを癒すため、
今雨を降らせよう。
リズさんがこちらに向かって
猛然と突撃を始めた瞬間、
俺も同様に突進していった。
しかし今度はリズさんも想定済み。
明らかに自分よりも『遅い』相手を
いなして、そのまま決定打を入れてやろうとする。
俺の心の中に無数の雨粒が現れる。
リズさんはスピードを突撃から防御・回避に意識を振り分けながら、
こちらの打ち込みを軽く捌いていく。
人間としては素晴らしい速度だが、
人知を超えた自分の実力からすれば大したことはない。
もう少しすれば決定打を打ち込む隙が出来てくるはずだ。
散々に打ち減らされながらも、
雨粒は止まらない。
おかしい。
こちらは余裕をもって避けているはずなのに、
徐々にそのタイミングが危険なものになっている
気がする。
このままでは遠からず『避けられない』状況が
偶然発生する可能性も。
勿論人間の竹刀による一撃など問題外ではあるが、
勝負としては受けてやる訳にはいかない。
仕方がない。
リスクはあるが、こちらの攻撃に移ろう。
大丈夫だ。
こちらの速度の方が圧倒的に上なのだから。
一滴の雨粒がついに地面に近づく。
リズさんの反撃が俺を襲う。
俺はその決定的な一撃に対して、
・・・防御『しなかった。』
その瞬間、彼女の心に生まれる
勝利の確信と一瞬の疑念。
彼は防御『出来た』のではないかと。
乾坤の一滴は地面に弾け、そして・・・
そのまま相手の体を貫こうとした彼女の爪は、
なんということだろうか。
まるで『導かれるように』相手の中心から
ずれ、そしてそのまま相手を素通りしてしまった。
彼女が驚愕の中、
次の動きを起こそうとしたその瞬間、
衝撃が訪れる。
気高き狼の叫びがこだまする。
うろなの全ての命を守るかのように。
この一撃は『無名』の彼女に捧げる挽歌。
「秘剣、雨狼名」
リズさんに奇跡的な一撃を見舞った直後、
残心の中で俺は己の呟きと共に、
自らの秘技が成功したことを漸く理解した。
無限の『避けきる』守りだけでなく、
ついに唯一の『避けられない』攻めに至った。
これなら勝也にも•••
そう思った瞬間、
全身が脱力し、
全てが真っ白になる。
脳が悲鳴をあげている。
ラッシュ後の賀川さんも
こういう気分なのかな。
「一体何なんスか、さっきの!?
絶対当たると思ったのに!!」
『なるほど•••そういうことか!
ふははは!!
最高だ、最高にイイぞ、清水!!!
人間の力でそこにまで達するとは
本当に素晴らしい!!!!』
当惑するリズさんとは異なり、
どうやら俺の動き全体を
パソコンを用いて確認していた
ベルさんはこの技の『タネ』に気づいたようだった。
「せ、先輩?
一体どういう•••」
『あいつの放っていた攻撃は決して見えていたものだけでは
なかったということだ。
無限•••はいいすぎだが、
お前に対して最大限の攻撃の組み合わせをあいつは想定していた。
もちろん相手であるお前の攻撃の組み合わせ以上の数をな。
見えていた攻撃に対してはお前は全て対応していたが、
その中で徐々にお前が避けられる可能性が狭まっていったんだよ。』
「でもこっちの反撃が避けられたのは•••」
『すでに勝負はついていたのさ。
あいつはお前がしてくる反撃の手段なり方向性なりを
自分の最後の一撃の動きの中で逸れる様に誘導した上で、
攻撃を開始したんだ。』
「そんなこと本当に出来るんッスか?」
『実際お前の攻撃は避けられ、
あいつの攻撃は当たっただろ。
これはスピードやパワーの勝負ではない。
読み合いと予測の勝負だったんだよ。
結局は相手の土俵ではなく、
自分の土俵で戦った、
それが清水の勝因だな。』
「おー、頭脳の勝利っスか!
清水先生流石っス!!」
ベルさんとリズさんは
俺の技の内容を検証しながら、
息も絶え絶えな俺を
賞賛の眼差しで見てくれているが、
俺としては中々複雑だった。
この技は相手の攻撃の十分な把握と予測までに
時間がかかる。
今回はリズさんがあえて段階を付けて挑んでくれたからこそ、
何とかなったものの、
勝也戦で最初から一気に潰しに来られた場合、
十分に技を練ることが出来るかにはまだまだ不安がある。
そして杞憂と言えば杞憂な気はするが、
さらには•••
『ただ清水よ。
この技は確かに強力であり、
相当力量差がある相手に対しても
一撃加えられる可能性を持っているが、
弱点もあるのではないか?
そう、『単発で相手を打ち倒すような強力な一撃』を
主に使う相手には使い辛い様に思うが。』
「•••正直そこはまだまだです。
とはいえ単発でそこまですごい攻撃なんてなかなかいないですし、
それはもう根本的にこちらとの力量差がありすぎるだけとも
言えるので、こっちの基本的な力量をあげるしかないっていう
部分も大きい気がします。
といってもそんな相手、
もう『人間じゃない』気もしますけどね。
ははは。」
そんな風に俺が半分笑いながら言っていると、
ベルさんの目がキラン♪と光った気がした。
何だろう?
もの凄い寒気がするんだけど•••
『なるほど、『人間じゃない』か。
最終的に戦うのは人間とはいえ、
圧倒的な差というものを身を以て体験するのも
悪くないかもしれないな。
今のお前なら殲滅されようとも闘志が
折れることもあるまい。
よし、多少手は抜いていたとはいえ、
戦闘モードのリズに一本入れたご褒美だ!
中々相手をすることが出来ない、
『本物の強敵』の相手をさせてやろう!!
リズ、例の『高揚の炎』を込めたアイテムを
持って来い。
あれは璃遠から買ったもので、
あいつの高度な空間魔術を用いた
結界発生装置にもなっているんだ。』
「ちょ、先輩、もしかして、
『本物の強敵』って!」
『もちろん、『可愛いワンちゃん』のことだよ。
お前の魔力は十分だろうし、
必要なら高揚の炎でブーストさせてやる。』
「•••ああ、清水先生、ごめんなさいッス。
ちゃんと後で手当してあげるッスから、
許してくださいッス。」
何故か躊躇いがちなリズさんを押し切る様に
ベルさんは指示を出していった。
一旦修行場を出て行く時のリズさんの
相当申し訳なさそうな顔が正直気になるが、
これが今回の特訓の〆なのだろう。
雨狼名を使った後で、
まだまだ復調して切れていないが、
最後までしっかり取り組もう。
さっき以上の手品というかマシンで
何かすごい『モンスター』みたいなのと
戦えるんだろうか?
確か伊織さんとの特訓でもそんなのがあったけど、
本当世界にはすごい技術があるもんだよな。
そんな風に多少暢気に考えていた俺は、
その後もリズさんが持って来た変わった機械によって、
修行場が『まるで中世のコロシアム』みたいに
リアルに風が吹く場所に変化したり、
その『高揚の炎』とかいう技術で疲れが
回復したりするのを多少興奮しながら、
楽しんでいた。
そうベルさん曰く『可愛いワンちゃん』が
俺の目の前に姿を現すまでは。
「「「ウガーーーーーーー!!!」」」
「•••えっとベルさん、
もしかして『可愛いワンちゃん』って。」
『目の前にいるそいつだぞ。
なかなか愛い奴だろう♪』
「•••俺には三つ首の狼の背中に烏みたいな黒い翼が生えている、
ケルベロスとキマイラを合体させたような超絶モンスターに見えるんですが。」
『くふふ、ケルベロスとキマイラか♪
ルーシーは『キングギドラも混じってる!』とか言ってたな。
まあ、とにかく爪と牙が強力で、
地獄の炎レベルの火炎を吐くから心してかかれよ。
でかい図体だが機動性抜群、
それに頭が3つあることで読心術の類いとかは基本効かんから、
お前の技を改良するにはもってこいの相手だろう。』
「本当にこいつと戦うんですか?
•••あとリズさんはどこに?」
『いや、リズは何と言うか、
こいつをコントロールする役目があるんでな。
野生のパワーと人の理性の協奏曲。
存分に堪能するとイイ。』
「これあくまで訓練で、
あれCGか何かなんですよね!?
俺、死んだりはしないですよね!!?」
『お前には高揚の炎を
最大パワーでかけてあるから、
大丈夫だ。
(やられたら死ぬ程痛いとは思うが。)』
「何か最後ボソボソ言っているのが
怖過ぎるんですけどーーー!!!」
『とにかく滅多に無い経験だ。
頑張れ、勇者清水!』
「俺は別に世界を救ったりは
したくないですよーーー!!!!」
その後何が起こったのか、
正直俺は良く覚えていない。
取りあえず何度も死にかけたあげく、
無理矢理復活させられたりした気もするが、
いくら何でも現実ではないだろう。
とりあえず言えることは
俺はどんなに強くなろうが、
ファンタジーの世界には向かないと
いうことだ。
俺には司さんとの穏やかな日常が
あればいい。
この特訓を通じてその思いを
改めて強くした気がしたのだった。
PM4:00
「無理です!そんな炎の中に飛び込んだら
死にますって!!
ギャー、爪が俺の身体を貫通してる!!!
•••あれ、俺は一体?」
「あ、漸く目覚ましたッスか!
良かったッス。
先輩の指示が過激すぎて、
何回か清水先生の心臓止まっちゃった時には
ヤバかったスよ。
•••は!冗談、冗談っスよ。
シュミレーターであの『モンスター』相手に
先生キャラのライフが0になったってだけッスから!!」
すでに俺がいるのは元の修行場所に
戻っていたようで、
リズさんが俺を介抱してくれているようだった。
画面にはすでにベルさんの姿は無く、
特訓終了からそれなりに時間が
経ってしまったらしい。
「•••何か酷く怖い目にあったという感覚しか
残っていないんですけど•••
結局さっきの特訓で、俺進歩があったんですかね?」
「いや、でも先生ボロボロになりながらも、
最後私の、じゃなかった『モンスター』の頭の
うち一つに致命的な一撃を与えることに成功してたッスよ!
それでその際に使った技に先輩が名前を付けてくれたんッス!!」
そう言ってリズさんがモニターのメッセージ欄を
指差すとそこには俺が瀕死の中で編み出した、
「雨狼名・八咫鏡式」という
雨狼名のバージョンアップ名と
その技の解説が書かれていた。
ベルさんのコメントとして
「これならどんな強敵でもイチコロだぞ♪」
というものも付いている。
俺、こんなことやっていたのか•••
命の危機に瀕していたから出来たんだろうけど、
どうやってやるのか正直さっぱり覚えていない。
まあ、二人のおかげで
雨狼名自体はひとまず完成したことだし、
残り一週間はその精度上昇と、
このバージョンアップ技の体得に努めるとしようか。
まだ痛む身体をさすりながら、
最後の1週間の予定について、
ぼんやり考えていると、
時計の針が午後4時をすでに回っていることに気がついた。
いけない、もう戻らないと!
「リズさん、すいません!
俺この後用事があるんで、
帰ります。
今日は特訓に付き合ってもらって
ありがとうございました。
良かったら朝の稽古とかも
顔を出してくださいね。」
「清水先生との特訓は楽しかったッスから、
またやりたいッスね。
先輩にもお礼言っておいてくださいッスね。」
「もちろんです。
では失礼します」
俺はリズさんに対して改めて深々と頭を下げると、
摩訶不思議な特訓の場となった修行場を
足早に後にしたのだった。
PM5:00
タカさん家でシャワーを使わせてもらった後、
急いで喪服に着替えた俺は、
そのままタクシーで葬儀場に向かった。
「渉!」
「司さん、遅くなりました!」
ゆったりとした喪服を着た司さんに
俺は駆け寄った。
その目はしっかりしているが、
その底にある深い悲しみを俺は知っている。
「まだ通夜は始まっていないよ。
でももうこんなに来てくれているんだ。
•••きっとサツキも喜んでいる。」
「そうですね。」
俺は司さんの足元に気を配りながら、
静かに俺はそう答えた。
ああいった報道が流れたのにも関わらず、
通夜には中高の生徒達だけでなく、
多くの人達が顔を出しているようだった。
その中には町長や秋原さんの姿まである。
みんなが彼女の死を悼んでいる。
彼女について殆ど覚えていない俺もそうである。
同じ町に住む仲間、
ましてや生徒が亡くなったというのは
本当にどうしようもなく哀しい。
ただそれ以上に俺は『彼女』に別のことを伝えたかった。
命の意味を、守る覚悟を教えてくれたことに対して、
一人の人間として最後にしっかりとお礼を言っておきたかったのだ。
「渉、通夜が始まる前にサツキに
挨拶してきてもいいか?」
「いいですよ。一緒に行きましょう。」
悲しみをぐっと押し殺そうとしている司さんに
努めて微笑み返すと、
二人でゆっくりとお棺に近づいていった。
丁度目の前では、
彼女の幼馴染であるという
稲荷山が何かを棺に向けて語りかけていた。
何を言っているのかは分からないし、
聞くべきでもないだろうが、
その目は涙を一杯に貯めながらもしっかりと
しており、
今週頭に見せていたどこか投げやりな姿は
すでにどこにもなかった。
司さんによると色々話をしたらしいが、
彼が大事な人を失ったのを単なる傷ではなく、
力の源に変えていける様に、
教師として何とか支えてやりたいと思う。
剣道部での遠慮のない打ち込みを受けている限り、
あいつなら大丈夫だと信じているが。
稲荷山が立ち去った後、
棺の側にいた少女に挨拶をし、
俺たちはサツキちゃんの棺の前に立った。
「•••」
司さんは何も話さない。
いや、思いが強過ぎて、
何も言葉にならないのだろう。
その表情の変化をみればそれは明らかだ。
だから俺も何も言わない。
ただ彼女の手をそっと握った。
そんな時間がどれくらい経ったのだろうか?
棺の中の彼女に対してすっとお礼の言葉が出た。
「「ありがとう。」」
声が被ったことに
少し驚いて司さんの方を見ると、
彼女も同じく驚いているようだ。
色々な思いが巡る中で
丁度その言葉が夫婦で同時に
口から出たようだ。
そのことに気づいてなのか、
司さんの顔がすこしほころんだ。
何だろう、改めて彼女に感謝したい気持ちが
沸き上がって来る。
ふと後ろを見ると別の人達が彼女に挨拶を
しようと近づいてきていた。
俺たちが横の少女に改めて一礼して
席に戻ろうとした、
その瞬間だった。
『どういたしましてにゃ。』
頭に直接、
一週間前砂浜で聞いたあの声が響いてきた。
足を止める俺の横で、
司さんの手に力が籠った。
大きく目を見開きながら、
棺の方を振り返る司さん。
そして困惑したかのように
俺の方を見つめる彼女に対し、
俺はただ首を縦に振った。
その瞬間、何かが決壊した様に
泣き出した司さんを優しく
抱きしめながら。
決して良いことばかりではない。
でも同時にこの町では優しい奇跡が起こる。
俺もそんな奇跡を起こしてみせる。
決戦は一週間後。
一人の少女の死を悼みながら、
俺は改めて決意を強くするのだった。
シュウさん達の企画、『うろな町』計画に参加させていただく作品です。
大分長くなってしまいましたが、
特訓の末清水が新たな必殺技を会得、
さらにベルさん達のおかげでそれをバージョンアップさせていたりします。
朝陽真夜さん、
チェックからアドバイスまで本当にありがとうございました。
あくてんinうろな町よりベルさん、リズさんをお借りしただけでなく、
あくてん本編からルーシーさん、璃遠さんのお名前や高揚の炎の設定を
お借りしました。
本当に素晴らしいコラボにさせていただけて感謝しております。
また最後の葬儀シーンでは
寺町朱穂さんより稲荷山君、奏ちゃん、
シュウさんより町長、秋原さんのお名前をお借りしました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
『彼女』にはもうちょっと手伝っていただくことになると思いますので、
どうぞよろしくお願いします。
ようやく修行編も終わりが見えて参りました。
何とかこの週末で終わらせて、
来週は結婚式の準備に集中できるように頑張ります。